ハジマリのうた -6-



その匂いを吸い込むだけで、身体の隅々まで命が吹き込まれるような、そんな感覚を味わったことがある。
もしかしたら、これがその時唯一の、「記憶」なのかもしれない。




俺の父親だってえ男に初めて会った時も、なんとも思わなかった。
やけに余所余所しいなとか、似たトコねえなとか、他人事みたいにぼうっと眺めてた俺は、嬉しいとか恨めしいとか、そういう感情の波からも多分一番遠いところにいたんだと思う。
名乗りはしたもののベッドから距離を置いて突っ立っている「父親」の後ろから、綺麗な女の人が姿を表した。
その人は俺の姿を見るなり目を潤ませて、足音を立てないように静かに俺へと近付いて、白い手を伸ばした。
「可愛そうに・・・なんてこと・・・」
そっと触れられた俺の手は、枯れた枝みたいに萎びて黒ずんでいた。
これが人間の手だろうか、とぼんやり思った。
そんな気持ち悪いモノを、女の人はまるで大事なものにでも触れるように、優しく丁寧に両手で包み込む。
「今日から私がお母さんよ。もう絶対に、辛い思いはさせないからね」
流れ落ちる涙を拭いもせずに、女の人は真っ直ぐに俺を見つめて頷いた。
けど俺は、ただぼんやりと綺麗な人だなあ・・・なんて思ってただけだった。


後から聞かされたのは、俺を連れておふくろが親父の元を去ったって話。
以来音信不通だったのに、1年経ったくらいに警察から連絡を受けて駆けつけたらしい。
親父にしてみれば、正式に離婚の手続きも済んで新しい人とも出会って、さあこれからが本当の人生だって思ってた矢先の出来事だっただろう。
仕方なく病院に来て見れば、まるで干乾びたミイラみたいな息子が、呆けた状態でベッドに寝てたんだ。
そりゃあ驚きもするし、戸惑いもするわな。
俺自身が、結構年齢もいってたのになんにも覚えてないから詳しいことはわからねえんだけども、どうやら俺はおふくろに捨てられたらしい。
らしいってのは、おふくろの行方ももうわからないからだ。
ボロいアパートの部屋で隣人に発見された俺は、骨と皮ばかりに痩せて意識を失ったまま寝転がっていた。
ネグレクトってのか、それにしたってもう結構でかかったんだから、自分で助けなんかも呼べただろうになあ。
そん時の俺が何を考えていたのかなんて、俺にはさっぱりわからねえや。
ともかくドアには鍵がかかっていて、けれど隣に住んでたおっさんは薄い壁越しに俺がいることを勘付いていた。
それなのに、夜になっても電気はつかない。
誰も出入りする気配がない。
どうもおかしいってんで、おっさん無理にドアを蹴破って俺を見つけてくれたんだってさ。
その人が気付いてくれなきゃ、俺はもうこの世にいなかっただろう。

結局、親父の再婚相手が物凄くいい人で、俺は息子として引き取られた。
それからすぐに弟も妹もできたけど、今でもなんの分け隔てもなく育ててくれてるよ。
俺にとっちゃ、おふくろといえばあの人しかいない。
かけがえのない人だ。

親父とは、今でもどこか余所余所しいままかな。
母親が連れてったばかりに、俺を死ぬ目に遭わせた負い目があるのかもしれない。
単純に、厄介者だと思っているだけなのかもしれない。
今でも、俺はろくに親父とは話さないよ。
顔を合わせることも少ないからね。

俺が退院して新しい家族の元に行く前に、親父は車で寄り道をした。
おふくろが一緒だったらきっとそんなことさせなかっただろうけど、そん時俺を迎えるために、彼女は部屋を整えたり食事を準備したりしてくれてたらしい。
親父はあの、養護施設の前に車を停めて「お前は本当はここで暮らすはずだったんだぞ」と俺に言った。
そうならなかったのはおふくろのお陰だと。
あの人が真に優しい、慈悲深い人だからこそお前を引き取ることができたんだと、親父はしつこいくらい俺に言い聞かせた。
俺はぼんやり頷いてたさ。
まだまともに声も出せなかったし、言われたことをすぐに理解することもできなかったし・・・
親父にしてみれば、新しい母親に懐くかどうかが心配だっただけなんだろう。
けどやっぱり、そりゃああんまりだって・・・ゾロも、思うか?

