ゴールデンルール 
<ほしづきさき さま>



 そこはとても美しい島だった。
 船から見渡す景色はどこも黄金色と朱色に彩られ、舞い散る葉が美しい紅をそこここに散らしている。吹き抜ける風さえもが金色に輝いているのでは、と錯覚しそうに溢れる彩り。
 こんなに沢山の赤という色がある、という事実には感嘆せずにはいられないくらいだ。
 どこを見ても思わず歓声を上げてしまう。そんな見事な紅葉が広がって、いくら見ていても見飽きない。
 わずかに涼しい風が肌をさらりとなでる。秋特有の肌寒さを誘ってくる風が優しく感じられるのも、この彩りのせいかもしれなかった。
 澄んだ秋風に柔らかな日差しに溢れた島は、想像以上にまた豊かで食材も豊富な上に、資材等も充実しているという近年お目にかかれないくらい、本当に素晴らしい島だった。


「ついてたわぁ」
 語尾を嬉しそうに跳ね上げ、ナミはジョッキを大きく掲げて今日何度目かの「かんぱーい!」を叫ぶ。
 それに併せて、周りからも盛大に唱和する声がそれぞれに上がった。
 美しい秋島に立ち寄って三日目。
 昼間っからサニー号の芝生の上では大宴会の真っ最中だった。
 実際、運が良かった。
 サニー号がメルヴィユの大騒ぎから戻り、海軍を撒いて大海原を進みに進んで早二日。
 見事に彼らは針路を外れ、大幅な遠回りを余儀なくされていた。それも当然。降り立った場所からして、元々の針路からは遠く離れた場所だったのだから仕方ない。
 だいたい飛ばされて運ばれた先がどこかなんて、見当もつかなかった。
 ナミでさえも、多分逆走してたか、別のルート上にいたのか…という程度しか分からなかったらしい。それでもわずかながらも把握していただけ、ナミは偉かったといえる。
 どんなに大きな遠回りをしても、結局はログがものを言う航海。
 のんびり行くか、というルフィのかけ声で、相変わらずの航海模様になったところまでは、いつもの通りだった。

 ただいつもの通り、という言葉を使うと困る事態も発生する。
 特にこの船の食料がらみは、ナミとサンジの頭痛の種だ。
 実際十分な物は積み込んでいたはずなのだ。だが冷蔵庫がどうやらメルヴィユにいる間、停電に陥っていたらしい。傷んだ食材関係を整理したら、在庫に少々不安が出てきた。そう空から戻ってすぐにサンジから全員に報告はあった。
 当面は問題ないにしても、用心は必要だ。
 もしくは、どこかでせめて生鮮品の仕入れがしたい。
 そう申し出たサンジの意見もあって、注意しつつ船を動かしている時にみつけたのが、この小さな島だった。
 しかもその島は見事な秋島で、さらに今が初秋という美しい季節に入ったばかり。
 よくまあこんな絶妙なタイミングでこんな島を見つけた、と大喜びしたのは当然だったろう。
 急いで寄港しようとして、けれどサニー号は少し足踏みもさせられた。
 港の停泊料の支払いに下りたナミが島のことを聞き及んでいる最中に、慌てて戻ってきて外海に出るようにと命令したからだ。
 実はこの島、ログの溜まりが異様に早いらしい。ナミが話を聞いている間にも、ログが書き換えられそうになったのだから慌てるのは当然だったろう。
 結局外海に停泊し、買い出し船でロビン達が再上陸して詳しいことを聞いてくるハメになった。
 結論から言えば、この島はログの貯まりは一時間弱。けれど幸いなことに、この島の地に上陸していなければ問題はないらしい。
 島によっては寄港しているだけでもログの貯まる対象になる土地もあるが、この島では厳密に『上陸する』か『しない』かが大切なのだと説明を受けた。
 結局、サニー号はその島の港に再度停泊させることになり、買い出ししたい者達だけが下りて散策するということになった。
 勿論、航海士のナミはログポースを外して動くことになったわけだが、その時には入れ替わりで戻ってきたロビンがその役目を請け負った。実に当然の配慮だった。

