Gossamer  -2-


「なんだよ、何怒ってんだよ」
「何がだあ?てめえ、この状況でよくそんなことが言えるな。そのなりはなんだ。蜘蛛の巣に絡まって、身動き一つ取れねえじゃねえか」
「そんなの、てめえが助けねえからじゃねえか!」
言ってしまって、はっと言葉を切る。
断じて、自分はゾロに助けを求めている訳ではない。
「いや、別にお前に助けてくれとか、んなことは言って・・・」
「俺もんなこと言ってんじゃねえ」
ゾロは鼻息も荒く捲くし立てる。
「大体てめえ、なんでそう女と見ると誰にでも鼻の下伸ばしてホイホイついてくんだよ。どう考えたっておかしーじゃねえか。こんな暗い森ん中、一人でいたような女だぞ。怪しいだろうが、只者じゃねえに決まってっだろうが。てめえの軽いおつむでも、それくらいわかるだろーが!」
えらい言われようである。
だが正論だ。
「ばっか野郎、こんな暗い森だからこそレディが一人で迷ってんのを捨て置けねえだろうが。それとも何か?
 てめえは出会うもんが女であろうが子どもであろうが、全部疑ってかかるのか?」
「それが常識だ!てめえは甘えなんてもんじゃねえ。ただの馬鹿だ!病気だ!」
言い切られてしまった。
しかも多分、正論だ。

「うっせえな。俺はてめえほど枯れてねえんだよ。第一、元々なんで俺がこの森に入ったと思ってんだ!」
「何しに来たんだ?」
「てめーを探しに来たんだろーが、このクソ迷子―!」
ここで豪快に蹴りの一つも入れたいところだが、いかんせん足が動かせない。
ゾロはほんの少し神妙な顔付きになったが、すぐに腕を組み直してふんと鼻で笑った。
「それでてめーも迷ってたら世話ないな」
「なんで俺が迷子なんだよっ、寝言は寝て言え!」
サンジは唾を飛ばして怒鳴り散らした。
とにかく、こんなところで言い合いをしている場合ではないのだ。

「いーからとっととこれを斬れよ、てめえのナマクラ刀でもこれくらい斬れんだろ」
「斬るのは容易いが、てめえ全然懲りてねえしな」
「何に懲りんだよ、大体てめえどういうつもりで・・・」
ゾロはサンジの襟首を掴んで、ぐいと引っ張った。
「もしも、あの女が腹空かしてっ時に出くわしたら、てめえは今頃あのでかい牙で噛み付かれて毒で溶かされてずるずるにされて吸われて皮だけになってんだぞ」
「うわあ、やな言い方」
「ふざけんな!事実だろうが!」
今度はゾロが唾を飛ばして怒鳴り返す。
サンジは嫌そうに顔を顰め、ふてくされて横を向いた。
「今回はたまたま、だ。たまたーまこうしてうっかり引っ掛かったが、俺だって一人で出歩くときはちゃんと用心するし、いくら美女が相手だからって考えなしについていったりなんか・・・」
「してっじゃねーか」
ゾロの突っ込みにサンジはぐわっと牙を剥いた。

「大体てめえ、なんでこんな状態で俺をほったらかしにしておいて、クドクドクドクドいちゃもんつけやがんだよ。何か?てめえは相手を身動きできねえ状態にして、ネチネチ嫌味で甚振るのが好きなのかよ。そういう趣味?めっちゃ性格悪くね?しかもセコくね?未来の大剣豪様は!」
「そうさなあ、身動き取れねえもんなあ」
ゾロはむっとするどころか、我が意を得たりとばかりに、にやりと笑った。
「何言われたっててめえは今手も足も出せねえ状態なんだ。このまま生きながらバリバリ食われる危険だってあるし、てめえが言うように甚振られる可能性だってあんだぞ。わかってんのか?」
「現に今てめえがしてるじゃねえかよ」
憮然と言い返すサンジに、ゾロはまた怒気を強めた。
「アホか!あの女が美人局で、てめえが誘われてホイホイついてって海軍やタチの悪い野郎共に捕まったらどうする気だ?嫌味言われるどころじゃ済まねえんだぞ!」
「お前こそアホか!賞金もついてねえ、男の俺なんてさらって何が得になんだよ。そういう心配はナミさんやロビンちゃんみたいなレディにしろ!」
「こんの、脳足りん・・・」
ゾロの広い額にビシビシ青筋が浮いて、短い毛が逆立っている。
なんで、本気モードで怒ってるんだろう。
「いいかてめえ、今てめえは身動き取れねえんだ。それをいいことにあちこち弄られたり乱暴されたりしたら、どうすんだ!」
「乱暴?」
思わずぷっと笑ってしまった。
ゾロには不似合いな可愛い表現の単語だ。
「まあ確かに世の中にゃ変わり者がいるからな。男で痛めつけて楽しいって奴もいるだろうけど、そんなん極稀だろうし・・・」
「なにが稀だ、てめえはそういうのに出くわす確率が高えんだよっ」
「はあ?」
ますます訳がわからない。
どういうわけか、ゾロに説教される形になっている。

