■ヘブンリー・ブルー


あどけない子どもの笑い声が、秋晴れの空に響く。
都心でありながら緑豊かな公園は、多くの親子連れで賑わっていた。
その中を駆け抜けるように、足元も覚束ない幼子がトテトテと通り過ぎ、コロンと転んだ。
砂地に膝を着き、顔を歪めて後ろを振り返る。
「じ、じぃじちゃ〜〜〜」
「あーあ、いきなり走るから」
ゆっくりと歩み寄るのは、目立つ髪色の青年だった。
午後の日差しを受けて、混じりっ気のない金髪がキラキラと輝いている。
透き通るような肌の白さと長い手足は、モデルを思わせた。
どこかで見かけたことはあるかしらと、ベンチでお喋りに興じていた奥さん方が見るとはなしに意識を向ける。
「じぃじちゃ、じーじ」
「はいはい。男の子だろ、泣かない泣かない」
立ち上がるように手助けはせず、子どもの側で膝を着いてしゃがむ。
子どもはべそを掻いたまま、小さな手を青年の首に回してぎゅっと抱き付いた。
「じじちゃ〜〜〜」
恐らく、この青年の愛称は「ジジちゃん」なんだろう。
「ジジ」って女の子の名前じゃなかったかしら。
でも、この人ならどんな愛称でも似合いそうねと、勝手な憶測をしつつ奥さん方はチラチラと窺い見る。
「よしよし、擦り剥いてないだろ?」
膝の砂を払っていたら、駐車場から両手に荷物を持った男性が近付いてきた。
こちらもまた、随分と目立つ外見だ。
背が高くがっちりとして、体格が良い。
短く刈られた緑の頭髪は生え際部分にぽつぽつと白髪が混じっていて、それなりの年齢のようだ。
シャープな印象がある整った精悍な顔立ちだが、目尻や口元にうっすらと浮かぶ笑い皺が親しみを感じさせる。

「お、どうした。コケたか」
「たいしたことないよ、ねー」
青年は男性を振り仰ぎ、すぐに子どもに視線を戻した。
青年の首に引っ付いていた子どもが、はにかむように身を捩って離れる。
先ほどまでべそを掻いていたのが嘘のように、胸を張って伸び上がった。
「じーちゃ」
「よしよし、えらいな」
男性は荷物を一つ青年に渡すと、屈んで男の子を抱き上げた。
きゃっきゃとはしゃいだ声を上げ、男の子が笑う。
束の間観察していただけでも、なんとなくわかってしまった。
男の子は青年に甘え、男性には畏敬を抱きつつ懐いているのだ。
「じーちゃん」
今度ははっきりと発音した。
どうやら、この男性の孫らしい。
よくよく見れば、男の子の顔立ちに男性の面影が見える気がする。

もう少し観察していたいけれど、そろそろ保育園のお迎えの時間だ。
名残惜しいと思いつつ、奥さん達はそれぞれに帰り支度を始めてベンチを立つ。
一人が、勇気を出して青年達に近付いた。
「あの、私達もう帰るのでよかったら、こちらのベンチどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
青年はパッと顔を綻ばせ、恭しくお辞儀した。
「ちょうど、どこかに腰掛けておやつを食べようと思ってたんです」
気取った仕種もどこか様になっていて、カッコよくも可愛らしい。
好奇心を抑えきれず、ちょっと突っ込んだ質問をしてみた
「可愛らしいお子さんですね。弟さんですか?」
青年が若すぎて、親子にはとても見えない。
もしかしたら親戚かもしれないけれど、実は血の繋がらない兄弟という可能性もあるかもしれない。
そんな野次馬根性が見え隠れしたが、青年の答えは更に斜め上だった。
「いいえ、孫です」
「――――は?」
一瞬、その場の空気が止まった。
帰ろうと背を向けていたはずの奥さんも、動きを止めている。
「え、あの、お孫さんで・・・」
救いを求めるように男性を見上げると、男性は穏やかに微笑んで頷いた。
「ええ、私の孫です」
ですよねーと頷き返したら、男性に抱かれている男の子が青年へと両手を伸ばす。
「じーじ」
「はいはい、おじいちゃんですよー」
青年は男性から男の子を受け取ると、愛しげに頬ずりした。
「お、じいちゃん・・・」
呆然とした奥さんの背後から、もう一人の男性が走ってきた。

「悪い、遅くなった」
「パパー」
男の子が、青年から離れて伸び上がった。
男性に支えられ、空中を飛ぶように手渡される。
「子守ありがとな、サンジ」
「コラ」
“サンジ”と呼ばれた青年は、荷物を担ぎ直して胸を張る。
「人前では“お父さん”と呼べっつっただろ」
「お父さん?!」
もはや、奥さん方は驚きを隠しもしないで狼狽えている。
新たに加わった青年は、はいはいとおざなりに返事した。
「それより、ビビが待ってるから早く行こうぜ」
「遅れて来てなに言ってやがる」
「だから悪かったって」
片手で子どもを抱き、もう片方の手でサンジから荷物を受け取って肩に掛けた。
呆然と見ている奥さん方に気付き、サンジはぺこりと頭を下げる。
「お気遣いありがとうございました、失礼します」
「はあ、どうも・・・」
どこからどう見ても、まだ20歳になるかならないかの青年だ。
彼がどうして“おじいちゃん”で“お父さん”なのか、さっぱりわからない。

「おやつは中庭で食べようか、ビビちゃん食事制限出てっから傍で食べると可哀想だ」
「そうだな」
「もうすぐお兄ちゃんだぞ、楽しみだな」
「うん!」
はしゃぐ子どもを構いながら、4人は公園に隣接する病院へと向かう。
その後ろ姿を見送って、奥さん方は一様に首を傾げた。


色づいた樹々はところどころ葉を落とし、枯れた枝が重なって揺れている。
その合間を抜けるように、小鳥達が忙しなく囀りながら舞い飛んだ。
その後ろには、どこまでも青く高い空が広がっている。


End




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