 豊富な食材の溢れる島では思った以上に物価も安く、良いものが大量に買い揃えられた。これで宴会にならない方がおかしい。
 しかも宴の理由まであれば、さらにやらない方が大変おかしい。
 ナミは無事に取り戻せたし、体調も戻った。
 めでたい。
 さらに今日は三月二日。
 言うまでもなく、麦わらの一味のコックの誕生日。
 さらにめでたい、言うことなし。
 そんなわけで、朝食の席でいきなり今日は大宴会! とナミから聞かされたサンジは、大慌てで料理を作ろうとしたのだ。
 が、それはあっさり
「主役は今日はお役ご免よ、まあ、ゆっくりしてて。私からの誕生日プレゼントよ」
 というナミのハートマークつきの申し出に却下された。愛らしいと信じてやまないナミの言葉に感激して、サンジがふにゃふにゃになっている間に、島からは大量に郷土料理と宴会料理の山が届いた。
 この島では、デリバリー系の料理店が多数存在しているらしい。この見事な紅葉を見ようとする人々の需要に応えていった結果なのだというから凄いものだ。
 外の彩りを映し込んだような、鮮やかで食欲をそそる料理の数々は並べて見ているだけでも、サンジ達を浮き立たせた。
 そして酒はその土地の地酒が山のように運ばれてきていた。しかもこれが美味い。少しアルコール度数が高いことは気になったが、料理にも合うとなれば、文句のつけようもない。
 物価が安いとはいえ、かなりの豪毅っぷりだ。ナミの大盤振る舞いに全員が感激したのは当然だったろう。
 大半の酒を呑み干し、良い頃合いに出来上がっている面々を見渡しつつ、サンジは少しだけ風に当たる風を装って船縁に行くと身を寄せた。
 海を渡る風がサンジの金色の髪をなびかせ、ほてった頬をなだめていく。
 わずかに傾き始めた日差しが、黄昏を意識してかわずかに黄味を増していっているのにやっと気付いた。
 多分、ナミの感謝もこの宴会には込められているのだろう。
「ナッミさん、可愛いなぁぁ」
 思わずといった風に声になった囁きは、けれど誰にも届かずに風に流される。
 賑やかな面々を見渡し、ふっとサンジは口元をふて腐れたように尖らせた。
 真っ赤になって騒いでいるウソップとその隣で踊っているチョッパー、その横で丸まって肉を両手にまだ食べているルフィ。笑いながら芝生に座って、優雅にさっきサンジが作ったカクテルを呑んでいるロビンの前では、ブルックがバイオリンを賑やかに奏でている。ウソップ達の奥にフランキーが一人、妙なポーズを取りながらジョッキを呷っているのも見える。
 サンジの視線に気付いたのだろう、ナミがふと顔を上げてこちらを見た。その愛らしい視線が艶やかで、サンジはムハーッと反射的にハートになった目が飛び出す。
 少しよろけるような足取りでこちらに来るナミに、サンジは慌てて走り寄った。
「ナミさん、危ないよ」
 手を貸そうとしたら、大きな声で笑ってナミは手を振った。
「だーいじょうぶよ! このっくらいで、このあたしがどうこうなるわけないじゃない」
 実際ナミはかなりな酒豪だ。多分、この船ではゾロとナミがダントツのトップ争いをしているはずだ。
「あー、でもすっごく楽しいもの、少しくらいは酔ってるかも」
 言葉も弾むようで、サンジの心まで弾ませる。ここに天使がいる。いや、女神か。
 オレンジの髪を夕日色に染まりかけた日差しが眩しく弾く。それを、サンジは心からの賞賛とともに眺めた。
 それでもエスコートするように差し出したサンジの手は拒まず、ナミはサンジがいた船縁まで行くと、そこに無造作に腰を下ろした。壁によりかかり、足を伸ばして、ふうっと大きく息をつく。
「お水持ってこようか、ナミさん」
「大丈夫だって。サンジくんが今日の主役なのよ? 少しはじっとしてたら?」
 言いながらも、ナミの目はそれができる? と楽しげに問うている。
 それができれば今こうしてはいないだろう、と苦笑で返せばナミはさらに笑った。
 そのまま笑いながら、ナミはちらりと立ったまま皆を見ているサンジを見上げた。
「ゾロ帰ってこないわね」
 さらりと爆弾を落とされて、サンジがうっと詰まった。あんまり咄嗟で、受け流すことができなかったのだろう。
 ナミは声を出して笑って、そこからは見えない島へと視線を流した。

