反省だけならゾロでもできる



「あんた、自分がなにやったかわかってんの?」

まさしく般若の形相でナミが居丈高に見下ろしている。
ゾロは軽く首だけ竦めて見せて、視線を逸らした。
「目え逸らすんじゃない!ちゃんと私の顔見て釈明してみせなさいよ。」
派手な音を立てて机を叩く。
ゾロ以外のその場にいた全員が、小さく飛び上がった。
「まあまあ、もう済んだことだし…」
ウソップが曖昧に笑って手を振るのに、ナミは鬼みたいな顔で振り向いた。
「済んだ?もう?そうよ、済んじゃったから大事なんじゃない!未遂じゃないのよ!現行犯よ!!」
ウソップを怒鳴りつけながら、さっきから皆に囲まれているにもかかわらず腕を組みふんぞり返っているゾロをびしっと指をさす。

「あの男が、サンジ君強姦しちゃったんじゃない、そうでしょ?そうよね?」
ナミのストレートな物言いに、ゾロ以外の全員がうな垂れた。

犯行時刻は今から2時間前。
現場は格納庫。
加害者ゾロ。
被害者サンジ。
第一発見者はナミ。

簡単に言うと、真夜中新しい紙を補給するために格納庫に入ったナミが、現場を目撃してしまったのだ。
半裸状態で組み敷かれたサンジと、上で腰を振るゾロを。
ナミとばっちり目が合った瞬間、サンジは果ててそのまま失神した。

「…で、あれは初犯だったと、そう言うわけね。」
「ああ、コックの野郎にあんなことしでかしたのは今日が初めてだ。」
しらっと自供するゾロの前で、ナミは苛々と髪を掻き毟りながら、それでも冷静さを取り戻そうと深く息をつく。
「ゾロ、言っておくけど、サンジ君はそっちの趣味…ないわよね。」
「ああ?どっちだ?」
「男よ!あんたみたいな粗野な男に、…その、…してやられるような趣味はないわよね、サンジ君は!!」
「怒鳴るな、うるせえな。あるわけねえだろあの女好きに。」
我慢しきれずゾロの首根っこを掴んで揺さぶる。
「お前が言うな!そんなこと言っといて、無理矢理やったお前が言うな!!」
「うっせえな、無理矢理って訳じゃねえぞ。ちょっとぶん殴って気絶してる間に突っ込んだだけじゃねえか。」
「それを無理矢理っちゅうんじゃ、ボケえ!!」
まあまあとウソップはナミを羽交い絞めして引き剥がした。
「あんたっ、今までサンジ君をそんな目で見てたの?仲間でしょ?仲間相手にこんなことして!それともどうしようもないほど見境のないホモなのあんたは!」
「失敬なことを言うな、誰がホモだ。」
「あんただっつってっだろーがっ!!」
「落ち着いてナミ、気持ちはわかるから落ち着いて…」
チョッパーはひたすらオロオロと歩き回り、ルフィはにやにや笑っている。
「こらルフィ!あんたも笑ってんじゃない、船長としてゾロに罰を与えなさいよ!仲間をレイプしたのよこいつは!!」
「んあ?でもゾロはそう思ってねえみてえだぜ。なあゾロ、前からそんなこと考えてたのか。」
「考えるかよ。たまたまだ。」
「たまたま強姦すんじゃないわよ!」
脳天から湯気が出そうな勢いで、ナミが詰め寄る。
「元はといえば、あのアホコックが悪いんじゃねえか。ひよこのクセに、ぴよぴよ俺に突っかかってきやがるから。」
「はあ?」
「黄色い頭で口尖らせて、なんのかんの言いがかりつけてきやがって、そのくせほっせー首して片手で締めたらすぐ落ちやんの。やたらと生っ白いからどこまで白いのか試しに剥いてみたら、腹の下まで真っ白でな。チン毛は黄色いはチンコはピンクだわ、ありゃあ参ったぜ、どこまでエロコックなんだあいつは。」
「…」
絶句して二の句も告げないナミの横で、ルフィが間延びした声で聞いた。
「そんで、ついもよおしちまったってわけか?」
「ああ、不可抗力だ。」
「出会い頭の事故みてえなもんだな。」

