昼も夜も -3-


ゾロはためらいなくどかどかと歩き回り、彼にしては短時間で風呂場に辿り着いた。
脱衣所で申し訳程度に靴だけ脱いで、湯気に煙るガラス戸を勢いよく開け、濡れたタイルの上を大股で歩く。
湯船の奥でばしゃんと勢いよく水柱が上がったと思ったら、水面で金糸が藻のように揺れていた。

「おい」
服が濡れるのも構わず、ゾロはバシャバシャと湯船の中に入って来た。
その非常識さに思わずキレて、サンジはざばりと身体を起こす。
「てめえ、風呂入る前には身体洗え!」
「ああ?俺ぁ風呂上がりだぞ」
「あ、そうか・・・じゃなくて、服着たまま風呂に入んじゃねえ!」
「おう、そうだな」
サンジに指摘されて、ゾロはおもむろに服を脱ぎだす。
「ちょっと待て待てーっ!何してんだ貴様!」
サンジの制止も虚しく、ゾロは手早く衣服を脱ぐと洗い場に放り投げた。
結果的に全裸の二人が仲良く湯船で向かい合わせだ。

「なんだってんだてめえ、ひ・・・人が風呂に入ってんのにいきなり押し掛けて・・・」
顔半分を湯船につけて、身体を屈めながら喋るからよく聞き取れない。
ザブザブ湯を掻き分けて前に進めば、サンジは波を蹴散らして後退った。
「なんだってんだよ、てめえはウ、ウソップの傍にいれば、いいだろ!」
怒鳴り声が、最後は悲鳴みたいに風呂場に響いた。
自分の声に驚いたように、サンジは両手で口元を押さえてまた目元まで湯船に沈む。
どこもかしこも真っ赤で、まさにゆでダコのようだ。
白目まで赤く充血していて、痛々しい。

「ウソップは関係ねえ。俺が用があんのはてめえだ」
とりあえずどっか掴もうと、ゾロはサンジに向かって手を伸ばした。
その手の動きにサンジは弾かれたように立ち上がり、逃げの姿勢で背を向ける。
つるんとした背中は掴みどころがなくて、ゾロは大きく足を踏み出してサンジの腰に腕を回した。
「ぎゃーっ!」
いきなり全裸の男に腰を抱かれるなど、サンジでなくともビビる展開で。
パニくったまま手足をバタつかせても、いたずらに湯を撒き散らすだけだった。

「何しやがんだ、離せ!」
「ならお前が暴れんな」
腰をがっつり捕まれて湯船に引き込まれては、さすがのサンジも抵抗のしようがなかった。
蹴り飛ばそうにも近すぎるし、浮力が邪魔して力が入らない。
「くそ、お前が、お前は、ウソップにっ」
泣きそうに顔を歪めて無闇に水面を叩くサンジのなんと可愛らしいことか。
しみじみと眺めて慈しみたいところだが、それでは話が進まないからゾロは単刀直入に言った。
「ウソップを練習台にした。本番行くぞ」
「へ?」
腰を抱く腕に力をこめて、ギュッと自分の胸元にまで抱き込んだ。
真っ赤に染まった耳朶に唇を寄せ、言葉が届くようにはっきりと発音する。
「お前が好きだ」
「――――?!」
一瞬サンジは動きを止めて、放心したように目を見開いた。
湯から身体半分を引き上げられているから、陸に引き上げられる途中の人魚のようだななんて、ゾロの頭半分はメルヘンの世界に浸っている。

「は?」
ようやく発した声は震えて、中途半端に上がった語尾がゾロの台詞を茶化そうとして見事に失敗したことを物語っている。
「お前、何言って・・・」
「俺はてめえが好きだと言ったんだ。麦わらのコックが、ふざけた眉した女好きが、足癖も口も悪いチンピラもどきのぐる眉が」
「・・・―――」
ぱこーんとアホのように口を開けて、サンジは今度こそフリーズしてしまった。
突っ込みどころもないくらい、こうまではっきり言われては反論もできない。

濡れた半開きの唇がほんとにアホっぼいなとつくづく思いながら、ゾロはふと気付いてしまった。
なかなか色っぽいじゃねえか。
桜色に染まった肌に濡れて張りついた金の髪。
茹った唇はぷくりと腫れて朱を刷いたようだ。
―――やべえ、たまんねぇ
ゾロの邪まな視線に気付いたか、サンジは俄かに腰を落とした。
身を縮こませるようにして、なんとか湯船に潜ろうとする。
「何やってんだ?」
腰をがっちりホールドして、ゾロは呆れた声を出した。
「うるさい。これは夢だ、幻覚なんだ。風呂に入ったら目が覚める」
「つくづくアホだなお前。そんなんで俺から逃げられると思うなよ」
軽いサンジの身体をくるりと一回転させて、あぐらを掻いた足の間に座らせる。
微妙に座りが悪いが、それは仕方ないだろう。
「こっち見ろ、ちゃんと聞け」
「ううう、うるさいこの変態くされホモ野郎。こんなこと現実にあってたまるか、お前が お、俺を・・・」
―――好きだなんて!