 つい二時間近く前まで、ゾロはいたのだ。酒樽の前に陣取って、上機嫌で酒を呷っては皆と一緒に料理を食べて楽しそうにしていた。
 風向きが変わってきたのは、遅くなったけど、とはにかむようにロビンがサンジへと差し出した包みからだった。
 誕生日プレゼントだと言って渡されたそれに、サンジが大感激して踊り、それがまたゾロの近くでのことだったので、ついだばかりの酒がこぼれそうになったゾロが舌打ちしたのだ。
 その舌打ちを聞き逃すサンジではない。あっという間にいつもの口論となり、喧嘩となり、暴れ出したのを皆がまたよってたかって煽りまくってくれたので、段々収拾がつかなくなっていったのだ。
 それでもこれもいつもの宴会の余興のようなものだと見ていたら、二人が言い合っているうちに変な方向へと話が進んでいってしまった。
「お前なんか、おれに何一つプレゼントとか送ったことがないくせによっ、えっらそうにロビンちゃんのプレゼントにケチつけんじゃねぇ!」
「んだと、いつケチつけた! それより、お前だっておれにプレゼントとかしたことねぇじゃねぇか!」
「おれはちゃんと酒やら料理やら出してるだろうが!」
「そりゃ職業じゃねぇか!」
「うっせ、お前の為に作ったら、それはお前だけへのプレゼントじゃねぇか!」
 普段のサンジなら絶対に口にしないようなことだ。周りの者達は、うわー、いっちゃったよー、と生ぬるく見ていたのだが、当の本人達はヒートアップしていて気付いてもいない。
 ゾロとサンジが実は付き合っているのなんて、ビビでさえ怪しいと睨んでいたくらいには早く気付いていた。
 まあ面と向かってクルーに言ったり、おおっぴらに付き合ってるというか、惚れ合っているというか、そういうことを宣言したわけではない。
 けれど、そんなもの一緒に航海していれば、丸わかりというものだ。
 隠そうとしていたサンジはまだしも、ゾロの方はまったく気にしていないのだから、分からない方がおかしい。
 二人が付き合っているからといって、クルーの皆の態度が変わるわけでもない。お互いが、多分あいつら気付いているんだろうなぁ…けどまあ、わざわざ言うまでもないか。
 という曖昧なのか、どうでもいいのか、そんな形で公認の仲になっていたし、二人ともそれで納得しているように見えていた。
 まあこの二人を普通に見て、デキていると理解するのは並大抵のことではないだろうが。

「まあ、コケとマリモの混成生物に、プレゼントなんていう高尚な技術やら心の機微なんざ持ち合わせていないんだろうけどよ。ああ、気にしなくて良いぜ、お前になんか期待することは、永遠にないからな」
 カラカラと笑うサンジに、何故か見ていた皆は、期待してたんだなー、と思ったが、やはりそれが分かる二人ではない。
「…へぇ…そうかよ」
 低い所から響くような声が、ゾロから漏れた。
 あれ? と小首を傾げたサンジは、自分が半分何を言っていたのか分かってなかったのかもしれない。何せサンジも随分と度数の高い酒を呑み続けている。
「そんなに言うなら、お前が度肝抜かすようなプレゼントとやらをしてやるよ! 首を洗って待ってやがれ、このグル眉!」
 何故ここで、プレゼントを渡すのに首を洗ってなければならないのかという突っ込みはなしだ。
 もう見事な売り言葉に買い言葉でしかないのだから。
 言い放つや否や持っていたジョッキを一息に飲み干し、ゾロは迷い無く甲板から島へ向けて飛び降り、そのまま街へと走り去ってしまった。