それからは、まるで絵に描いたように幸せな家庭だった。
俺はなに不自由なく育てられ、大学にも進んだ。
ろくに勉強はしなかったけど、そこそこ点は取れたし。
弟や妹は母親に似たのか優秀で、俺が意識してバカやらなくても十分に兄の上を行ってくれたよ。

9年間の記憶がないなんて何の問題にもならないくらい、俺はすべてを取り戻した。
凄い勢いでモノを覚え、身体を回復させた。
親父の転勤で2回引越しもして、当時のことを知っている人間なんて回りにいなかった。
俺自身、すべて夢だったんじゃないかと疑うくらい遠い日の話だ。
俺を捨てた母親のことも、別に恨んじゃいない。
きっと彼女には彼女なりの理由があったんだろうと思う。
それ以上に、今のおふくろのことを愛している。
彼女の息子になれてよかった。
そういう意味では、親父に感謝しなくちゃな。



語り終えて、サンジは長く息を吐きながら白い煙をたなびかせた。
通い慣れた、けれど今は少し懐かしいサンジの部屋。
テーブルを挟んで向かい合わせに座り、時を取り戻すかのようにゆっくりと話し込んでいる。

「・・・そう言う訳だったのか」
ゾロは苦虫でも噛み潰したかのように顔を歪ませ、テーブルに視線を落とした。
「俺が施設で育ったなんて、お前にとっちゃ言っちゃいけねえ嘘だったんだな」
「・・・それは仕方ねえよ。お前の口から施設って言葉が出たのも、今となっちゃ割と自然だ」
サンジの慰めの言葉に、ゾロは自嘲した。
「俺なりに、結構ショックだったんだぜ。まったく覚えてねえみてえだし、施設で育ったって言ったら真に受けたしな。本当に覚えてねえのか、それとも赤の他人なのかと疑った。だが名前は同じだし、やっぱりその眉は見間違えようがねえ」
「うるせえ」
サンジは不機嫌に口を尖らせ、ゾロのグラスにビールを注いだ。
「だが今なら、覚えてなくても無理はねえと思う。いやそれより―――」
ゾロはそっと、指にタバコを挟んだサンジの手の甲に触れた。
包み込むように掌で覆う。
「よく、生きててくれた。よく死ななかった・・・な」
ゾロの手の力強さに、思わず胸が熱くなってサンジは下を向いた。
つい乱暴な仕種で手を引っ込め、灰皿にタバコを押し潰す。
「ばっかやろ・・・、そう簡単にくたばってたまるかよ。人間てな、案外しぶといんだ」
「だが呆気ないこともある。本当に、よく生きててくれた」
ゾロの言葉が常になく重みを感じさせて、サンジは赤い顔のままそっと窺い見た。
見たこともないような優しい眼差しで、ゾロは真っ直ぐにサンジを見詰めている。
「俺にとって“幼馴染”ってのは、お前以外にもう一人いた。だがそいつは、ほんとにガキん時に死んじまった。しかも階段から落っこちるなんて事故でな。あんまり呆気なかった」
「・・・・・・」
「そのとき俺は、たまたまその場にいたんだ。そいつの身体が落ちて、首がおかしな方向に捻じ曲がって、動かなくなるのも・・・見た」
「ゾロっ」
サンジは思わず息を飲み、テーブルに投げ出されたままのゾロの手を掴んだ。
「それが、あの師匠の一人娘だったんだ。・・・別に、俺が責任を感じることなんてないんだが・・・俺もガキだったしな。けど、以来俺はずっと師匠の傍にいようと、そう思った」
悲しみを感じさせず、ゾロは穏やかに笑う。
「それでも大学くらい出ておけと、親父の言うままに進学したんだが、施設の卒園生が師匠夫婦を保証人に借金してトンずらしやがった。あの土地も道場も抵当に取られて、破産宣告寸前まで行きかけて俺は焦った」
自分の腕を掴んだサンジの手を宥めるように撫でる。
「あの施設を俺が継ぐんだって勝手に思い込んでた。だから大学辞めてとにかく働いて・・・一日でも早く借金がなくなるようにって、今思えばガキの悪あがきみたいなもんで、俺一人が頑張ってどうなるもんでもないってのに」
笑顔を自嘲に変えて、ゾロは頭を掻く。
「けど、ちゃんとあそこは今でも続いてるじゃないか」
「ああ、卒園生が奔走して借金した奴を見つけて、あと地元の人とかで当座の金を凌いでくれたんだ」
独りで突っ走った俺が馬鹿だったんだと、そう言って笑う。
「それでも、俺なりに納得できるまでやってみようって今もコツコツ金を貯めてる。金はあるにこしたことねえし、目処がついたら正式にあそこで雇ってもらおうと思ってよ」
「・・・それで、親にも勘当されたのか」
半ば呆れて、サンジは呟いた。
「まあな、けど結局うちの親父が殆ど立て替えたみたいだぜ。別に頼んでねえのによ」
しれっと言い放つゾロに、サンジは顔を顰めた。
「・・・お前、それもしかして、確信犯だろう」
「結果オーライなら、いいんじゃねえの」
顔を見合わせ、サンジはぷっと吹き出した。
単純で熱血漢なだけでない、計算高いしたたかさが頼もしい。