尻の下になにか当たって落ち着かず、腰を浮かせたらその動きに乗ってゾロの手がサンジの膝裏に掛かった。
そのまま実にナチュラルに膝を割られてゾロの胴が足の間に入る。
「ちょっと待てーっ」
慌てて足を閉じようにも、浮力に合わせてゾロの身体はすっぽりとサンジの足の間にはまり、サンジの尻を抱えて膝の上に乗せてしまった。
まるで対面座位。
しかも本体よりぴったり寄り添う二人・・・もとい、二本がいたりして。
「・・・なんで、勃ってんだーっ!」
視線を落として思わず絶叫し、そのまま後ろにひっくり返りそうになった。

息子と息子がぴったんこ。
引っ付き過ぎ寄り添い過ぎ、ヤル気あり過ぎ!
「お前もじゃねえか」
ゾロのまっとうな突っ込みに拳を握り締め、サンジは真っ赤になって水面を叩いた。
「アホか!俺は長風呂になり過ぎてノボせただけだ!てめえは、てめえはなんでそうなってんだよ!」
「てめえが好きだから」
しれっと答えられて、ひいいいと喉の奥から声にならない悲鳴を漏らす。
「いい加減観念しろ。俺ぁてめえのやることなすことが、一々気になって仕方ねえんだ。それ以上可愛いことしやがると、問答無用でやっちまうぞ」
「嘘だ!」
サンジはガシッとゾロの肩に手を置いて、正面から睨み付けた。
「てめえ、俺のことなんかなんとも思ってねえくせに。俺が何してたって知らん顔しやがって、なんか言うとうるさそうな顔して、俺の名前も呼ばなくて…」
何故かゾロはにかりと笑った。
「お前はぐる眉かエロコックで充分だ」
「やっぱそうじゃねえか!」
うがあと吠えるサンジの背中に手を回し、ゾロは水飛沫を上げながら力いっぱい抱き締めた。
「名を呼んでほしいか?」
耳元で、しかも低音で囁かれて、サンジの動きが一瞬止まる。
「名前を呼んだら、俺はもう止まらないぜ」
サンジのうなじの毛が僅かに逆立った。
あわ立つ肌にちろりと舌を這わせ、ゾロはすぐに身体を離す。

「俺は、いつだっててめえのことしか見てねえよ」
サンジの腰に手を添えて、俯き口元を引き結んだサンジを心持ち見上げる。
濡れた前髪が目元を覆って、表情は見えない。
つぐんだ唇はきゅっと口端が閉じられて、何かを堪える幼子のようないとけなさを感じさせた。

からかうとムキになる様が可愛かった。
素っ気なくすれば気にしてない素振りで明るく振る舞いながらも影でしゅんとして、少し甘えれば面倒くさそうに口元を歪めながらも、いそいそと動いていた。
面白いし可愛いし、いじらしいしもっと苛めたくなってしまうのだけれど―――

「てめえと、正面向いて話してみてえ」
ゾロの言葉に促されるようにして、サンジはゆっくりと顔を上げた。


上気して潤んだ瞳は、真っ直ぐにゾロを見下ろしている。
上唇がほんの少し尖って、肩のラインが威嚇するように上がった。
「ずっと見てたのは、俺の方だからな」
ふう、と鼻息も荒くサンジは言い返す。
「てめえのこと気にして、気になって仕方なくて落ち着かなかったのは俺の方だからな!」
「いんや、俺だろ」
サンジに気圧されることなく、ゾロは鼻で笑うように顎を上げた。
「俺のがお前しか見てねえ。現にてめえは、俺からこうやって言われなきゃ、自覚も
 しやがらなかったじゃねえか」
「んな訳あるか!ただ、俺のはてめえを見てるだけでよかったんだ・・・こんな、こんな・・・」
言いながら、視線がためらうように宙をさ迷い、少しずつ下がる。
仲良く寄り添う二本は、お互いの鼓動を共有させるかのように密着したままだ。
「こんなつもりはねぇってか?」
ゾロはおもむろに二本まとめて鷲掴みにした。
サンジは小さく声を上げて肩を震わせる。
「生憎、こちとら見てるだけじゃあ満足できねえんだ。好きならそう言うし、正直やりてえ」
痛いほどの力で掴まれて、サンジはゾロの胸を押し退けようと腕を突っぱねた。
ゾロの背後で跳ね上がった足が水面を叩く。
「お友達から始めましょうって、言ってもいいんだぜ」
そう囁きながら、サンジの唇を塞いだ。

結局、サンジはその後台詞としてきちんと発音できた言葉は何ひとつサンジの口からでて来なかった。











「・・・詐欺だ・・・」
冷たい夜風に火照った身体をさらしながら、サンジは甲板に寝そべりタバコを咥えている。
息が切れて吸うこともできない。
隣では、腹を満たした肉食獣のごとく満足そうな表情のゾロがうつらうつらとしていた。