 あれから二時間近く。まだゾロは戻って来ない。
 どうでもいい、という態度を見せながらもサンジがゾロのことを気にしているのは、丸わかりだ。
 けれどやっぱりサンジはそれを口にすることはないのだろう。
 ナミはそんな意地っ張りな男達を笑って、仕方ないなとサンジを見た。そろそろ少しはフォローしてやるか、と思うのは、憮然と煙草を噛みしめるサンジが今日の主役だからだ。
「ねぇ、サンジくん。ロビンからは何を貰ったの?」
 可愛く尋ねると、サンジは懐から大事そうに分厚いノートを取り出してみせた。よくそんな所に入っていたなと思ったが、サンジは時々こんな風にノートを持ち歩くことがあるのを思い出した。
「ロビンちゃんからは、これ。結構前の島で手に入れてた料理本があったんだけど、言葉が違っててさっぱり分からなくてさ。レシピの調味料の配合やら分量やらも記号からしてわかんなくて、いつか分かるかな? って図書室に本を置きっぱなしにしてたんだよ。それを見つけて、翻訳してくれたんだ」
 嬉しそうにノートを撫でて、サンジはにっこりと微笑んだ。
「おかげで、どんな料理のことなのか、調味料は何を使っていたのか配合配分まで分かったよ。すっげぇ助かる。専門外のことだから難しかっただろうに、さすがはロビンちゃんだよなぁ」
 今にもチョッパーのように踊り出しそうだ。
 それを苦笑して見つつも、他には? とさり気なく促してみる。
「他? えーっと、ウソップは…そうそう、後で見てやってよ、この島きてから少しオーブン使わせてくれって言ってたから貸したら、ここの紅葉の葉をあしらった凄い綺麗な樹脂とか言ってたかな、の皿を作ってくれたんだよ。料理というより、菓子皿みたいなもんだったんだけど。これが傑作で! すっげ綺麗なんだって」
「へぇ、それは私も見てみたいわ」
「一見の価値ありだよ」
 貰ったサンジの方が自慢げに胸を張る。
 年上の男なのに、こんな風にサンジはとても子供っぽくなる時がある。それを見るのが大好きなくせに、タイミング悪く大抵見られない男がいることを思って、ナミはさらに笑った。
「他には? そういえばチョッパーは? 何かくれた? ブルックは…さっき引いてた曲よね」
「うん、楽譜をくれたよ。読めないってのにな。チョッパーは調味料。この島って結構色々な薬草系が多かったらしくて、薬草とスパイスは物によっては似てるからね。そういうのを見つけ出して、わざわざ作ってくれたらしい。チョッパーオリジナルスパイスってヤツ。薬膳にもばっちりな感じなんだよ、楽しみにしててね」
 どんな場面で出てくるのやら。
 楽しそうなサンジにナミは、楽しみにしてる、と答えておく。
 その返事にうんうんと大きく頷いて、それから大きく満足そうに紫煙をくゆらせ、サンジは集まって騒いでいる面々を見つめた。
「フランキーはチョッパーの調味料貰ったの見てたらしくてさ。キッチンの中の調味料入れる収納庫が小さかったなって気付いてくれて、急遽作り足してくれた。実は結構あちこちの島でそこでしか手に入らない調味料ってのが結構あったんで、買い置きがそれなりにあって、ちょっと困ってたんだ。助かったよ」
「…そう」
「うん。あ、でも無駄には買ってないからね。ナミさんが心配するほどでは…」
「分かってるわよ、その辺は心配してないから」
 にっこり笑って言うナミに、サンジは今度はハート型に紫煙を立ち上らせた。本当に器用だ。
「その信用が嬉しいなぁ。さすがナミっさんっ! ああ、それで思い出した。あれ多分プレゼントのつもりだったんだろうなぁ、ルフィの…」
「ああ、あれはね」
 思わずといったように二人は目を見交わし、吹き出した。
 宴を始める前、何故かおもむろに立ち上がったルフィが大まじめにサンジに向かって言ったのだ。

「サンジ! 生まれてきてくれて、おれの船に乗ってくれて、うんめぇええ料理っていうか肉っ! 肉っ! 肉ーっ! を喰わせてくれてありがとう! これからも頼むぞ! おれの料理作るのはお前だかんな! お前を見つけたおれはぁ、えらーいっ!!」
「「「「「「いや、お前かよ!!!」」」」」」

 男衆の総突っ込み込みで、あれは多分ルフィの最大限の感謝とエールだった。
 らしいと言えばあれ程らしいルフィからの贈り物はないだろう。
「どうやらおれは、これからもあの船長の料理作り続けるらしい」
 肩を竦めて、どこかキザにけれどとても様になった仕草でサンジは煙草を指に挟み取り、手すりから外に向けてトントンと灰を落とす。
 そうしていると、ホントに見られるのになぁ、とこれは口に出さずにナミは残念そうに呟く。
 まあ、見かけなんてどうでもいいことではあるのだが。