「大体てめえは隙があり過ぎる。街に入っても女の尻ばっかり眼で追いやがって、てめえの後ろを怪しい男がつけてたり、ジロジロそのケツ眺めてたりしてんの、気付いてねーんだろ」
「何言い出すんだ、気色悪いこと言うな!」
思いがけない話の展開に、サンジは心底嫌そうに首を振った。
上陸する楽しみはまだ見ぬレディとの心ときめく出会いだけだ。
野郎などまったく眼中にない。

「んなこと、あるわけねえだろうが」
「ああ?ある訳ねえって、気付いてねえってことか?野郎が後ろつけてんのも、値踏みされてんのも」
「知らねーよ、お前、どこをどう取ったらそういうモノの見方ができるんだ?おかしーんじゃねえの?」
ゾロは額に手を当てて深い深ーい溜息をついた。
そういうことをされると、真正面から怒鳴られるより一層馬鹿にされた気がして不愉快だ。
「あのなあ、お前なあ・・・」
「うるさい、もう黙れ。てめえみてえな馬鹿は口で言ったってわからねーんだ。ちったあ痛い目見りゃわかるかと思ったのに、全然懲りてねえ・・・女絡みで死に掛けたって、多分死んだって気付かねえんだ。きっとそうだ。掛け値なしの馬鹿だ・・・」
ゾロが、あらぬ方向に視線を漂わせながらブツブツと独り言を言っている。
不気味だ。
ある意味どんなおぞましい怪物を見るより恐ろしい光景だ。

「あの、マリモ君?どうでもいいから、そろそろ・・・」
きっと、すさまじい殺気を込めて、ゾロが振り返った。
白目がギラギラして、血走る毛細血管まではっきりと見える見開き方。
暗闇でこんな顔を見たら、ウソップあたりは卒倒してしまうだろう。
「・・・な、なんですか?」
さすがのサンジも怯えて身を竦める。
怖いのではなく、気味が悪い。

怯えたサンジの顔面に鼻先をくっ付けそうなほど顔を寄せて、ゾロは口元だけ笑って見せた。
「いいだろう。とっ掴まったらどんな目に遭うか・・・俺が手本を見せてやる」
ゾロの手が、サンジのシャツに掛かった。





この森に迷い込んだのは、いつものアクシデントだ。
街をぶらつくはずが、森の中をぶらついていただけのこと。
よくある単なる間違いだが、その道中で人ならざる美女に会った。
薄暗い森の中で唐突に現れる艶めいた女など、怪しいことこの上ない。
疑うまでもなく刀に手を掛けたゾロだったが、その女にあまり生気がないのもすぐに悟った。
死に逝く者の匂いがする。
死に場所を求めているなら引導を渡してやらないこともないが、女にはまだ「望み」があるようだ。
そしてどうやら、自分はそれを叶えてやることができる。

女の容貌をざっと眺め、ゾロはふといいことを思いついた。
恐らく、自分で船に戻ろうとしても、経験上まともに帰り着く事ができるとは思えない。
集合時間に遅れれば、クルーの誰かが迎えに来るだろう。
それがもしも、あの男だったなら・・・
一種の賭けだったが、ゾロは女に話を持ち掛けた。
もしも、この森に自分を探しにやってくる人間が金髪の優男だったら、ちょっと引っ掛けて
やっちゃくれねえかと。
案の定、金髪の優男は鼻の下を伸ばして引っ掛かった。