「そうか、てめえはあそこ継ぐんだ」
「俺が思い込んでるだけだ。師匠夫婦はどう言うか、わからねえ」
けれどゾロは、きっと思った道を歩むのだろう。
半ば思い込みで自分勝手に突っ走っているだけなのに、ゾロのそんな姿はサンジにとってどこか眩しく映る。
「そうか、いいな・・・やりたいことを見つけて、目標があるってのは、いいな」
「てめえはねえのか?料理なんて玄人はだしじゃねえか。この道に進まねえのか」
もう何度も言われた台詞だ。
サンジは慣れた仕種で首を振って、新しくタバコを取り出した。
「俺のは趣味だ。なまじ覚えるのが早いから適当に何でもできて、かえって中途半端に関わっちまう気がする。・・・それが、やなんだ」
「想いの方が、強いんだな」
ゾロは納得したように軽く頷いた。
「そんだけ半端じゃねえ思い入れがあるんだろう。料理ってやつに」
そう言われて、サンジは改めてテーブルに視線を落とす。
話しながら、ゾロは綺麗に食べ尽してくれた。
綺麗に空になった皿を見ると嬉しい反面、他の何かで満たしたくなる。
けれどもし、この皿に何かが残されていたら、自分はその残骸に耐えられるだろうか。

「・・・俺は、飢えて死にそうになっただろ?」
火の点いていないタバコを弄んで、サンジはテーブルに肘をついた。
「ほんとに何にも覚えてないんだが・・・かすかに、美味そうな匂いが漂ってたのは記憶の隅に残ってるんだ。そりゃあもういい匂いでよ。その匂いを嗅ぐだけで、なんか飯を腹いっぱい食ったような、そんな気持ちになった気がした」
ゾロが、痛ましげに眉を顰める。
「そん時の匂いだけは、俺は今でも覚えてるんだ。その、俺を助けてくれた隣人ってのが料理人でな。多分、家でも色々試作してたんだろうなあ。とにかく、いい匂いだった」
あの味をいつか本当に味わいたいと望みながら、何故か怖くてできなかった。
「今じゃ有名なレストランのオーナーさ。学生の身分じゃおいそれと予約も取れねえ」
「誰だかわかってんのか、なら一度行ってみるといい」
事も無げにゾロは言う。
「いくら高いところだろうが、その気になりゃ行けるだろ。俺のへそくり分けてやるから。お前の記憶に唯一残ってる匂いなら確かめてみろよ。お前の元気な姿を見せてやると、きっと喜ぶぞ」
あっさりそう促されて、サンジは一瞬考えた。
けれど軽く首を振る。
「・・・そうだな、もしも行くなら客じゃなくて・・・あの味を習いに行きてえなあ」
するりと、自分でも驚くほど素直に言葉が出た。
「あの味を、習いてえんだ。俺がこの手で、匂いだけで満たされるような、あんなスープを作ってみてえ。んでもって、いつか俺がそんなスープを誰かに飲ませてやりてえ」
子どもじみた綺麗事だと自分でもわかっていて、ずっと胸に秘めてきた密かな夢。

「お前ならできるだろう。“飢え”を知り“孤独”を知って、それでも誰かを満たすために料理を作ることができるんだ。俺を餌付けしたように」
「てめえの餌付けなんか、簡単だったよ」
思わず言い返すサンジに、ゾロは大げさに目を丸くして見せた。
「なんだ、やっぱり餌付けするつもりでいたのか?」
「ち、ちげーよ馬鹿!思い上がんなっ」
むきになって言い返すサンジの、朱に染まった頬にゾロはそっと指を添わせた。
途端サンジは口を閉ざし、落ち着かない素振りで目を泳がせる。
「・・・てめえが本気で惚れた男は、俺だって思い上がっていいんだろう?」
穏やかな声でそう問われ、サンジは拗ねたように口を尖らせる。
「そんなん、てめえで勝手に思ってろよ。言っとくが俺は、遠回りしたとか思わねえからな」
「―――?」
「エースと付き合う前にお前と出会ってたらなんて・・・そう思ったことは、確かにあった。けどよ、だからってエースと付き合ったことを、俺は後悔なんてしてねえから」
サンジは肩をいからせて、大きく息を吐いた。
「あれは確かに恋だったんだ。それで結局てめえを選んだ。だからその点だけは、自惚れてもいい」
強気の台詞を吐きながらも、サンジの表情は緊張で強張っている。
ゾロは片眉だけ上げて見せて、静かに立ち上がった。
「妬かねえと言えば嘘になるが、全部わかってて近付いたのは俺の方だ。てめえが気に病むことじゃねえ」
誰も気にしてねえよと嘯くサンジの腕を取り、引き上げるように立たせる。

