Happy merry Christmas



街中にジングルベルが溢れ、煌びやかなイルミネーションが冷えた空気の中で一際輝きを増す季節。
誰もが心浮き立つイブは、三連休の真ん中だった。

今夜は、彼が半年も前から予約を入れてくれていた、憧れのフレンチレストラン・バラティエでのディナー。
頑張り過ぎない程度にお洒落して出かけようとして、彼から誕生日プレゼントに貰った香水を会社に置き忘れていたことに気付く。
彼に断って会社に寄り道し、裏口で待っていてもらって一人で社内に入った。
警備員さんに社員証を提示し、オフィスへと向かう。
誰もいないだろうと思っていたら、予想に反してオフィスからは小さく灯りが漏れていた。

三連休のど真ん中、しかもイブの日に一人で残業だなんて、可哀想な人は一体誰だろう。
興味本位で壁をノックし中に入ると、ツンツンした緑頭が振り返った。
「ロロノア君、仕事?」
「あ、お疲れさまっす」
ぼっちな休日出勤は、新入社員のロロノア君だった。
黒縁眼鏡に、いつも眠たそうな表情。
髪には常に寝癖が付いていて、整髪料なんて使ったことがないんじゃないだろうか。
背はそれなりに高くて体格もがっちりしている。
けれどいつもサイズの合ってないくたびれた背広にヤボったいネクタイで、シャツも皺だらけだ。
よくよく見れば顔立ちは整っている部類に入ると思うのに、似合っていない眼鏡といつも俯いた姿勢がすべてを台無しにしている。
一度、街で私服のロロノア君を見かけたことがあったけど、その時は変な犬のイラストが大きく描かれたキャラTシャツを着ていたから、
そのまま回れ右して他人の振りをしたのだ。
全体的にイケてない雰囲気を醸し出していて、新入社員に目のないお姉様方からも早々にマークを外されていた。
挨拶回りの途中で上司とはぐれ、就業時間内に会社に戻ってこれなかった武勇伝は今も語り草になっている。

「今日はイブなのに、一人で残業?大変ね」
先輩らしく労ったつもりだったけど、いやみに聞こえちゃったかしら。
ロロノア君は気にした風でもなく、どうもとこちらを見ないまままた頭を竦めている。
言われたことを淡々とこなし特に逆らいもしないから、先輩社員からは重宝されているようだ。
その分、雑用や明らかにロロノア君の担当じゃない仕事も増えていってるのに、そんなこと気にも留めないで黙々と手を動かしている。
他人事ながらなんだかもどかしいし、見ていると腹立たしくも思えるからあまり気にしないでおこう。
そう思いつつ、つい構ってしまいたくなる心理もちょっとはある。

「イブの夜に残業して、彼女は怒ったりしないの?」
彼女いない歴が年齢と合致するなら、強烈ないやみになっちゃうだろうなあ。
そんな私の意地悪さに気付きもしないで、ロロノア君は生真面目に答えた。
「いえ、あっちも忙しいんで」
うわ、びっくりした。
彼女、いたんだ。

「あ、お仕事かなにか?」
「飲食業なんです」
「ああ、そうかあ」
それなら、クリスマスの時期は忙しいんだろうなあ。
「じゃあ、お休みとかあんまり合わないんじゃない」
「そうですね」
「デートも、ままならないとか」
「ええ」
パソコンを打つ手を止めないで、それでも私の他愛無い質問に一々答えて。
真っ直ぐに画面を見るロロノア君の横顔は、どでかい眼鏡に半分隠れていてもやっぱりなかなかいい感じだ。
この髪型とかだらしなさとか服のセンスとか無愛想な表情とか、その辺りを改善したら見違えるほどいい男になるんじゃないかなあ。
まあ、私には関係ないけど。

「それじゃ、お疲れ様」
「お疲れ様です」
ロロノア君は斜めに顔を傾けて、申し訳程度にぺこりと頭を下げた。
完全に仕事の邪魔をしに来たみたいで、さすがに申し訳ない。
いると知っていたなら、せめて何か差し入れでも持ってきてあげたのに。

オフィスから出ようとしたら、後ろで小さな電子音がした。
ロロノア君はポケットから携帯を取り出して見ている。
薄暗いオフィスの中で、デスクライトだけ点けた場所はまるでスポットライトが当たっているように浮かび上がって見えて。
さらに液晶画面からの灯りに照らし出されたロロノア君の顔が、微妙に緩んだ。

微笑んでいる。
幸せそうに、嬉しそうに。
見たこともないような表情で、ロロノア君は携帯を眺めていた。


「Happy merry Christmas」

遠慮がちに呟いた私の言葉は、彼の耳には届かなかったけれど。
なんとなくこっちまで嬉しくなって、彼が待つ場所へと足取りも軽く駆け戻った。




T wish you a Merry Christmas.




END


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