初商 -3-


「あー疲れた」
今日で当番終了のごんべさんJrは第一陣グループと一緒に帰り、後片付けまで終えたゾロとサンジは今日から合流のおっさん達の誘いを振り切ってまっすぐホテルに戻った。
売り場にいるときは気が張っているせいかそれほど体力の消耗を感じなかったが、部屋に入った途端どっと眠気が襲って来る。
フラフラとベッドに倒れこむサンジの代わりに、ゾロはコートをハンガーに掛けたり荷物をまとめたりとテキパキ動いた。
「やばいー眠いー」
「風呂にだけ入って、あったまれ」
室内の暖房を付けたばかりだから、まだ空気は冷たい。
狭いシングルベッドからにょきっとはみ出している長い足先から、靴を脱がせてやる。
ぐるぐるに巻いたままのマフラーを掴んで引き起こし、上着と一緒に厚手のセーターをたくし上げた。
「いや待てわかった、行く」
そりゃいかんだろうと、ゾロにたくし上げられたせいで白い腹だけをチラ見させながらヨロヨロと立ち上がった。
マフラーに半分埋もれた顔の、上半分が赤くなっている。
このままゾロに裸に剥かれて風呂に連れて行かれる危険性を察知したらしい。
ゾロとしたらどっちでもよかったのに、とっとと逃げられたことで少し残念な気分になった。
このまま寝入ってしまったとしても、別にいいのに。


すぐに眠れるように下着を出して、備え付けのパジャマと一緒にベッドに置いてやる。
ポットの湯を沸かし、ティーパックでお茶を淹れた頃サンジは上がってきた。
「お先〜」
風呂に入って、少しは眠気が遠退いたようだ。
それでも目元をシバシバさせて、濡れた髪を拭いている。
「湯、抜かずに置いてある」
「それでいい、俺も入ってくる」
入れ違いに風呂場に向かえば、背後でもそもそと腰に巻いたタオルの下からパンツを履いている姿が目の端に映った。
眠い時のサンジは、仕種一つとってもどこかあどけなくてゾロの好物だ。

いつも以上にカラスの行水でさっさと上がると、サンジは布団の中に入って赤い顔をしたままうっすらと眼を開けている。
「まだ寝てねえのか?」
「・・・この部屋、あんまり暖まらないんだ」
風呂上りのゾロにはよくわからないが、昨夜同じ部屋に泊まったサンジが言うならそうなのだろう。
「そうか、じゃあ身体が温かいうちに寝た方がいいんだな」
バスタオルで手早く水分だけ拭うと、持ってきたスウェットに着替えた。
サンジは壁に張り付くように身体を引っ付けて、狭いシングルでももう一人眠れるよう場所を空ける。
「そんなに隅っこ行かなくていいぞ」
「そうでないと、ゾロが落っこちる」
大の男が密着しないと寝転がれないこの狭さでは、どう考えても熟睡は無理だろう。
そう思っているのに、サンジはゾロが布団の中に入ってくるのを待ちかねたように手を伸ばし、胴回りを抱え込んだ。
「あーあったけえ」
「なんだ、もうこんなに冷えてんのか」
布団の外に出していたらしい指先の冷たさが、今のゾロには気持ちいい。
よしよしと胸の前に抱くようにして腕枕を差し込む。
「狭かったら押し退けろよ」
「おう、寝苦しかったら蹴り落とす・・・」
最後の方は呂律もろくに回らないで、サンジはゾロにしがみついたままウトウトとまどろみ始めた。
まだ風呂の湿気が残る、火照った肩口に冷えた鼻先が押し付けられて、ゾロは色欲ではない、けれど胸の底からぐわりと沸き立つような熱い激情のようなものを感じながらサンジの身体を抱え直した。
寝入ってしまったらそっとベッドを抜け出して一人で飲み直そうとか思っていたのに、そんな企みももうどうでもいい。
このまましっかりと抱き締めて、深く安らかに眠らせてやりたい。
まだ湿り気が残るサンジの髪に鼻先を突っ込んで、僅かに布地から出ている部分がすぐに冷える肌を撫でながら目を閉じる。
ゾロ自身も疲れていたらしく、その後はまったく記憶にない。



目が覚めたら朝だった。
ぼんやりとした視界の中に、見慣れた青い瞳が映る。
ああ、サンジはまだいると安堵し、それからすぐに自分が抱く身体の温もりに気付いた。
確かめるようにぎゅっと抱き直すと、サンジは小さく笑い声を立ててより深く身体を寄せてくる。
目覚めた時にサンジが隣に寝ていると、ものすごく嬉しい。
まだ起きなくていい時間だということと、こうやってまどろみながら抱き合っていられる心地よさがたまらない。
「いつから起きてたんだ」
「ん、ちょっと前・・・」
ちゅ、ちゅと軽く額に口付けながらサンジは冷たい頬を摺り寄せてきた。
「起こしてくれりゃよかったのに」
「まだ早いし・・・」
そこまで言って、ふっと笑みを零す。
「お前の寝顔、見てんのが好き」
「俺もだ」
だから昨夜はずっとサンジの寝顔を眺めていようと思っていたのに、不覚にも寝てしまった。

