花明


衣擦れの音を立て、ゾロが黒い衣の片袖を脱いだ。
褐色の肌を焼き尽くすかのような紅蓮の炎が現れる。
まさに今、ゾロを覆い尽くさんとばかりに揺らめいて見えて、サンジははっと息を呑んだ。

人斬りの彫り物の話はとうに人伝に聞いていた。
ゾロ自らも、その由縁を語ってくれた。
それでも、尚信じられない思いでサンジは筋肉の盛り上がった太い肩に手をかける。

この業火に、代わりに身を焼かれてしまいたかった。
ゾロは何も知らず、ただ前を真っ直ぐ向いてひたむきに生きる、一人の剣士でいてほしかった。
こうして再び会い見えることがなくとも―――

掌の下で隆骨がなめらかに動き、腰を浮かしたサンジの身体を柔らかく抱きかかえる。
桜色の帯に手を掛けられ、サンジは無意識に身体を引いた。

馴染みに何度請われようとも、素肌を許したことは一度もない。
それはこの日のためだったかと今更ながら合点が行って、サンジは薄く微笑みながら自ら帯を解いた。

「俺がジュ袢を脱ぐのは、初めてのことだ。」
薄紅の布より尚赤く頬を染め上げ、サンジは口を尖らせて呟く。
「てめえも脱げ・・・恥ずかしーだろうが。」
諸肌を脱ぎかけてためらい、ゾロの欝金の帯に手を掛けた。
―――こいつは、こんなんで本当に花魁なんて勤まってるのか?
ゾロは一瞬本気で危ぶんだが、口には出さなかった。
また烈火のごとく怒って行為が中断するに決まっている。

サンジの手に任せて着物を脱ぎ去り褌も取る。
サンジはしばし動きを止めて、ほうと息を吐いた。
女ならば感嘆の溜息だろうがサンジのそれは、少々恐れが入り混じっている。
帯だけ解いてまだ羽織ったままの襦袢を乱暴に剥いで、ゾロは改めてサンジを背中から掬い上げるように抱き締めた。

「ちょっと待て、まだ丁子油が・・・」
「んなもん、後でいい。」
やや上擦った声で短く言い、乱暴に唇を塞ぐ。
ぴったりと合わさった肌を通してどちらのものともつかぬ鼓動が響き、サンジはいつの間にか握り締めていた手を開いてゾロの背を抱いた。

深く合わさった唇を尚抉じ開けるようにゾロの舌が割り入ってくる。
それに応えて舌を絡め、小さく吸い付くように噛んでもゾロの動きを止められない。
「ん・・・」
くぐもった声を上げて仰け反るのに、ゾロはぐいぐいと全身で食むように舐め擦ってはサンジの口内をじゅうりんした。
「・・・ふ・・・」
立てた膝を割ってゾロが腰を押し付けるように重ねてくる。
同衾する時も着衣のままで、決して人には触れさせなかった部分に無遠慮に手が差し込まれて、サンジはいやいやをするように首を振って抗った。
「・・・触んな、馬鹿っ・・・もっと、ゆっくり・・・」
あまりに拙いその反応に、かえってゾロの方が戸惑う。
「てめえまさか、初めてか?」
んな訳ないだろうとお互い心中で突っ込みながらも、サンジの桜色に染まった素肌はゾロの腕の下で細かく震えていた。

「だから・・・こう言うのは初めてなんだっての・・・こんな、長じゅ袢まで脱いじまうのは」
ついでに言うなら自分で解して下準備もしていた。
客にさせることはあくまで挿入だけだ。


ちろちろと揺れる行灯の明かりの元で、サンジの滑らかな肌がしっとりと艶を放って横たわっている。
痩せているとはいえ綺麗に筋肉の付いた、紛れも無い男の肉体。
肌理の細かな肌は抜けるように白いが、今は仄かな灯りを受けて象牙色に輝いて見える。
緋色の布団に金糸の髪が豊かに散らばり、絹の海を泳ぐ天女のようだ。
いや、天人か。
恥ずかしげに揺れる膝頭をぴったりと揃え、たじろぐように立てられた腿の隙間に、淡い金の茂みが覗く。
これらを目にするのは己だけかと、浅ましいほどに喜びが昂ぶってゾロは自然口元を綻ばせた。

