ふたりのアイランド 3



【八日目】
陽射しのきつい、ピーカンだ。
海がキラキラと光って、俺たちはガキみたいにはしゃぎながら泳ぎまくった。
透明な浅瀬を潜れば、恐れを知らない小魚たちは寄り添うように群れ集まり、ぱっと散るを繰り返す。
海亀を見つけて二人我先に獲ろうと争った。
結局逃がしてしまったけれど。

「こんな風に、穏やかな日は・・・」
俺は上半身裸のまま、砂浜に座り込んで空を仰いだ。
「てめえみたいに馬鹿やって、筏で海に漕ぎ出したくなるよなあ」
どこまでだって、行けるような気がするじゃねえか。
「ああ、俺あ馬鹿だが・・・」
ゾロは相変わらず素直に相槌を打つ。
「考えなしじゃねえぞ。俺だって一人なら、筏作ろうなんて思わなかったかもしれねえ」
意外な言葉にえ?と返す。
「てめえが一緒ならな。別に平気な気がしたんだ」
ああまたこいつは、とんでもない時にさらっと爆弾発言を落としてくれる。

「てめえは体力あるしな、知恵もある。それに、絶対へこたれねえ・・・」
にかりと、真っ黒に日焼けした顔で笑ってくれた。
俺の心臓はまるで真ん中打ち抜かれたみたいにド派手に跳ねた。

「てめえとなら、平気な気がするんだよ」
まだ言うか!!
俺は照れ隠しにゾロの鼻と口を一緒に押さえて海に沈めたくなってしまった。
なんとか必死でその衝動を耐える。


ざざーんざざーんと繰り返す波の音を暫く聞いて、ゾロは独り言みたいに呟いた。
「もしも、もしもまた船に乗って…帰ったらよ」
「もしもじゃねえよ。ちゃんと帰るんだ」
俺の突っ込みにまた笑って肯く。
「そしたら、確かめてえことがあるな」
前を向いたまま、ゾロは夢見るみたいにそう呟いた。
何をだと当然聞くべきなのだが、俺は隣で思わず肯いてしまっていた。

「そうだよな。俺も、確かめてえ・・・」
「そうか」
「ああ」
お互い何をとは聞かないまま、また二人並んで海を眺めてしまった。
なんかこの、妙な「間」に身体ごと慣れてきてしまったような・・・



「ん?」
ゾロの声音がちょっと変わった。
眩しい水平線に目を凝らしながら、俺も「んんん?」と声のオクターブを上げる。

なにか、何かがいる。
白い点みたいで、単なる光みたいで、でもそれはどんどん大きく形を成してきて――――


「んっ!!ナミっすわああああああああん!!!」

俺は思わず絶叫しながら飛び上がった。
多分、俺たちが遭難して八日目のことだった。




















そうして今、俺は鏡の前で入念にスキンケアを施している。
日焼けて潮にまぶれてぼろぼろになった皮膚もだいぶ落ち着いてきた。
鼻の頭のそばかすも、ちょっとは色が薄くなってきたようだ。
別にレディじゃないから全然気にしないんだけど、何故だかナミさんとロビンちゃんはそれぞれお勧めの化粧水を分けてくれた。
それをパチパチと頬にはたいて、さて!と気合を入れる。

別に約束した訳じゃねえが、こうして無事救助され仲間たちから歓迎の洗礼を受けて落ち着いて、ようやく普通の島に停泊できたんだ。
人が一杯住んでるにぎやかな街の外れの安宿で、それなりに柔らかなベッドに眠れる夜なんだ。
ここまで来たなら確かめなければ。

洗面所のドアの向こうでは、ゾロがベッドで酒を食らいながらもそれなりに気合を入れている気配がしている。
なんつーか、お互い意識しまくり。
けど後には引けない意地もある。

とにかく確かめるのだ。
俺たちがあの島に二人だけだったから沸きあがった感情なのか。
素面で明るい場所でお互い面と向かい合ってマジに対峙しても、この感情は薄れないものなのか。


「うし!」
またしても俺は鏡の向こうの自分に気合を入れて、バスローブ一枚で洗面所から出る。
負けてらんねえ。







ゾロは洗面所から出てきた俺に視線を寄越したまま、酒をぐびりと呷った。
その音がやけに大きく響いて、なんとも気まずい空気が流れる。
口元を腕で拭いてサイドテーブルに乱暴に瓶を置くと、ゾロはベッドの上に座り直して傍らのシーツの上をポンポンと叩いた。

