冬麗 -3-


サンジはスッキリとした目覚めで新年を迎えた。
傍らに眠るゾロはまだ高鼾だ。
従兄弟の子ども達が周りを囲むようにして雑魚寝している。
そのどれもがゾロと同じ寝顔をしていて、起き抜けから腹が痛い。
笑いを噛み殺して天井を見上げれば、これまた古式ゆかしく格調高きゾロ顔の白黒写真の額縁がずらりと並んでいる。
仰向いたままひとしきり腹筋を鍛え、サンジはようやく起き上がった。

ロロノア家は改築に改築を重ねたのか、面白い間取りになっていてちょっとした迷路のようだ。
利点はトイレが3箇所もあることか。
これなら大所帯でも渋滞は発生しない。
サンジが着替えて顔を洗った後くらいから、洗面所が混み始めた。
とにかく人が多いから、顔を合わせて挨拶をするだけで結構な時間が掛かる。

サンジにとっては初めての、他人の家で迎える正月だったが、思っていた以上に楽しく気楽に過ごせた。
何より人が多いのがいい。
広い家の中に必ず誰か彼かがいて、ゾロに引っ付いていなくてもぽつんと一人で手持ち無沙汰になることはまず無い。
ゾロの親族は顔が似通っているせいか誰に対しても親しみを感じるし、婚姻関係者は結束の固いロロノア一族を共通のネタにできるからか、妙な連帯感が生まれた。
サンジ自身がその輪に加わっていることに些かの違和感を覚えないでもないが、周囲が温かく迎えてくれているから甘えることにする。

大人から子どもまでそれなりに早起きをし、全員が座敷に顔を揃えた。
女性陣は着物を着こなしており、実に華やかだ。
さすが面食い一族。

お祖父さんとゾロのお父さんも和装だった。
夕べは、ゾロの父親にしては割と地味でぱっとしない人だと思った(失礼)けれど、着物姿を見ると実に貫禄があって一家の長らしき風格が備わっている。
新年早々ときめいてしまったのは、ゾロには元より誰にも言えない。
簡単な年賀の挨拶の後、お屠蘇で乾杯しておせちとお雑煮をいただいた。
ゾロんちのお雑煮は澄まし汁に四角の焼餅だ。
具が入ってなくてすごくシンプル。
サンジのところは白味噌に丸餅で、シモツキでは鶏肉や野菜など具沢山で焼かない角餅が入るから、やっぱり地域によって色々なのだなと感心する。
 
朝食の後は、これまた恒例になっているという氏神様へのお参りに一緒についていった。
そうでなくとも目立つ風体のゾロが世代と性別を超えて何人もいると言うのに、彼らが連なって(しかも一部和装)ゾロゾロと新春の街を歩く様は圧巻だった。
行き交う人々は振り返るし、あちこちで挨拶が交わされて中々前に進まない。
「これをロロノア道中と言うのよ」とお義姉さんに囁かれ、またしても街中で発作が起きそうになった。
これも一つの年中行事だと、ゾロ姉の旦那さんは何故か誇らしげだ。
「今年はまた別嬪さんが増えたね」
どこかのお爺さんにそう声を掛けられ、お祖父さんは上機嫌で笑っている。
いいのか?

「疲れてないか?」
子ども達と一緒にお御籤を枝に結び付けていたら、ゾロがそっと周囲を窺いながら聞いてきた。
「全然、すっげえ楽しい」
「そうか」
ゾロなりに気遣いをしてくれているらしい。
けれど本当に、自分でも意外に思うほどゾロんちは馴染めた。
いい人ばかりと言うのもあるんだろうけど、変な疎外感や遠慮がないからとても過ごしやすい。
基本的に放任主義だからしっかりするのか。
信頼しているから束縛がないのか。
奔放なのに固い絆が感じられて、ゾロが育った家庭らしいなと納得できる雰囲気がある。

