■はしたないため息 -3-




見張り部屋に顔を出した途端、猛烈な殺意が風圧となってゾロの顔面を襲った。
「このクソ緑、死にさらせっ!」
悪鬼のごとき形相で蹴り掛かって来るサンジを紙一重で躱し、刀の鞘で重い蹴りを受け止める。
「いきなりなんだ!」
「うるせえ、全部てめえが悪いんだ!」
ゾロの与り知らぬところでサンジが勝手に切れるのはよくあることなので、面倒臭ぇなと嘆息する。
「いいから、てめえはキッチリ見張りしてろ」
「うるせえ、てめぇこそ何しに来た!」
「ナニ」
「ふっざけんな、馬鹿やろおおおおおおっ」
爪先でゾロの顎を蹴り上げようとするから、跳び退りながら抜刀して応戦した。
ゾロの抵抗に、サンジはますますヒートアップする。
「死ね、死に腐れ!」
「おもしれえ、やるかコラ」
ゾロも興に乗ってきた。
遠慮や手加減がいらない相手とやり合うのは、正直楽しい。
俄然戦闘モードになって嬉々として応戦していたが、襲い来るサンジの表情が泣きそうに歪んでいるのに気付いて動きを止めた。
「おい、てめえ変だぞ」
変なのは元からかと、思い直しながらも様子を伺う。
「うるせえ、全部てめえのせいなんだァァァ」
サンジはトドメのようにゾロの肩を強く踏み、いきなり膝の力を抜いてその場に崩れ落ちた。
床に手を着き「おおおおおう」と慟哭する。
「なんなんだてめえは」
ゾロは呆れながら自分の肩をはたいた。
踏み堪えはしたものの、肩の関節が若干軋む。
まだまだ鍛え方が足りないらしい。

「うるせえ、これを見ろ!」
サンジは床に突っ伏した状態で、ゾロの方を見ないでいきなり手にした雑誌を突き出してきた。
反射的に受け取って、表裏を確認する。
どこにでもある、なんの変哲もない雑誌だ。
「これが、なんだって?」
「だから見ろっつってんだ!中を読め、確認しろ!」
サンジはいったん顔を上げてキッと睨んだ後、涙目を隠すようにまた床に伏せてしまった。
動作は明快だが、行動が意味不明過ぎて訳が分からない。
無防備に伏せている相手を殴りつける訳にもいかず、ゾロは仕方なくパラパラと雑誌を捲った。

世間を騒がせている旬の海賊情報や全裸に近い女のグラビア、宣伝と海兵募集記事などが目に入るが、これの何が問題なのかさっぱりわからない。
何度かパラパラと行きつ戻りつを繰り返していると、サンジがガバッと顔を上げて吠えた。
「探し下手か!もういい貸せ!」
そう叫んで引っ手繰り、勢いよくページを捲る。
「最初からそうしてりゃ―――」
「うるさい、ここだここ!」
親切にもゾロが見る角度に雑誌を向けて、手のひらでパンパン叩く。
苛々した様子ながらも、どこか甲斐甲斐しい。
そこに見知った人影を見つけ、ゾロは「お」と半眼を開いた。
「なんだ、俺じゃねえか」
「てめえだよ、だから言ってんだこのクソボケ野郎」
半ば感心して眺めるゾロの前には、『海賊狩りが、夜の海賊狩り?!』などと、ベタなダジャレ文字が斜めに横切っている。
「なんかに載るかと思ったが、これか」
「てめえ、やっぱり気が付いてやがったな」
ギリギリと歯噛みするサンジに、ゾロは心外そうに顔を上げた。
「てめえだってそうだろうが」
「俺は、なんか別の魂胆があるかとわざと泳がせてたんだよ」
「なにが別の魂胆だ、写真撮られてたのに気付いてたろうが」
「だからって、まさかこんなゴシップ扱いになるとは思わなかったんだよ!」
サンジは手にした雑誌を床に叩きつけ、地団駄を踏んだ。
「大体、なにが楽しくて野郎同士のこんな、こんな隠し撮り的な記事がこともあろうに天下のGLSに載るんだよ!」
「そりゃ、そういうのばっか載せてる雑誌だからだろうが」
「だから、なんでよりによって俺とてめえなんだ。俺だって、ナミさんやロビンちゃんと浮名を流したいーっ!」
願望を叫びながら、あああああと頭を掻き毟った。
「お前、お前!これがどこにあったか知ってるか?これが!」
床に投げ出した雑誌をバンバンと叩くサンジを、ゾロは「知るか」と一蹴する。
「こ・れ・は、ナミさんが使ってたストールの中に隠されてたんだぞ?いいか、隠されてた、つまり、ナミさんは・・・ああああ、考えたくはないがもしかしたらロビンちゃんも!これを、読んだかもしれないんだァ」
「読んだだろうな」
考えるまでもなく、あの二人なら絶対に先に見ている。
ゾロはそう思ってさらりと肯定したが、サンジの方はさらに絶望に打ちひしがれて床を転げまわった。
「見た?俺らのこと、知っちゃった?!雑誌にスキャンダルとして載っちゃうような仲だって知られちゃったぁあああ!!!耐えられねえ、あの二人にだけは知られたくなかった!」
「―――――・・・」
ゾロはもう言葉もなく、ただ黙ってサンジの奇行を見守るしかない。
常日頃からアホだバカだと思っていたが、ここまでとは。

