Halloween night



青白く光るリノリウムの上を、思ったより高く響くヒールの音にビビりながらサンジは先を急いだ。
平日とは言え、今夜はハロウィンの本番。
総合病院もそこここにハロウィンらしき飾り付けがされ、職員は頭に控え目な被り物を被っている。
理事長に遊び心がある・・・いや、遊び心しかない遊び人だと聞いている通りだ。

「仮装したら違和感なく紛れ込めるって聞いたけど、ほんとだな」
サンジは呆れながら、なるべく自然を装って早足で待合室を抜けた。
客観的に見て、身長180センチを超える自分が薄いピンクのナース服を着てハイヒールを履き院内を闊歩している姿は、視覚の暴力ともいうべき醜態だろう。
なのに、チラチラと視線は感じられるが無闇に忌み嫌ったり通報したりしない、周囲の人たちの寛大さには頭が下がる。
やっぱハロウィンってすごい。

病院に紛れ込むならナースでと、ナミの甘言に乗せられうっかり袖を通してしまったワンピースは、丈が短くて超ミニになっている。
白いタイツのガーター部分が丸見えで、ボンキュッボンなセクシーお姉さんだったら堪らないコスチュームだろうに、なにが哀しくて自分が着ちゃってるんだろう。
まずはナース服に謝りたい。

恥ずかしがると余計に目立つとナミに発破を掛けられたので、サンジは早足になりつつも堂々と歩いた。
何食わぬ顔でエレベーターに乗り込み、最上階のボタンを押す。
扉が開いた時、前面が鏡張りでひえっとなったが、なんとか目を逸らし耐えた。
ナース服姿の自分なんて、直視しがたい。
無意識にポケットを探って煙草を取り出そうとして、手を止めた。
いかんいかん、院内は禁煙だ。
ターゲットは最上階の特別室に入院している。
さくっと見舞いに行って、さくっと情報さえ手に入れば、後は用はない。


最上階に着くと、さすがに特別フロアらしく一面ガラス張りで都会の景色が広がっていた。
夜にくれば、さぞかし見事だろう。
サンジはきょろきょろと周囲を見回しながら、おっかなびっくり進む。
最近はプライバシーに厳しいせいか、部屋に名前が表示されていない。
途中、年配の看護師に行き会ったので勇気を出して訪ねてみた。
「すみません、スパンダインさんの病室はどちらですか?」
看護師はサンジの頭からつま先までをじろりと一瞥し、ふっと息を吐いた。
「右手の302号室です。病院内ですから、くれぐれもお静かに」
「…あ、はい」
その恰好はなんですかと咎められるかと思ったのに、よくわからない注意を受けてしまった。
ともあれ、これで病室はわかった。
あとは見舞客を装ってターゲットに接近し、脅し透かしてキーワードを聞き出すだけだ。


302号室の扉をノックし、気配を探った。
一人、落ち着かない気分の男がいる。
それ以外、人気はない。
「失礼します」
サンジはそう声をかけ、ドアをわずかに開けて中に身体を滑り込ませた。
高級ホテル並みの広さの病室に、男が一人頭から毛布を被って座っていた。
サンジを見て、ガタガタと震えている。
「あんたが、スパンダイン?」
そう問うと、なぜか救いを求めるように身を乗り出して頷いた。
「そうだ、俺がスパンダインだ。頼む、助けてくれ!」
「は?」
サンジはスパンダインを尋問に来た不審者なのに、その不審者に助けを求めるとは何事だろう。
「何言って…」
サンジはそこまで言って、はっと気付いた。
来客用のソファに、男が一人座っている。

黒いシャツに黒いパンツ。
黒一色の装いの上に裾の長い白衣を羽織っているから、医者だろうか。
そこでサンジはハッと気づいた。
そうだ、そもそも病院に潜り込むのだから、最初から白衣一枚羽織ればよかったんじゃないか。
なんで化粧してナース服着て、ストッキングとヒールを履いて頭に白い帽子まで乗っけてんだよ俺。

