春の夜の夢2    -4-



日暮れを待たずして、誕生祝の宴が始まった。
基本、個々にプレゼントなど渡さずただ飲んで食べて踊って歌うばかりの、文字通り宴会三昧だ。
しかもその料理は当日誕生日の主役が作るのだから、本末転倒も甚だしい。
けれど、コックは終始機嫌がよく楽しそうだった。
宴会だろうが馬鹿騒ぎだろうが、酒が飲めるならゾロだって文句はない。
ただ、ちょこまかと働いてばかりのコックの姿がやけに目に付いて、離れなかった。

「もう、いい加減サンジ君も腰を据えなさいよ」
「そうよ、ナミと私の間に席を作ってあげたわ」
「はいはいただいま~!うひょ~喜んで~!」
目をハートにしながらも、これが締めとばかりに運んできたのは特大のチョコレートケーキだった。
チョコレートで繊細なバラを作り、あちこちが華々しく飾り付けられている。
ルフィ達はその大きさに、ナミ達はその美しさに歓声を上げた。
「すげーこれ全部食べられるのか?!」
「なんて綺麗な細工なの、細かいところまで作られてて、しかも美味しそう」
「さあどうぞ召し上がれ」
そう言って身を引いたらルフィに一口で丸呑みされてしまう恐れがあるため、コックはその場で手早くケーキを切り分けて皿に盛る。
「ナミさんとロビンちゃんにはフルーツを添えて。チョッパーには飴細工、その他の野郎どもはシンプルに」
手際よく配ってから、最後の一皿をゾロへと差し出した。
「俺様のバースディケーキだ、ありがたく食え」
顎をしゃくって目を眇め、いかにも偉そうに押し付けてくる。
普段ならば、チョコレートケーキと聞いただけで敬遠して目もくれないのだが、今回ばかりは違った。
祝われる立場に居ながら、仲間の好物を作り供するのは、食べてもらうことがコックにとって一番のプレゼントだからに他ならない。
そして、いつもなら毛嫌いするはずの「ゾロが嫌いなチョコレート」を使ったケーキを作ったのだって半分嫌がらせだろう。
それでも今日の誕生日を祝うのなら、この皿は受け取るべきだ。

ゾロにしては頭の中でごちゃごちゃ考えてから、素直に皿を受け取った。
コックは、少し驚いたように目を瞠っている。
それに気づかないふりをして、たっぷりとクリームに縁どられたケーキを手掴みにし齧り付く。
思ったより歯ごたえがあり、甘みは控えめでふわりと上等の酒の香がした。
これなら、悪くない。

ゾロはなにも言わず、味わうように咀嚼して手の中のチョコレートケーキを食べ尽くした。
指に付いたチョコレートも舌で舐めとる。
コックがじっと見入っているから、「行儀が悪い」と叱られるかと目線を上げたら、真っ赤な顔をしてそっぽを向かれた。
髪の間から覗く耳朶まで朱に染まっていて、チョコレートを味わっていた口腔内に新たにじゅわりと唾が湧いた。

「美味ーい」
「んもう、サンジ君のケーキ最高」
「あーゾロがケーキ食った!いつも食わねえのに!」
ルフィが詰るように声を上げる。
大方、ゾロの分まで食べる気でいたのだろう。
「生憎だな、ご馳走さん」
コックにではなくルフィに対してそう言ったのに、ナミがなぜかニヤニヤと人の悪い顔で笑っている。



ろくに酒も飲まないのに、ナミとロビンの間に挟まれ茹蛸みたいに真っ赤になってふらふらしている。
と思ったら、どちらにもしなだれかかるのをためらったか、結果的に真後ろにパタンと倒れた。
「あらーサンジ君、大丈夫?」
「まだそんなに飲んでないのに」
「二人の美しさに、中てられた~~~」
仰向いたままダラダラと鼻血を出し始めたので、ゾロは仕方なく腰を上げて近付いた。
「この馬鹿アホエロ眉毛」
言いながら、猫の子みたいに襟首を捕まえて持ち上げる。
甲板にぽたぽた落ちた鼻血を、ナミはさっさとナプキンで拭い取った。
「じゃあ、後はよろしくねゾロ」
「首はトントンしちゃだめよ」
主役の中座にも拘らず、女性陣はドライだ。
ゾロは介抱する振りをしてさりげなく、甲板を離れた。
仲間達のどんちゃん騒ぎが風に紛れて、流れていく。



