グランドライン通販
<玲さま>


サンジはペアルックが好きだ。航海の途中、立ち寄る島々でペアルックの物を見つける度、ゾロに知らせる。けれど、ゾロの反応は「そうか」の一言ぐらいである。それでもめげずに、ペアルックを見つけて来る。


「おい、ゾロ。あれ見ろよ!」

とある春島で見つけた店を指さしてサンジが言った。

「…あ?」

ゾロがそちらを振り返ると、そこには案の定、ペアルックのディスプレイがあった。今回はペンダントらしい。

「なぁ、少し見て行こうぜ」

サンジのペアルック好きは今に始まったことではないが、毎回嫌な顔をするゾロを無理矢理付き合わせようとする。お揃いのシャツに始まり、食器にタオル、ストラップや鞄。

この前の島では、ヒヨコとマリモが描かれた腹巻なんてのを見つけて来た。どう考えてもオーダーメイドの品だったが、サンジは頑なに「たまたま見つけた」と言い張った。使うつもりはないが、勿体ないのでゾロの箪笥の中に仕舞われている。

今度はアクセサリーか。
ゾロは心の中で溜息をついた。そんなゾロのことは気にせず、サンジはとっとと店に入っている。仕方なくゾロも後に続いた。


「へぇー」

店内に所狭しと並べられたペンダント。ただの小物屋ではなく、専門の細工店らしい。よく見ると、ペンダントの表面に複雑な模様が彫り込まれている。

「なぁ、なんでこんな模様が入ってるんだ?」

手近にあったペンダントの一つを取りつつ、サンジが店主に尋ねた。確かに、ペンダントに使われている宝石は、そのまま模様の無い方が綺麗に見えるかもしれない。

「それは、世界でただ一つの石と対になっとるからじゃよ」

小柄な老人が答えた。つまり、それぞれの石の表面に刻まれた模様は、対になったもう一つのペンダントの模様と完全に一致し、嵌め込むことが出来る、ということなのだ。

海にこぎ出す者も多いこの時代、離れ離れになっても、再び再会した時の目印となる。商船や海軍船の乗り組み員から、海賊に至るまで様々な者が片割れを家族や恋人に残していくと言う。

「そっかぁ。いいなぁ」

ロマンチストなサンジは、頭の中で感動の再会を思い描いているのだろう。そんなサンジを余所に、ゾロは店主に振り返って尋ねた。

「ちなみに、いくらするんだ?」

買うつもりは毛頭無いが、万年金欠の海賊船に乗る身なので、このネタがサンジを一番簡単に諦めさせられることは知っている。

「二つセットじゃと…これぐらいかのぉ」

店主が出した金額は、一味の生活費一ヶ月分に近かった。

「そんなぁ…」

特有の眉をへにょんと下げてガッカリしているサンジに、

「ほら、行くぞ」

それだけ声をかけてゾロは店の外へ出た。渋々サンジも従う。あの価格では、たとえナミを交渉役にしてもそう簡単に手は出せないだろう。サンジもそれが分かっているのか、それ以上は何も言って来なかった。


しばらく島の市場などを流していたが、いつもは買い出しを心待ちにしているはずのサンジが、今日はどこか沈んでいる。

「てめぇ…そんなに、あれがほしかったのか?」

ゾロの言葉にサンジは一瞬顔を上げたが、また下を向いてしまった。どうやら、あのペンダントがかなり気に入っていたらしい。

しばらくゾロも考えていたが、しおれたまま前を歩くサンジに、思わず

「…誕生日になったら、何か買ってやる」

と言ってしまった。途端、弾かれた様にサンジが顔を上げた。

「本当か?!」

今まで幾度となくペアルックを提案して来たサンジだが、ゾロが首を縦に振ったことは一度もなかった。そのゾロがついにペアルックに同意したのだ。

「…あぁ」

急に元気を取り戻したサンジに、内心苦笑いしつつもゾロは答えた。ゾロだって、別にサンジとのペアルックが嫌で、今まで断ってきた訳ではないのだ。

そもそも、二人が所謂恋人関係になるまでには、すさまじい紆余曲折があり、散々クルーに迷惑をかけて来たのだが、いざ付き合い始めてみると、更に迷惑なことに、サンジは人目を憚るということを一切しないかった。周囲にクルーがいるのも気にせず、甘い雰囲気を振りまいているのだ。

