こんなに長い幸福の不在 -8-




バスローブの隙間に、ゾロの大きな手がするりと滑り込んだ。
背中から肩、腰や尻を隈なく撫でられる。
必死の思いで受け止める口付けと共に、今こうして自分に触れている手がゾロのものだと、なかなか実感が伴わなかった。
だってこんなにも、大きくて逞しい。
同い年の喧嘩仲間は、身長こそほぼ同じだったが身体つきや肉付きは最初から随分と違っていた。
けれど同じ年代の男として、ああこいつ無駄に鍛えてやがるなあ程度の認識があったのに、今のゾロはサンジが全く知らない身体をしている。
髪も目も、色味は変わらないのにどこか違った。
あちこちに細かく刻まれた傷も、笑みと共に浮き出る皺も知らない。
より厚みを増した掌はサンジの顔を半分鷲掴みにできるくらい大きくて、荒れた指先が肌を擦るのをサンジより先に気付いて手を止めた。
「悪ぃ」
至近距離で見つめたまま、自分の指先をべろりと舐める。
肉食獣のような瞳を笑みの形に眇めるのに、背筋がぞくりと粟立った。
こんなゾロを、俺は知らない。

「――――・・・」
思わず上げそうになる声を飲み込んで、サンジは自分からゾロに抱き着いてキスをねだった。
これ以上見つめたら、知らないゾロに飲み込まれてしまいそうだ。
サンジが知らない、22年間。
長い年月を経たゾロは、ついさっきまで一緒だったゾロとは違う。
けれど、同じゾロなのだ。
サンジのことをまっすぐに見つめ、好きだと告げて抱きしめてくる、別人のようだけれどゾロなのだ。
その事実を、身体で受け入れたい。
それ以外、もう自分に道は残されていない。
「…かったるい真似、してんじゃねえよ」
首に手を回して抱き寄せ耳元で囁いたら、ゾロの肩がぐぐっと盛り上がった。

「んあっ、あ…あっ」
バスローブを肌蹴られあちこちに吸い付かれながら、サンジはただゾロの髪を掴んで身悶えていた。
こんな時、どうしていたらいいのかわからない。
そもそも男相手にこういうシチュエーションになるなんて想像すらしていなかったから、恥ずかしさに耐えるのが精いっぱいで声を殺すのもままならなかった。
戸惑うサンジをよそにゾロがおもむろに股間に顔を埋めたから、思わず「ぎゃっ」と声を上げて起き上がった。
短い髪を力一杯掴み、引っ張る。
「なんだ」
さすがに痛そうに顔を歪め、ゾロは不満そうにサンジのモノを口から外した。
「バカ、なにやってんだバカ!汚ねえっ」
「はあ?汚ねえことあるか」
ゾロはなに言ってんだとばかりに、少し強めに手にしたモノを握った。
はうっと身を折るサンジに、堅くなってっじゃねえかと意地悪く囁く。
「女にさせたことねえのかよ」
「…あるか、バカ」
耳年増なサンジはもちろん、こういう行為も知ってはいたが実践してもらったことなどない。
というか、自分以外がそんなモノを触ること自体が実は初めてだ。
そもそも、サンジにとってはいつか女性に「してもらう」憧れコースではあったけれど、ゾロにとっては「させる」行為であることに腹が立つ。

