ロロノア一家物語 7


リーンリーンと涼しげな虫の音が響く庭から、心地よい夜風が吹いてくる。
身体中に熱の塊をくっ付けてうとうととまどろんでいたサンジは、不意に訪れた浮遊感に目を覚ました。

「・・・?」
薄目を開ければ視界がゆらゆらと揺れている。
明かりの全部消された室内は、それでもガラス窓から差し込む月明かりで仄かに明るい。
肩から背中、そして膝裏にがっちりとした支えを感じて急激に覚醒した。
「・・・何の真似だっ・・・」
「しいっ」
まるで叱咤されるように短く口を鳴らされて思わず黙った。
その合間にも足で襖を器用に開けて、寝室から連れ出される。

「こら、てめえ何事だ」
声を落として囁きながら、サンジはゾロの腕から降りようと試みる。
が、不自然な体勢でがっちりお姫様抱っこされていて、何故だかサンジから抱きつくような格好になっていた。
「騒ぐとガキ共が起きっだろうが。」
「だからって・・・」
居間のソファの上に下ろされた。
当然のようにそのまま上から覆い被される。
「ちょっとちょ・・・と、待てっ」
ゾロの顎の下に手をかけてぐいっと突っぱねた。
下ろされた勢いそのままに、サンジの足の間にゾロの身体が入って乗っ掛かった状態だ。
重いしなんか、やばい。

「あのな、あのな、ゾロ。」
「うん?」
サンジの顔の横に両手を置いて、それでも話を聴くつもりではいるらしい。
ゾロは思いのほか穏やかな表情でサンジを見下ろしている。
「その、なんつーか・・・俺はだな・・・」
「うん」
「こういうつもりで、この家にいる訳じゃあ・・・」
「こういうつもりって?」
首を傾げて問い掛けるゾロは、いつもの仏頂面でも脅しに掛かる目つきでもない。
なんだか子どもみたいに邪気がなくて、そのことがサンジをたじろがせた。

「いやだから、その・・・また、こないだみたいに・・・」
自分で言葉を紡ぎながら、かあっと顔に血が昇ってくる。
「その、Hみてえな・・・あれを・・・」
「お前、俺が好きだよなあ。」
ぎくっと、身体を強張らせた。
「だ、だ、誰がっ」
「好きなんだよ。」
「言い切るな、しかも勝手にっ」
「いや、俺も好きだし。」
「だから勝手にって・・・えっ」

うっかり目を見開いて見つめ返してしまった。
ゾロがにいっと笑う。
「なんだ知らなかったのか。俺が好きでもねえ野郎を傍に置いとく訳ねえだろ。」
「嘘付け!」
サンジはがばりと身体を起こした。
ゾロを膝の上に乗せたままでだ。
「てめえそれこじつけだろう。俺がお前と、ああ・・・なったから、取ってつけたようなこと言いやがって」
「まあ正確には昨日気付いたってえか。」
「そら見ろ、このその場しのぎの嘘つき野郎。」
だんだん声が大きくなるのを抑えるように、ゾロががしっとサンジを抱き締める。
「まあ好きだって気付いたんだから、結果オーライだろ。」
「何が・・・」
ゾロの声がサンジの耳を擽る。
それだけでうひゃあと声を上げて逃げたくなった。
実際にはがっちりとホールドされて身動きすらできないのだけれど。

「好きだ。」
ぞくりと、頭の後ろから背筋にまで鳥肌が立った。
嫌悪から来るそれではない。
一気に体温が上がり、踊り狂う心臓は口から飛び出そうだ。

「好きだ。」
もう一度駄目押しみたいにそう言って、ゾロはサンジの頬に手を添えると首を傾けさせた。
啄ばむように唇を合わせ、すっと離れる。
額を突き合わせるようにして至近距離から見つめられて、恥ずかしさのあまり思わず目を瞑った。

ゾロの唇が再び触れてくる。
今度は明確な意図を持って舌が差し込まれ、歯をなぞられて口内を弄られた。
身体を仰け反らせて受け止めるのが精一杯で、頭の中が真っ白になってしまった。
ゾロの舌は生き物みたいに蠢いて、隈なく嘗め尽くすように蹂躙する。
どちらのものともつかない唾液がぬめり、力強くも柔らかな感触に翻弄された。