あの後、ゾロに甘い言葉を囁かれ、または脅されながら散々弄くられてしまった。
さすが男同士。
最初から気持ちいいポイントを押さえられて、あれよあれよと言う間に最後まで流されてしまい。
途中で「こんなつもりじゃなかったのにーっ」と叫んだはずだけれど、ゾロの耳に届いたかどうか・・・

「詐欺だ」
そうとしか言えない。
いくら好きとはいえ、男同士で。
ああ好きだなーなんて気持ちから先があるなんて、考えたこともなかった。
それがゾロは、サンジの中の戸惑いも逡巡もすべて飛び越えてさっさと身体から繋げてしまった。
サンジに抵抗する暇も言葉も与えないで。
「・・・詐欺だ」
この強引さがゾロの優しさだ。
そのことがわかっているから尚のこと、なんか悔しいし歯痒い。

傍らから、規則正しい寝息が聞こえてきた。
こんなところで寝たら風邪引くぞと鼻を摘んで起こしてやりたいが、身体がだるくて腕を持ち上げるのも億劫だ。
「畜生め」
サンジは口の中で悪態をついて、ごろんと寝返りを打った。
整った横顔が、間抜けに口を開けてすぴーすぴーと鼻を鳴らしている。
ああ畜生、可愛いなあ。

どんだけ無体なことをされても、その仕種は可愛いし強引さが頼もしいし、踏ん切りが着かない部分は押し流してくれるから、やっぱりそこには“愛”があるのだと思う。
こいつはどうだか知らないが、少なくとも俺の中には。

―――昼も夜も、思うはてめえのことばかり
似合わない台詞を口に出したゾロの顔を思い出して、サンジは一人声を殺して笑った。











「秋風爽やかなこんな午後は、まったりしっとりチョコレートケーキをどうぞ〜v」
くるーりと華麗なターンを交えつつ、サンジは優雅な手付きでナミとロビンの間に、綺麗にデコレートされたチョコレートケーキを置いた。
「まあ美味しそう」
「あら?」
ナミとロビンが目を丸くしたのは、ケーキのせいだけではない。
乗せられた皿は、いつもゾロ専用つまみ皿として使用されていた角皿だったからだ。
白いプレートに真っ赤なベリーソースが敷かれ、果物と粉砂糖とチョコレートソースとで彩られている。
なんとも目にも美味しい鮮やかなデザートプレートと化していた。

「まあ、いいの?サンジ君」
悪戯っぽい目で見上げるナミの、その大きな瞳がキュートだなあと鼻の下を伸ばしながら、サンジは恭しく掌を返した。
「勿論ですよナミすわん!麗しいレディに麗しいケーキを。最も似合う食器で供するのが俺の最大の悦び〜v」
大袈裟なアクションに首を竦め、ナミは早速ケーキを口に運んだ。
「美味しいv」
「幸せーっ!」
サンジの雄叫びが高い空にこだまする。

昨夜から何かと気を揉んで二人を見守っていたウソップは、そんな光景を眺めながら一人首を傾げている。
結局あれから見ざる聞かざるを貫いて、とっとと男部屋に引っ込んだのだが、あの二人は男部屋には帰って来なかった。
とうとうサンジが食われちゃったかと気を遣いながら朝、ラウンジに顔を出せばサンジの様子は特に変わったところもないし。
寝くたれて朝食の時間に間に合わなかったゾロを起こしに行って、爽やかに蹴り飛ばして帰って来たサンジの笑顔にも、なんら変化はなかった。
―――どいうこと?

角皿をゾロ専用にしなくなったことで、きっぱり気持ちを切り替えたのかはたまた・・・
皿一枚で特別扱いしてるつもりの自己満足は、もう必要なくなったということか。

ぼんやりと考えながら何気なく視線を流していたら、ゾロと目が合ってしまった。
その途端、ゾロがウソップを見据え、にたりと笑った。
にやりでもにこりでもない、にたりとしか表現しようのない笑み。

ひ、ええええええええええ
麗らかな昼下がりに言い知れぬ悪寒を覚え、ウソップは慌てて目を逸らしサンジ特製デザートに鼻を突っ込むようにして、食べることを専念した。

「サンジさんのデザートは、これまた格別です〜v」
はしゃぐブルックには薫り高い紅茶を、フランキーにはコーラ、チョッパーにはミルク、ルフィとウソップにはココアとナミに特製オレンジジュース、そしてロビンとゾロには濃い目に淹れた熱いコーヒーを。
誰もが特別で誰もが等しく大切な、愛しい仲間たちのために、サンジは今日も元気にキリキリ動く。

―――ああ畜生、可愛いぜ。
そんなサンジを仏頂面で眺めながら、ストイックで強面なゾロが、脳内では今後の予定を早速立てて、あーんなことやこーんなことまであれこれシミュレーションしてるだなんて、誰にも想像すらつかないだろう。
恐らくは、標的であり当人でもあるサンジでさえも。


―――昼も夜も、思うはてめえのことばかり

決して間違ってはいない、甘い愛の睦言。








   END


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