「これからてめえを抱くぞ。名実共に、今日から俺を恋人にしろ」
「・・・もうちょっと、他に言いようがねえのかよ」
照れるより先に呆れて、サンジはほんの少し上にあるゾロの瞳を見返した。
エースが自分を見たときと同じ色をその目に感じて、ぞくりと来る。

「どいつもこいつも、なんで性別に拘らねえんだろう」
「お互い様だ」
それ以上余計なことを言わないようにと、ゾロはさっさとその唇を塞いだ。



ゾロと初めて交わす口付けは、やたらと性急で有無を言わさぬ勢いを感じさせた。
ともかく唇全体で噛み付くように舐めて吸って、絡めてくる。
「・・・ふ、と・・・ま・・・」
背中に手を回し宥めるように肩を叩くのに、ゾロの両腕はサンジの背骨を折らんばかりに強く抱き締めて、顔全体を押し付けるようにくっ付けた。
息をするのもままならないほど唇を貪られ、その場で押し倒されないように太い首にしがみつけば、ゾロは少し腰を落としてサンジの痩躯を抱えると、そのまま身体を浮き上がらせて寝室へと大股で歩いていった。
「てめ・・・どういう」
なんとか口付けから逃れてゾロの頭を抱えるのに、ゾロは怖いくらい真顔でサンジの身体をベッドの上に軽く投げ下ろした。
首の横に両腕をついて、どこか苦しげな表情でじっとサンジを見下ろす。
至近距離でゾロに見詰められて、サンジの心臓は口から飛び出そうなほど派手に鳴り響いている。
恐らくはもう耳まで真っ赤だろう自分の顔面を隠すのも諦めて、自分から腕を伸ばしゾロの首を抱えた。
「俺が初恋って、てめえホモ?最初から野郎の素質、あんの?」
エースにも窘められたけれど、真実サンジには同性を好きになる気持ちは理解できないのだ。
この期に及んで、これからゾロに抱かれると胸ときめかせている自分自身のことも、よくわからない。
「ねえよ。女とも付き合った。だが、たいしてガキの頃のことを覚えてねえ俺でも、てめえだけは忘れなかった。あの居酒屋で出会って、てめえの傍に男がいて・・・猛烈にムカついたんだよ。奴が、どんな風にてめえを抱いてんのか―――」
サンジは口を噤み、けれど正面からゾロを見返した。
嫉妬心を煽るつもりはないが、避けて通れない道だ。
「てめえがどんな風に抱かれてんのか、考えただけで脳味噌沸きそうだった。だがてめえが奴を好きだってんなら、それは自然のことだ。仕方ねえ。俺のつけいる隙はねえ」
「・・・もし、俺がてめえに惹かれなかったら・・・」
「結局力づくで奪ったさ。遅いか早いかだけの問題だ」
ゾロらしい強引さで、不敵に笑う。
「俺は滅多に欲しがらねえ代わりに欲しいモンは手に入れる、手に入れたら手放さねえ。半端な気持ちじゃねえんだよ」
息がかかるほど顔を近づけて、囁くゾロの声に痺れた。
ずくりと、下半身が疼いて耳の後ろが熱くなる。
「ならもう、エースのことは・・・」
「てめえは考えたっていい。思い出しても、比べたっていいんだ。俺は俺のやり方で、てめえと生きる」
「ゾロ・・・」
サンジの声を掬い取るようにしっとりと口付けて、ゾロは身体を沈ませた。

全身にゾロの重みを感じて、胸の苦しさと共に包まれるような安心感を覚える。
股間に押し付けられるゾロの滾りにさえ、安堵した。
ゾロが俺を求めてる。
俺に欲情して、欲しいと願っている。
誰かに愛され、乞われる喜びはエースに教えてもらった。
そして今、与え欲する悦びも―――
「ゾロ、俺もてめえが欲しい・・・」
背中に回した手で後頭部を撫で上げて、サンジは首を傾けゾロに舌を伸ばした。