コックを肩に担いだまま男部屋に行きかけ、思い直して格納庫へと向かい足を止めた。
やっぱり見張り台にしよう。
昨夜はしっかり寝たから今夜も見張りは俺がする、と先ほどナミには言っておいた。
ナミは半笑いで「やっぱり寝たんだ」と吐き捨てるように呟いたが、特に追及はしてこなかった。
薄々勘付いてはいるのだろう。
後でからかわれるくらい、ゾロにとって屁でもない。

見張り台へと昇る間、コックはゾロの肩の上できゅんとも言わず担がれていた。
眠っていないのは呼吸でわかる。
きっとさほど、酔ってもいない。

中空に浮かぶ半月の光がささやかに差し込む薄暗い部屋に、コックを下ろした。
いつもなら乱暴に投げ落としてそのまま圧し掛かるのだが、人の肩の上にあまりに大人しく乗っかっていたからなんとなく扱いも丁寧になる。
コックは床に腰を着け、前屈みの状態で顔を上げた。
口元には、濡れたおしぼりを当てている。
鼻血はもう止まったようだ。

「興奮し過ぎたか?」
「誰がだ!」
悔しそうに言い返してから、はっと口を噤む。
「あ、いや、もちろんナミさんとロビンちゃんにはいたく興奮してだなあ・・・」
下手な言い訳を始める辺りが、実にアホっぽいが愛おしい。
ゾロはもう、自分の中に沸き立つ感情に抵抗することなくすべて認めることにした。
観念した面持ちで、コックの髪をくしゃくしゃと撫でる。
「・・・な、なんだよ」
「クソ、うっせぇんだよ」
そう言ってうなじを引き寄せ、唇を塞ぐ。
血の味はしなくて、自分がさっき食べたチョコレートの甘みがほんのりと感じられた。

じっくりとお互いの唇を貪り合い、どちらからともなく隙間を作って息を吐いた。
「――――なんだよ」
「ん?」
「なんか今日は・・・変だ」
「そうだな」

正直、ゾロの下半身は痛いほどにギンギンに張りつめている。
朝から「今夜はやるぞ」と宣言した時から、もうやる気マックスだったのだ。
それでいて、焦って手早く済ませる選択肢はなかった。
むしろ、ことここに至ってもどこか「勿体ない」と思う気持ちがある。
「じ、焦らしプレイ?」
こちらの様子を見ながら、おずおずと言い出すコックの様子にぷっと吹き出した。
「なんだよ!」
「いや、つまりてめえは焦らされてんのか」
「んな訳ねーだろ、ばか!」
ばかばか言いながらも、もう火を噴きそうなほど真っ赤だ。
「焦らしてなんかねえよ、こっちのがいっぱいいっぱいだ」
そう言って再び口付けると、コックはそれ以上文句を言わなかった。

シャツを肌蹴て、裸の脇腹を撫でる。
コックにしては体温が高く、肌が粟立つ感覚も伝わってきた。
よほど待ち焦がれていたのだろう。
ゾロとて、人のことをからかう余裕などない。
さっさと下半身を寛げて、いきり勃ったものを布越しに押し付けた。
ははっと、コックが軽く笑い声を立てる。
「やっべ、まじ凶悪」
「言ってっだろ、余裕ねえよ」
「いつになく素直だな」
宥めるように両手で頬を包んできた。
近くで見つめる瞳は、艶めいて潤んでいる。
「てめえも、やけに素直じゃねえか」
触れる前からふっつりと勃ち上がっていた乳首を指で柔らかく撫でれば、瞳は切なげに眇められた。
「・・・は、誰が」
「こっちも、えらく素直だぜ」
片手をズボンの中へと滑り込ませる。
熱く濡れた個所は既にがちがちに硬くなっていて、ゾロの手の中にすんなりと納まった。
「うー・・・てめえこそっ」
「おう」
お互いに、手で弄り合う。
触れても触れられても気持ちいい。
やがて触れているだけでは満足できなくなって、ゾロは自分から身を屈めた。
「舐めてやっから、足広げろ」
「…ば――――」
恥ずかしさに身を捩るコックの、太ももの間に強引に顔を伏せた。
目が慣れて、僅かな月の光でもよく見える。
すでに先端に露を滲ませて震えるコックは、ゾロの口の中で更に硬さを増しながら慄くように揺れた。

