華の下にて 1

ゾロは花の名など知らない。

ただこの街に着いてからは、やたらと目に付く白い花がある。
大ぶりの枝に、幾つもの小さなが花が群がって咲いている。
遠目からみても目立つ花の樹のようで、盛りを過ぎたのか風に揺れる度にはらはらと花弁が舞っていた。
雪のようだ。
花を見て美しいと、感じたのは初めてかもしれない。


人里を離れ、鬱蒼とした森の中にもその樹々はあった。
真白ではない、薄紅か――――。
匂いがねえのは、救いかもな。

舞い散る花の下をゆっくりと歩く。
腰に下げた三本の刀の上にも、花びらは降り注ぐ。

前の街で狩った海賊の賞金は、飲み代で消えた。
ここらでもうひと稼ぎしたいところだが、この街は随分と大人しい。

舞い散る花だけが荒々しく、人々はひっそりと暮らしている。

少し拓けた景色から小高い丘を臨む。
丘の上には実に見事な枝ぶりの大樹があった。
花が――――
今を盛りに咲き誇っている。
まだ夜の明け空け切らない薄明の空に、白だけが燐のように浮かんでいた。


炎のように群れ咲く花の下で、白い肢体が揺れている。
一糸纏わぬ白い肌は女を思わせたが、すらりと伸びた足には硬い筋肉の筋が見てとれた。
両腕を後ろ手で括られて、木の幹から吊るされている。
右足も太ももから膝裏を縄で巻かれて少しずらした位置に繋がれていた。

若い男のようだ。

花の下で金色の髪が揺れている。
俯いた顔は髪に隠れて見えないが、口元は白い布で覆われていた。
砂利を踏む音が響く。
男は顔を上げて、こちらを向いた。
金糸の間から片側だけ覗く瞳は晴れた空のように青い。
へえ…とゾロは無遠慮にその顔を凝視する。
顔の下半分を布で隠されているが、整った顔立ちだ。
殴られたのか目元に痣が残ってどこか艶めいて見える。
じろじろと見るゾロを威嚇するように、変わった形の眉が顰められた。

「…んっ、ぐ―――」
自由な左足を蹴り上げようとしたらしいが、バランスが取れずに揺れるだけだ。
男の白い胸にはいくつかの切り傷と朱色の痣が残されて、複数に陵辱されたと一目で分かった。
腹にも青黒い打撲の後。
そして抱えあげられた右足の根元ではそこだけが異様に赤黒い性器が勃ち上がっている。
―――勃ってんのか。
近づいてよく見れば、根元が白い布で縛ってある。
さらにその奥の晒された部位には、グロテスクな張り型が深々と突き刺さったままだった。
――――ふん。
悪趣味な仕置きだ。
大方抜けようとして失敗した男娼か、女を寝取ろうとしたチンピラといったところだろう。
足の爪は、花と同じ色だな。
そんなことを考えながら、ゾロは改めて男を見上げた。
仄白い花を背にして吊るされた男は、花よりも白い顔で睨み付けている。
風が吹くたびに舞う花びらがその肌を撫でるようで、ゾロは柄にもなく美しいと思った。

金と青、そして白い身体。
ただ中心部だけがやけに色が濃くて不似合いだ。
腕を組んでしばし眺めてから、ゾロは手を伸ばして戒められた根元の布を取り外した。
「…く…ん」
鼻に抜けるような声を出して、男の身体が震える。
いきなり血を取り戻したかのようにそれ自身が震えて、とぷとぷと精を吐き出した。
勢いがなく量も少ない。
ひくりと身体が揺れて、男は首を落とした。
肩が大きく上下している。
目元から流れ落ちた涙が猿轡に滲みて、纏わり付く花びらが濡れた場所に何枚か張り付く。
力なく垂れた性器が元の色に戻るのを待ってゾロはまた男を眺めた。