「ん・・・は・・・」
服を脱ぐのももどかしく、噛み付くように口付け合いながらお互いの肌をまさぐった。
ゾロの身体は想像通り硬くて滑らかだ。
同じように引き締まっていても肉に厚みがあるエースと違い、スリムとも言える。
それ故か、筋肉の動きはバネのような敏捷さを感じさせて、サンジは愛撫よりも感嘆の想いをこめてうっとりとゾロを撫で回した。
エースに抱かれているときは、目も開けていられなかったってのに・・・
自分の現金さに苦笑を漏らしながらも、本能の赴くままにゾロの身体を堪能する。
節くれだった指が、自分の肌を滑る様が卑猥だ。
膨らみもない平らな胸を確かめるように撫でて、たよりない尖りを指の腹で捏ねるように押す。
まともに見ると気恥ずかしいが、ゾロの動きから目が離せない。
ゾロの指の下でほんの少し硬さを増した乳首に、ゾロがそっと頭を下げて舌を伸ばした。
赤い舌先が突くように乳首の先に触れる。
恥ずかしいのに、何故かサンジは無意識に胸を反らした。
それに答えるように、ゾロの舌は長さを伸ばして乳首を絡めとるように包む。
「・・・ふ・・・」
じゅ、と吸われて甘い吐息が漏れた。
男でも感じる場所なのは、エースにとうに教えられている。
「・・・いっちょまえに、固くなんだな・・・」
口に含まれたままそう囁かれて、肌にかかるゾロの息に身体が震えた。
恥ずかしいけれど、もっとゾロを感じたい。
強請るように更に背を撓らせれば、ゾロはもう片方の乳首も指で触れてくれた。
軽く摘まんで引っ張り、捏ねるように抓る。
「あ、あ・・・」
意識して声を抑えず、サンジは喘ぎとため息の間のような音を漏らして、自分の胸に顔を埋めるゾロの頭を撫でた。
乳首がじんじんと痺れてむず痒い。
もっと触れて欲しい。
舐めて噛んで、痛いほどに吸ってほしい。
エースにだって望んだことのない、あからさまな欲求が沸いてきて、小さく己を恥じた。
胸だけで全身が感じまくって、やばいくらい興奮している。

無意識に腰が揺らいで、密着したゾロの腹を押したらしい。
ゾロは少し腰を浮かし、下を覗き込むような仕種をして悪戯っぽく笑った。
欲情しているのをモロに見透かされて、サンジは真っ赤になって横を向く。
ゾロの手がバックルにかかり、痛いほど張り詰めていたそれがようやく解放されるかとほっとした。
いくらサカっているとはいえ、やはり自分から脱ぐのは躊躇われる。
少し腰を浮かしてゾロが下着ごとずり下ろすのを楽にさせて、照れ隠しに膝で軽く脇腹を蹴った。
露わになった下半身はすでに頭を擡げて、少し濡れている。
ゾロはまるで珍しいものでも見るかのように、無遠慮にそこを凝視していた。
慣れたエースとは違い、未知の世界を垣間見た好奇心と戸惑いを、かつての自分が感じていたのと同じだろうと思い至ってさらに赤面する。
「・・・見んな、馬鹿・・・」
女性とも付き合ったって言っていた。
こんな男の身体を目の当たりにしてしまったら、普通の感覚の男なら絶対萎える。
少なくとも、サンジ自身エースやゾロを押し倒してどうこうしたいと露ほどにも思わない程度にゲイ指数は高くないと自負しているので、やはり同じようにノンケに近いゾロの欲情がちゃんと続くのか、心配になった。

サンジの動揺をよそに、ゾロはしげしげとそこを眺めていたかと思うと、おもむろに両手でそれを包み込んだ。
金色の繁みを撫で、起立したペニスを掴む。
「・・・あ」
触れられて呼び起こされる快感をすでに知ってしまったから、どくりと脈打つように震えて固さを増したのが自分でもわかった。
それに呼応するかのように、ゾロの手がゆっくりと上下し始める。
他人のそれを扱くなんて、恐らく初めての行為なのだろう。
たどたどしい手つきながらも、なんとか良くしてやろうとゾロの表情が真剣さを増す。
―――なんで、こんな時まで生真面目なんだ
ふと笑いがこみ上げてきて、サンジは顔を歪めた。
滑稽なのに、胸にクル。

