heart of mind 1



喧嘩するほど仲がいいとはよく言ったものだ。
新進気鋭の麦藁海賊団、剣士とコックはまさにその典型だとナミは思っていた。

この二人は最初から、そりゃあ相性が良さそうになかった。
ほんとの出会いはどうだったか知らないが、ココヤシ村に来た頃には寄ると触ると喧嘩ばかり。
戦いの最中は気が合っていたらしいが、満身創痍の勝利の夜にも手が出せなければ口で身振りで、いつまでも争っていたらしい。

仲間となってグランドラインに渡ってからも些細な諍いや意地の張り合いは日常茶飯事で、新たに仲間になるクルーたちも数日で二人の関係に慣れて行くようだった。
まあ、狭い船で生まれも育ちも違う赤の他人と、始終顔を付き合わせて暮らしていくのだ。
いっそこのくらいオープンにぶつかり合う方がストレスは堪らないだろうと、常に一歩引いて二人の喧嘩を見守っていたナミだったが、その内否が応にも気付いてしまった。

―――これって、じゃれ合い?
よくよく考えてみれば、ルフィとウソップを覗く殆どのクルーたちは、幼少時を同年代の友人と過ごした経験がない。
自分にはノジコがいたし、女の子同士はまあビビともそうだったように一晩お喋りすれば大抵仲良くなれるものだが、男同士はそうはいかないのかもしれない。
どうやら、お互いどう接したらいいかわからなかったようだ。

それに遠慮なく喧嘩し合える同等の強さと言うのも、お互いに初めてでもあり嬉しかったのだろう。
サンジがなにかと難癖つけては張り合うのも、ゾロがいちいち応酬してからかうのも結局は子供じみたおふざけだ。
それに気付いて、ナミはほとほと呆れると同時にほんの少し羨ましくなった。
男って、いくつになっても可愛いものね。

自分には無害だと、そう思って生暖かく見守っていたのに最近雲行きが変わってきたようだ。
ゾロが、イラついている。








ゾロとサンジのじゃれ合いに、微妙なズレが生じてきたのはいつの頃からだっただろう。
順調な航海が続いて暇を持て余していた頃じっくりと観察した限りでは、サンジがゾロにちょっかいをだすのは単純に嬉しいからだ。
ぐる眉を下げて口元を歪めて心底嫌そうに軽蔑した風に話しかけてはいるが、尻尾でも生えてたらぶんぶん振り回してしまうくらい、構ってもらって嬉しそうだ。
大人にばかり囲まれて育って来た反動だろう。
それはナミにも理解できるから、微笑ましく思っていた。

がしかし、一方のゾロはと言えば、確かにこちらもサンジ同様表面で見せる以上に、内心でサンジとの諍いを楽しんでいるのは見え見えだった。
これも幼い頃から一人旅に出ていた反動かとも思ったが、どうやら違う。
大体ゾロは人を恋しがるキャラでもない。
サンジに構ってもらって嬉しいと言うよりも、サンジを構って楽しんでいる、そんな感じだ。

なんだかな〜
どこかで見たパターンみたいなんだけど・・・とナミが一人で呟いていたら、ロビンが悪戯っぽく微笑んだ。
「苛めっ子の心理でしょう。」
目から鱗とはこのことだ。
なんだーと一人で合点が行けば、今までの流れもすべて見えてくる。
なんのことはない、ゾロは本当にサンジにちょっかいをかけて楽しんでいる。
好きな子に意地悪するみたいに。

―――好きな子?
思い至れば新たな展開が見えてきた。
なになに?もしかしてゾロって、サンジ君のことが好きなの?
そう思い出したらうずうずして止まらなくなった。
まさかあの強さばっかり目指す朴念仁が同い年の男に興味があるなんて、なんだか美味しい展開じゃない。
そうロビンにそっと囁くと、ロビンも至極真面目な表情で「ほんとにね」と同意した。
どうやらロビンはもっと以前から、楽しんで眺めていたようだ。

「ゾロっておっさん臭いばっかりだと思ってたけど、案外子供っぽい部分もあるのね。もう告ったのかしら。」
「それどころか、自覚してるかどうかも怪しいわよ。」
言われてみればそのとおりだ。
生身の男同士の恋愛絡みが身近で起こるのはちょっと生々しくて勘弁だけれど、この二人なら
まあ許せないこともない。

なにより、そういったことの対極に位置するゾロが、サンジに惹かれたと言うのが非常に好ましい。
剣の道だけにひたすら生きて高みを目指すだけの男じゃなくて、ちゃんと求める人間がいたのだ。
しかもその相手がただ守るだけのひ弱な存在ではなかったことが、ゾロらしいと言えばゾロらしくて他人事ながら嬉しかった。

