冬萌


「宅急便でーす」との声に、たしぎは印鑑を持ってはいはいと立ち上がった。
「ありがとうございます」
箱を両手で受け取って、丁寧に頭を下げる。
外の気温より若干ひんやりした箱を、そのまま大切そうに掲げて冷蔵庫に直行した。
「なんだ、また来たのか」
葉巻を咥えたスモーカーが、新聞を畳みながら呆れた声を出した。
「バレンタインが間近し、サンジさんも研究熱心だから」
「・・・目的はそっちじゃねえだろ」
「さあ?」
それは知らないと悪戯っぽく眼鏡を煌かせて、たしぎは冷蔵庫の扉を閉めた。
「ゾロは何時に帰って来るんでしたっけ?」
「仮眠してから戻るつってたから、3時過ぎになるだろう」
「ちょうどおやつの時間ですね、メール入れといてあげましょう」
ゾロと、ついでにコビーとヘルメッポにも同じ文面を送信して「よし」と呟く。
「また一斉送信とかして、研修生まで呼ぶなよ。食い分が無くなる」
「わかってますって」
あれはもうコリゴリだわと、たしぎは屈託なく笑った。



バレンタインデーを前に、チョコの試作を送るから味見して感想を言ってくれとサンジから連絡を受けたのは、1月下旬のことだった。
ゾロとすれば美味いし有難いし別に感想を送るのは面倒でないので大歓迎だったが、農閑期の間は時折出稼ぎに出かけてるため家を留守にすることも多かった。
そこで、春開店を目指して空き家に仮事務所を設営したスモーカーとたしぎに相談し、荷物の受け取りを頼んだのだ。
サンジにその辺りの事情を説明したら、感想の幅が広がるのは有難いと喜んで、最低5人前のチョコを送ってくるようになった。
甘いものに目が無いたしぎとなんでも食べるスモーカー、それにコビー達にとって楽しみなティータイムと位置づけられ、荷物が届くのを毎日心待ちにしている。


たしぎからのメールが届いたせいか、ゾロは3時前に直接事務所に戻ってきた。
すでに湯を沸かしてスタンバってたたしぎが、お疲れ様と声を掛ける。
「仕事の方はどうだ」
「まあまあだな」
帽子に着いた雪を払って、マフラーを取った。
まだ少し眠たそうに目元を擦っている。
今年もゾロは、高速道路で夜間除雪の仕事についていた。
時給がいいので冬のバイトとして申し分ないし、夜が強いゾロにとってはうってつけだ。
ただしその反動でか、昼間は殆ど寝て暮らしている。

「もうすぐコビーさん達もいらっしゃいますよ」
「別にあいつらはオマケでいいだろ」
ゾロがコートを脱ぐ間もなく、雪まみれになった二人が駆け込んできた。
「聞き捨てならねえなあ」
「こんにちはたしぎさん」
頬を真っ赤にして白い息を切らしながら、表で帽子とコートを脱ぐ。
「時間励行だな」
みかん箱を並べた簡易テーブルの上にランチョンマットを敷いて、スモーカーは大きな身体を屈めて皿を並べた。

「さて今回は、どんなお菓子でしょうね」
たしぎは冷蔵庫から恭しい手つきで箱を取り出して、テーブルの上に置いた。
箱を開ければ、なかからリボンでラッピングされた可愛らしい小箱が顔を覗かせる。
「リボンの状態は・・・OKですね、包装紙のずれもなし」
綺麗にリボンを解こうとしてもたついている間に、スモーカーが勝手にナイフでぷつんと切ってしまった。
「ああ、折角の綺麗なリボンが!」
「んなもん、ちゃんとした状態で届いてるかどうかをチェックすりゃいいんだろうが。問題は中身だ」
「でもー、そのリボンまた使えるのにー」
いつかは使えると包装紙の類まですべて取っておいて押入れの中が満杯になるたしぎと、包み紙はすべて破って開け丸めてポイのスモーカーでは、結婚した後も揉め事が尽きないだろうとコビーは余計な心配をしている。
不満そうなたしぎを押し退けて、スモーカーは中身を箱から出した。
「わあ、マフィンかな?デコレーションが可愛い」
たしぎはすいと眼鏡を引き上げると、手にしたメモ帳にケーキの状態を克明に記し始めた。
「中敷もずれてませんし、デコレーションは外れてないっと。カードもOK。側面に汚れはないですね、カップの部分が大きめだから生地がついたりしないんだわ」
「まあ、箱を持ってぶんぶん揺らさない限り大丈夫だろうなあ」
そこまで言って、ヘルメッポはぷっと噴き出した。

サンジからの小包が始めて届いた時、配達のおっさんは「天地無用」と書かれたその箱を片手で鷲掴みにして、歩くテンポに合わせて無造作に揺らしながら持って来たのだ。
箱の中身は予想通り、惨憺たる有様だった。
いくら送り主が神経を使っても、間に入る業者の教育が徹底していないと台無しだと、たしぎが烈火のごとく怒ったのは記憶に新しい。

「型崩れなし、匂いは・・・ああいい匂い」
「さっさと食べようぜ」
生真面目に記録を残すたしぎを置いておいて、スモーカーは勝手に皿に取り分けた。
「いただきまーす」
「ああ、まだ写真撮ってないのに!」
「自分のを撮ればいいじゃねえか」
「ダメです、箱からこの状態で届いたって報告を・・・ああっ」
たしぎの抵抗も虚しく、スモーカーのマフィンは一口で消えた。
ゾロもヘルメッポも同じようなものだ。
コビーが一口齧ったものを申し訳なさそうに差し出してきたが、たしぎは頬を膨らませてもういいですと自分の皿を持った。
「私だって、いただきまーす」
早く食べなければスモーカーに取られると、本気で恐れている。
「うん美味しい。見た目よりしっとりしてる」
「甘みがくどくないですよね」
「そうね、しっかり甘いけど後を引かないって言うか・・・」
本来生真面目なコビーとたしぎは、額をつき合わせるようにして感想を文章化していった。
この光景を見ると、味見をたしぎ達に頼んで正解だったと思わずにいられない。
ゾロ一人だったら「美味かった」しか書けないだろう。

「しかしマメな男だな」
「サンジさんは根っからの職人さんですから」
「けど、勤めてるフレンチの店からこうしてギフトっぽいもの発送する計画とか、あるんだろうか」
ヘルメッポの素朴な疑問に、たしぎはふと首を傾げた。
「そう言われれば、包装とかすべて手作業っぽくてお店らしくはないですね」
「例えば、洋菓子店からのギフトだと真空パックとかちゃんとしてますよねえ」
コビーも頷きながら同意する。
「フレンチの店だろ、菓子だけ扱ってるわけじゃねえだろ」
「毎回こうやってチョコレート関係送ってくれるんだし、何か計画があるんじゃないかなあ」
「しかしもうバレンタインは目前だぜ、今から試行錯誤ってのも遅くねえか」
「来年の計画とか」
「気が長いなあ、おい」
「って言うか、単なる口実だろ」
「そうね」
「だな」

気が付けば、ゾロ以外のメンバーは納得してもぐもぐと口を動かしていた。
「あ?」
取り残された感アリアリで、ようやくゾロは動きを止める。
「なんだ、俺の顔に何かついてるか?」
素ボケのゾロに、たしぎが大真面目な顔で頷いた。
「ついてますよ、愛がたっぷり」
「――−?」
「お相伴に預かり、ありがとうございます。ご馳走様でした」
全員がゾロに向かって手を合わせ、深々と礼をした。



END



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