翡翠恋歌




目の前には広々と、静かな湖が広がっている。
時折吹く風が湖面をさざめかせ、ぼうと立つ男たちの擦り切れた着物の裾を揺らしていた。
傍らには大きな樽と祓串。
これから何が起こるのか、知りたくなくて、でも知っていて恐ろしさに身体が震える。

腕を縛る縄が皮膚に食い込んで痛い。
震える声で何度も叫ぶのに、誰も耳を傾けようとはしてくれなかった。
痩せこけた男たちは誰もがおどおどと視線を彷徨わせ、決してこちらを見ようとはしない。
小さな身体は軽く抱え上げられ、樽に入れられた。
すぐに蓋をされ、辺りが真っ暗になる。
恐怖に声がか細く切れた。
暗闇の中でふわりと身体が浮き、不規則に揺れて傾いた。
すぐに頭が下になり、思い切り身体を打ち付けられる。
―――息が、できない!

誰か誰か誰か
誰か助けて――――
俺の声を聞いて

―――怖い―――








か細い悲鳴を上げて、サンジは目を覚ました。
恐怖に駆られた絶叫ではない、蚊の鳴くような小さな音。
闇に包まれた静かな閨で、その音は幻のように消えていた。
ひゅうと、息を呑む。

―――叫んだり、しなかった
久しぶりに見た、もう千年も前の悪夢。
サンジは汗の滲んだ額を拭って、そっと起き上がった。
拍子にころりと、胸元に乗っていた鳴家が転がり落ちる。
柔らかい布団の上でころころ転がった鳴家は、そのままの形でくうくうと寝息を立てている。
その姿に笑みを零して、それからほっとしてサンジは息をついた。

よかった、誰も起きていない。
覚めない悪夢を見続ける内に、その夢をばら撒くようにまでなってしまっていた。
知って欲しいと、助けて欲しいと願いすぎた故か、もう誰も覚えてないほど昔のことなのに、今の人の世にもそれを伝えてしまう。
けれど―――
「どうやら俺の中だけの夢だったみたいだな」
周りを取り囲むように眠っている鳴家達の寝顔は長閑だ。
恐ろしい夢を見せた訳ではなさそうで、そのことに安堵した。
もう、あんな情けない自分には戻りたくない。
彦神なのだ。
力を、使いこなせなくては。


サンジは、千年ほど前まで人間だった。
辺りを統べる山神と人間の女との間に生まれた子として、人の村で、人として育てられていた。
けれど母は幼い頃に亡くなり、それでも村人たちの間でなんとか暮らして行けていたのに、龍神が暴れる年が続いて村が滅びかけたとき、そのいけにえとして選ばれた。
山の神の息子であると、みな知りながら―――
己が子供が可愛くて、己が身が可愛くて、身寄りのないサンジをいけにえとして湖に投げ落とした。
湖水に沈み息絶えようとしたとき、怒りに駆られた山神が神山を爆発させ、湖は半分が埋まった。
サンジは父神に助けられ、以後彦神としてこの千年を生きてきた。

しかしその千年は、半分ほど眠っていたようなものだ。
いけにえにされたときの恐怖、裏切られた悲しみ、絶望、そして後に里へ降りたとき、跡形もなくなっていた村、喪失、父神への畏れ―――
すべてが幼いサンジを打ちのめし、生きる力をも奪っていた。
ひたすらに眠って過ごした。
山神が恐ろしく、村人たちのことを思えば悲しかった。
どうしようもなかったと気持ちではわかっているけれど、いけにえにされたときの恐ろしさは忘れられなかった。
そうして助けられたとはいえ、父・山神はあまりに高潔で偉大だ。
そんな父に恐れを抱き、その期待に添えられぬ無力な自分が厭わしかった。
神の子でありながらなんの力も持たず、過去のことに怯えてばかりで暮らすこともままならぬ。
何年たっても成長せず、童姿のままで神の庭で怠惰に過ごした。
何もできぬ、役にも立たぬ、過去を恐れ未来から目を逸らす臆病な永遠の子供。