「ん、ぐ…ぐ―――!」
また猛烈に暴れだした。
どうやら少しは身体が楽になって元気も出たらしい。
黙って吊るされている方がいいのにな。
無責任に思いながら、ゾロは仕方なく刀を抜いて朱に染まった頬に刃を当てた。
男の動きがぴたりと止まる。
一瞬で血の気の引いた顔からぱらりと布が切れて落ちた。
「う―――…」
せっかく口が自由になったのに、男は唸ってばかりいる。
顔を赤くしたり蒼くしたり、忙しそうだ。
しばらく口の開け閉めを繰り返し、すうと息を吸いんだ。

「てめっ、何ぼさっと見てやがる!降ろせこのど変態!!!」
力の限り叫んでから、うおぅと低くうめいた。
まだ張り型を埋め込んだままの下半身に響いたらしい。
黙って吊るされていた時の印象と随分違っていてゾロは戸惑った。

「くそ…見てんじゃねー…降ろせよクソ野郎!」
一転弱々しく、それでも乱暴な口調で言葉を投げつける。
人に物を頼む態度ではない。
ゾロは刀を仕舞ってまた腕を組んだ。
降ろしてやってもいいが、この眺めは悪くない。
男はぎっと唇を噛み締めたかと思うと、ゾロに向かって唾を吐いた。
「この腐れマリモ!人の事眺めて笑うんじゃねえ変態野郎!!降ろさねえならどっか行け!!アホ苔!!」
大きく見開いた目から涙が溢れている。
また一陣風が吹いて花びらが舞った。
目の前の男はこの世のものとは思えない。

その時、森の中から誰かが歩いてきた。
武器を携えた男が二人、連れ立ってやってきた。
花の下の男を見てひゅうと口笛を吹く。
「こりゃまた酔狂なことしてやがる。いい眺めじゃねえか。」
ゾロの横に立ち、吊るされたままの男を舐めるように見る。
「こりゃあ、あんたのか。」
好色そうなダミ声に、ゾロは腕を組んだまま黙って首を振って応えた。
「じゃああんたも通りすがりかよ。可愛そうに降ろしてやれよな。」
きししと笑う男ともう一人の連れは、白い身体に近づいてしげしげと眺めた。
「すげえもん、咥え込んでるな。ああ可愛そうに。」
「触るんじゃねえ、クソ野郎!!」
蹴り上げようとした左足を抑えて、男は張り型に手をかけた。
くうと、金髪の男が息を呑む。
「力抜けよ、抜いてやるからよお。」
ぐぷりと音がしてゆっくりと張り型が動く。
「力抜けてってんだ、もっといいモン挿れてやっから。」
卑猥な笑みを浮かべた男の目の前で、血と精液にまみれたソレが引き抜かれた。
太ももを赤と白が混じったような液体が大量に流れ落ちた。
風に舞う花びらが血で汚れた肌に張り付く。
ゾロはゾロはその白さに目を奪われた。
「あーあ、汚れちまってひでえなぁ。」
男はニヤニヤと笑って張り型を草原に投げ落とすと、一人が刀を抜いて吊り下げたロープを切る。
地面に落ちる前に痩躯を抱えられて、片足を吊り下げれたままの不自然な形で押し倒された。
「やっぱ邪魔だな、こっちも切るか。」
「離せっ…触んな!」
切り落とされたロープを足に絡めてうつ伏せに転がされる。
膝立ちで腰を高く抱え上げて、男は自分のモノを取り出した。
すでにいきり立った雄を2、3度扱いて双丘に押し当てる。
「やめろぉっ」
狂ったようにもがく金髪の肩をもう一人の男が押さえつけた。
「ああ、すげえ…すんなり入るな。けど中はキツイ」
男は涎を垂らしそうなだらしない顔で、ゆっくり抽挿を始めた。
ぐちゅぐちゅと音が鳴る。
「えいクソ、具合がいいぜこりゃあ。」
「んあ…ああっ…」
肩を抑えていた男も前を寛げ始めた。
「もう我慢ならねえ、街で女買うよりよさそうだ。」
金髪を鷲掴んで顔を上げさせて、その口に捩じ込む。
「歯ぁ立てんなよ。喉笛斯き切るぜ。」
短刀を首筋に当てて自分から腰を振った。