「んな訳、ねーだろっ!!」
二人の頭に、同時にサンダーボルトテンポが炸裂した。



「いいゾロ。きっちり頭冷やして考えなさい。自分が何をしでかしたのか、サンジ君の立場に立ってよーく考えなさい。」
「頭冷やすのはてめーの方じゃねえのか、すげえ顔してんぞ。」
「う・る・さ・い、この虫けら以下の色欲魔獣。あんた立って歩くならアライグマでも欲情するんじゃないの?」
「心配するな、つうか安心しろ。てめえは襲わねえ。」
「きーーーーーーっ!ますますむかつく!こいつコロス!!」
「待て、落ちつけナミ!冷静になれお互いにっ」
ナミとゾロの間に立って、ウソップは恐る恐るゾロに向かい合った。
「ゾロ、サンジはかなり傷付いてるぞ。それは絶対確かだぞ。なんせ男に…しかもてめえに、その…いいようにされたんじゃねえか。プライドの高いあいつには我慢ならねえ筈だ。」
「そうだぞゾロ。身体的にも傷付いてる。なんなら俺診断書書くぞ。ゾロ、お前かなり無茶したぞ。」
「床の血糊がいい証拠よね。ゾロ、あんたヴァージンのサンジ君をレイプしたのよ、責任取れるのあんた?」
「いやナミ、それちょっと話が違う方向にいっちまってるし…」
「けどよ、俺はまだ3回しかイってねえがあいつはもう5回くらいイってるぞ。」
「ああゾロ、それは仕方ないよ。前立腺刺激しちゃったんだろ。あそこ擦られると射精を促されるから。」
「そうなのか?なんかやたらひいひい言いやがるから、その角度で攻めたんだが。そしたらもう締まる締まる。」
「それビンゴだね。男同士の交尾は肉体的な快感が強いから、割りとクセになりやすいんだ。気をつけないと。」
「そうか、ってえと、あれ何べんもするとコックの野郎クセになるかな。」
「…そうだね、やっぱり男は直接的な刺激に弱いし…って」
「何の話だっつうか、逸れすぎだお前ら!!」
慌ててウソップが止めに入っても、もう後の祭りのような倦怠感が辺りを覆っていた。

「つまり、ゾロはまったく自分の行いを反省してない訳ね。」
「反省ってなあ。…仕方ねえよな。あの状況じゃ避けようがねえし。」
「悪いことしたって、思わないの?」
「そりゃああれだ。サプライズだ。」
「は?」
長く怒り続けるエネルギーもそろそろ切れてきて、ナミはよろけながら椅子に腰掛けた。
「いつもすかした面して悪態しかつかねえ野郎が、人に弄られてあーだのんーだの、鼻から抜けるような声出しやがるのがいけねえ。なんつうか、意外性だ。こいつこんな面しやがんのかとか、こんな声出んのかとか思ったら、もっと見たくなるのが人情ってモンじゃねえか。」
「・・・」
「挙句に終いにはひいひい泣き始めて、泣くんだぞあのコックが。素敵眉毛下げて、目からボロボロ涙零して…もう勘弁してくれとか泣き言言って…俺あもう、あそこで暴発すっかと思った。」
「・・・」
「どうだ、サプライズだろう。」
「・・・」

部屋に充満した脱力感には誰も抗えず、気まずい沈黙が流れた。
ゾロだけがただ一人、訝しげにクルーの顔を見渡している。
とそこにノックの音がして、ロビンが入ってきた。