おかげで仲間達からは苦い顔で見られているのをゾロは知っている。別に偏見がある訳ではないが、それでも男同士のいちゃつくシーンなど目にしたくないのが一般人の心境だろう。

その為、何故か普段は「穀潰し」とか「剣を振るうしか能がない」と言われているゾロが、サンジのお目付役になって、その行動がエスカレートしないように気を配ることになっている。

この上、サンジの希望通りにペアルックで全身を固めた日には、まず間違いなく、船を降ろされるに違いない、とゾロは考えていた。だから、今までのサンジのアピールを却下して来たのだが、年に一度ぐらいならクルーも我慢してくれるだろう。

「じゃぁ、あれな」

サンジは嬉しそうに先程の品のことを言う。ついさっきまで打ちひしがれていた姿からは、同一人物とは思えない程の変化だ。

「…分かった」

グランドラインを旅している以上、同じ物を手に入れられるとは思えないが、誕生日が近づいたらサンジが望むペアルックを一つ揃えてやろう。

「約束だぜ?」

そう言って笑うと、さっさと市場の方へ戻って行った。すっかり元気になったらしい。荷物係のゾロも後を追った。


それからしばらく後、一行が夏島に到着する頃、サンジの誕生日を迎えようとしていた。クルーの誕生日には、それぞれが趣向を凝らしたプレゼントを用意するのが慣例になっている。

島に着くなり、クルーは思い思い、町へ繰り出して行った。今回は船番も必要ないらしく、サンジも在庫チェックを終えると、ゆっくり買い出しに出かけた。

粗方下見を終えた頃、街角に佇むゾロを見つけた。また、迷子になったのか。サンジは呆れつつも、昼飯ぐらい奢ってやるか、と声をかけようとした。島に着く直前、大きな海賊船を一隻沈めたので、今は皆、懐が温かい。

「おい ――――」

万年迷子、と続けようとして、サンジは口を閉じた。サンジが声をかけるよりも前に、二人の間にオレンジの髪を持つ女性が割って入った。

「ナミすわんv」

めろりんと腰をくねらせつつ声をかけたが、ナミはサンジには気づかず、すたすたとゾロの方へ歩いて行ってしまった。

「なんだ、お前か」

ゾロの返す声が聞こえ、サンジは咄嗟に物陰に隠れた。別に疚しいことがある訳ではないが、なんとなくゾロが自分よりナミを選んだような気がして、そんな風に考えてしまった自分が嫌だった。

「丁度いい。ちょっと付き合え」

ゾロが偉そうに言う。ナミさんに向かって、“付き合え”とはなんだ!“付き合え”とは!せめて“お供させて下さい”ぐらい言え、このクソマリモ!
そんなことを思いつつも、サンジは頭の中で別のことを考えていた。


ゾロと自分は付き合っている。男同士だけれど、普通の恋人とその関係は何ら変わりのないはずだ。もちろん、夜になればやることもやっている。けれど、それでもサンジは自分がゾロと付き合っている、という実感が持てなかった。

未だにそれが、自分の単なる思いこみなのではないか、と時々考えてしまう。こんなにゾロの一挙一動を気にしてしまう自分に対し、ゾロの態度は全く変わらない。寝て、食べて、鍛錬して。夜になれば手を伸ばして来ることもあるが、それがなければ、恋人同士なんて言える気がしない。