「…ホントに皆、サンジくんにブレゼント渡していたのねぇ…」
 しみじみと言えば、どこか拗ねたような目がわずかに島の方へと流れたのをナミは見逃さない。
「ありがたいよ。皆それぞれに考えてくれたんだなぁって、よく分かるしね」
 そしてその気持ちを、この船のコックさんはこれからの航海で返していってくれるのだろう。
 毎日の食卓という、サンジのステージでもって。
 それはとても幸せな食卓なのだろう。仲間と一緒に、いつでもどこででも。たまには宴で弾けながら、時には質素に沈みながら。
 でもきっと、ずっと、とにかく楽しい時間のはずだ。
 サンジが作る食卓なのだから。
 だから、と。ナミはコツンと板壁に頭を預けた。
「…ねぇ、サンジくん」
 呼びかけると、すぐにサンジは「なになに〜」と少し躰を折って座り込んだナミへと視線を合わせてくる。
「いいこと教えてあげようか?」
 ん? と見つめてくるサンジに、ナミはにんまりと、それこそ今までとは違って含みのある笑みを口元に浮かべた。ややひるんだように、サンジがわずかに背を伸ばす。
 それを許さず、ナミはサンジのネクタイを引っ張ってその場に無理矢理座らせた。
 思わず膝をついたサンジは、少しだけ正座に近い状態でナミへと引きずられたが、それでも顔が幸せそうだ。
「あのね…ちょーっとみんなー!! こっちきてよー!!」
 そうしていながら、大声で宴会真っ直中の仲間を呼ぶ。思わず耳を塞いだサンジに構わず、さらにナミはネクタイを引っ張ってサンジを自分の隣に座り込ませた。
 なんだなんだ、とこちらに来た全員を見渡し、ケラケラとナミは笑う。もうおかしくて仕方ないといった様子は、それでもどこか可愛らしい。ナミの屈託のない笑顔に、集まった皆もどこか楽しそうだ。
「な、ナミさん…?」
 不思議そうに問うサンジに、ナミは「まずはぁ…」とロビンを指差した。
「ロビンにしよう。ね、ロビンはサンジくんに送ったプレゼント、なんでそれに決めたの?」
 不意に尋ねたナミに、あら? と目を見開いたロビンはそれで全部に気付いたらしい。一を聞けば十を知る女性だから、ここでどんな会話があったのかを推察したのかもしれない。
 どこからか生えてきたしなやかな腕が、ナミに並々と酒の注がれたジョッキを渡しながら、その張本人は朗らかに告げた。
「ゾロに相談したのよ。何か私にできることで、サンジの役に立つようなものはないかしら? って」
 その時のことを思い出したのか、ロビンは楽しそうにふふふっと笑う。その幸せそうな笑みが、何ものにも代え難い時間を過ごしたことを知らしめている。
「そうしたら、最初は知るかってふて腐れてたんだけど、何日かたってから、そういえば…って。もう随分と前の島のレシピ本が図書室にあるだろう、あれが読めないって前にサンジが唸ってたって教えてくれたの。それで探して調べてみたのよ。…あなたにプレゼントって言いながら、随分と私も楽しかったわ。久々に面白い言語だったから。私の方がお礼を言いたいくらいだったわ、ありがとう、サンジ」
 ためらいもなく、こうやってお礼を言える女性であるロビンが、サンジには何よりも美しく気高く見える。
「お礼を言うのは、やっぱりおれの方だよほぉおお! ありがとうロビンちゃぁああああん!」
 飛びだそうとしたのをネクタイで押さえ、ナミは呆れた様子で見ているウソップへと視線を流した。
 勿論ウソップもそれに気付いて、すぐに苦笑する。
「あー、実を言うとおれもゾロに相談した。なんかサンジにやるのに良いプレゼントないかって。そしたら、なんかこの島の葉っぱで作ってやれって言われてな。お前紅葉に凄く喜んでたんだって? 綺麗で器にできねぇかなってぼやいてたって教えてくれたから、あれ作ってみたんだ」
 驚きに目を見開いたサンジを余所に、