そんなサンジを救い、励ましてくれたのが湯治に来た若旦那だった。
明日をも知れぬ病身でありながら細々と生きながらえ、多くの妖を従えて人として真摯に生きていく若旦那に、サンジは自分と同じ弱さを見つけ、自分にない強さを見つけた。
己の力を知り、それを活かすことも知った。
知りたくない事実をも、知らされた。
サンジは山神の息子として、地震を起こすことができるのだ。
起こす、のではなく起こしてしまうのだ。
無意識に、己の心の揺れがそのまま大地の揺れとなってしまう。
山神が苛立って起こしているのかと思っていた小さな地震は、実は自分自身の心の揺れだった。
そのことを知って、わが身の力の重大さを思い知った。
正しくあらねば、強くあらねば。
彦神として生まれたならば、神として生きねばならない。
迷うて畏れて、立ち止まっていてはいけないと、強く強く己に言い聞かせる。

乱れた夜着を掻き合わせ、サンジは汗の引いた額をそっと撫でた。
それでも、ふと考えてしまうことがある。
あの日、あの千年も前のあの日に、神山を爆発させ村を埋めた力は父神の怒りだったのだろうか。
そうまでせずとも、神であるなら速やかに自分だけを救えたはずだ。
けれど大地は揺れ、山は爆発した。
あれは…
恐怖に駆られた自分自身が、起こしてしまった災害ではないのだろうか。

千年の時を経ても、懐かしい村のことが思い出される。
母を亡くし一人ぼっちになったサンジに、村人たちは優しかった。
幼馴染の子供たちと、共に野山を駆け回った。
隣のおばさんはご飯を一緒に食べさせてくれて、その家の子供は同じ布団で眠ってくれた。
龍神が暴れるまでは、家族のような人たちだったのだ。
あの、優しい人たちを、悲しい人たちを飲み込んだのは、もしかしたら自分の恐れのせいだったのかもしれない。
そう思うと、胸がはち切れそうなほどに苦しい。
この千年ずっと、あれは父神の怒りだと思い込んでいた。
時には恨みもした。
けれど、それが己の力だったとしたら、自分はなんと浅はかだったことだろう。
身の程を知らず、恩を知らず、すべてから逃げてただ眠って暮らしていた。
どうしようもなく臆病な役立たず。

また思考が沈み始めて、布団を握ったまま俯く。
いつの間に起きたのか、鳴家たちがサンジの膝の上に乗り、気遣わしげに見上げていた。
「ああゾロ、大丈夫だよ」
この鳴家たち、若旦那のお供にここまでやってきたのだが、心を開かないサンジを笑わせるために若旦那からサンジに手渡されたものだ。
正式には投げて寄越され、しかも着物の中にまで入ってくすぐってきた。
いたずら好きで愛くるしい、恐ろしげな顔をした子鬼達だ。
袂や着物の隙間に入って、ぞろぞろとまとわり付いてくるから、サンジはどれにも「ゾロ」と名
付けて可愛がっている。
鳴家達もサンジが気に入ったのか、若旦那の元をすっかり離れてずっとサンジの傍についていた。
鳴家達は総勢5匹。
みなサンジが大好きで、その袂や膝の上でころころと遊んでいる。
そのゾロが、悲しげな顔をしたサンジを見上げて「きゅわ?」と鳴いた。
いかつい顔に白目ばかり目立つ三白眼なのに小首を傾げた様が愛しくて、サンジは一匹をぎゅうと抱き締める。
「うん、大丈夫だよ。ちょっと悲しくなっただけ」
「きゅわわ」
鳴家達はそれぞれ顔を見合わせ、合図した。
サンジが悲しい顔をしているのは嫌だ。
笑った顔の方がいい。
笑って欲しい。
サンジを笑わせるのは簡単なので、早速ゾロは行動を起こした。
一斉にサンジの着物の中に入り、その身体をくすぐりだした。