キスが、こんなにもいやらしいものだなんて知らなかった。
テレビで見てても軽く触れ合うくらいだった。
こんなにも深く絡め合うものだなんて、知らなかった。
体液を交換して、粘膜を擦り合わせて。
まるでSEXみたいに・・・

ちゅっと音を立ててゾロが唇を離す。
「舌を、出せ。」
少し掠れた声でそういわれ、おずおずと舌を差し出した。
それに噛み付くように歯を立ててゾロが自分の口内に引き込む。
ゾロの口の中も熱く滑っていて、舌や歯で散々にも揉みしだかれて、舌根から引っこ抜かれそうになった。
押し付けられた下半身が発火しそうに熱い。
うっとりと身を任せていたサンジは俄かに慌てた。

「どうした?」
気配を感じてゾロが唇を合わせたまま問いかける。
「やべ・・・俺・・・」
泣きそうに歪めた目元にキスをして、ゾロが笑った気配がした。
「イきそうか?」
素直にこくこくと頷けば、身体をずらしてパジャマのズボンを引き摺り下ろされた。
「キスだけで、イきそうだな。」
声に笑いが含まれていて悔しいけれどサンジはもう身動きすらできない。
うっかり触れたら爆発してしまいそうだ。
「仕方、ねえだろ・・・慣れてねーんだから・・」
実際そのとおりだ。
オナニーさえろくにしてなかったのに、気持ちから良くなる濃厚なキスを仕掛けられたのだ。
ゾロにしたら、サンジをイかせるのは赤子の手を捻るより簡単だろう。

「いいぜ、イけよ。」
殊更優しい声音で囁かれて、でかい手でやんわりと扱かれた。
あ、と思う暇もなく、サンジはイってしまった。


荒く息をつきながら、サンジは目を開くことができない。
キスされてちょっと触れられただけでイってしまったのだ。
みっともないとか恥ずかしいとか、そんなのを通り越して自分がただ情けなかった。
ゾロにいいようにされているのも癪で腹立たしい。
けれどそれ以上に、今自分を満たす、脳が蕩けるほどの快楽の方がよほどやばい。
サンジはどれからやり過ごせばいいのかわからないまま、ただ目を閉じて泣きたいのを我慢していた。

「おい、泣くなよ。」
「・・・泣いて、ねえ。」
これは汗だ。
「涙は心の汗なんだ。」
「・・・わかんねえこと、言ってんな。」
ゾロの声が柔らかい。
それが嫌だ。
そんな風に可愛がられたり守られたり、気を遣われたりするのは嫌だ。
サンジは意を決してゾロに手を伸ばした。
えいやとばかりに目を閉じたまま上にあるゾロの腰の辺り、難い腹筋に拳を当ててその下に手を突っ込む。
がっちがちに硬いモノに触れて、それを掴んだ。

「お?」
ゾロがマヌケな声を出す。
恐る恐る目を開ければ、ゾロは自分の腹の下を、声と同じように間抜けた表情で見下ろしていた。
自分の手が、ゾロのズボンの中に突っ込まれている。
どきどきどきと、心臓が早鐘のように鳴った。
人の、他人の、しかも男の下半身に触れるなんて、初めてだ。
しかもなんか、凄いものを掴んでる・・・気がする。
だがここで怯んでは負けだと、掌に力を込めて真剣に握った。
手の中で、何かがびくびくと脈打つように蠢いた。

「・・・やる気か?」
ゾロが、実に嬉しそうににやりと笑った。
負けずに睨み返し、おうと返事する。
「俺だって、やられっぱなしは嫌だからな。てめえを、イかせてやるっ」
決意をそのまま口に出して、サンジは片手でそれを掴んだまま、もう片方の手でズボンをずり下ろした。
そのままはたっと、動きを止める。

「嘘・・・」
人生における後悔はもう何度も経験したけど、これほどのものはなかった。
こんなにも、やっちまった、やるんじゃなかったってえ、迅速な後悔は・・・

サンジの手の中で、あり得ないものが血管を浮き上がらせて起立している。
掴んでも掴みきれない円周とか、なんか見た目にグロすぎる色とか形とか、それを取り巻く太い血管とか、先端から滲み出た大量且つ嫌らしい白い液とか・・・
もう、なにもかも、反則としか言いようのないそれを、サンジはうっかり眼前に掲げて見入ってしまっていた。
「・・・これ、これ・・・」
「うん」
「こ、んなものがっ・・・」
入ってたのか?
俺のケツに???