だから、下らないとは思いつつもペアルックに惹かれてしまう。それを身につけている時だけは、自分達が付き合っていると確認出来る気がして ――――


「私を捕まえるなんて、高いわよ」

そんなサンジの思考を余所に、二人の会話は続いていた。

「…金とるつもりか」
「あら、何か言ったかしら?」

まだ微かに聞こえる声に、サンジは耳を澄ませた。身体を壁に隠しつつ、出来るだけ耳を二人の方へ向ける。

「そう言えばあんた、サンジ君へのプレゼント何か用意したの?」
「あぁ?」
「あんたが貧乏なのは知ってるけど、恋人の誕生日ぐらい、しっかり祝ってあげなさいよ。『身体で』なんて言ったら、殴るからね」

そんな厳しいナミすわんも素敵だーv 町中で他人の会話を盗みつつ、めろりんと目をハートにしている人間など、ただの不審者に過ぎないが、幸か不幸か注意してくれる人もいない。

「………」

ナミの問いかけに対して、ゾロは何も答えない。

「…それで、一体何買うつもり?お金がないなら、仕方ないから貸してあげるわ。利子つきで」

仲間同士の会話とは思えないシビアな発言だが、ナミの性格を嫌という程分かっているゾロは敢えて反論しなかった。

「…あれでどうだ?」

ゾロが示した先には、青いガラス製の置物が飾られていた。店の外見から判断するに、船乗りの為の魔よけらしい。

「とりあえず及第点かしらね」

そうナミが答えると、二人は連れ立って店の中へ入って行ってしまった。その場には、残されたサンジが一人 ――――

「…やっぱり、ゾロはあんな話、覚えてなかったんだ」

いつだか訪れた春島での会話。始めてペアルックを了承してくれたゾロに、サンジは喜びを隠せず、その日の夕食では普段の三割増しの肉をルフィに与えてしまったが、全く気にならなかったのだ。それなのに…

なんだか、一人で勝手に盛り上がっていた自分がえらく惨めに思えて、サンジはそっとその場を立ち去った。


サンジの誕生日当日、三日前に島を出た一行は、船の上で恒例の誕生パーティーを開いた。とは言っても、途中でバースデーケーキとプレゼントが登場する以外は、普段の宴会と変わらない。島を出たばかりなので食料も存分にあり、クルーは思う存分食事を楽しんだ。

食事の後はプレゼントタイムである。一人ずつが、それぞれ工夫を凝らしたプレゼントを披露した。ゾロのプレゼントの中身は事前に聞いてしまったが、それでも喜んでやらなきゃな、とサンジは変なところに気合いを入れていた。

「サンジもこれでゾロと同い歳だな!」

前年のゾロの誕生日、一つ年上になってしまうゾロに対し、サンジが散々暴れたのを振り返りつつ、ルフィがプレゼントを差し出した。薄い包みの中には「つまみ食いしない券」と汚い字で書かれた紙が入っていた。

「全部で三枚だ!一回使ったら、一週間は使うのナシな!」

にしし、と笑いつつルフィが言った。確かに食欲魔人の船長から贈れる最大のプレゼントかも知れない。

「おめでとう、サンジ君」
「おめでとな、サンジ」
「コックさん、おめでとう」

その後も次々とプレゼントが渡されて行く。ナミさんはDOSKOI PANDAの新しいエプロン。ウソップは新発明の調理器具、チョッパーは水に強いハンドクリーム、ロビンは古書店で見つけたらしい、どこかの国の料理本、フランキーは密かにキッチンに隠し棚を増設していた。ルフィ対策らしい。そしてブルックは、心の籠もったバースデーソングを一味風にアレンジして。