「こうして、触れ合うのは初めてか?」
静かに問いかけ、また胸を合わせる。
どくどくと、飛び出さんばかりに心の臓が踊っている。
ついと脇腹から指でなぞり、大きく上下する平坦な胸の尖りに触れた。
ぴくんと、あからさまに痩躯が跳ねる。
「・・・う」
何か言いたそうに、でも言わないでぎゅっと唇を噛み締め、サンジがそっぽを向いた。
「こうして乳繰られるのは、慣れてるんだろう?」
「いちいち聞くな、ばか。」
素直に反応して堅く立ち上がった乳首を、ゾロは指の腹で捏ねるように弄る。
もう片方は唾液をたっぷり含めた舌で転がせば、サンジの口から甘い声が上がった。
それを恥じるように慌てて口元を押さえる。
「・・・それも手管のうちだろうが。」
呆れたゾロの声に、殆ど涙目で睨み返した。
「だからっ、俺あ今花魁じゃねーんだよっ・・・」
それにしても反応が幼すぎる。
「・・・心配に、なってきたぞ」
素で呟くゾロの言葉に過敏に反応して、サンジは身体を起こした。
「あ、阿呆か!素人じゃねえんだから、なんでてめえに心配されなきゃなんないんだ!」
言ってることは滅茶苦茶だが、サンジの気概だけは買ってやろうとゾロも腹を決めた。
もう一度確かめるように唇を合わせて圧し掛かる。

「多分、二・三日客は取れねえな、許せ。」
「なにい?」
それは困ると抗議する口を塞いで、全身隈なく手を這わせた。




痕をつけるなというお達しだけはきちんと聞いて、ともかく指や舌で丁寧に愛撫する。
布団を噛んで声を耐えるのも無駄と悟ったか、サンジはすすり泣くような声を漏らし快楽に流されていった。
ゾロの手が指が触れる度にびりりと雷でも走るかのように肌が震える。
熱を与えられた部分から融けて崩れるかのように弛緩していって、サンジは自分身体が自分のものではないような錯覚さえ覚えた。

ゾロの手に委ねられるだけの、朽ちていく花のようだ。
それでいいと、信じ得ぬ幸福の中にあってサンジはうっとりと目を閉じた。
ゾロの腕の中でだけ咲く花でありたい。
その願いが叶うわけもないが、今この瞬間だけがすべてになるのならせめてゾロの目に映る己が何よりも艶やかな花となるように

白く長い指を絡ませ、猛り狂った一物に舌を這わせた。
赤黒く怒張したそれは、今まで目にした何よりも力強く雄々しく見える。
これを我が身に埋めることに恐れを感じないと言えば嘘になるが、それよりも一つになれる喜びの方が勝っていた。
サンジ自身、交歓の快楽を知らない。
前戯だけで我を忘れここまで乱れたのは初めてのことだ。
何もかも曝け出して求め合う悦びもまた―――

ゾロの指がたっぷりと油を含ませ内側まで柔らかく抉る。
一突きごとに慎重に、それでもためらいなく穿たれるその動きだけで、サンジの内奥で何かが蠢くのがわかった。
女の代わりに使う器官でしかなかった部分が、悦びに震えている。
もっと奥までと誘うように締め付け蕩けてゆく。

「いざ・・・」
ゾロの熱い息が耳を掠めた。
ひゅうと無意識に詰めていた息を吐いて、しどけなく身体を開く。
羞恥に耐えて目を見開き、ゾロの顔を見上げた。
真っ直ぐに輪郭付けられた精悍な頬から、一筋の汗が顎を伝い流れ落ちた。
ああ、ゾロも必死だ・・・
そう思うとひどく愛おしくて、精一杯両手を伸ばしてその広い肩を抱き締める。

ゾロの砲身が身を焼きながら減り込んでくる。
痛みよりも悦びが先に立ち、サンジは声を上げて喘いだ。
ああゾロが、ゾロが俺ん中に―――

こんな風に、身体を繋げることが嬉しいだなんて知らなかった。
一つに融け合い熱を分け合うことがこんなにも気持ちいいだなんて―――

繋がった部分はあまりの質量に悲鳴を上げていたけれど、サンジはそれ以上に嬉しくて泣いた。
泣きながら縋り付き、足を絡めて自ら口付けを強請る。
「サンジ・・・」
噛み付くように唇を重ね、ゾロは大きく腰を揺すった。
はしたない程に水音が立ち、濡れた響きがサンジの声と入り混じって隠微に空気を震わせている。

「ああっ・・・ああ、ゾロ・・・」
限界まで引き抜いてはまた突き入れ、荒々しい抽迭を繰り返す。
白い太股に手を掛け強引に開かせて抜き差しを繰り返せば、淡い陰毛はぐっしょりと濡れて立ち上がった摩羅が朱に染まり揺れている。
やや力を込めて握り扱けば、サンジが「あ」と短く叫んだ。
きゅうと内壁が締まり、痛みさえ覚えて顔を顰めるゾロの下でサンジの身体が細かく痙攣する。
びゅくびゅくと吐き出された白濁の液を腹に受けて、うっかり共に果てそうになるのをなんとか耐える。