しばらく二人で、子犬みたいにコロコロと身体を重ねながら寝転がっていた。
サンジの肩に頭を持たせ掛けたまま、ゾロは天井を眺める。
「ベッドから落ちなかったな」
「そん代わり俺、相当挟まれたぞ、壁に」
寝てる間、ゾロはぎゅうぎゅうと押し寄せて来るんだと軽く抗議する。
「その度結構乱暴に押し退けたんだけどよ、ビクともしねえのな、寝てるお前って」
「悪い、眠れなかったか?」
「いや〜あんだけ何度も目が覚めて押し返してたのに、なんかよく寝た気がするんだよなあ」
目が覚める度にああゾロがいると、そう思うだけで安らげた。
何度も目が覚めたお陰で幸せ感が倍増だと、てらいもなく笑う。
「くそう、俺はぐっすり寝すぎて、寝た記憶すらねえ」
熟睡したことを口惜しがるゾロの頭をよしよしと撫でながら、身体を起こす。
手を伸ばして灰皿を取り、ちょっと一服と火を点けた。
寝煙草禁止〜と呟きながら、ゾロはその膝の上に頭を乗せて寝直す。

「久しぶりに二人きりだから、色々話したいとか思ったのになあ」
「お前はずっと売り場だから、結構大変だろ」
「ゾロの方こそ、荷物の移動ばかりで大変だろ、運転は疲れるだろうし」
一緒に体験したあれこれも、どちらかがいない時に起こった出来事も、いくらでも話したいことはあるのに、ただ抱き合って眠っただけで随分と満たされてしまった。
「なんかまあでも、面白えよな」
「ああ、面白え」
ゾロやサンジのみならず、農家のおっさんおばちゃん達にとっても、いい刺激になるだろう。
日替わりで来る人達にはある程度、傾向と対策を伝授しておかなければ。

「そろそろ朝飯食いに行こうぜ、今日も一日忙しいだろうし」
「そうだな、腹が減っては戦はできぬだ」
早い時間からたっぷり眠ったせいか、腹が減った。
そう言いながら名残惜しげにベッドから降り立った。






シモツキフェアの来客数は日を追うごとに増えていき、最終日にはトイレに行く暇もないほどの大混雑となった。
雪対策に目処がついた農家の人達も、最終日だからと増員されて賑やかさに拍車が掛かっている。
餅つきイベントも午前と午後に2回ずつ行われ、すっかりシモツキフェアの目玉になった。
餅パックを売るときは、固くなった時の対処法を言い添えるのを忘れない。
面白いことに、2日目以降なんらかのクレームを言って来るお客さんほど、足繁く通って来てくれている。
餅が固いと言ってきた奥さんは5日連続皆勤賞だった。
時々頓珍漢なクレームが飛び出すけれど、基本的にこちらの説明には素直に耳を傾けて他のものを買ってくれたりするから、結果的にいいお客さんだった。

すべて売り切りで、夕方以降加工品などを値下げされるのを待つ人達のためにタイムセールなどしたりして。
みんなすっかり商売人になりきって、喉を嗄らしながら手を叩き手際よく売りさばいて行く。
「また来年も来てね」
「待ってるわ」
5日の間にすっかり常連になってくれた奥さん方が惜しみながらたくさん買って帰ってくれる。
今度シモツキに行ってみるよと、嬉しいことを言ってくれるお客さんがいる。
組合のHP見たよと、メールをくれた人もいるらしい。
春から始める直送便の手ごたえも上々だと、たしぎは興奮気味だ。
こうして、正味5日間のシモツキフェアは盛況の内に幕を閉じた。




「あー楽しかった」
帰り道は空のコンテナやダンボールを積んだバンに乗り込み、身も心も軽かった。
「いつものパン屋さんがお惣菜パンくれましたよ」
「お向かいで売ってたお赤飯も貰っちゃった」
「いただいてばかりだよなあ」
「みんな賑やかで楽しかったって、店員さんもいい人ばっかりだったね」
たった5日間でも、顔見知りがたくさんできた。
なによりもお客さん達に、また帰って来てねと言われたことが嬉しい。
「シモツキ村、ちょっとは定着したかな」
「すんごい名前が売れたと思うよ。この辺りだけだけれど」
「車で2時間程度だから、来れる距離だよね」
「夏に遊びに来てくれるかなあ」
差し入れのパンを頬張りながら、それぞれがこの5日間に思いを馳せてしばし無言で咀嚼する。
今回は運転しなくて済んだゾロは、サンジの隣で腕を組んだまま既に舟を漕いでいた。
その寝顔を見て人差し指を立て笑うたしぎに目配せして、サンジはそっと肩を貸す。
こてんと子どものように凭れ掛かるゾロの重みを心地よく感じながら、サンジはシモツキに近付くにつれ白さを増す景色を眺めていた。



END


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