「ぐ―――ぐ…」
後手に縛られた両手は赤く浮腫んで握り締めた手が白く浮いて見える。
強く打ち付けられる度にパンパンと音が立った。
目尻から溢れた涙が頬を伝って流れ落ちる。
「そんなに締め付けんなよ。イっちまうぜ、おい。」
男の鼻息が荒い。

ゾロは猛烈に腹が立った。
花の下で吊られていた白い身体の上に、今は汚い半ケツの男が覆い被さっている。
―――見苦しい。
ゾロは音もなく刀を抜いた。


何の気配もなく、男達の動きが止まる。
髪を掴んだ手が重く圧し掛かって、金髪は顔を上げた。
赤い飛沫が顔にかかって視界が染まる。
自分が咥えている男の首から上がなくなっていた。
思わず口を開いたまま身体を引く。
ぐらりと身体が揺れて、首なし男は草の上に倒れた。
振り向くと、後ろの男も顔のあった部分から大量に血を噴出している。
「うえ・・・」
カエルがつぶれたような声を出して、金髪は転がるように身を引いた。
両手を後ろで戒められているから、もがきながら這い出すしかない。
「き・・・気色悪りい・・・」
圧し掛かる死体を押しのけて、ぶるりと身を震わせた。
「これも死姦ってのか?死体に犯される・・・」
状況にそぐわない暢気な台詞を吐きながら、それでもしばし呆然とへたり込んでいる。
気の抜けた背後に回って、ゾロは戒めを切った。

ぱらりと外れた縄とともに、両手がだらりと垂れ下がる。
いきなりの自由な感覚に驚く術もなくしたのか、金髪は項垂れたまま動かない。


しばらく口の中で何事かぶつぶつと呟いていると思ったら、いきなり振り向いてゾロを怒鳴りつけた。
「てめえ、どうせ助けるんなら最初っから助けろよ!やっぱ変態だ!てめえは!!!」
顔を真っ赤にして湯気まで立ちそうな勢いだ。
正面から噛み付かれてまたゾロは面食らった。
だが男はぎゃんぎゃん吼えるだけで殴りかかったりはしない。
まだうまく腕が動かないらしい。
「このインポ野郎、腐れ腹巻、動く芝生!」
よく分からない、思いつく限りの罵詈雑言を並べながら男はようやくぶらぶらと手を動かしだした。
開いたり閉じたり、手首を降ったりして感覚を取り戻していく。
散々喚いてもゾロが何のリアクションも返さないことに気づいて、今度は盛大にため息をついた。
それからふいと視線をそらす。
血まみれの男二人を値踏みするように見て、細い方からズボンを脱がせた。
「きったねーなあ。畜生。」
舌打ちしつつ、それを履く。
ベルトの穴も合わないから無理やり結んでいる。
それから血飛沫の少ない方を選んで何枚か服を脱がせた。
一番血の目立たない白いシャツを選んで身に着ける。
「うえ〜、臭え・・・」
文句を言うなら着なければいいのに。
何も着ていない方が、ずっといいとゾロは思った。

男は申し訳程度に服を身に着けると、男達の荷物を漁った。
「ったく、タバコねえのかよ。」
しゃがんで物色する姿は板についていて、ガラが悪い。
財布から金だけ取って、金髪は立ち上がった。
少しふらつきながらも、思ったよりしっかりとした足取りで歩き出す。
ゾロは黙ってその後について行った。
数歩歩いたところで金髪が立ち止まる。

「ついてくんな。」
振り向いた瞳は怒りに燃えている。

この僅かな間に、泣いたり怒ったり喚いたり…忙しい男だ。

ゾロはしばらく見ていたいと思った。
穢されても汚れない。
疵付けられても傷つかないこの男を。


「ついてくんなって、言ってっだろ!!!」
すっかり夜の明けた街は、先ほどまでの幻想的な雰囲気は影を潜め、活気付いた日常の顔を見せ始めた。
したたかで逞しい男は、不似合いな服を身に着けて裸足のまま歩き続ける。
その先を、見たいと思う―――

二人が立ち去った後も、止むことなく花は散り続けた。

END

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