荒い息をつきながら、サンジは切なげに眉を寄せ放心したようにゾロを見上げた。
半開きの唇は散々舐め吸われたせいでぷくりと脹れ、濡れている。
堪らなくてまた噛み付いて、サンジの尻を掴みながら身体ごと強く揺すった。
「はあっ・・・あああ・・・」
再び加えられる激しい律動にサンジが身も世もなく喘ぐ。
果てたばかりの敏感な身体は続けざまに与えられる刺激に耐えかねるかのように震え乱れた。

「ゾロ・・・熱・・・」
身の内の奥深く、焦がれるほどに沈む底までゾロを感じていたかった。
取り戻せない過去と手に入れられない未来に目を背けて、今はただこの業火に身を焼かれたい。
汗に濡れて艶めく隆起した筋肉に爪をかけ、ゾロの動きに合わせて踊る炎に手を伸ばした。

ちろちろと蠢くそれは龍の吐く焔のごとくサンジの身体を包み込み侵食する。
限界まで開かれ穿たれた箇所から熱を注ぎ込まれて、サンジの花芯は再び震えながら露を散らせた。












清掻が鳴り響く賑やかな宵の口。
安宅屋は格子の間から、朱に染まる雲を眺めながらぼんやりと過ごしていた。
戎屋の花魁は皆質が高く美しい。
幼い禿から新造に至るまで見目麗しく立ち居振る舞いも恙無いから、こうして眺めているだけでも決して飽きない。
まるで空を映す雲のように揺るぎ無い美はあるものだと、安宅屋は満足していた。

今宵携えたのは珊瑚の簪だ。
あの輝く髪には恐らくは見劣りするだろう少し淡い色合いが不満だったが、それでもあの太夫は喜んでくれるに違いない。
人の気持ちを無碍にはしない、優しい子だ。

安宅屋に男色の趣味はなかったが、三治太夫には一目で心を奪われた。
あの肌もあの髪も、瞳の色さえもすべてにおいて尋常ではなく、それでいて何もかもが完璧に美しい。
金らん緞子の打掛や櫛、笄の類よりも輝いて見えたのは、あの玉の肌であり渦巻く光の髪束だった。
眺め愛でるだけで充分だと、満足している。

人よりも少し秀でて身代を築いたが、金を持って死ねるでもなし、隠居の身の上となった今では表立って咎めてくれる細君もとうにおらず、勝手気侭を許してくれる息子夫婦に陰で手を合わしつつの放蕩三昧だ。
なんと満ち足りた終局よ。
これ以上望むまいと己に言い聞かせる青臭さを自ら嘲笑う。



「遅うなりんした。」
新造たちのそれとは質の違う、馴染んだ声が響いた。
静かに襖が滑る隙間から、一片の花弁が舞ったように錯覚する。
その刹那、安宅屋は掛けるべき声を失い瞠目した。
常と違わぬ美しく着飾った太夫が鎮座している。
だがしかし、その気配のありようがあまりに違う。
常々男であることを差し引いても美しい太夫と思ってはいたが、今宵の三治は身に纏う風情があまりに婀娜っぽかった。

しっとりと結い上げた髷を飾る金銀の簪より零れる後れ毛が煌いて、綸子の襟元から覗く首筋は雪の白より仄かに紅を滲ませ匂い立つ。
安宅屋は知らず感嘆の息を漏らし、膝に手を当てたままにじり寄った。

「今宵の太夫の、なんと美しいこと」
微笑む口元さえ、花が綻ぶようだ。
「今宵の源様も、いつにもまして男ぶりが上がっていんす」

何が太夫を変えたのか、慮って安宅屋は表情を暗くした。
あまりよくない噂は耳にまで届いている。
世間を騒がせる人斬りが、足繁く三治太夫の元に通っていることも。
だが―――

「血濡れの花には、見えぬのになあ・・・」
つい口をついて出た言葉にはっとするより先に、サンジはつと顔を上げた。
瑠璃より深い蒼が行灯の明かりを受けて揺らめいている。

「あちきを変えるも咲かすも、主様しだい・・・」
妖艶な色香を身に纏い、艶やかに咲き誇る太夫を前に、安宅屋はまるで若造のように胸をときめかせる。
凄絶とも言える美に恐れ戦きながらも、決して手折れぬ花に手を伸ばした。