信じがたい現実を突き付けられて、サンジはそのまま卒倒しそうになった。
しかももしかしたら、今現在これからも、これがまた入るのかもしれない。
無理だ、絶対物理的に無理なはずなのに。
「イかせて、くれっか?」
ゾロは己に手を添えて、サンジの鼻先にその先端を擦り付けた。
ひやあっと悲鳴を上げて、サンジが後ろに跳び退る。
「嘘だ!無理、絶対無理!!」
「てめえが言ったんじゃねえか。」
「前言撤回っつうか、もうほんとゴメン、いろいろとゴメン!!」
「謝って済むかオラ」
身体を反転させて逃げを打つサンジの腰を掴み、ぐいと引き寄せる。
半ケツ状態のそれをぺろんと膝まで下ろされて、濡れた掌がサンジの後孔に這わされた。
「う、わあああ」
「大人しくしろ、悪いようにはしねえ。」
その台詞がすでに悪役だ。
「男に二言はねえよなあ。俺をイかせてくれんだろ。」
その言い様にも腹が立つが、こうなった以上抵抗しても無駄なことはわかっている。
サンジは腹を括ってソファに顔を埋めた。

「勝手にしろ、畜生。」
背後でゾロが動く気配がする。
抽斗から何かを取り出してまた帰ってきた。
ぬちゃぬちゃと、練り合わせるような粘着質な音がする。
とろりと冷たい液が後ろに垂れて、びっくりして背を反らせた。
「なにっ」
「潤滑油だ、すぐに済む。」
くちゅ、と音を立ててゾロの指が差し込まれるのがわかった。
うわあああっと、背筋を悪寒が駆け上る。
汚いのに・・・
そんなとこ、気持ち悪いのに・・・
そんな風に無遠慮に押し入って、誰も触れたことのないような部分を撫でて擦って広げるだなんて・・・
そんな、風に・・・

サンジの口から堪えきれず息が漏れた。
気持ち悪い。
なんかやばい。
そんなとこ、触れていい筈がないのに・・・
「あ・・・」
声が、自分のものではないみたいだ。
なんだか甘ったるい、鼻から漏れる息ですら、いつもよりトーンが高い気がする。
「やっ、そこは・・・」
駄目だ駄目だと、本能が囁く。
なのに足が勝手に開いて、より深くまでゾロの指を受け入れたがっている。
「ここが、イイんだろ。」
その言い方が親父臭いと、抗議すらできなかった。
本気でイイ、っつかやばい。
そんなとこ、突かれると・・・

「あっ・・・」
またうっかりイきそうになってソファを噛んだ。
駄目だ駄目だと首を振る。
「ゾロ、・・・やばい、そこ・・・」
「ん?またイきそうか?」
「うん、うん・・・」
「仕方ねえ。」
イかせてくれるのかと思ったら、ビンビンに張り詰めたペニスの根元を掴まれた。
ひいっと裏返った声を上げる。
「そん、な・・・馬鹿っ・・・」
「もうちょい我慢しろ、ここは慎重に広げねえと」
暢気にそう言われて倒れそうになった。
もう、イきたくてイきたくて堪らないのに。

悶絶するサンジに構わず、ゾロは緩慢な動きで後孔を解し、乱れた胸元から覗く乳首に吸い付いた。
うぎゃあと、またしてもマヌケな声が響く。
「だ、だめだっ、そこもっ・・・」
「ここもイイのか。ったく、はしたねえ身体だな。」
羞恥で全身が燃えそうになった。
とにかくゾロに触れられるどこもかしこもが熱い。
そこからぐずぐずと蕩けてしまいそうだ。
ひたすら射精感に堪えて啜り泣きが漏れる頃、ゾロは漸く腰を上げた。

「うし、いい感じだ。もう少し我慢しろよ。」
へ?と返す暇もなく、腰が高く引き上げられる。
「息をつめんな、力を抜け。」
殆ど言いなりに身体を開いた。
ゾロの、あの凶悪なモノが容赦なく押し当てられ減り込んでくる。
「あ、あ、あ・・・」
声を上げそうになって慌てて堪え、両手で顔を覆った。
逃げようと勝手にずり上がる腰をゾロはがっちり掴んで強引に引き寄せる。
「ひっ・・・」
拍子にずぶりと奥まで杯って、脳天が砕けたかと思った。
狭い箇所がゾロで一杯一杯になっていて、その形状までリアルに感じてしまった。
腸壁で。