「え? ウソップも? おれも! おれも相談したんだ。サンジが欲しいものってなにか知らないか? って、ゾロに! そうしたらこの島には薬草沢山あるって騒いでたろって。なんかそれで料理にも使える草見つけてやれよって。そんな風に言ってくれたからおれ、薬草でスパイスみたいなの作ろうって思ったんだよ。スパイスっていうか、薬膳用の代物に近くなっちゃったけどさ」
 チョッパーが一気にまくし立てて、エヘへ、とふんわりとした頭を掻いた。ピンクの帽子がゆらゆら揺れる。
 どこか照れたような仕草が、愛玩動物並に可愛い。
 関係ないようなことをわざと考えつつ、半ば思考停止に陥ってるサンジの前で、さらに続いた。
「私もゾロさんに聞いてしまいました。なにかサンジさんが欲しいものを知っているんじゃないかと思いまして。そうしたらあの方は、料理が楽しくなるような曲でも作ってやれ、と言ってくれましたぁ」
 思い出しているのか、わずかにブルックは空を仰ぎ見た。
「毎年一曲ずつ作っていけば、前の曲を毎回更新していくような物作らないといけないから、大変だろうけどな。っと、そんな風におっしゃってましたが。それで私、骨身を削る決心で毎年最高傑作をこれからコックさんには贈らせてもらおうと! はい! そう決心したんでございます! 骨だけに!」
 握りしめた手の骨が、いつも以上に白く見えたのは、きっと気のせいだ。
 ニシシと笑ってそれを見ていたルフィがサンジの前にしゃがみ込んで目線を合わせた。
「おれもゾロに聞いたぞ。金もねぇし、腹減ってたから盗み食いとかしねぇとかの約束はできねぇ。どーしよう? って言ったら叩かれた」
 そりゃそうだ。と全員から深い頷きがかえったが、船長は聞いてない。
「そしたら、仕方ねぇなってゾロが教えてくれたんだ。まんまおれは感謝を言えばそれだけでいいだろって。お前は船長でサンジを連れてきたのはおれだからってさ! そりゃそうだと思ったから、宣言してみた。嬉しかったろ、おれも嬉しかったからな!」
 微塵も疑っていない言葉は強い。
 そして、はた迷惑なはずなのに、とても嬉しいから反論しようもない。
 固まったサンジに気の毒そうに、フランキーが頬を掻いて続けた。
「あー…おれも聞いた。チョッパーがスパイス贈ってるのは見たんだ。そしたらそれ一緒に見てたゾロが、棚がちょっと手狭だってお前が言ってたぞって。まあ、それ聞いたから、それならおやすいご用だってことで」
 それであんなに素早く、棚を作ってくれたというのか。
 あまりのことに、思考停止どころか完全に呆けているサンジに、トドメとばかりにナミがネクタイを再度引いた。
 よろけたサンジのすぐ近くに顔を寄せ、艶やかにナミは笑う。
 今日はもう、本当に笑ってばかりだ。
「あのね、この宴会の料理のことも、お酒のことも、教えてくれたのはゾロよ。サンジくんの誕生日が来るんだけど、どうしようか? って私も勿論聞いたのよ、ゾロに。そしたら金を惜しむ気がないなら、この島にはこんなのがあったぞって。あいつこの島の地酒が異様に口にあったらしくて、酒屋廻ってるうちに料理屋のことも聞いたんだって」
 この島には紅葉見物の観光客相手の仕出しの料理屋が多数あるが、表向きはそういう料理屋は看板一つ出していないらしい。だから本当に観光で訪れたのでなければ、気付かないことが多いのだという。
 短時間でログの貯まる島だ、普通に航海しているような船やら海賊船やら相手には、港周辺の市場や普通の料理屋で事足りてしまうのだ。
 そういえば、ゾロはこの島に来て数本酒を買い込んでいた。確かに美味い酒が多くていい、とサンジにも上機嫌で話していた。なので、出航前の買い出しの時に少し多めに仕入れるかと考えてもいたのだが。
「………え?」
 目を丸くしたまま、本気で息をするのも忘れてポカンとしたサンジを、全員が半分面白そうに、けれど半分は気の毒そうに見下ろしている。
「驚いた? 実はね、このパーティって、勿論わたしのお足のあってこそだけども! そこんところは重々承知しておいてもらわないといけないんだけど、けどね」