襟元を掴んだ手に、軽く力を入れて引っ張る。
ビリビリと派手な音を立ててシャツが破れ、ボタンが飛んだ。
一際高く、悲壮な悲鳴を上げて、コックがなにか喚いている。
「てめえ、このやろっ、人のシャツを何してくれるんだあ!弁償うしろっつうか、やり過ぎだろうがっ」
「何がやり過ぎだ。敵にとっ捕まったら、こんなもんじゃ済まねえぞ」
言いながら前を全開にし、胸元に手を置く。
白い、白過ぎる―――
置いた自分の手の色との対比は、眩暈を起こしそうなほどに強烈だ。
白と黒のコントラストとまではいかないが、自分の浅黒さと無骨な筋張った手の甲に比べて、コックの肌のなんときめ細かいことか。
女のようだと言いたくはないが、腺病質なほど青白く薄い皮膚は、女の柔らかさや丸みがない分、
余計際立って白さが映える。
実に、卑猥だ。
無意識にごくりと唾を飲み込んだゾロを、サンジは怒鳴るのを止めて怪訝そうに見ている。
「いいか、てめえはなあ、こんな生っちろい体してんだから、それだけで舐められんだぞ」
ゾロの物言いに明らかにむっとして、サンジは口元を尖らせた。
「んなことてめえに言われなくったって、わかってらあ。だから、油断したそいつらを蹴飛ばすのがまた、楽しいんじゃねえか」
「蹴飛ばせたら、な」
なにをされるのかわからなくて、それなりに緊張しているのだろう。
呼吸に合わせて浅く上下する喉元を、親指の腹で強く押してやりたい衝動に駆られながら、ゾロはそこを静かに撫でた。
こんな細い首、片手でへし折るのも簡単だ。
生意気な台詞を吐いて牽制する、うるさい口を塞いで、息の根を止めるのは容易いだろう。
だがそれよりも、健気に睨み付ける蒼い瞳に怯えと苦痛の涙を滲ませることの方が、下衆な男たちを楽しませることになる。

「なんだよ、てめえ・・・何がしてえんだ」
コックは、せわしなく視線を彷徨わせて身体を強張らせている。
手足の自由が利かないのだから、憎まれ口で無駄に煽るのは得策でないと判断したのだろう。
だが、これから何をされるのか、まったく予測できないのだろうか。
ゾロは苛立ちに似た昂ぶりを覚えて、本能のまま真っ平らな胸板に申し訳程度にちょこんと色づいている尖りに触れた。
「あ?」
コックが間抜けた声を出す。
無視して指の腹で捏ねるように撫でて押し潰した。
「んあ?あ、あああああ?!」
見る見るうちに、コックの頬に赤味が差した。
「何して?何してくれてんだコラ!お、おおお男の、い―――」
指で強めに抓る。
蜘蛛の巣に絡め取られて大人しく動きを止めていた痩躯が、弾かれたように跳ねた。
「待て!待てっての、こんなのおかしい!何してんだよ、意味わかんねー」
顔を真っ赤にしてジタジタもがくから、手足に張り付いていただけの糸がスーツ全体にまで密着してしまった。
「うわああ、ますます引っ付いたあ」
「この、馬鹿」
ゾロは舌打ちして一旦手を離すと、サンジがほっとする間もなく顔を近付ける。
弄られて赤く染まった乳首にぺろりと舌を這わせた。
ひいいっと裏返った声が響く。
「ま、ままままま待て、待て・・・わかった!よーくわかった!捕まるって、めちゃ怖えー」
コックにあるまじき素直さだが、こんなことで許してやるつもりは毛頭ない。
ゾロはサンジの胸に顔を埋めたまま、両手で背中を抱き込むように服の下に腕を滑り込ませた。
男らしく背中は広い。
仰け反った拍子に肩甲骨が浮き上がって、骨の尖りがよくわかる。
肌は滑らかで手触りが良くて、背中から腰にかけての窪みに小さな傷の引き攣れがいくつも触れた。
―――にしても、細え・・・
幅はあっても厚みが足らないのだ。
ゾロの手から逃れようと身を捩るから、べったり引っ付いたスーツから身体だけが浮いてその華奢な腰つきが余計強調されている。
しかも、まるで下半身をゾロに擦り付けるかのような卑猥な動きだ。
これは天然か?
誘ってんのか?
そんな訳はないと思うが、無意識にしているのなら教育的指導の対象だ。

「ゾロ、わかったから・・・こんなん、ヘンだってっ」
ゾロの手が、丹念に背中をなぞり、脇を擽る。
でかい掌が強弱をつけて素肌を撫でる感触は、くすぐったい以外のものがあって、そのことにサンジは
また戸惑った。
どーしよ・・・気持ちいい・・・
普通にマッサージを受けている訳ではない。
反らせた胸にはゾロが吸い付いたままだし、しかも巧みに舌を使って転がすように舐めたり強めに吸ったりするから、その度にあらぬ声を上げてしまいそうだ。
「あのよ、わかった・・・から、・・・油断は、危険―――」
サンジは恥ずかしさに居たたまれなくて空を見上げた。
木々の間から覗く空は、紅に染まっている。
もう、日暮れなのだ。
「早く、戻らねーと・・・日が・・・」
「もう遅え、夜だ」
どちらにしろ、後戻りはできない。