「コックさんが目を覚ましたのだけど…」
少し困ったように首を傾げて、中心のゾロを見る。
「へえ、どんな面してやがんだ。」
「ゾロ…あんたほんっとに、一遍死ぬといいわ。」
ナミの額に再び青筋が立った。
背後でクリマタクトを構えるのに、さすがに殺気を感じたようでゾロが首をすくめる。
「それがねえ…」
「ナミっすわん!!遅くなってすみませんv朝ご飯今作りますからvv」
盛大にハートを飛ばしながら飛び込んできたのは、いつものサンジだ。
くるくるっと回転してナミの足元で跪いて、少しふらつく。
「大丈夫サンジ君?無理しなくていいのよ。朝ごはんなんてどうでもいいから、休んでて。」
「とんでもないですよ!なんか頭打って気を失ってたくらいで休む俺じゃありませんからv」
「え…?」
ロビンの顔を見ると、ロビンは黙って首を振った。
「ええとサンジ。大丈夫か。腰は…なんともない?」
「ああ腰?…そういえば、なんかケツが痛えんだけど…ってレディの前で何言わせんだ!」
素で怒るサンジに、ナミはゾロの前から遮るように近付いた。
「あの、サンジ君。ゾロのことなんだけど…」
「へ、クソマリモがなにか?」
「え?」
「コックさん、なにも覚えてないみたいなの。」
ロビンの言葉に、一瞬声を失う。
「…覚えてないって、ゾロのこと?」
「その出来事だけみたい。後は何もかわらないし。ねえコックさん。」
「ん、ああ。腹巻がどうかしたのか?俺はなんで気失ったのかわかんねんだけど、ラウンジで倒れてたのかな。」
ゾロを目の前にしても顔色一つ変えず、そう言って首を捻るサンジが嘘を言っているようには思えない。
「サンジ、現実逃避しちゃったんだ…」
チョッパーの悲痛な呟きに、ゾロははっと我に返った。
「サンジ、よっぽど辛かったんだ。だから無意識に自分の記憶を消しちゃったんだ。」
「記憶を消した、だと?」

ゾロはチョッパーの顔とサンジの顔を交互に見た。
サンジは眉を顰めて胡散臭そうにゾロを睨み返す。
「あんだってんだ、筋肉ダルマ。人の顔じろじろ見てんじゃねえ。てめー、なんかおかしいぞ。」
「おかしいのはてめえだ!マジで忘れたってのか、あの熱い抱擁を!泣いて縋った震える指先を!!」
「なんの話だ一体!つうか、勝手にドリーム始めんな!」
ゾロの鼻先を掠めて、サンジの蹴りが唸りを上げる。
それを片手で止めてゾロは唸った。
「そらみろ。てめえは俺のブツ根元まで飲み込んでんだから、腰にガタが来てんのは当たり前だろ。
 無茶すんじゃねえ。」
「何の話だっつってんだ!黙れ妄想男!」
「やめろサンジ、それからゾロ!!」
チョッパーが巨大化してゾロの前に立ちはだかる。
「わかれよ。サンジは記憶を消しちゃうほど辛かったんだ。ゾロにされたことが嫌だったんだ。もう蒸し返したりするな!これはドクター命令だぞ!!」

ガツンと、後頭部をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。
コックが…俺とのあれを嫌がっていた。
記憶を消すほどに、なかったことにしてしまいたいほどに、嫌がっていた。

元よりコックに嫌われていることは分っていたはずだが、さすがにこれはショックだった。
なにもかも無しにするだと。
俺につけられた傷とやらからも目を背けて、何もかも知ってる他の奴らの優しさにつけ込んで、なかったことにするってか、畜生!!

ゾロはサンジの胸倉を掴み勢いをつけて揺さぶった。
「都合のいいことほざいてんじゃねえよ、俺から逃げる気かっ、てめえ!」
「うっせ禿げマリモ!訳わかんねーっ…」
「やめろゾロ!」
巨大化したチョッパーに強かに殴られて、ナミにも電撃をくらいルフィに吹っ飛ばされた。

「ゾロ、これでわかったでしょ、あんたがサンジ君にどれだけ酷いことをしたか。多分サンジ君には一生許されないのよ、思い知るがいいわ。そうして少しは反省ってもんをしてみるがいい。」
ナミの呪いのような高笑いが、いつまでも耳に残った。





―――反省。
反省ってのはどういうもんだ。

ゾロは暗い格納庫に一人篭って、先ほどからずっと考え続けていた。
反省ってのは、自己の行いを省みて後悔したりすることだよな。
そもそも後悔って文字が、俺の人生の中にない。
後悔ってのはどういうもんだ。
後で悔いるって奴だよな。
悔いる…悔い…
別にやるんじゃなかったとは思わねえけど。
アレがなかったことになるなんて、それだけは絶対に嫌だ。

ゾロはどこからか筆と硯を取り出して、暗闇の中で一心不乱に墨を擦りだした。


「慈悲寛大自己反省」「改過遷善」「結者解之」「脚下照顧」
「なにこれ、お札?」
「魔よけにしちゃあ、ちょっと違う気がするよなあ。」
ラウンジにこれでもかと言うくらい、べたべたと達筆の文字が貼り捲くられている。
「ゾロって案外字、上手かったんだ…」
「いや、そう言う問題じゃないし。つうか、なんのまじないだこれは。」
サンジは目に付いた紙を片っ端から引きちぎってはゴミ箱に捨てていく。
「キッチンに燃えやすいもんべたべた貼るんじゃねえ。」
「おーい、男部屋にも一杯だぞ。」
「あんの、クソ野郎!!!」
最近ようやく大股で動けるようになって、サンジは一気に甲板まで躍り出た。