勿論、これはサンジにとっては災難でしかないだろう。
少なくとも今ナミが客観的に分析している時点では、サンジは根っからの女好きで男には興味はなさそう…と言うより、毛嫌いしているようだ。
レディ至上主義の信念よりも先に、過去の色んな経験が彼をそうさせてしまったのかもしれない。
と言うのも、ナミの目から見てもサンジにはどこか危うい魅力がある。
男らしさを誇示するつもりのタバコや乱雑な素振り、粗暴な振る舞いも、どこかコケティッシュで人目を引いてしまう。
実際上陸する度に酒場でひと悶着起こす原因は女性絡みではなさそうだし、その話題に触れるとまるで苦虫でも噛み潰したみたいな顔で睨みを効かせているから、本気で不愉快なのだろう。
そんなサンジ君相手に、ゾロの幼い恋は成就するのかしら。
ナミの最近の関心ごとはもっぱらそれだった。

ところが最近、ゾロが激しい苛立ちを見せ始めている。
本人に自覚がないのか傍迷惑なオーラが響いて、ウソップは怯えるわチョッパーはうろたえるわで、クルーの生活リズムにも支障が出てきた。
注意深く観察すれば、ゾロの機嫌が傾くのには、なんでもない日常の一コマにだってその原因があるらしい。
例えばサンジがナミやロビンに特別にデザートを振る舞っていたり、掃除や修理などで率先して手助けをしていたり、上陸したときのナンパ話を得意げにウソップたちに話していたりするときだ。
つまり全部女絡み。

・・・わかりやすいにも程があるわ。
実に幼稚な焼きもちだ。
それがわかりすぎるほどわかるから、ナミは面白がるより軽い頭痛を覚えた。
この程度では、ゾロの恋の進展なんてとても望めないだろう。
それどころか、ゾロ自身が自覚しているかも怪しい。

多分無意識に、サンジ君が女の子にメロリンしてると不機嫌になってるだけなんだわ。
無自覚な条件反射。
見てるだけなら楽しいけど、場合によっちゃ迷惑ね。
非常に微笑ましいことでもあるが、男同士のままごと恋愛ははっきり言って気色悪い。
そろそろ大人のお付き合いに発展してもいいんじゃないかと、ナミは一計を案じることにした。




麗らかな秋島海域。
穏やかな気候と豊富な雨量は、点在する島々に恵みをもたらしている。
豊穣の島に立ち寄り、ログが溜まるまでの僅かな時間をのんびりと過ごすことになった。
「ログが溜まるのが3日だなんて、なんだか惜しいわね。」
「もう少しゆっくりしようぜ。温泉あるんだろここ。」
急ぐ旅ではないのだが、ルフィは馬鹿の一つ覚えみたいに常に前へ前へと進みたがる。
「どうせこの先も秋島海域は当分続くんだから、適当に進もうぜ。」
ブーイングを上げる仲間たちの前で、ゾロだけがルフィの肩を持って皆を黙らせた。

「ゾロって、よくわかんないわよね。」
船番にサンジを残して降り立った小さな街で、ゆったりとグラスを傾けた。
「なにがだ?」
この島は酒が美味いとゾロはご機嫌だ。
先の見えないナミの振りにも構わず淡々と飲んでいる。
「私やサンジ君達はもっとこの島にいようっていってるのに、当然みたいにルフィの肩持つんだもん。」
少し驚いたように、手を止めてナミを見る。
「ああ?なに言ってんだお前。」
「なんだってそうよ、ゾロはルフィの言うことは大概無条件で通しちゃうもの。サンジ君とは大違い。」
「だからなんでそこでクソコックが出てくんだ。」
ゾロは不機嫌そうに顔を顰めた。
やはり、無自覚なのだろう。

「例えばルフィが右って言って、サンジ君が左行きたいって言うじゃない、ゾロは絶対迷いもなく右に行くのよね。」
「ああ?当たり前だろうが。」
馬鹿馬鹿しいと、横を向いて息を吐いた。
「なんで?ルフィが船長だから?それともサンジ君の言うことは、最初からそのとおりにしないつもりなの?」
「なんだってんだてめえ、絡み酒か?」
ナミはふふんと鼻で笑ってゾロのグラスに酒を注ぎ足した。
「まさかと思うけど、あんた自分で気付いてないの?ゾロにとってルフィが特別?それともサンジ君?」
「・・・意味が、わからねえ。」
ゾロはナミと呑むのは結構気に入っているが、こんな風に遠まわしに話を向けられるのは苦手だ。
先が見えなくて苛々する。

「んじゃ単刀直入に言うわね、ルフィは船長だしあのとおりだから、あんたにとっては特別だけどそれ以上じゃないわよね。」
「だから、なんでそこでルフィが出てくんだよ。」
「いいから黙って聞きなさい。それに比べてサンジ君はあんたの喧嘩仲間だけど、ほんとはそれ以上に気になって仕方ないでしょ。」
ゾロはむうと口を噤んでナミを見返した。
茶褐色の瞳が、悪戯っぽく輝いている。
「サンジ君のお願いに逆らってばかりいると、逆効果よ。」
「話が見えねえ。」
「苛めっ子の心理が通用するのは子供の時だけってことよ。反発させるようなことばかりしてないでサンジ君の意を汲むようなこともすれば、案外簡単に関係は変わるかもよ。」
すました顔でジョッキを煽るナミの横顔を、ゾロは黙ってじっと見つめた。
ふん、と一呼吸置いて肴を摘まむ。

