極道天使  -10-



ゾロの腕で力強く抱きしめられると、サンジの身体からふうと力が抜けて行った。
得も言われぬ安堵感に包まれて、涙ぐみそうにさえなる。

どうあってもどう足掻いても、やっぱりゾロのことが好きだ。
離れて暮らせば会いたいと思うし、声だけでも聴きたいと願う。
こうして抱きしめられれば嬉しさで胸が張り裂けそうで、匂いを嗅いだだけで恍惚に落ちてしまう。
そのことに改めて気付かされ、サンジは観念して目を閉じた。
そうするとゾロの熱や匂いが一層濃く感じられて、抑えていた官能が一気に噴き出す。

獣のように唇を貪りながら、サンジはゾロの服に手を掛けた。
シャツを引き出しながら背中を撫でて、なだらかに隆起する筋肉を確かめるようになぞる。
ゾロの身体にはいくつもの傷が刻まれているけれど、背中には一つもない。
逃げ傷がないのだと、シゲだったか誰かが自慢げに言っていたっけ。
さほど年は変わらないのに、サンジには想像もつかない修羅の道を歩んできたのだろう。
サンジは、ゾロのことを何も知らない。
胸の傷も左目の傷も、どうして付いたのか。
どこで生まれてどんな風に育って、どうして組の若頭なんてしているのか。
何も知らないで、それでいいと思っていた。
誰よりも近く、ゾロの側にいられればそれでいいと。

隠し事をするような男ではないから、尋ねればきっとなんでも答えてくれるだろう。
けれど、ゾロのプライベートに踏み込むことで嫌われるのが怖かった。
一瞬でもうざい奴と思われるのが嫌で、当たり障りのない話題だけで表面を取り繕って。
挙句、一人でキレて家出の真似事までして。
ママに諌められるまでもなく、あまりにも幼稚な行為だったと自分でもわかっている。
それでも、こんな自分でもゾロはちゃんと連れて帰ってくれた。
この部屋が俺の居場所だと、わからせてくれた。

「―――ゾロっ」
床に転がって弄り合うのに、ゾロの手は一向にサンジの素肌に触れてこなかった。
ただ悪戯に衣服の上から撫で擦り、髪を梳く。
あまりに優しく柔らかな愛撫だけでじれったい。
サンジはゾロの上に馬乗りになって、荒く息を吐きながら自分からシャツのボタンを外した。
肩を肌蹴させながら、前髪を掻き上げる。
挑発してみせても、ゾロはボトム越しに尻を撫でるばかりで手を伸ばしてこない。
「なんだよっ」
「まだ、お前の話を聞いてないぜ」
大きな手でサンジの尻を揉みながら、ゾロは仰向いたまま薄く笑った。
「なにを怒って、家出たんだ?」
「どうでもいいだろ、んなことっ」
それよりと、跨った下の硬さを確かめるようにぐりぐりと尻を揺らす。
ゾロだって充分にきざしている。

「よくねえよ」
尻を掴んでいた手をずらし、サンジ自ら寛げたボトムの中に滑り込ませた。
息を飲んで続きを期待するのに、素肌を撫でるばかりで一向に先に進まない。
「ゾロっ!」
催促するように腰を浮かしてゾロの上で尻を振ったら、宥めるようにポンポンと背中を叩かれた。
「弄くって欲しけりゃ吐け。なにが気に入らなくて家出たんだ」
「・・・別に、気に入らないとか・・・」
「言わねえと、ずっとこのままだぞ」
意地悪な言葉に、腹の底がズキュンと疼く。

久しぶりにゾロの体臭を感じただけでこんなにも身体が盛り上がっていると言うのに、このまま放置されては生殺しだ。
「―――だから、ちょっとムカついただけ、だっ…て」
家出する前にゾロと話していたのは、二人が出会った時の思い出話だった。
今年も花見をするかって世間話だったのに、いつの間にか険悪な雰囲気になって―――
「ムカついたって、お前と初めて会った時のことが原因か?」
なんでいまさらと、声に出さずともゾロの瞳が雄弁に物語っていて、サンジは口惜しげに見下ろした。

ゾロとの出会いは、花見の席でのトラブルが切っ掛けだった。
ヤクザに絡まれている女性を助けたはずが実は女性の方が不法侵入で、なんの縁もゆかりもなかったサンジが身代わりに落とし前をつけられた。
虫の居所が悪かったゾロに公衆トイレに連れ込まれ、フェラだけで済むはずが気絶するほど犯されたと言うオチだ。
「あれだ、いわゆる疲れマラってやつでだなあ」
「そりゃ俺だって男だからその辺わかるよ、あんたが忙しいのも知ってるし、苛々して八つ当たりしたくなってたってのも理解できなくもない」
ぶすくれた表情で唇を尖らせるサンジに、ゾロは寝そべったまま手を伸ばしてその頬を指で撫でた。
あまりに優しい仕種で、サンジは懐くように首を傾けてゾロの手に頬擦りする。