「あ、や、てめ・・・」
「じっとしてろ」
「咥えながら正確にしゃべるな」
不条理な部分を詰られつつも、ゾロは歯を立てないように気を付けながら軽く吸い舐めしゃぶった。
そうしながら、濡れた指を伸ばしてサンジの胸元を探る。
硬く尖った乳首を探り当てゆっくりと指先で転がすと、サンジは中途半端に身体を丸めたままピクンと足指を反らせた。
快楽に身を委ねるほど慣れてもいない。
けれどこの先の手順は充分に知り尽くしていて、羞恥と期待が入り混じった顔でぎゅっと目を閉じ自分のシャツを噛んでいる。

「も、やべ・・・」
「一回イっとくか?」
ゾロの問いかけにふるふると首を振り、ゾロの頭を掴んでぐいと引き上げた。
ずっと目を閉じたままなのは、自分のあられもない姿を見たくないからだろう。
身体の方は急いているのに、気持ちが少しも付いてこない。
ゾロはそんなコックの頬に軽くキスをして、背中に手を回し抱きしめた。
思いがけない優しい抱擁に驚いて、思わず目を見開いた。
「ゾロ・・・」
「ん?」
「ゾロ」
「うん」
どうした、と目で問えば戸惑いを隠さずになぜか泣きそうな目で見つめた。
「お前、なんか変」
「そうか?」
怒りもせず、コックの顔に掛かった髪を梳いて額へもキスを落とす。

「誕生日、だから?」
「ああ?俺がそんなガラだと思うか」
「・・・だよな」
砕けた調子ながらも、コックはおずおずと手を回しゾロの身体を確かめるように抱きしめ返した。
「ゾロ、だよな」
「ああ」
解して突っ込むだけの手順を繰り返してきたから、こうして裸の胸を合わせるのも初めてだった。
けれどこれはこれで悪くない、とゾロは思う。
コックの鼓動を、なにより近くに感じ取れる。

口付けを深めながら、ゾロはゆっくりとコックの中に入った。
いつもなら硬く強張り受け入れるまでに苦痛の表情を浮かべるコックが、ずっと悦楽に溺れている。
その顔を見ているだけでゾロの方が先に達してしまいそうで、歯を食いしばって堪えた。
「あ、は・・・ゾロ」
「ん?」
「ぞ、や・・・深ぇ・・・」
「おう」
「ぞろ」
「―――」
「・・・ぞろ」
声を落とした囁きが、ゾロの耳に甘く響く。
柄でもねえと何度も自嘲し、それでも湧き上がる喜びに似た感情を抑えきれずやみくもに抱いた。
ただ貪るだけでなくコックを高めることにのみ意識を集中したせいか、いつも以上に乱れて素直に声を上げる。
「もー・・・もう、イくっ」
「おう、イけ」
「あ、や、や・・・いっ」
「いいか?」
「すっげ、もう、ぅ――――」
ぶるぶると細かく震えながら、コックの指先がゾロの背中に食い込む。
太ももで締め付けられ、ゾロもまた堪えきれず中で放った。
強烈な射精感に眩暈まで覚え、放出の余韻は長く続いた。
コックもまた、大きく息を継ぎ喘ぎながら恍惚の表情を浮かべている。

「あ・・・やべ・・・」
「ああ」
「やべー」
「ああ」
「てめ、中で・・・」
「悪ぃ」
ゾロの背中を掴んでいた手が一旦離れ、ゴンと拳で頭を殴られた。
「悪いで済んだら、海軍はいらねえんだよ」
「もっともだ」
叱られながらも、ゾロは抜こうとはしないしコックも押し退けようとはしなかった。
むしろ、離れがたいようにじっと抱き合っている。

荒く息を吐いてから、ゾロは意を決したように口を開いた。
「おい」
「ん?」
「お前の名前、俺は呼ばねえぞ」
唐突なゾロの言葉に、コックはきょとんとしてから薄く笑った。
「なにをいまさら」
「一生呼ばねえ」
「・・・」

以前のコックなら、面と向かってそう言われたらそれほど嫌われているのかとネガティブに捉えただろう。
けれど今は違った。
ゾロの温もりが、力強さが、瞳の優しさが、言葉よりも雄弁に気持ちを伝えてくれている。
「これからも、おいとかコラとかアホとかクソとか、呼ぶからな」
「返事しねえ」
「しねえでいいから、傍にいろ」
唇の先だけを、半開きのコックの唇に付ける。
そうしながら、言葉を続けた。

「一生、俺の傍にいろ」
「―――――・・・」
やなこったとか、偉そうにとか。
なにか悪態を吐かれる前に唇を塞いだ。
コックはなにか言いたそうにしばらく抗ったが、やがて唇を笑みの形に変えて大人しく受け入れた。





End


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