「馬鹿馬鹿しい、黙って人のこと見てにやついてやがるかと思えば、一人で楽しんでやがったな。」
「あら失礼ね、暖かく見守ってあげていたんだじゃないの。」
「そう言うのを下衆の勘繰りっつうんだよ、別に俺あなんとも思ってねえ。」
「あら、そうかしら。」
ふとゾロは真顔になってナミを凝視し、にやりと笑った。
「そう言うてめえもあれだな。話の引き合いにルフィを出してくるたあ、意識し過ぎじゃねえのか。」
いきなり話を振られて、ナミは半端じゃなく赤くなった。
「な、なによ。あんたこそいきなり何言い出すの?すり替えないでよ。」
「ああわかったわかった。安心しろ、俺は野郎にゃ興味ねえし、ましてやルフィなんて範疇外だ。俺が認めたキャプテンのそれ以上でも以下でもねえよ。」
「むっかつくわね、違うって言ってんでしょっ」
「盛り上がってるところを失礼。航海士さん、そろそろ日付が変わるわ。宿に帰らない?」
やんわりとロビンが割り込んだ。
これ幸いにとゾロがナミのジョッキを横取りする。

「ああ、お前らには夜中は物騒だ。とっとと宿に入っちまえ。面倒ごとに係わるなよ。」
「一々むかつく男ね。サンジ君なら送ってくれるのにーだ。」
「ならルフィに送ってもらえよ。」
後ろでウソップとはしゃぐ背中を指で示せば、ジョッキで思い切り殴られた。
「あんたみたいな無神経男、ちょっとはサンジ君の爪の垢でも煎じて飲ませてもらえばいいんだわ。」
はしたなくもあかんべえをして、ロビンと連れ立って店を出た。




「随分腹を立てているのね、航海士さん。」
「ああ言う見掛け倒しのガキ男にからかわれるのが、いっちばん腹立つのよ。ったく、むかつくったら・・・」
それもまたお互い様で微笑ましいと思ったが、賢明なロビンは口に出さない。
「人がわかりやすく忠告してあげてるのに、あの唐辺木・・・ただでさえ男と女の恋愛感情も理解し難いのに、男同士であの調子でどうする気かしら。」
「かえって同性同士の方が理解が深まるのではないかしら。」
「なんにしても、あの二人は規定外よ。」

薄暗い路地を曲がると、歩道の丁度中程に老婆が小さな明かりを灯して座っていた。
まったく気配に気付かなくてぎょっとして立ち止まる。
「あら、占いかしら。」
「・・・違うんじゃないの?」
よくある水晶や八卦見のアイテムはない。
薄汚れたクロスの上に並べられたのは、赤い木の実。

「お嬢さん方、恋愛で悩んじゃいないかい?あたしの実は手軽で便利だよ。」
紗のベールを被った老婆はおどろおどろしい雰囲気かと思いきや、よくみたら丸顔で可愛らしかった。
目尻にも細かな皺が寄り、開いているのかわからない細い瞳はいつでも笑っているかのような形だ。
「なあに、恋に効くおマジナイ?」
「いやいや、気になる相手の気持ちがわかる実じゃ。と言っても透視するものじゃない。まさしく相手の心の機微がわかる、ものの捉え方や考え方をそのまま取り入れる実じゃよ。」
よくわからなくて、ナミは膝に手をついてテーブルの上を覗き込んだ。
「この実を知りたい相手に一旦舐めさせて、自分も一粒実を舐める。表面に薄く張った幕は非常に苦くてな、どんな人間も一旦は吐き出さずにはいられない。だが二度目はそれは甘い実になるのじゃ。お互い苦い部分を舐めて、それから実を取り替えて甘いのを食べさせてしまえば、取替え終了じゃ。」
「取替え?」
「そう、『カエッコ』の実じゃよ。お互い最も理解不能な、謎の心理を取り替えることができる。すると、より理解が深まり連帯感も芽生えて絆が強まるという図式じゃ。」
「へええ〜〜〜」
ナミは手にとってしげしげと眺めた。
「ほんとにお手軽みたいだけど、この実って恋愛成就に需要があるのかしら。」
「どちらかと言うと、悪戯目的が多いのお。」
「・・・やっぱり・・・」
なんにしても面白そうだ。

「これの効用はどのくらいなの。」
「摂取してから24時間じゃよ。お手軽便利、じゃろ。」
老婆も悪戯っぽく片目を瞑って見せる。
ナミは買う気になった。
先ほどゾロにからかわれた意趣返しが目的だ。
「で、いくらなの。・・・ええっ高いじゃないっ」
「この島でしか取れない実だしね。一度くらい貴重な経験ができるなら、安いもんさね。」
ああだこうだと交渉して、手を打った。
ナミにしたらお遊びには過ぎた出費だが、これもプレゼントを兼ねると思うと安いものだ。

「え、プレゼント?」
「実は明後日、ゾロの誕生日なのよ。これがゾロの役に立つといいんだけどね。」
瓶に入れた赤い実を二粒、ひらひらと掲げてナミは悪魔の笑みを浮かべた。



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