「すげ・・・」
ゾロの、感極まったような声が聞こえた。
それがなんだか、いいと思う。
自分の背中で、呼吸が直に感じ取れるくらい大きく息をして汗を掻いているゾロが、いいと思った。
自分の中に入って感じているゾロが。

「動くぞ・・・」
その声すら、切羽詰っていて余裕がない。
言ったと同時に腰を揺すられた。
もう声にならない叫びが、抑えきれずに口から漏れる。
ゾロで一杯一杯の下半身は強烈過ぎる刺激に悲鳴を上げているのに、サンジの頭の中は何故だか飽和状態になっていた。
だってゾロが、俺に感じてる。
俺の中で擦れて俺の中ででかくなって、俺の中で必死になってる。
あのゾロが・・・

「サンジ・・・」
ゾロが名を呼んだ。
それだけで、きゅうと下半身が熱くなる。
自覚する前に迸った己の熱に、改めて気が付いたサンジは涙を流しながら嗚咽を漏らした。
背後でゾロが呻く声がする。
どこだかわからない内部に熱が放たれて、それがゾロが意図したものではないと知ってサンジは泣きながら笑みを浮かべた。





「畜生〜〜」
ゾロは、背中に張り付いたまま悔しそうに呻いている。
「急に締めんな、・・・不覚っ」
「へへ・・・」
サンジは強張った膝をずらしてソファに倒れこんだ。
ゾロの汗がぽたぽたと白い胸に落ちる。
「俺でイきやがった、ざまあみろ。」
「てめえだって、イきやがって・・・畜生、早え・・・」

悔しがるゾロはなんだか年相応の若造に見える。
4人の子持ちでも、ろくに学校に行ってなくても、俺らはまだまだガキなんだ。
「くそ、リベンジだ。」
ゾロがむきになったようにサンジの足を乱暴に抱え上げた。
サンジも小さく文句を言いながら、ゾロの肩に手をかける。

「初心者だから、お手柔らかに・・・」
「言ってろボケ、せいぜいじっくり慣らしてやる。」



隣の部屋では小さな寝息。
どちらともなく、しいっと指を立て顔を合わせて、抱き合ってキスを交わした。

遅まきながら、新婚生活のスタートだ。




「おやサンちゃん、珍しいねえ。今日は一人かい?」
「サンちゃん、どうしたの。子供たちは?」
おなじみの商店街で幾度となく呼び止められて、サンジはその度に赤くなりつつ律儀に返事を返していた。
えーと今日は子守りがいてね、とか
オヤがちゃんと見てるんだよとか
そうすると皆食いつきがいい。

「子守りだって?サンちゃんのいい人かい?」
「オヤだって?あの子達の父親が帰ってきてんの?」


サンジは商店街の人たちと仲はいいが、世間話程度しかしていない。
いつもあちこちに子供をくっつけて買い物して歩くちょっと変わった若い子程度の認識なのに、どうしてそんなにさらっと核心を突いてくるんだろう。
サンジはその度に青くなったり赤くなったりしてなんとか適当に言い繕った。

いい人って、そんなんじゃないよう、とか
父親だって、なんでわかったの?とか

ちなみにココでいう「いい人」とはサンジに彼女ができたのかという意味だったが、サンジはそれを見事に取り違えた。

真っ赤になって慌てて否定するサンジを見て、声をかけた魚屋のおばちゃんは「おやこの子、ホンモノだったんだね。」と妙に納得しつつイワシをオマケしてくれた。
子供たちの父親がサンジでないのは一目瞭然なのにどうしてわかったの?と素で聞き返したサンジが不憫で、乾物屋のおばあちゃんも干ししいたけを10g多めに入れてくれた。

軽く冷やかされて逃げるようにその場を後にしながら、サンジはいつの間にか満杯になった買い物籠を抱えて、皆なんて洞察力に優れてるんだろうと恐れ戦きながら、やっぱり一人で汗をかきながら俯いて歩いている。