どれも仲間の思いが詰まった一品ばかりで、サンジはこの船に乗り合わせた幸運を噛みしめていた。そして、いよいよゾロの番である。

「ほらっ」

ナミに言われて、隅で酒を飲んでいたゾロが立ち上がる。その手には小さなリボンのかけられた箱。

「てめぇが生まれて来てくれて、有り難てぇ」

どうして素直に「おめでとう」と言えないのか、と周囲が苦笑する中、ゾロはプレゼントをサンジに手渡した。ゆっくりとリボンを解き、蓋を開けるサンジ。

「…え?」

そこには、あの日、春島でサンジが見つけたのと同じペンダントが入っていた。

「サンジ君、それほしがってたんでしょ」

いつの間にか近づいていたナミが笑顔で話しかけて来た。

「けど ――」

前の島でゾロが買ったのは、青いガラスの置物だったはず ――――。驚いて固まっているサンジに対し、ナミは種明かしを始めた。


夏島で店に入った後、ゾロはナミに真意を明かした。

「なんで最初に言わないのよ」

狭い店内で顔を突き合わせるようにしつつ、ナミは問いつめた。それなら、この店に入る必要も無かったのだ。

「言えるか。あいつを驚かせてやりてぇんだよ」

サンジの呼びかけはナミに遮られてしまったが、ゾロはしっかりサンジの気配に気づいていた。ナミとの会話をサンジが隠れて聞いていることも。

「ふーん」

そんなゾロに、ナミは少し悔しさを感じつつも、あの日のペンダントを手に入れる為に協力してくれた。グランドラインを進んでいる以上、同じ島に戻ることは出来ないが、そうした人間を相手に商売をしている通販の存在をナミは知っていた。

注文を受けるとカモメ便を使って商品を船まで運んでくれるグランドライン通販は、資金さえあれば何でも手に入る実に便利なサービスだった。早速カタログを取り寄せ、あの夏島の店から商品を取り寄せた。

海賊を始めとする船乗りに好評らしく、通販の冊子にも載る有名店だったらしい。サファイヤとエメラルドで対のペンダントを作ってもらい、密かに準備していたのだ。


一方、そんな裏話を明かされたサンジは、驚いた表情のまま固まっている。あの日、ゾロとナミの会話を聞いてしまった時から、ペンダントのことはすっかり諦めていたのだ。箱をしっかりと握りしめたまま、それでも次第にへにゃんと笑顔になるサンジを、クルーは笑顔で見守っていた。

それぞれ趣向を凝らしたプレゼントを用意したが、やはり一番はゾロのだったらしい。ちょっと悔しい気もするが、サンジが幸せならそれが一番だろう。サニー号の船内は温かい空気に包まれていった。


Happy Birthday Dear Sanji!!



誕生日から一週間、未だに二人の首にはペンダントがかかっていない。

天気の良い昼下がり。食事の片づけと下拵えも終えたサンジは、今日も芝生の上で頭を悩ませている。

「やっぱり、オレがこっちか。…いや、反対につけるのもいいよなぁ〜」

サンジが両手に掲げているのは、例のペンダント。蒼と緑。どちらをどちらがつけるか、未だにサンジは決めきれないらしい。

そんなサンジをゾロは笑いながら眺めている。

「ひょっとして剣士さんは、この展開を予想してペアルックに同意したのかしら?」

甲板のパラソルの下で本を読んでいたロビンが、傍らのナミに話しかけた。あの様子では、あと一ヶ月はペアルックが実現しないだろう。

「さぁ?」

ナミも、ちらりとそちらに目を向けたが、幸せそうに頬を緩ませつつ二つのペンダントを交互に眺めるサンジと、やはり楽しそうにそちらを見るゾロが目に入ってしまい、思わず顔を背けた。なんであれ、当人達が幸せそうならそれで十分である。

結局、ペンダントを大切にし過ぎたサンジは、次のゾロの誕生日に要求されるまで、二つとも綺麗に箱に仕舞って取って置いてしまった。それでも、時々とり出してペンダントを眺めるサンジは幸せそうだ。

今日もサンジは、答えの出ない問いに頭を悩ませている。


END


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