「知られた、知られちまった!二人に俺らのこんな、こんなふ、ふしだらなか、かかかか関係を知られてしまった!」
しかも!と声を大にして上半身を起こす。
アクションがいちいち激しい。
「これがナミさんのストールの中に意図して隠されてたってことは、ナミさんは・・・いや、ロビンちゃんもかもしれねえが、ともかくあの二人は、俺らに気を遣って気付かれないように隠したんだ。つまり俺はあの二人にとんでもねえことで気を遣わせてしまったんだ!!」
血の気を失って目を剥くサンジとは対照的に、ゾロは呑気に首を傾げる。
あの二人がそんな気遣いするタマか?
むしろ弱みを握ったとばかりに、嬉々として脅してくる側じゃねえのか。
まあこんな大々的に週刊誌で報じられては脅しのタネにもならないが、どちらにせよ、いいからかいのネタができたとほくそ笑みこそすれ、気を遣って黙っているなど考えにくい。
「とことんめでてぇ野郎だな」
「どっちがだ!めでてえのはてめえだろうが。事の重大さを認識できず、そんな知らん顔してやがって!」
「騒いでもしょうがねえだろ」
ゾロは、跪くサンジを足で押し退けてのしのしと壁際まで歩き腰を下ろした。
夜食用らしいバスケットにワインが入っているのを見つけ、とっとと手に取る。
「とにかく、一杯やって落ち着こうぜ」
「落ち着いてる場合か!ってか、なに勝手に人の酒取ってんだ!」
憤慨して立ち上がるサンジに、ゾロは意外そうに片目を眇めて見せた。
「なんだ、一人で飲むつもりだったのか?」
「わ、悪いか」
途端、バツが悪そうに言い淀む。
このわかりやすさが溜まらんよな・・・と表情には出さず心の内でニヤニヤして、ゾロは勝手に封を開けた。
ゾロが好む、辛口の酒だ。
「いいから座れ、今さらジタバタしたって始まらんだろうが」
「ううう、お前のせいだ」
未練がましく悪態を吐きながらも、サンジも床に手を付いたまま這い寄ってゾロの隣に腰を下ろす。

バスケットには、ちゃんとグラスが二つ隠されていた。
そのことには言及せず、まあ一杯と先にグラスに注いでやる
サンジはやけくそみたいに勢いよくグラスを煽り、くはーっと熱い息を吐いた。
「畜生、まさかこんな形でナミさんたちに知られるなんて・・・」
「だったらどんな形でならいいんだ」
「うるせえ、どんな形ででも知られるわけにゃいかねえんだよ。てめえと俺だなんて、こんなの、墓場まで持ってく話だ」
「そうか?」
手酌で酒を注ぎ、ゾロは静かに口を付ける。
「説明する手間が省けてよかったじゃねえか」
「ポジティブか!」
突っ込みながら空になったグラスを差し出すサンジに、気前よく注いでやった。
早くも顔を赤くしながら、サンジはグラスに唇を付けてモゴモゴと呟く。
「大体説明って、てめえは・・・嫌じゃねえのかよ」
「は?なにがだ」
「なにがって、おめえがメインなんだぞこの記事。天下のロロノア・ゾロが男と醜聞を晒すって、切腹もんだろうが」
「事実だろ」
さらりと返すと、サンジの頬がますます赤味を増す。
「じ、事実だって、そりゃ俺とシケこんだのは事実だろうだけどよ。これ、この熱い夜だのその、熱愛だの、それは違うだろ」
「違うのか?」
真顔で聞けば、金髪の間から覗く耳まで赤く染まった。
「だっ・・・だから、そんなんまるで、俺らが付き合ってるみてえじゃねえか」
「違うのか」
「や、ヤってるけど、でも、そうじゃなくて、まるで・・・」
皆まで言えなくて、もごもごと口ごもる。
誤魔化すように、きつい酒をさらに呷った。
「だからだな、こういうのはモラル的にどうかと――――」
「海賊にモラルがなんだ、クソ食らえ」
酔いが回って早くも酩酊状態になったサンジから、空のグラスを取り上げる。
「お前もいい加減開き直れ、堂々としてりゃいいじゃねえか」
「開き直れ…って」
サンジはヒクッとしゃっくりをしてから、ゾロの目をまじまじと見返した。