 ナミはネクタイを放り出し、サンジの背中を力一杯叩いた。
「実は、企画、運営、プレゼントの参謀、ひっくるめてぜーーーーーんぶ!! ゾロがやったことなのよ!! 本人自覚まったくないけど!!」
 うえぇええええええ!!?
 と本気で驚いて地面に突っ伏したサンジに、ナミは爆笑した。
 いやもう、これが笑わずにはいられるか。
「だいたい、あいつネタ切れもいいとこなはずなのよ。こんだけ皆に知恵やっちゃってさ! しかもサンジくんが欲しいものとかして欲しいこととか教えながら、共同で何かするとかいう知恵もまわんなくって! そんで極めつけに、あんな大喧嘩して…度肝抜いて、首洗うようなプレゼントって…プレゼントって…」
 ブハーッと、腹を抱えてさらに爆笑したナミに、サンジ以外のクルー全員もその事実に気付いて吹き出した。
 一人呆然と硬直するサンジを置き去りに、そこはもう爆笑につぐ爆笑の嵐。
 酒も随分入っているのが丸わかりの爆笑の連続に、いい加減体力すらつきそうになった頃、笑い死にしかけたように震えていたナミは、目尻に貯まった涙を指でぬぐいながらひたすら呆然とし続けるサンジの背中を再度大きく叩いた。
 いつの間にか、甲板は夕陽の赤に沈み込もうとしている。
 キラキラと輝くサンジの金色の髪も、少し赤味を増している。それはサンジの肌の色を映したわけではあるまい。
「ね。サンジくん。首洗うようなプレゼント…っ、奪いにいっちゃいなさいよ」
 どこか優しく響く声に、サンジがやっとのろのろと顔を上げる。
 赤くなった顔は、それでもどうしたらいいかと、目線で告げていた。
「そうね、きっとゾロは今頃自分がどこにいるか分からなくなっているんじゃなくて?」
 ロビンの答えに、視線がロビンに回る。
 この島は結構山は深いが、町は狭い。いくらゾロでも、この時間山の中には…いるかもしれないが、店を探しているならきっと町の中でうろついているはずだ。
 もしくは、町から出られなくてうろついているのか。
「出航は明日の昼過ぎ! 遅刻なんかしたら置いていくから、自力で追いついてきてね。あと、これ。これはこの島での滞在用のおこづかい。ゾロは酒に消費したみたいだけど、サンジくんだけは、買い出し用で済ませてたでしょ。あれはあれ、これはこれよ、はい」
 サンジの胸ポケットへと紙幣をねじ込んで、ナミは後を指差した。
「わたし達は海賊だもん、欲しいものは奪ってなんぼよ。…そうでしょう? あんな迷子バカでも、一応必要なクルーなんで、後はよろしく」
「…ナミさん…」
 明確には告げないけれど、付き合ってる二人に向けての初めてのクルーからのおせっかいプレゼント。言葉にしなくても、それは伝わったはずだ。
 ほれほれ、早く行った、と全員にせかされ。サンジはフラリと立ち上がった。
 いつの間にか、島も空も山も、何もかもが朱色のオレンジに染まっている。どこか煌めくような色を含んだそれは、黄昏というよりも、茜色に輝く金色の存在を強く感じさせた。
 綺麗な島だ。
 綺麗過ぎて、恥ずかしいとか、言い訳じみた言葉とか、何も出てきもしない。
 そのままでいい。だから。
 そう強く思って、サンジは振り返った。
「…いい誕生日だった。ありがとよ。あいつ奪いにいってくらぁ!」
 恐ろしく身軽に、ひらりと痩身が手すりを乗り越える。
 その弾むような動きに、全員が一瞬眩しげに目を細め、そして、
「待っていやがれ、迷子剣士、首洗うのはキサマだと思い知れーーーーーっ!」
 あっという間に遠くなる声に、またしても爆笑が船上を覆い尽くした。

 二人が帰ってくる翌日の昼には、きっとまた、バツの悪そうな彼らを見て笑い転げる時間が待っている。
 

終了





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