乱暴にバックルを外して、すとんと膝までズボンを落とした。
剥き出しにされた下半身は、すでに少し兆している。
羞恥に顔を染め、顔を背けて唇を噛んだサンジに、ゾロは意地悪く囁いた。
「とっ捕まって手篭めにされんのに、感じてどーすんだよ」
ぐわっと牙を剥く勢いで振り返る。
「んなんじゃねーっ!お、男の生理だっ」
「・・・まだ触ってねーぞ」
ふしゅーっと湯気でも噴きそうなサンジの顔に、ゾロは無意識に唇を押し付けた。
「んな面すんな。・・・俺でも、煽られる」
あまりに無防備なコックを、ほんの少し懲らしめるだけのつもりだった。
女にばかり感けて、自分の身の安全には無頓着なガキ。
いつか女の罠にかかって命を落としたとしても、騎士道精紳とやらを貫いて笑って死んで行くのだろう。
それが嫌と言うほどわかるから、黙って見てはいられない。
自分の生き様を人にとやかく言われるのは真っ平だが、こいつだけは放っておけない。
そんなゾロの意図を知ってかしらずか、サンジは苦しそうに身をくねらせて、勘弁しろだのむっつり変態だの、哀願と罵倒を繰り返している。
ほんの脅しのつもりだった行為は止めるタイミングを外して、どんどんエスカレートしてしまった。

サンジの身体を撫で繰り回すだけでは飽き足らず、色素の薄い皮膚に吸い付いて軽く歯を立て、噛んだり舐めたりを繰り返す。
わずかな刺激でくっきりと痕がつくのが面白い。
触れる度に「あ」とか「ぎゃ」とか、間の抜けた声が漏れるのもまた楽しい。
剥き出しになった尻を両手で鷲掴んで揉めば、その場で跳ね飛びそうなほど身体を揺らす。
女のぶよぶよとした感触とは違う、張りがあってそれなりに柔らかな、心地良い手触り。
その奥まった部分に指を這わせれば少し湿り気を帯びていて、サンジの全身が半端でなく緊張したのがわかった。
「よせ」
鋭く叱咤するような声音。
それ以上はまずいと、潤んだ瞳が真剣に訴えている。
「・・・わかったか」
嘲笑うつもりが、失敗した。
思いの外声が掠れて、自分でも動揺を押さえきれていないのがわかる。
「女に騙されて自由を奪われて、好きなようにされるってのは、こういうことも含まれてんだ。嫌だろうが」
サンジは真っ赤になって俯いた。
釣られて視線を下げた先には、ゆるく勃上がり濡れたモノが光っている。
「・・・嫌じゃ、ねえのかよ」
愕然として呟くと、サンジは慌てて首を振る。
「い、嫌に決まってんだろーが!見ろ、この鳥肌っ、気色悪いーったらありゃしねえ」
抗議の声にあわせてブンブン揺れるそれを見ながら、ゾロは新たな頭痛に襲われた。
「・・・弄くり倒されて嬉しそうに感じてんじゃあ、相手を煽るばっかだろーが!」
「う、うううう嬉しそうじゃねえぞ、男の生理だああ」
「んな理屈、通っか」
腹立ち紛れにぎゅっと強めに掴んだ。
「んはあっ」
「アホかあ」
なんて声を出しやがる。
新たにブチブチ血管を浮き上がらせたゾロに、サンジは涙目で訴えた。
「違う、そんなんじゃねえっ、てめえが触るから悪いんだ!」
「んああ?」
凶悪に顔を歪め目を眇めながら、ゾロは顎を突き出した。
「てめえ、さては野郎に慣れてやがるな?だからこんなに・・・」
「違うって、マジマジ気色悪いって、他の野郎ならっ」
どさくさに紛れて、とんでもないことを口走った気がする。
ワンテンポ遅れて、ゾロもその言葉の意味に到達した。