「お前は、それでいいのか?」
「最初からそう言ってる」
サンジは充血した瞳を僅かに動かし、ゾロの背後へと視線を送る。
「お前、やっぱわかってねえだろ」
「なにがだ?」
「こんな、野郎同士で浮名流すなんて自殺行為だ。お前、これからホモ剣豪とか夜の海賊狩りとか言われるんだぜ」
「人になに言われたって構わねえ。俺は俺の剣士としての名を轟かせるだけだ」
「そんなん、世間に顔向けできねえ」
「海賊が世間体を気にしてどうする」
ゾロはハハッと笑ってから、真顔になった。
「俺ァ一度だって、生半可な抱き方をしたつもりはねえが」
「黙れ!」
サンジは咄嗟に両手でゾロの口を塞いだ。
辛そうに顔を歪め、首を振る。
「もういい加減にしろ、この酔っ払い」
「酔っ払いは、どっちだ」
塞いだサンジの指を甘噛みしながら、ゾロが顎をずらす。
「酔いに任せて観念しろ。俺ァ嫌ってる相手のチンポなんざ咥えねえ」
「はわわわわっ;黙れっつってんだろ!」
サンジは顔を真っ赤にして怒り、ゾロの首を絞めてぶんぶん振った。
「それともなにか、てめえは嫌いな相手に尻突っ込ませるのか」
「んな訳あるか!ってか、もうこれ以上余計なこと言うな!」
「だったら、てめえこそ観念しやがれ」
ゾロはサンジの両手首をしっかりと握った。
力を入れたのは、拘束するためではない。

「ああいう写真を撮った割に、決定打はまだのようだぜ。ある程度ネタをやっちゃあどうだ」
「てめえ、気付いてやがったな」
サンジが顔を赤くして、ゾロの背後に再び目をやる。
ゾロが入って来た時から、もう一人の気配があった。
姿は全く見えないが、息を詰めてサンジ達を見つめている。
「大方、こないだの逢瀬を撮ったカメラマンだろ。以下次号とか書いてあったが、あの後の情事は写されてねえはずだ」
「あれ以上は許さねえって、俺もお前も用心したもんな」
さすがの盗撮魔も本番までは踏み込めなかったらしい。
それでも、スクープを求めてサニー号にまで単身乗り込んでくるとは、なかなかの執念だ。
「度胸に免じて、ここまでは撮らせてやる」
ゾロはそう言って、なにか言おうとしたサンジの口を手で塞ぎもう片方の手で腰を抱き寄せた。
そうして見せつけるように視線を背後に向けたまま、掌をずらしてサンジの唇に噛み付く。
「・・・ん、ん―――――」
サンジは憎々しげにゾロの背後を睨んでいたが、やがて諦めたように目を閉じた。
意識は自然と、激しい口付けに集中する。
カシャカシャカシャと、何度か乾いたシャッター音が室内に響いた。

「――――ふ・・・」
熱い吐息を吐いて、ようやく唇を離した。
濡れた口元を手の甲で拭い、ゾロは勝ち誇ったような顔を向ける。
「ここまでだ。たたっ斬られたくなきゃ、もう失せろ」
その言葉を合図にしたかのように、気配がふっと消えた。
ほどなくして、小型のボートが夜の海から離れ去っていく音が聞こえる。

「ほんとに、乗り込んで来てやがったのか」
サンジは呆れて、見張り台から身を乗り出した。
もう気配も音もしない。
いつの間にか雨は止んで、ただ静かな夜風が吹いているのみだ。

「次号とやらがいつか知らんが、間に合うかもしれん」
「ったく、お前は本当に・・・」
サンジはガリガリと頭を掻いて、諦めたように肩を落とした。
「もう、俺ァ知らねえぞ」
「グダグダ言ってねえでこっち来い。邪魔者は消えたんだ、続きやるぞ」
「えっらそうに!」
サンジは怒りに任せて片足を振り上げた。
何度か蹴りかかり、避けた手で足首を掴まれ引き倒される。
じゃれ合うように床を転がって、ゾロの唇が何度か柔らかく肌を噛んだ。
抗っていた声も、いつの間にかはしたないため息へと変わっていく。


GLSの次号が待ち遠しいのは、ナミ達だけではないらしい。



End