ゾロはおっかなびっくり竿を扱きながら、そっと唇を寄せてきた。
恐らくは初めてのフェラチオ。
エースにされた時は驚愕と羞恥の余り顔を手で覆ってひっくり返ったが、今は何故かその光景を凝視してしまう。
ゾロが、俺のペニスに口付けてる。
そのでかい口で俺のを咥えて、舌で愛撫して―――
カーっと頭に血が上って、呼吸が激しくなっていった。
相手がゾロだと、思っただけで眩暈がするほど全身を血が駆け巡る。
「・・・ゾロっ」
サンジのそれを根元まで咥え、ゾロの顎が息を吸うように凹んだり噛み締めるように撓る。
その秀でた額に手を当てて、浮いた血管を指でなぞった。
ゾロだ、ゾロが、俺の、を―――
息が上がって倒れそうだ。
ゾロの肉厚な舌が竿全体を圧迫する度に、そのまま温かい口内にぶちまけてしまいそうになる。
襲い来る射精感を必死で堪えて、サンジはゾロの顔を股間から引き剥がしにかかった。
「だ、だめだっ・・・出る、出るっから・・・」
「・・・出せよ」
咥えたまま口を半開きにしてそう促されて、本気でイきそうになった。
「やだ、や・・・汚ねえ・・・」
半ば涙目になって、肩に蹴りを入れながらどうにか顔を引き剥がした。
離れ際、顔面にも強烈な一発を蹴り入れる。
「って、なんでっ」
ゾロはさすがにむっとして、蹴られた顔を抑えながら噛み付く勢いでサンジを引き倒した。
サンジはサンジで、暴発寸前の下半身を抱えて息も絶え絶えだ。
「・・・は、恥ずかしーじゃねえかっ」
「何がだ、てめえ慣れてんじぇねえのかよっ」
これにはムカッときてゾロの顔を平手ではたいた。
「なんで慣れんだよ!こんなもん、慣れてたまるかっ」
確かにエースとは何度もしたが、羞恥心まで無くした訳じゃない。
「男相手で慣れてるからって、楽できるなんて思ったら大間違いだ!」
この一言は効いたのか、ゾロの顔が強張った。
まずいと思った瞬間、ゾロの手が膝を掴んで、とんでもない力でガバッと開かれる。
「痛っ!つうか、なにすんだーっ」
そのまま、文字通り齧り付かれた。
それはもう、がぶっと。
「――――!」
勢いに負けたと言うか驚いたと言うか怖いと言うか、素人は本当に何をするかわからない。
サンジのそれを?ぎ取る勢いでがぶがぶ吸い付き舐めまわすゾロが猛禽類を思わせて、サンジは断末魔の呻きに似た声を上げて果てた。
放出というより吸収。
イクなんて可愛いものじゃない、どちらかといえば搾取。

ベッドに仰向けに倒れ、胸を上下させて荒い息をついているサンジの上で、ゾロは口に含んだ精液をぺっと掌に吐き出した。
無神経この上ないが、その仕種はやはり野生的なものを感じさせる。
半端な知識でやってみようとしているのがよくわかって、サンジはどこで口を出すべきか思案していた。
先導してしまえば、またむっとするだろう。
かと言って、このまま暴走を見過ごせば痛い思いをするのは自分だ。
考えている間にも、ゾロの濡れた指がサンジの後孔を探って精液を塗りつけている。
少しは滑りも良くなるだろうが、やはり足らない。
「・・・きちい、な」
ゾロの指さえまともに入らず、サンジも顔を顰めてベッドの小抽斗に手を伸ばした。
「これ、使えよ」
横を向いたまま投げ渡す。
エースの置き土産のジェルを、ゾロは素直に受け取った。
豪快に搾り出し、サンジの股間に顔を埋めるようにして塗りつける。
時折顔を上げてはサンジの様子を窺い、指を動かすタイミングを計る表情は真剣そのものだ。
欲望に駆られてだけで行動しているのではないと改めてわかって、サンジは意識して身体の力を抜いた。
早く、ゾロを受け入れてやりたい。
テクニックはめちゃくちゃだけど、不器用なりに気遣ってくれているのだ。
ゾロが自分を大切だと思うように、サンジにとっても何者にも代え難い、大切な相手。
―――まるで、真剣勝負してるみたいだ。
ぐぬぐぬと、ジェルの滑りを借りて内部で蠢くゾロの指を、全身で感じるように目を閉じた。
どうしたって慣れない異物感と圧迫感で吐き気さえ覚えるのに、今は早く受け入れたくてしょうがない。
指だけじゃない、ゾロのすべてを欲しかった。