「う、わ〜〜〜〜っ、馬鹿!止めろ〜〜〜」
くすぐりっこはゾロの大得意だ。
しかも身体が小さいから隙間から入っては、柔らかな部分をこちょこちょと短い指でくすぐる。
すぐにサンジは苦しげに身体をばたつかせて、笑い声を上げた。
「うひゃひゃひゃひゃっ、ひゃああっ、止めて〜〜〜〜、や、やめっ」
白い夜着が肌蹴て乱れる。
脇の下をくすぐっていたゾロは、ふとその白い肌にぽつりと赤い点があるのをみつけて、それを摘まんでみた。
「ひゃ、んっ」
サンジがびくんと身体を震わせて、手で払いのけようと暴れる。
その腕を足を、他のゾロ達が動かぬように押さえつけて、胸元のゾロは顕著な反応を示した尖りをぐりぐりと小さな指で揉んだ。
「や、やあああっ」
くすぐったいばかりではない、なんともむず痒い刺激にサンジは悲鳴を上げた。
けれどゾロは新しく見つけた場所が珍しくて仕方がない。
強く摘まんだり引っ張ったり舌を伸ばして舐めたりしたら、その度に白い胸がびくんびくんと震えて揺れた。
「うあ、や―――」
ずくん、とサンジの奥で何かが蠢いた。
心臓の鼓動のような、けれどそれは随分下の方の場所でどくどくと高鳴り、きゅうと締め付けられるような苦しさが胸を占める。
「な、に…」
乱れた襟元から、もう一つ小さな尖りがあるのを見つけて、別のゾロがそれに食いついた。
小さく歯を立て、舌で転がしてちゅうちゅうと吸う。
「あ、やあ…」
どくんどくんと、高鳴りが大きくなっていく。
サンジはくすぐったいのと恐ろしいのとで、ゾロを一匹なんとか払いのけて顔を手で覆った。
その手を見て、はっと気付く。
―――手が、大きくなってる?
見慣れた幼子の小さな手ではない、少し大きくなって少年のようだ。
「え?あ…」
転がるゾロに構わず身体を起こした。
夜着が小さくなっている。
解けた腰紐と緩んだ襟元から覗く腹もか細いそれではなく、裾から伸び出た足はすらりと長い。
「あれ、俺…大きくなった?」
きょとんとしているゾロにそう問えば、ゾロ達はきゅわきゅわと頷いた。
「大きい、サンジ大きい」
「大きくなった。若旦那より、ちょっと小さいくらい」
「あ…」
大きく、なりたかったのだ。
成長して身も心も大人になりたかった。
父神のような偉大な神になれずとも、一人で立って生きていけるほどに人並みになりたかった。
サンジは嬉しくて自分の肩や腕を撫で、足を擦った。
「俺、どんくらい大きくなれるんだろう。…もしかして、このままおじいちゃんとかになっちゃうかな」
千年をそのまま成長するなら、とうに干乾びて塵になるだろう。
けれどできれば、もう少し大きくなりたい。
「ね、ゾロ…もっかい…」
なぜか恥ずかしくて顔を赤らめながらも、真剣に話しかける。
「もうちょっとでいいんだ。もうちょっと大きくなりたい。さっきの…」
くすぐって、とは恥ずかしくて言い難いが、ゾロはぎゅわっと頷いてまたぴょんぴょん夜着の中に潜り込んできた。
先ほどまで気に入っていた場所に陣取り、二匹のゾロがぺろぺろと尖りを舐め齧る。
「うん、ん―――」
なんとも言えない心地に、サンジは身悶えしながらも耐えた。
どうしてだかわからないが、この刺激が身体に効くようだ。
最初はくすぐったいばかりだったが、少し慣れると何やら気持ちがいい。
もっとして欲しいような、もう止めて欲しいような妙な心地。

「あ、あ…」
なぜか喉から甘い声が漏れる。
布団の上に横たわって手足を投げ出して、サンジは頼りない小さな刺激に身を任せていた。
と、残ったゾロが他にもないかとごそごそ夜着の中を潜る。
「ひゃあっ!!!」
サンジが新たな悲鳴を上げた。
ゾロが、着物の裾から足の間に入ったのだ。
「やだって、そこはっ」
身体が大きくなって緩めていた布の間から、ゾロが入り込んでいた。
しかも何やら熱心に擦っている。
「きゅわっきゅわっ」
言われてそこに目をやり、サンジも仰天した。
常々厠でしか見ることのないものが、なぜか大きくなって着物の裾から盛り上がっている。
「え?なに?」
しかもそれをゾロが身体を擦り付けるように撫で擦るから、それが気持ちよくてたまらない。
「ええっ、ちょっ…まって」
ピンクに色づいたそれを、ゾロが三匹集まってあれこれとくすぐり始めた。
いつの間にかそこに金色の下生えも見えて、その毛に絡まりながら忙しなくゾロが動く。
「んあああああっ、やあ…」
ちゅくちゅくと胸を吸われながら、勃ち上がった己自身をもゾロに刺激されて、サンジは布団に張り付いたように手足を強張らせて耐えた。
つるりと丸くそそり立ったものの先端から、白い露が滲み出す。
ゾロはそれをぺろりと舐め、少し顔を顰めてからそれでもまた舌を伸ばして舐めとり始めた。
他のゾロも竿の周りにまとわり付くようにして、引っかいたり舐めたり齧ったりしてくる。
もう一匹のゾロはその奥へと降りて、潜まった場所に顔を突っ込むようにして探検を始めた。
「いやっ、だ…だめえ…」
さすがに慌てて、サンジは思い切り身体を振ってゾロを払い落とした。
「きゃうっ」
「ぎゃんっ」
悲鳴を上げてゾロが落ち、転がる。
ぜいぜいと息を荒げて、サンジは小さくなってしまった夜着を掻き合わせ後ずさりした。
「も、もういい…ありがと、もう、いいから―――」
転がって団子になったゾロは、むくりと起き上がって五匹一緒にサンジを見た。
何やら怒ってでもいるのか、三白眼がギラギラと光っている。
「ゾロ?」
五匹一緒にころころと転がったかと思ったら、いきなりぽんと煙が上がった。
辺り一面が白くなり、サンジは何が起こったかとわからないまま壁際まで下がる。
煙が晴れた頃、そこに見慣れない男がうずくまっていた。