「俺の倍は生きてるジジイのくせに」
ぽろっと言い返したら、ゾロが絶句した。
口にしてみて気付いたが、確かにもう、ゾロはサンジの倍は生きていることになる。
親子といっても差し障りがない。
若干傷付いた感のあるゾロの表情に、サンジもさすがにまずいと思った。
「あ・・・いや、あのな。別にてめえがジジイだとか本気で思ってねえぞ、昔から老けてたし」
慌てて言い繕うも、全くフォローになっていない。
けれどゾロは拗ねたように口元を尖らせた。
「そうだよな、やっぱり若いピチピチの俺のが、お前は好きだったんだよな」
「や、好きって…っていうか、俺は別にぴちぴちの若い男が好きな訳じゃあねえぞ」
よくわからない方向に話が飛んで、サンジは足の間にゾロを挟んだまま言い訳をした。
「お前が知らない間に年食ってたのが、ショックだし悔しかっただけだ。なんか、一人だけ先に大人になったみたいで、置いてかれたみたいで…」
サンジだって十分成人男性なのだが、それでもやっぱりどこかが違う。
失言のフォローをしようとして、いつもならとても口に出せないような素直な気持ちを吐露してしまった。
「ジジイの俺でも、いいか?」
ゾロはサンジの顔の横に手を置いて、覗き込むように顔を近付けた。
その真剣な眼差しに、不覚にも胸がきゅんと高鳴ってしまう。
「ジジイだろうが若造だろうが、ゾロはゾロだろ」
こちらも拗ねたように口を尖らせて、サンジは視線をずらしたまま言い返す。
気恥ずかしくて、ゾロの顔なんか見つめ返せない。
目の端で、ゾロがにっと笑ったのがわかった。
「そりゃあよかった。俺も、今のお前もこの先もずっと好きだぜ」
「―――――・・・」
やっぱり違う。
ゾロはこんなこと、死んだって口に出したいしなかったのに。

うろたえるサンジの額にちゅっとキスをして、ゾロは再び股間に顔を埋めた。
「ふわあ、だからっ」
「じっとしてろ、気持ちいいだろうが」
「咥えたまま喋るな!んなとこで本領発揮すんな!…あっ」
適度な力で吹い付かれ、大きな舌でねろりと舐められると直接的な刺激に腰が震えた。
あまりの気持ちよさに、うっかり理性が飛びそうになる。
「あ・・・こんなっ」
「いいから素直に感じてろ、悪いようにはしねえ」
「言ってることが悪人だっ」

ゾロはサンジのすべてが愛しくて堪らなかった。
もしやまさかと薄々気付いてはいたが、やはりサンジは処女のみならず童貞だった。
なにもかも自分が初めてかと思うと、こちらは喜びで震えがくる。
こいつはもう、俺だけのモノだ。
誰にも決して渡さない、もう二度と離さない。

「あ…ぞろっ」
せっぱ詰まった声に、ゾロははっとして舌の動きを止めた。
口の中で張りつめたそれは、苦みのある液を滲ませて苦しげに脈打っている。
「だめだ、でる…」
初めてがゾロの口の中では不本意だろうか。
ゾロはそっと口を離し、不安で揺れる瞳を覗き込んだ。
「先にイっとくか?」
「…やだ、おれだけ…」
負けん気の強い目で睨み付けてくるから、もういっそイかせまくってやりたい衝動に駆られたが、なんとか我慢した。
なんせ初めてなのだから、丁寧に慎重に高めてやりたい。
「じゃあ、ちと我慢しろよ」
サンジが萎えてしまわない程度に、ゆっくりと愛撫しながら後孔を探った。
童貞なりにその場所を使うことはわかっているらしく、身を堅くしながらも今度は汚いと抵抗しなかった。
「ゆっくり、すっから」
「うっせえ、俺に遠慮なんかしてんじゃねえよ」
急に年嵩になったと詰ってみたり、同年代風を吹かしてみたり。
サンジの複雑な内心をそのままにぶつけてきてくれることが嬉しい。
そう思う程度に、自分はもう成長してしまったのだ。
ぶっちゃけ、サンジがなにをしていても可愛くて堪らない。