目の前にキレイなミュールを履いた足がにょっきり現れて、慌てて足を止めた。
危うくぶつかりかけてゴメンと謝る前に、大好きな声が届く。

「サンジ君どうしたの。一人?」
目の前に愛しいナミが立っていた。
「んナミさんっ、ああ俺としたことが!ナミさんにこんなに接近するまで気付かないなんてっ!」
いきなりラブモードに転換して買い物籠を下げたままくるくる回るサンジに、ナミは一瞬他人の振りを
とりつつ苦笑した。
「真っ赤な顔して俯いて歩いてるんですもの。どこか具合が悪いのかと思ったわ。元気そうね。」
「ああ〜ナミさんも相変わらずお美しい〜vこんなところで会えるなんて、これはきっと偶然じゃないね。」
「いいえ偶然よ。それより子供たちはどうしたの?」
さらっと切り返すクールなナミさんも好きだ〜と叫びつつ、サンジは荷物しか持っていない両手を挙げて見せた。
「いやね・・・今家に子守りがいるんだよ。」
「子守り?ゾロが帰って来てるの?」
「うんまあ・・・」
どこかモジモジと落ち着かないサンジの様子をナミが見逃す筈がない。
眼をきらりと輝かせて肩を寄せた。

「なになに?ゾロとなんかあった?」
どきんと、あからさまに心臓が跳ねた。
その音がナミにまで聞こえてないかと気が気でなくて、サンジはどぎまぎしながら顔つきだけ変えないように努力して慌てて応える。
「い、いや〜別に何も・・・」
「だってゾロが昼間から家にいるなんて珍しいじゃない。しかも子供たちを見てるの。凄い進歩ね。」
家にいるどころか、ここ一週間ほどゾロは仕事にも出掛けてないのだ。
ずっと家に・・・と言うよりサンジの傍にいて、子供たちの隙を狙ってはちょっかいを出している。

「ん・・・まあ、ね・・・」
歯切れの悪いサンジに、ナミはにっこりと微笑んで見せた。
「それにしてもサンジ君、変わったわね。」
えええええええっ!!
内心パニックを起こしながらサンジは視線を彷徨わせた。
なにがっ、どこが変わったんだろう。
どうしてバレたんだろうっ

「ばっさり髪切っちゃって、でもよく似合うわよ。」
「あ、ん・・・は、はは・・・ありがと」
激しくしどろもどろしながらサンジはやっとそう応えた。
そうか、そういや髪切ったんだっけか。

「襟足なんか真っ白で凄く色っぽいvなんだか色気が増したんじゃないの。」
うっかり買い物籠を取り落としそうになった。
ナミの台詞は心臓に悪い。
「いや・・・ははは、ナミさん冗談きついな・・・なんでオレ相手にい、いいい色っぽいだなんてっ・・・」
「あら、虫さされ?この辺赤くなってるわよ。」
不意に首筋に触れられてうひゃあと情けない声を上げた。
ナミが堪え切れずに噴き出している。

「ごめん、立ち話もなによね。これから家に行ってもいい?」
サンジは首に手を当てたまま、えええっと声に出さず叫んだ。
ナミが来るって、それはまずい・・・気がする。

ここのところ、子供たちの寝つきがバラバラでゾロの機嫌が悪いのだ。
どうしても買い物に出掛けないと食べるものもないから、なんとか宥めすかして漸く出掛けられた。
留守中にゾロが子供たちを昼寝させることができたら、ご褒美にやらせてやると約束して出てきたのに・・・

「ね、ちょっとゾロにも会いたいし。いいでしょv」
ナミにそう頼まれて、断れるサンジではない。






「ただいま〜」
静かに玄関の引き戸を開けると、広い家の中はしんとしていた。
子供たちの声が聞こえない。
ほんとに寝かしつけちゃったのかとサンジが首をめぐらせたら、ゾロが廊下から音も立てずに現れた。

「ガキども、寝たぞ。」
どうだと言わんばかりの勝ち誇った顔だ。
だがそれがサンジの背後に向けられて、鬼のような形相に変わる。
「ナミ!てめえなんでこんなところにいやがるんだ。」
「あら失礼ね。久しぶりに遊びに来てあげたんじゃないの。どう、元気?」
「見りゃわかるだろ。とっとと帰れ。」
「つれないわね〜、サンジ君が珍しく一人で出歩いているから、あんたがどうして過ごしてんのか様子見に来てあげたんじゃないの。サンジ君、私喉乾いちゃったv」
「はいはい、ただいまv」
慌てて台所に駆け込むサンジに舌打ちして、ゾロは憮然とした表情でナミを睨んだ。
それを意に介さず、ナミもさっさと玄関を上がる。