「だ、誰だ?」
緑髪のたくましい男だ。
なぜか一糸纏わぬ裸で、拳を握り、足を踏み出してこちらを見上げた。
どこか見覚えのある三白眼。
「ぎゅわ」
「ゾロ?!」
あの愛らしい鳴き声とは程遠い野太い声でそう鳴くと、男はサンジ目掛けて突進して来た。
「うわあああっ」
いきなり押し倒されて身包み剥がされる。
腰紐に着物が纏わり付いただけの半裸の姿で、サンジは男に圧し掛かられ全身隈なく探られていた。
「やだ、やめ…」
「ぎゅわぎゅわっ」
鳴き声が間抜けで抵抗する力が萎える。
その隙に股間に手を伸ばされて強く掴まれた。
痛みと驚きに身体が跳ねた。
「なにすっ…」
「きゅう…」
ゾロはなぜか嬉しそうに口端を歪めて、サンジを横目で見た。
悪鬼そのものの凶悪な顔つきなのに、嬉しそうだ。
「ゾロ?」
サンジはいま自分の身に起こっていることが信じられないまま、ゾロに抱きすくめられ身体を開かされた。
ゾロが大きな手でサンジの竿を掴み強弱をつけて扱く。
そのあまりの気持ちよさにサンジは抵抗を忘れてゾロの肩にしがみついた。
忙しなく手を動かしながらも、ゾロの顔はサンジの胸の辺りに下りて尖りに触れ、舌で転がすように舐めた。
もう片方の手はぬるぬると濡れ落ちるサンジの先走りの汁を塗りつけるように、後孔で蠢いている。
「ああ、いやだ…こんな、の…」
口では嫌だと言いながら、気持ちよくて堪らない。
ゾロに触れられ擦られる度に、全身に雷が落ちたかのように痺れが走って、恐ろしいほどに気持ちがいい。
散々胸を嘗め尽くしたゾロが首を下げて、開いたサンジの足の間に顔を埋めた。
大きな口で根元まで咥え、舌を巧みに使いながら舐めて吸って、甘噛みした。
「う、あああああっ!!」
サンジは一際高く声を上げて、ゾロの口の中に精を放った。