「・・・なんだと?」
「あああいやいや、別に深い意味はなくてだなあ・・・」
「・・・」
「違うぞ、断じて違う。てめえだからそんなに気色悪くねえとか、んなことを言ってる訳じゃねえ」
言ってるじゃねえか。
ゾロの突っ込みより早くサンジが喚く。
「案外気持ちいいなーとか、ぜってー思ってねえっ!どっかの野郎共なら粉砕モンだぞ、怒るからな、泣くからなあ」
必死なのはわかるが支離滅裂だ。
ゾロはちょっと途方に暮れた。
両手を引っ込めてじっとサンジを見つめる。

「懲りたんだな」
「ああ懲りた。もうぜってー油断しねえ。身動きできねえのはコリゴリだ」
珍しく素直に泣きを入れた。
これで充分なはずなのに、ゾロはすぐには動けない。
自由にしたら、サンジはすぐに目の前から消える。
怒り捲くって殺人キックを繰り出して、ゾロから遠く離れるのだ。
身体も、心も。
それを惜しいと認めるほどに、自分の感情の種類は自覚している。
こんな真似でコックを手に入れることなんてできないってことも。

一瞬躊躇ってから、ゾロは刀を抜いた。
シャツを肌蹴け下半身は膝までズボンを下ろした剥き出し状態のサンジを戒めるのは、両手首に絡まった蜘蛛の糸だけだ。
軽く刀を振るってぷつんと斬った。
あれだけ頑丈にサンジを支えていた戒めが簡単に解ける。
勢い、上半身を崩したサンジは、ゾロにすがりつくような格好で抱きついた。
すぐに足を抜き去って、蹴りを飛ばして来るだろう。
そう思って大人しく突っ立ったままのゾロの背中に、サンジはようやく自由になった両腕を回した。
「―――?」
驚きに目を瞠り固まるゾロを、そのまま抱き締める。
サンジの口から素直に安堵の吐息が漏れた。
「は―――、だるかった・・・」
「開口一番がそれかよ」
「馬鹿野郎、マジでどんだけ手がだるかったと思ってんだ。まだ痺れてんぜ」
ブンブンと両手を振り、改めてゾロの肩に掛ける。
「それに、ずっとこう応えたかったんだ。やられっ放しは性に合わねえ」
にかりと笑い、ぎゅっと首根っこに齧り付いたサンジを、ゾロは衝動的に抱き上げた。




ズボンも靴も脱げて、殆ど丸裸になったサンジをそのまま草原の上に押し倒す。
サンジが伸び上がって唇を重ねてきた。
そうされて初めて、ゾロも順番を間違えたことに気付いた。
仕切り直しだ。

首を傾け、何度も触れて離れてを繰り返し、唇だけでなく頬も目も、鼻も耳も、すべてに口付けを落として舌で愛撫する。
サンジの手は、時折宥めるように背中を撫でたり軽く爪を立てたりするが、決して抗わない。
受け容れられていると知って、ゾロの歯止めは無くなった。
すでに日が落ち薄闇に包まれた暗い森の中で、仄かに浮かび上がる白い裸体の隅々までを丹念に愛撫し貪る。
自由になったサンジの両脚を抱え上げその最奥に自らを深々と埋め込むと、断末魔のようなか細い
悲鳴を上げながら、それでも腕を投げ出してされるがままに身体を揺らしている。
とめどなく流れ落ちる涙をそのままに見上げるサンジの瞳には、中空に浮かぶ月がぼんやりと映っていた。







「―――で?」
すっかり夜も更けて、辺りはしんと静まり返っている。
先程までの獣の交わりのごとき息遣いも咆哮も止み、残されたのは静寂だけだ。

「で、てめえがしたかったのは、これかよ?」
サンジは煙草を口端に咥えたまま、皮肉っぽく顔を歪めた。
先程までの従順な啼き人形はどこへやら。
ふてぶてしいまでのむくれっぷりだ。
「まあ、ちょっと懲らしめるつもりがだな」
「どこがちょっとだよ。俺、レイプされてっじゃん」
「いや、違うだろそれ・・・」
途中から合意だったはずだ。
その証拠に、自由になったのに抱き付いてきたと言ったら靴が飛んで来た。
サンジには、立ち上がって蹴りをくれてやるほどの気力も体力も残っていないらしい。