「確かにレイプだったけど、俺を傷付けようとした訳じゃないし、結局こうなったんだから結果オーライつったらそうなんだけど・・・」
それだってサンジが、泣き寝入りしなかったからだ。
ゾロにお持ち帰りされてこの部屋で散々抱かれたあと、逃げ出さず逆にゾロの世話を焼くために居座ったからこそ続いた関係だ。
そうでなかったら、酒に酔った勢いで行きずりのヤクザにレイプされたトラウマだけが残っただろう。

「レイプって・・・酷いことなんだぜ?」
泣き出しそうに目元を赤らめて、サンジは独り言のように呟く。
「人としての尊厳とか、プライドとか価値観とか論理感とか世間体とか、全部ひっくり返るんだから」
「・・・悪かった」
ゾロは神妙な顔で上半身を起こして、サンジの腰を抱いた。
腹筋を使った中途半端な姿勢なのに、揺らぎもしない。
「お前の心を傷つけたのは、わかっている」
その真摯な瞳に見つめられ、サンジはぶわっと胸が熱くなった。

組の若頭の立場とは言え、ゾロは他の組員達とどこか違う。
むしろ、サンジやサンジが知っている友人達・・・いわゆる「普通の人々」の感覚に近い。
雅やシゲ、ヤスなど極道の世界に身を置いていても基本、人が良くて可愛げのある男達ではあるが、常に剥き身の刃のような危うさがあってちょっとしたことでもキレやすい。
彼らが今からでも更生して普通の社会人になれるかと問われれば、多分無理だろう。
自分達ははみ出し者だと卑下しながらも、そうならざるを得なかった特質もまた感じ取れる。
けれどゾロは、少し違った。
見かけや雰囲気、彼の落ち着いた言動からいかにもヤクザがふさわしいと思いがちだが、ゾロの本質はきわめて常識人だ。
付き合いが深まれば深まるほど、サンジにはそれがわかった。

だからこそ、ゾロの謝罪の言葉は重い。
そんなふうに謝らせてしまったことを後悔してしまうくらい、丁寧でひたむきだ。
サンジ一人のことだったらここまで詰るような真似はしなかっただろうけど、頭の中にあったのは香のことだった。
香だって、傷ついている。
きかけが親への反抗だったのか、それとも雅の職業からのとばっちりだったのかはわからない。
けれど香も傷ついた。
男の身勝手な行動のために。

「・・・俺だから、よかったんだ」
「ん?」
「女の子とか、乱暴したら絶対ダメだからな。お前だけじゃなくてシゲやヒロシ達にもちゃんと言っとけよ」
ゾロはじっとサンジの顔を見つめた。
それからじわじわと、口端を緩め始める。
「・・・なんだよ」
「お前・・・もしかして・・・」
ゾロの手がするりとサンジの脇腹を撫でた。
ビクンと肩を震わせ、身体が傾く。
「俺が、他の女にするようにお前をレイプしたとか、思ってんのか?」
「――――!!」
図星を刺されて、サンジの頬に朱が走った。
「俺が、疲れると女にいちゃもんつけて連れ込むとか、そう思ってやがんのか」
「・・・違うのかよ」
ぷいっと横を向くサンジの、シャツの下から手を差し込んで腹を撫で上げた。
そのまま両方の乳首を弄くってやる。
「ちょっ・・・コラッ」
「冗談じゃねえぞ、後にも先にもあんなのはてめえだけだ」
親指の腹できゅむきゅむと、小さくしこった尖りを押し潰してやる。
サンジは甘く息を吐いて、肩を竦めた。
「そ・・・んなん・・・」
「そもそも、ちょっと脅かしてやろうってだけで連れ込んだんだ。俺だって本番までやる気はなかった」
通りすがりのくせに女にいいかっこしようとしてしゃしゃり出た、生意気なガキを懲らしめるつもりだった。
ほんの少し脅して怖い目に遭わせればそれでいいと、そう思っていたのに。
挑戦的な態度と、肝が据わった男らしさにうっかり惹かれた。
フェラだけでは満足できなくて、そのまま本番まで致してしまったのは若気の至りだ。
そのまま離れがたくて連れ帰り、逃げ出すどころか居つく様子を見てますます興味を抱いてしまった。
気が付けばもう、手放しがたいほどに愛しい存在になっている。

「つまんねーこと考えやがって」
「うっせえな!普段の行いが悪いんだろ」
むきっと言い返すサンジの腹が、威嚇するようにぺこりと凹んだ。
そこに顔を近付けて、ちゅっとへそに口付ける。
サンジははわわと妙な声を上げ、身を丸めて飛びのいた。
それを逃がさぬようにがっちりと抱きしめ、ゾロは本格的に身を起こしてサンジの上に圧し掛かる。
「生憎だが、俺は素人に手を出さねえし、合意じゃねえのに無茶したのはてめえだけだ」
「うっせえ、もうわかったよ」
耳まで真っ赤に染めて顔を背けるサンジの頬に、ゾロはちゅっちゅと音を立てながらキスの雨を降らしていく。
「てめえが腹立ててるのはなにか、わかってっか」
「知るかばか」
「・・・ヤキモチだろ?」
サンジはムキーっと怒りに目を剥いて、ゾロの顔を掴んで唇を塞ぎそれ以上の言葉を防いだ。




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