一滴たりとも残さぬ勢いで、ゾロが萎えたそれを口の中で吸い尽くす。
ぶるぶると身体を震わせながら、サンジは開きっぱなしの口端から涎を垂らして放心していた。
何が起こったのか、自分でもわからない。
ただ、目の前が白くなるほど気持ちよかった。
死んでしまうかと思うほどに、心地よかった。
息を切らしながらゾロを見ると、ゾロはぺろりと舌を出して己の唇を舐め、満足そうににたりと笑った。
「馬鹿…そんなもの、飲んで…」
じわりと、涙が潤んで鼻声になる。
「そんな美味いものではないが、栄吉の饅頭よりましだ」
ゾロはそう言って笑った。
凶悪なのに、邪気のない笑みだ。
「ゾロ?ほんとにお前、ゾロなのか?」
「俺にも、よくわからん」
きょろんと目玉を動かす様は、あの可愛らしい鳴家の仕草そのものだ。
なのになぜ、こんなに大きくなってしまったのか。
「サンジくらい、大きくなりたいと思った」
「俺、くらい?」
言われて初めて、また自分が大きくなっていたことに気付いた。
ゾロの腕を持つ手も、伸びた足も随分と大きい。
もういっぱしの青年のようだ。
サンジは改めてゾロを見た。
上背のある、綺麗に筋肉のついた逞しい青年。
手を合わせてみれば、サンジよりも大きく肉厚だ。
首の太さも違う。
けれど、きっと同じくらいの大きさなのだ。
「ゾロ、俺…大きくなった?」
「ああ、俺も大きくなった」
ゾロは大きくなったどころか一つになった。
一人の、ゾロに。
「お前のためだ。俺はお前が笑ってる方がいい。だから俺が生まれた」
そう言って、ゾロは太い腕を伸ばし、サンジを抱き締めた。
「そんな困った顔をするな。お前の笑い顔が見たい」
ぎゅっと抱きすくめられて、サンジは当惑したままゾロの広い背中に腕を回す。
熱い塊が腹に当たってぎょっとした。
ゾロの逞しい雄が抱き合った腹の間でそそり立っている。
「ゾロ…これ…」
サンジはしどろもどろになりながら、それを指差し顔を赤らめた。
反して、ゾロは苦しげに眉を寄せる。
「サンジ、苦しい…」
「え?」
「苦しい、辛い、痛い…」
「え、えええっ、どうすればいいんだ?」
ためらいながらも、サンジはゾロのそれに手を当てた。
発火しているかのように熱い。
触れた部分からぬるりと汁が滲み出て、手のひらを熱く濡らした。
「ゾロ…どうしよう」
「助けて、くれるか?」
「え、俺が?」
「サンジの中に入ったら、俺楽になる」
「え」
「俺、助かる」
真剣な顔つきでそう言われると、サンジは困ってしまった。
どう中に入るのかはわからないが、ゾロが苦しんでいることは確かだ。
「俺にできるんなら、なんでもやってやるよ」
寸の間考えた後そう呟けば、ゾロは邪気のない顔で笑った。



「んあ、あああっ…あああっ…」
布団に顔を擦り付けて、サンジは必死に布を掴んで崩れ落ちそうな身体を支えていた。
四つん這いにされて腰だけ高く突き出され、ゾロに奥深くまで舐められている。
「ゾロ、もう…やめっ…きたな、い」
「駄目だ。もっとだ」
ゾロは舌と指とで丁寧にサンジの後孔を解し、根気よく広げていた。
「もっと柔らかくならないと、入らない」
「…なんで知ってんだよっ」
元々ゾロは鳴家だから、人の営みの多くを見てきている。
はっきり言って生まれたてでも知識は豊富だ。
「うし、もう頃合か…」
ずぶずぶとめり込ませていた指を引き抜き、濡れた指先をちろりと舐めた。
「そのまま力抜いてろ」
「あ、こんなの、や…」
抗議の声を上げる前に、熱い塊が押し付けられた。
ずぶり、と容赦なく押し入られ、広げられる。
「うああっ、ああああ…」
「いい、動くな。力抜け」
ゾロの手が冷えた尻肉を包み込むように掴んでいる。
その間に熱く焼けた鉄串を突き刺されたようで、サンジは思わぬ痛みと圧迫感とに叫びそうになる声を殺して、布団を噛んだ。
ゾロは手を伸ばし、撓らせた背を宥めるように撫でながら腰を進める。
ず、ずと無遠慮に押し込まれる異物感に、サンジは総毛立って震える指を握り締めた。
怖い、痛い、苦しい―――
ほろりと、涙が零れ落ちる。
長い前髪に隠れた目元から雫が光って、ゾロは背後からサンジを抱き締め、その頤に手をやった。
「サンジ、泣くな」
「…ゾロ」
「泣くな」
ゾロを振り返り大粒の涙を零すサンジの顔に、ゾロはぎゅっと唇を噛み締めてその腰を浮かせた。
ずぶりと抜けかけて、また押し込まれる。
「ひうっ」
思わず目を閉じ呻いたサンジは、いつの間にかゾロに正面から抱き締められていた。
「泣くな、サンジが泣くのは辛い」
「ゾロ」
そう言いながらも、ゾロはサンジを抱えて上下に揺さぶった。
「うあっ、あああああっ」
「サンジん中、熱い…」
ぐらぐらと視界が揺れ、ゾロの生真面目な顔がぶれて映った。
奥まで穿たれ大きく抜き差しされる内部が燃えるように熱い。
けれど最初に感じた痛みより、その熱の心地よさが大きくなって、サンジはゾロの頭を掻き抱いて自ら腰を振っていた。
「ああん、ゾロっ…ゾロ、熱いっ」
「サンジっ」
「あ、深いっ深いいいいっ」
ずんずんと奥の奥まで突き上げられ、今まで知りもしなかった恐ろしいまでの快感が脳天まで駆け登る。
「ゾロっやだ…なんか、なんか出るっ」
「サンジ、俺も―――出していいかっ」
「出る、出るううう…」
ずうううんと身の内が揺れ、崩れた気がした。