「こらののこクソマリモ緑禿げ!いい加減にしろよてめえ。」
ゾロは鍛錬の手を止めて、ゆっくりとサンジに振り返る。
「なんの真似だ。あっちこっちに訳わかんねえもん貼り捲くるんじゃねえ!なんのつもりだ!」
「てめえが思い出すまで、反省してんだよ。」
「反省なら黙ってやれ。これ見よがしに変なもん俺に見せ付けるな。大体反省してどうなるってんだ。反省ってのは、二度とやりませんとかそう誓うもんじゃねえのか、ああ?」
ゾロはむうと口をへの字に曲げて、思い切り錘を甲板に落とす。
ウソップが慌てて床の様子を調べたが、それに構わずサンジに一直線に歩み寄った。

「な、なんだよ。」
「二度とやらねえだと、冗談じゃねえ!二度とどころか三度も四度も…一生数え切れねえ程してえ!」
「はあ?」
ここで大口開けて呆れたのは、サンジだけではない。
はらはらと見守る誰もが、阿呆のように口を開けたままだ。。
「てめえが全部忘れちまうほど嫌だったとしても、俺は忘れて欲しくねえ。」
がくんと、ゾロの膝が落ちた。
サンジの視界からその姿が消えたかと思ったら、足元に跪くゾロの姿がある。
つむじど真ん中なんだなーなんてしげしげと見ていたら、その緑頭が床すれすれにまで下がった。

「俺がしたことを許せとは言わねえ、だが成り行きとは言え本気で惚れて抱いて、もう一度何度でもやりてえって思うのはてめえだけだ。それはわかってくれ。」


ゾロが、土下座を―――
土下座を、している。

ありえない光景に誰もが目を見張り、その場に固まった。

…いやこれって、よく考えたら
ゾロはもう一度サンジ君をやりたいがタメだけに懇願してるだけなんだけど…
気がついて舌打ちするナミの前で、サンジはポケットからタバコを取り出すと風を避けて火をつける。
空に向かって煙を吐いて、ロビンに笑いかけた。

「仕方ねえなあ。エロ剣士、みっともねえ姿さらすんじゃねえよ。」
サンジの声の調子が変わったから、ゾロは弾けるように顔を上げた。
「…ばっかばーか、土下座してまで俺とやりてえか。見え見えなんだよ、姑息なんだよ、底が浅いんだよサボテンのやるこたあ。」
「コック、てめえ…」
「そんなだから、力任せにしか手え出せねえんだ、てめえは。」
再びそっぽを向いてタバコを吹かすサンジの前で、ゾロはばっと立ち上がった。

「覚えてんのか、俺にやられたこととか俺がやったフェラチオとか無理矢理させたイラマチオとかっ…」
「だからドリーム入れるなっつってんだろが!誰がしたか、そんなもん!!」
唐突に、がばりとゾロがサンジに抱きついた。
船内にどよめきが走る。
「離…馬鹿力、離せっ…」
手に持ったタバコが、ゾロの腕の汗でじゅうと消えたが、ゾロはそんなもん気付きもしなかった。
「覚えてんだな、忘れてねえんだな。畜生、今度はぜってーむちゃしねえから。皺の一本一本から丁寧に伸ばしていくから!」
「やっぱ死ね、てめえ!!!」

サンジの怒号とともに、ゾロは笑いながら青い空に浮かぶ白い雲と雲の間に一瞬浮かんで消えた。



巨大な水柱を涼しげに見やりながら、ナミは頭を押さえてチョッパーを振り返る。
「…頭痛薬、欲しいんだけど…」
「俺も…なんか肩凝った。」
「腹減った。」
「良かったわね。」
「これから忙しくなるなあ。」

透き通るような空と果てなく続く海だけが、どこまでも爽やかだ。



苦しみが残していったものを味わえ!苦難も過ぎ去ってしまえば甘い。
―「格言と反省」―より


END

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