「ゾロ・・・来てくれ」
短く刈られた襟足を撫でて、顔を上げさせた。
ゾロはす、と目を細め伸び上がってサンジの額に口付ける。
顔の横に両腕をついて身体を起こす、ゾロの股間にサンジ自ら手を伸ばす。
滾りきって先端から露を滴らせたそれに、臆することなく手を這わせた。
―――すげー・・・
実はエースのもまともに見たことがなかったが、これも相当すごいと思う。
掌で握りきれないし、赤黒くて血管が巻いていて、反り返っていて、しかも長い。
一瞬血の気が引いたが、なんとか平静を取り繕った。
ちゃんと入るんだか怪しいものだが、なんとしても入れなければと、妙な使命感が沸いてくる。

膝を立てて、足を開いた。
多分この辺と憶測を立てて、ゾロの起立したものを宛がう。
ぬるぬると滑る窪みに、ゾロの先端がぴたりと添った。
「ゆっくり、な・・・」
「ああ」
ゾロはサンジの背中に手を回し、尻たぶを撫でながらそっと腰を進めてきた。
ず、ずと押し付けつつ広げられる感覚に、肌が粟立つ。
「ま、ま・・・あ・・・」
サンジの声に、ゾロの動きが止まれば止まったで苦しい。
「いや、イけ。止まん・・・な」
額に冷や汗をかいて、待てとか行けとか支離滅裂なサンジの支持に、いちいち生真面目に応えてゾロは腰を進めた。
「う、でけ・・・」
じわっと涙が込み上げてきて、目を瞑ればほろりと目じりを伝い落ちる。
ゾロが息を呑む声が聞こえて恐る恐る目を開ければ、かっと目を見開いた鬼のような形相のゾロがすぐ間近にいた。
額に青筋が浮いて、鼻腔が膨らんでいる。
「え、なに?」
戸惑いながらも、サンジは浅く息を吐いて腹の力を逃した。
どうやらすべて飲み込んだらしい。
「ゾロ、その面・・・」
「もう、我慢できねえっ」
恫喝するような迫力のある声だが、なぜか切羽詰っている。
「・・・え、え?」
「動く、ぞ」
言うなり、サンジの膝裏に手を添えてがっと持ち上げたかと思うと、ガツガツと腰を振り始めた。
あまりの衝撃に、サンジの声から悲鳴が上がる。
「うああっ、い・・・や―――」
「く・・・」
元よりでかいものが、更に質量を増してずくずくと暴れまわる。
幾分内部が柔らかくなっていたとはいえ、性急な挿迭に身体が軋んで、サンジは声を上げながらゾロの首にしがみついた。
「待てって、ゆっく・・・り・・・」
「くそ、きちい・・・」
じゅぶじゅぶと、結合部から卑猥な音が立つ。
内臓を抉られる痛みや苦しさに耐えながらも、辛いだけでない部分を掠める感触をサンジは必死で探した。
「ゾロ待って、・・・そこっ」
「ここか?」
思う存分腰を振って多少冷静さを取り戻したか、ゾロが動きを緩めて試すように突いてくる。
「・・・ん、ん・・・そこっ」
「うしっ」
がばっと覆い被さって背中から抱き締めながら、ゆっくりと突き入れる。
前立腺をモロに刺激されて、サンジはあられもない声を上げて背を撓らせた。
「ああっ、やべ・・・ゾロ、そこっ」
「すっげ、きち―――」
半開きのまま閉じないサンジの口をべろべろと舐めて、ゾロは激しく腰を振った。
その度サンジの身体が揺れて、悲鳴のような喘ぎが漏れる。
「いやっ、イく・・・い―――」
反らされた胸の尖りに歯を立てられたら、ゾロの腹の下で擦れたペニスが白濁の液を零した。

「―――ひ、ひ・・・」
震える指でゾロの肩を押し、サンジは小さく痙攣した。
挿入だけでイかされるなど、エース以外でもありなのかと愕然としながらも、あまりの快感の強さに身体が怯えて強張っている。
溢れ出た涙を拭って見上げれば、ゾロは悪鬼のごとき三白眼で床を睨みつけている。
「・・・ゾロ?」
「動く、ぞ」
了解を得る前にまた挿迭を始めた。
イったばかりの身体にあまりにきつい衝撃に、サンジが再び悲鳴を上げる。
「うわああ、やだっ・・・ゆっくり―――」
肩を痛いほど床に押し付けられて、上から圧し掛かるようにゾロが突いてくる。