思わず歯噛みして、男を睨みつけた。
それにしても、まったく気配が感じられなかった。
いつからいたんだろう。

「あんた、主治医か?」
「違う!」
応えたのは、スパンダインの方だった。
「そいつは悪魔だ!俺の魂を奪う気だ!!」
サンジは驚いてスパンダインを見た。
冷酷な性格で非道な行いをし、裏で散々荒稼ぎをしてきた悪徳代議士と聞いてきたのに、オツムの病気で入院してるんだろうか。
「おいおい、大丈夫かよおっさん」
「いいから、助けてくれ。俺をこの悪魔から救ってくれ。なんでもするから!」
怯え方が尋常ではない。
だが、サンジは「なんでもする」との言葉に乗っかった。
「そうか、よし俺がこの悪魔をなんとかしてやる。だから、グランドラインシステムの暗証番号、教えろよ」
「ああ?」
「そうしないと、この悪魔とやらに魂を取られるんだろ?」
サンジがそういうと、スパンダインはがくがくと小刻みに震えながら頷いた。
「あ、あああそうだ。暗証番号なんぞいくらでもくれてやる」
スパンダインがぶつぶつと数字とアルファベットを羅列するのを、サンジはじっと聞いた。
「いまの聞こえた?ナミさん」
『OK、上出来よサンジ君』
通話状態だったスマホを切って、さてと踵を返す。
「これであんたは、用なしだな」
「待て!この悪魔をどうにかしてくれるんじゃなかったのか!」
腕に点滴を付けたまま、血相を変えて追いすがるスパンダインを、一瞥した。
「この悪魔って誰のことだよ」
サンジの言葉に、スパンダインはぎょっとして振り返る。
部屋の中に、誰もいない。
客用のソファも無人だ。
「最初から、誰もいねえよ」
「――――・・・」
呆けたように座るスパンダインを残し、サンジはさっさと病室を出た。

いつの間にか日は暮れて、ガラス越しに朱色に染まった夜景が一望できる。
暗いガラス窓に映るのは、なんとも奇妙なナース姿の自分。
だが目の端には、男の黒い靴先が見える。
「あんた、映らねえのか」
傍らを振り返ると、先ほどの男が立っていた。
「悪魔とか、マジもん?」
「さあな」
男は白衣のポケットに手を突っ込んで、静かにたたずんでいる。
緑色の短髪に、片耳に金色のピアス。
左の眼は大きな傷で塞がれていた。
いくら白衣を羽織っていても、とても医者には見えない。
「あんた、仮装下手だな」
「お前に言われたくねえ」
真顔で言い返されて、サンジは「ははっ」と笑った。

「さっさとおさらばするよ、この格好で元来た道戻るの鬱だけど」
「だったら、俺が連れて帰ってやろうか」
男の申し出に「は?」と怪訝な顔をする。
「ちょうどいい景色だ、夜景を見ながら飛んで帰るか」
「はは、またまた…」
冗談…と続ける前に、目の前に大きな黒い翼が広がった。

いつの間にか白衣を脱ぎ捨てた男の背中には、漆黒に輝く翼が広がっている。
「え、マジで飛べんの?」
「ああ?」
「この夜景、飛びながら見られるとか」
あまりに尋常ではない事態に、サンジの思考能力は若干落ちてしまった。
さすがハロウィンとか、訳のわからない納得感がある。
「空を飛ぶのも自由自在だ。お前の望みはなんでも叶えてやる」
男はそう言うと、羽目殺しの窓がすっと開いた。
驚く間もなく、サンジの身体が軽やかに舞い上がる。
いつの間にか男の腕の中で、抱き上げられていた。
「ちょっと待って、待て。俺、飛びたいとか言ってねえぞ」
「今さらなに言いやがる」
「言ってねえ」
男に抱えられ、ふわりと宙を舞った。
落ちる恐れがないほどに、軽やかな夜間飛行だ。

「あ、あの大通りでカーニバルやってる。みんないろんな格好してるな」
「楽しんでんじゃねえか」
「ああ、でも俺が臨んだんじゃねえからな。お前が勝手にやってんだからな」
サンジはそう言って、落とされないように念のため男の首に抱き着いた。
「こんだけにぎやかな夜なら、悪魔と一緒に飛んでても、目立たねえな」
「違いねえ」

飛び立つ瞬間、スパンダインの病室から絹を裂くような叫び声が響いたような気もするが、気のせいかもしれない。

「お前、望みはなんだ。なんでも聞いてやる」
「さあな、俺の頼みはレディに聞いてもらいたいものばかりだ。野郎のてめえには用はねえよ」
「いいから言え!」
「言わねえ」
「絶対望みを、言わせてやる」

悪魔に抱かれて飛びながら、サンジは懐から煙草を取り出し火を点けた。
眼下では、工夫を凝らした色とりどりのモンスター達が、楽し気に笑い合っている。
悪くない眺めだと微笑んだら、悪魔も仕方なさそうに笑った。



End







診断メーカーで、ハロウィンネタのアンケートを取りました。

みうのゾロサンのハロウィン仮装は
キョンシー×吸血鬼
悪魔×ナース
パイレーツ×ナース
ゾンビ×ゴースト
の内どれが良いかアンケートで訊いてみましょう。

07% キョンシー×吸血鬼

74% 悪魔×ナース

11% パイレーツ×ナース

08% ゾンビ×ゴースト

とんでもないナース推しでしたww
結果、悪魔×ナースです。