「いい親御さんに育てられたな」
「・・・ああ」
ゾロは自分を否定しない。
幸せな家庭に育ったことも恵まれた環境にいることもすべて素直に受け入れて、己を恥じることはない。
不幸な生い立ちを背負った者を前にしても、後ろめたくも誤魔化したりもしないからこちらも自然でいられるのだろう。

「こんな賑やかなお正月、初めてだ」
「シモツキも似たようなもんだが、盆や正月はそれぞれ実家に帰るからな」
盆・正月は家族で過ごすもんだと、ゼフは常々言っていた。
ずっとゼフと二人だけで正月を過ごして来たのに去年はゾロと二人で、そして今年はゾロの実家でまるで家族の一員みたいに迎え入れられている。
帰る場所がまた一つ増えた。
そう思っていいんだろうか。



「サンちゃん、そろそろ家に戻るから母さん達呼んで来てくれない?」
袷の小紋にショールを羽織った艶やかなゾロ姉さんが、子ども達の手を引きながら声を掛けて来た。
代わりに踵を返そうとしたゾロの肘を掴んで引き止める。
「なんだよ」
「サンちゃんが行ってくれるの、ね?」
ね?と念押しされ、勢いに押されて頷く。

ご両親は柳の木の下で揃って空を見上げ、なんとも仲睦まじい。
すぐ傍まで近付いて、足を止めた。
なんと声を掛けたらいいものか。

しばらく逡巡した後、そっと声に出してみた。
「お・・・とうさん」
柳を見上げていた渋いゾロが、ふと振り返る。
つられるようにお母さんも振り向いた。
ん?という風に小首を傾げる二人に、サンジはどぎまぎしながら言葉を続ける。
「もうそろそろ戻ろうと、おねえさんが言ってます」
「ああ」
それじゃあ行こうかと、微笑みながらサンジの方にゆっくりと歩いてくる。
自然、二人の間に挟まれるような歩き方になって、サンジは歩幅をどうしたらいいのかわからず少し遅れた。
お父さんはそんなサンジを待つように振り返る。
「いいお参りはできたかな」
「はい」
「私もお参りしたのよ、ゾロとサンジさんが幸せに暮らせますようにって」
お母さんの言葉に、サンジは頬を紅潮させて頷いた。
「俺も一緒です、お・・・」
そこで詰まって、助けを求めるように視線を巡らせた。
ゾロは少し離れたところで、こちらをじっと見ている。

「お、とうさんとおかあさんと、おにいさんやおねえさんやみんなが、幸せになれますようにって」
「そう」
お母さんは眩しげに目を細め、柔らかく微笑んだ。
「ありがとう」
そう言って、お母さんが手にしていたビニール袋の中からお守りを取り出した。
「これはサンジさんの分」
「俺に、ですか?」
「商売繁盛よ、ゾロには家内安全と交通安全」
家族みんなの分があるのと説明するお母さんの手元を、サンジの肩越しに背後からお父さんが覗き込んでくる。
まるで親子みたいに間に挟まれて、サンジはどぎまぎした。
サンジが歩み出すまで二人とも足を止め、ようやく踏み出した一歩に歩を合わせてくれる。
三人で揃って鳥居を潜り抜けるまで、サンジはずっと夢見心地だった。


「あ、雪」
小さなゾロ達が歓声を上げている。
振り仰げば、曇天からチラチラと雪とも呼べないほど儚げな白い花が舞い落ちていた。
「こっちでも降るんだな」
「今頃シモツキは雪ん中だろうなあ」
いつの間にか追いついたゾロが、サンジの肩に顔を寄せるようにして一緒に空を見上げた。
吐く息の白さが視界を煙らせる。

「おかあさんが、お守りをくださったぞ」
「そうか」
「俺の分もあるんだ」
「そうか」
サンジはゾロの分を手渡すと、自分の分を両手に抱いてそっと胸に当てた。
「おかあさんに貰った、お守りだ」
おかあさん、と何度も口にして呟くサンジに、ゾロは何も言わずただ寄り添って歩く。

幸福に染まった赤い頬に風花がひとひら舞い落ち、すぐに溶けて綺麗な雫が流れた。


END



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