「ゾ、ロっ・・・」
「てめえのケツ穴、俺のカタチに変えてやるっ」
――――やっぱ、怒ってんじゃねえかああああああっ


サンジはその夜、気持ちイイだけでないSEXを知ってしまった。















「お、どうした?腹でも壊した?」
軽口と同時にぽんと腰を叩かれて、サンジはそのまま声もなく自動販売機に縋り付いた。
声を掛けたエース本人が目を丸くして、固まっている。
「え、マジ?どしたの」
手を貸すべきか思案して珍しくうろたえるエースに、サンジは苦笑いを返す。
「えーと、なに?もしかして、ゾロ?」
相変わらずの勘の良さに苦笑したまま頷けば、何故かエースはほっとした顔をした。
「よかった、違ってたらどーしよーかと思った」
「違うって、なんだよ」
むっとして言い返せば、まあ座れとスチールの椅子を差し出される。
それを軽く手を上げて断って、窓辺に寄りかかった。

「相当キツそうだね。無茶されてんの?」
「いや、無茶っつうかなんつーか・・・」
ポケットからタバコを取り出し火をつけた。
校内唯一の喫煙場所には、相当数の学生がたむろしているから、あまり大きな声では話せない。
「加減を知らない素人の癖に、妙に熱心っつうか・・・あれだね、暑いね」
「はあ、なるほどねえ」
エースはどう理解したか知らないが、なんせゾロの集中力は半端じゃない。
サンジの感じる部分を理解したその日からそこばかり攻めて来たり、あれこれ工夫してみたり、それはそれは研究熱心で、とにかく何事も中途半端では済まさないのだ。
昨夜も一晩で最多記録を更新するくらいイかされた。
お陰で朝から腰が立たない。

「愛されるって辛いねえ」
「・・・ほんとだよ」
エースのからかいも真顔で受け流して、ぷかりと煙を吐いた。
「そういや、今日薔薇亭行くんだろ。新しい彼女?彼氏?」
「彼女vしかも大物♪」
「え、誰?」
興味津々で尋ねれば、エースは悪戯っぽく笑った。
「K女のロビン助教授」
「マジ?!えええっ、マジ〜〜〜っ!」
近くの女子大のロビン助教授と言えば、ミステリアスな超美女としてこの辺の学生では知らぬものがないほどの高嶺の花だ。
それを一介の学生たるエースが食事に誘うとは・・・
「さすがエースと言うべきか・・・」
呆れて呟きながらも、サンジはふと気付いてしまった。
エースが興味を持つ相手は、いつも何かしら影を抱えている。
軽薄を絵に描いたようなサンジ自身にさえ、その奥に闇を感じ取ったように、エースは天性の勘でもって隠れた部分に頑なに殻を持つ人間を見出し、惹かれるのかもしれない。

恋と言うより、セラピーなんだ。
それがエースの、愛の形なんだろう。
かつてエースがサンジに忠告したように、エース自身も出会うすべての人間を見送る側にいるのかもしれない。
けれどそれでも、いつか変わる。
人は人と出会って、きっかけを得て、良くも悪くも変わり続けて生きるのだ。

「どうした?」
急に真顔になったサンジに、エースはいつもと変わらぬ優しい顔で問いかけてくる。
それに少し口を尖らせて見せて、サンジはタバコを揉み消した。
「いや、逃した魚はでかかったなと」
「おや、もう気付いてくれたんだv」
感激〜と広げられた両手の間をすり抜けて、そろそろ行けよと追い払うようにけしかける。

「今年の正月は、ゾロと一緒に過ごすのか?」
「いいや、2年ぶりに実家に帰るんだと。俺も親に顔見せてくるし」
「へえ、離れ離れの年の暮れか」
多分今年が、実家で過ごす最後の暮れになるだろう。
年明け早々、ゾロはサンジの部屋に越してくる。
先のことはわからないけど、予測できる未来には、サンジの傍らにゾロの姿が常にある。

「これからはずっと一緒にいるって決めたんだ。俺が」
「そう」
エースはほがらかに笑い、片手を上げて軽く振った。
「そいじゃ、良いお年を」
「うん、良い年を―――」
軽い足取りで掛けていく背中を見送って、サンジは目を細める。




あの手の温もりを、穏やかな眼差しを懐かしむ日が、いつか来るかもしれない。
確かにあれは恋だったと、負け惜しみでなくそう思う。
誰に恥じることもなく、ゾロに隠すこともない、暖かな思い出。
そのすべてに決別するつもりで、サンジは目を閉じ踵を返した。

人は生きている限り、何度だってやり直せる。
そうして歩んで行けたなら、それまでの痛みも苦しみも、きっと何ひとつ無駄なものにはならないだろう。






サンジは晴れやかな思いで空を仰ぎ、
冬空を覆う分厚い雲の切れ間から差し込む光を、確かに、見た。



END



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