内部に放たれたゾロの熱が、迸り染み渡り、快楽の余韻を引き出す。
「ゾロ―――」
息を切らししがみついて、サンジはただただ身体の震えを抑えるのに必死だった。
この千年眠って生きて、何も知らなかったすべて―――
「サンジ」
涙を流し嗚咽を堪えるサンジを、ゾロが情けない顔つきで覗き込む。
その瞳に愛らしい鳴家の面影を見て、サンジは泣き笑いを浮かべた。
「ゾロ、大丈夫…」
へへ、と鼻を啜って笑顔を見せる。
ゾロも安心したように相好を崩した。
「ああやっぱり、てめえは笑った顔が一番だ」
「ゾロ」
どちらからともなくぎゅっと抱き締め合い、唇を合わす。

サンジの中ですべてが壊れ、何かが生まれた。











「昨夜の地震は凄かったですねえ」
朝餉の席で若旦那がそう嘆息し、サンジは目を見開いた。
「地震が、あったのか?」
「ええ、それが変わった地震で…」
なんでもゆうらゆらと揺れるような暢気で長い地震だったそうな。
「気持ちよくて、私なんかかえってよく眠れたんですが」
「まあ、私たちも異変は感じなかったので…ねえ」
仁吉と佐助が顔を見交わし、意味ありげに笑っている。
サンジは真っ赤になって俯いてしまった。
そんなサンジも、昨夜とはまったく違う凛々しい青年に成長している。
若旦那の着物を借りてなぜか赤い顔で正座するサンジの後ろには、見慣れぬ男。
「で、お前が鳴家だって?驚いたねえ」
「こんなこと、私でも聞いたことありませんよ」
博識の仁吉ですら聞き始めの、鳴家の変化だ。
だがゾロは知らぬ顔で、佐助に借りた着物を着て茶碗に顔を突っ込んでいる。
「それで、鳴家はここに残るの?おサンちゃんの傍にいてくれるの」
若旦那に優しげに問われて、ゾロは力強く頷く。
「それはそれで安心ですね、若旦那も」
あくまで若旦那第一の佐助がそう呟き、ゾロは「ぎゅわ」と胸を張った。
と、その時―――

どたどたと物騒がしく足音が響き、神主が血相を変えて飛び込んできた。
「た、大変ですっ」
「どうした?」
新龍が腰を浮かしかけたのを制し、神主はつばを飲み込んで青い顔で震えながら叫んだ。
「神が、山神様がお怒りですっ」


山神・ゼフの怒りは凄まじかった。
今度こそ湖全土を埋め尽くしかねない勢いで噴火しかけたが、すぐさま飛び出し空に向かって
手を広げその怒りを一身にゾロが受けたので、事無きを得た。
その代わり、ゾロは雷に撃たれて黒焦げ、散り散りになった。
それでもきゅわきゅわと情けなく鳴いて目をぱちくりとさせているから、丈夫なものだ。
「・・・ゾロっ」
何故か八匹に増えて小さくなったゾロを、サンジは泣き笑いながら両手に掻き集めて抱き締めた。





「あれからおサンちゃん、どうしてるかなあ」
若旦那は無事に江戸に戻ってからも、時折湯治場での彦神様のことを思い出す。
千年もの間うそうそと惑い悩み、己を探し続けた小さな彦神は、自分の足で立って生きているだろうか。
「新龍さんから便りをもらいましたよ。皆元気なようです」
仁吉がまた床に伏せっている一太郎の元に文を持ってきた。
起き上がることは許さず、枕元で読んで聞かせる。

「あれから、鳴家は細かいままで彦神様の元で暮らしているようですが・・・時折、夜中になると例の地震が起こるようです」
そこまで読んで、流石の仁吉も苦笑を漏らした。
佐助もその横で白湯を入れながら、穏やかに笑っている。
若旦那も笑いかけ、代わりに飛び出した咳でこんこんと噎せながら、笑みを零した。
「おサンちゃんが息災で、なによりだ」


優しい人に囲まれ、己が力を見極めて、よい神となられるだろう。

その傍らに、愛しい者がいるのならば。


END



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