「そもそも仲間を罠にかけて陥れて陵辱しようなんて根性が気に入らねえ」
「ホイホイ引っ掛かるてめえが悪い」
「うわー、また蒸し返す気か?!」
堂々巡りだ。
サンジは短くなった煙草を地面で揉み消すと、新しい1本を取り出した。
「・・・ところで、あのお姉様はマジでどうしたんだ?」
何を今更とゾロが眉を上げる。
「言っただろ、死んだって」
「マジかよ!」
途端に敵意に似た気を発するサンジに、ゾロは肩を竦めた。
「ただし、俺が止めを刺した訳じゃねえ。寿命だった」
「寿命?」
あの美しいレディは、実は年季の入ったレディだったのか!
「この森には生き物の気配がねえだろ。実際、動物も昆虫もいねえ。全部あの女に食い尽くされた。長い時間をかけて」
サンジが複雑な顔をする。
「てめえも気付いてるだろうとは思うが、あれの正体は蜘蛛だ。齢を経た化物蜘蛛。だが、てめえで食いモンを食い尽くして、ガキをこさえても結局どれも育たねえ」
ゾロは誰もいない暗い森の奥へと目をやる。
「時折よその雄蜘蛛が迷い込んで交尾したって、結局そいつも女の餌だ。ガキが産まれればガキ同士で食らい合う。生き延びた数匹も餓えて死ぬ。この森には風が吹かない。蜘蛛は、飛びたてねえ」
はっとサンジは表情を変えた。
昼間見た、空を渡る光は―――

「俺が、てめえを誘き寄せる代わりに叶えてやった蜘蛛女の願いは、風を起こすことだ。また産まれて生き残った自分の子ども達を、もっと生き物のいる別の世界へと旅立たせたいと願っていた。いくら化物蜘蛛から産まれたっつっても、ガキ共は普通の蜘蛛だ。散らばっても別の場所なら生きていけるだろう」
「そうか、それでてめえ・・・風を起こして・・・」
「ああ、景気よく跳んでいったぜ」


女は、旅立つ前の子ども達にその身体を食わせた。
何処へ舞い降りても生きていけるように。
いつかまた、自由に飛び立てる場所に行くために―――
「そう・・・か」
俯いて肩を落とすサンジを、ゾロは呆れて見やる。
「なんでてめえが落ち込むんだよ。元々自分で考えなしに食い尽くしたんだ。自業自得だろうが」
「けどよお・・・切ねえじゃねえか・・・」
ぐしっと鼻を啜って、サンジは破れたシャツを纏い直した。
「花ぐらい、捧げてえな」
「無駄だ、ここには花も咲いてねえ。第一・・・」
ゾロはふと、生真面目な顔付きになる。
「あの女の骸を、てめえが見るこたねえだろう」

一拍置いてから、サンジはカクンと脱力した。
その様子をゾロは怪訝そうな顔付きで見ている。
まったく、これだからこの緑頭の思考は読めない。
あれほど女に幻想を持つなとか誑かされるなとか言いながら、結局サンジにはそのなれの果てを見せないのだ。
それはサンジを幻滅させまいと気遣う心からではなく、恐らくは女へ敬意。
この男は、根っこが優しい。

・・・まあ、そんなだから絆されんだけどよ・・・
正直、野郎なんてとんでもないと思っていたのに、ゾロに触れられるのは嫌ではなかった。
自覚より身体の方が正直だったのか。
物凄く感じたし、もうこのまま流されてもいいやと思った。
抱き返せないのが辛い、それだけだった。

サンジは新しい煙草も吸い尽くしてしまうと、揉み潰して東の空に眼を向けた。
白々とした薄い光が差し込んでいる。
やれやれと軋む身体を伸ばそうとして、不意に腕を止めた。
―――ちょっと待てよ

振り向けば、切り裂かれた無残な巨大蜘蛛の巣。
中央に引っ掛かっているのは、ズタボロになったスーツの切れ端。
辛うじて無傷なのは靴だけ・・・
「俺、どうやって帰るんだよ」
一気に蒼褪めたサンジに、ゾロがああと軽く返す。
「俺の服着るか?」
言ってよれよれのシャツを脱ごうとする。
「いや、ノーサンキューだ。そんな汚ねえ汗臭えもん・・・大体、それ脱いで手前はどうする気だよ」
「ああ?問題ねえ、腹巻と下着だけで充分だ」
「すでに視覚の暴力だろうがそれは!」
かと言って、自分も破れたシャツ一枚で帰る訳にもいかない。

「どーすんだよ・・・帰れねえよう・・・」
器用に片足だけ振り上げて、ゲシゲシ蹴って来る足の付け根を眺めながら、「舐めてえなあ」なんてゾロが考えてるだなんてサンジは気付かない。


主を失い、新しい息吹を待つ「帰らずの森」に、サンジの嘆きだけが響いていた。







END


TOP