「ふわっ」
また頓狂な声を上げ、両手を体の前に組んで身を竦ませた。
猫の子のように後ろ毛が逆立っている。
「なにすんだっ」
「いいから」
ペニスを扱き後孔を解しながらも、ゾロは首を伸ばして乳首を舐めた。
小さく頼りない突起を、舌先で転がすようにして可愛がる。
「…やっ、変だ、って」
「隠すな」
濡れた手で平たい胸を鷲掴み、無理矢理盛り上げて乳首を口に含んだ。
音を立てて吸いながら、喉の奥で転がしてみる。
「んふっ、ん…」
満更でもない声が漏れ、サンジは慌てて自分の口を塞いだ。
「最初はくすぐったくても、慣れてくっといいだろ」
レロレロレロとからかうように舌先で舐め転がし、もう片方を指で揉んだ。
サンジの肩がビクンビクンと跳ねる。
「もう・・・やっ」
「ん?」
「イくっ」
「は?」
いつの間にか、サンジのペニスは暴発寸前だった。
まさか乳首でイかせるのはまだ早かろうと、ゾロは慌てて乳首から離れた。
「んじゃ、入れっぞ」
「――――ん」
もう観念したとばかりに、サンジは横たわってぐったりとしている。
腰の裏に枕をあてがい、角度を調整してからゾロは静かに分け入った。
指摘すればサンジは怒るだろうが、十分に欲情して解れたサンジの身体は、恐らく受け入れるのにさほど苦痛はないだろう。
ぶっちゃけ、ものすごく感じてくれている。

「…わ、ちょっ・・・やべっ」
ぞわぞわとうなじの毛を逆立てながら、サンジは慌てたように視線を彷徨わせシーツを掻いた。
その手を肩に掛けさせて、ゾロは宥めるように背中を擦りながらも挿入を止めない。
「大丈夫だ、息を吐いて力を抜け」
「ぬいて…る、ってか、ぬけ」
「だめだ」
残酷に言い切って、ゾロは躊躇いなくずぶりと貫いた。
声にならぬ悲鳴を飲み込んで、サンジは口を開けたまま仰け反って目を瞑る。
「あ・・・やっ…」
「…いいぜ」
馴染むまでじっと動きを止め、ゾロはサンジの頬を両手で挟んでキスを繰り返し、髪を梳いた。
繋がったままの優しい愛撫は、サンジの恐怖心を和らげ気持ちを落ち着かせてくれる。
「…う」
「大丈夫だ」
落ち着いた、ゾロの低い声が心地よく響いて脳髄まで蕩けさせる。
あり得ない場所にあり得ないモノが納まっているのに、サンジの心はなぜか安堵していた。
哀しくて悔しくて不安で堪らなかった気持ちは、強引なゾロの行為の前ではすべて些末なことのように思える。
いま、自分が受け入れている感覚がすべて現実で、過去も未来もこれ以上のことなどなにもないと思えるほど圧倒的だった。

「…動く、ぞ」
「ああ」
少しずつ、ゾロらしからぬ慎重さで律動を始めるのをもう滑稽だとは思わなかった。
サンジが知らないゾロもまた、ゾロなのだ。
22年間、ゾロにとっては何ら変わりのないサンジがサンジであるように。
二人の間に長く横たわった年月は、もう取り返しがつかないのだけれど。
それでも、お互いを失った訳ではない。

「…ぞろ」
「きついか?」
気遣うゾロの肩を、思い切り歯を立てて噛んでやった。
「ちがう、まどろっこしい」
本気でやれと発破を掛けたら、ゾロは犬歯を見せつけるように笑った。
「あとで文句言うなよ」
「いうにきまってんだろ、バ…――――」
後は、声にならなかった。





結果的には、声らしい声も出ない状態で朝を迎えた。
指一本動かすのも億劫で、窓の外を白々と朝日が染めていくのをぼんやりと眺めている。
もう二度と離さない、と口にしたゾロは本当にコトが終わってもずっとサンジを抱きしめていた。
いまも、両腕に包んだままグウグウ寝息を立てている。
「…たく」
これじゃあ、一服もできやしない。
起きても構わないとばかりに勢いよく腕を跳ね退けてやったが、重すぎるそれは少し横にずれただけだった。
サンジの平たい胸に頬を押し付け、深く眠るゾロの眉間には縦じわが寄っていた。
「もう、安心して寝ろよバカ」
そう呟いて人差し指で撫でてやったら、ゾロは目を閉じたままふにゃりと表情を和らげた。





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