「お邪魔しま〜す。あらあ、チビちゃん達は奥?」
「起こすなよ。やっと寝たんだ。」
「ゾロが寝かしつけたの。凄いわね。」
パパしてるのね〜と寒いことを呟いて、さっさとテーブルに着く。

「でゾロ、どうしたの。あんたが昼間から家にいるなんて珍しいじゃない。」
「ここは俺んちだ、俺の勝手だろうが。」
「サンジ君、綺麗になったわね。」
こっそりと囁いた。
サンジは湯を沸かしたり冷蔵庫に食材を仕舞ったりと忙しい。
ナミの声は届いてないようだ。
「それがどうした、てめえ手出しすんなよ。」
「何言ってんのバカね。あんたとうとう、やっちゃったの。」
「おう。」
「・・・」
ナミは額に手を当てて、肘をついたまましばしテーブルを見つめた。

「ん・・・まあ深くは追求しないことにするわ。別にサンジ君が傷付いた風ではないし。」
くるくると良く動く背中はそれでもしゃんとして、横顔から覗く表情は鼻歌でも聞こえそうなほどに明るい。
「もう、泣かしちゃ駄目よ。」
「毎回啼いてるぞ。」
「意味が違うわよ、ばか。」
ナミは笑顔のまま額に青筋立ててカバンでゾロの後頭部を張り倒した。



「はい、ナミさん。お待ちどうさまv」
よく冷えたアイスティーが置かれて、綺麗にカットされたフルーツも添えられる。
「わあ綺麗。どうもありがとう。」
「それ食ったらとっとと帰れ。」
「このバカゾロ!ナミさんになんて口ききやがる!」
「バカはどっちだ。こっちはまだ仕込みの最中なんだ。せっかくガキどもが寝たってえのに・・・」
きょとんとしているサンジを尻目に、ナミがもう一度カバンで殴った。
「はいはい、せいぜいじっくり仕込みでもなんでもして頂戴。サンジ君、何もかも言いなりになってちゃ駄目よ。ゾロにはちゃんと奉仕させなさい。いいわね。」
「え?あ?へ?・・・ああ、はい・・・?」
話の見えないサンジの前で、ナミはぐいーっとアイスティーを一気に煽ると立ち上がった。


「さーて、これ以上ここにいたら馬に蹴られちゃいそうだから、これにて退散するわ。ご馳走様。」
「えええっ、もっとゆっくりしてった・・・もがっ」
「おうおう、帰れ帰れ。気をつけてな。」
「また来るわよ。」
「もう来んな。」
手で口を塞がれ羽交い絞めにされた状態で、サンジは二人の笑顔でいて鬼気迫るようなやり取りを目を白黒させながら見ていた。
ナミは爽やかな残り香を置いて、早々に立ち去ってしまった。

「あああ、ナミさん。またね〜」
やっとゾロの太い腕から開放されたときには、もうナミの姿はない。




サンジはぶつぶつと口の中で文句を言いながらゾロに振り返る。
「大体てめえはナミさんに対して礼儀ってもんがって・・・」
その先を続ける暇もなく、引き寄せられて口を塞がれた。
もがもが呻く声は全部ゾロに吸い取られて、バタ衝かせていた手足もやがて諦めたように動きを止めて・・・
サンジを抱き締めるために緩くカーブを描いたゾロの背中に、そっと添えられる。


「ガキをちゃんと寝かしつけたんだ。褒美をくれ。」
ついと唇を離してそう強請るゾロに、サンジは笑いを漏らしてしょうがねえなと呟いた。
「誰か一人でも起きたら終了だぞ。密かに、迅速に、だぞ。」
「ああ〜、思いっきりゆっくりじっくりやりてえ〜」
「そう言う事を、でかい声で言うな馬鹿!」
勢いで抱え上げられ、寝室から一番離れた物置の中に設えた簡易ベッドに連れ込まれて、サンジは諦めた顔をしながら改めてゾロに抱きついた。


夏の名残の蝉時雨も心なしか遠くに聞こえる、穏やかな昼下がり。


END

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