「・・・何の真似だ、そりゃ」
どこの親父だよ。
俺は膝から下をブラブラと揺らしながら、うらぶれた足取りでそれでもゾロの傍に近付く。
ゾロは腕を伸ばして俺の肘を掴み、強引に座らせてしまった。

「・・・ちゃんと口で言えよ」
「言わせてえか」
なんとなく、ゾロの顔が酒焼けしている。
妙な台詞を聞きたくもないから、俺はまあいいやと口の中で呟いた。

俺の手を取って、熱い掌を重ねてきた。
どくんと大げさに心臓が跳ねる。
これはあれだ、あの島での世迷いごとの再現だ。
どこの馬鹿っぷるかと見まごうような、お手々繋いで見詰め合う・・・
熱々にして寒いあの夜を再現して・・・
それで―――

「違うな」
ゾロが、唐突に呟いた。
俺の胸はまたどくんと鳴る。
なんだか鉛を飲み込んだような、重い冷たい響き。

ゾロは指を絡ませたまま俺の腕を引いた。
気落ちすることなんてないはずなのに、自分でも驚くくらいがっくり来ている。
ゾロが、違うと言ったことを。
やっぱりこれは、南の島の錯覚で―――

ふわりと、目の前に影が差した。
唇を塞がれ、吐息が頬にかかる。
状況を把握できないままぱちくりと瞬きだけして、焦点が合わないくらい近くにまで寄った、ゾロの鋭利な眉毛を凝視した。

――――?
ぷつりと、唇を合わせて離した。
ぼやけていたゾロの顔が認識できるくらいには距離ができる。
えらく生真面目な顔で、ゾロはこっちを睨んでいる。
合わせた掌は、じっとりと汗が湧くくらい力強く握られたままだ。

「違うな。やっぱり」
だから何が違うんだと、明確に問い質す前にぐるんと視界がひっくり返る。
シーツに押し付けられて肩を掴まれたまま、ゾロがまた覆い被さってくる。
角度を変えて口付けて、今度はちゃんと味わうように、舌でなぞって歯で軽く噛んで・・・

「ん・・・」
抗議しようにも口が開かなくて、漏れた吐息は鼻から妙な音を出した。
違うと言いながらこうも濃厚なキスを繰り出してくるのはどういう訳だ。
言いたいのに、うまく言葉にならない。

きつく吸われ過ぎて舌が痺れてくる。
ムカついてゾロの後頭部を掴んだまま、自分から舌を突っ込んで奴の唇に噛み付いた。
レディが相手の時はあくまでソフトに蕩けるようにが信条なのに、俺のが蕩けてどうするよ。
セルフ突っ込みしつつ、なんとか反撃を試みた。
こんな、油断したら食い尽くされるようなキスなんて生まれて初めてで興奮する。
ゾロはガブガブあちこち噛み付いてきて、首筋にまで犬歯を立てると手早くローブを肌蹴させて俺のあちこちを撫で回し始めた。
なんかもう、性急っつか余裕ねえぜ。

「こら・・・なにが、違うってんだっ」
俺は息が上がるのを誤魔化しながら、ひたすらゾロの背中に手を回して中途半端な体勢を支える。
「あん時と、なんか勝手が違う。手繋いで満足できねえ。喰うぞ」
そっちかよ!
反論する前にもう一度キスされて、裸の胸に抱きこまれた。





天下のロロノア・ゾロとって言うより、生け好かねえ淡色マリモにいいようにされてるってのに、俺は異常にテンパっていた。
ムスコは勝手に勃ち上がってビンビンになってるし、ぐいぐい押し付けてくる奴の凶器は半端じゃないしで、なんか下半身でチャンバラでもしてるような滑稽さだ。

野郎同士なんて不条理で気色悪いもんだろうに、なんだこの力強さは。
ゾロの熱い息も容赦ない力も無遠慮な押し込み方も、どれをとってもロマンティックからは程遠いのに、酷く興奮して気持ちよかった。

野郎にケツ穿られるなんて想像しただけで切腹モノの屈辱だが、実際にはなんかもう快感中枢直結してるって自覚しちまうくらいのダイレクトさで反応しちまった。
ああもう、なんかイイ。
野郎だしとか、マリモだしとか、そんなのもうどうでもいいくらい、イイ。
一種のスポーツだってくらい、いい汗掻いてイっちまった。

ゾロは俺ん中にぐいぐい押し入っては「う」とか「お」とか間抜けな声を出している。
額からダラダラ汗を垂らしながら、ついでに涎でも垂らしそうに表情崩して笑ってやがる。
そんなにイイかこの野郎、と足を絡めて背中を抱き込めばえい畜生と低く唸ってまた噛み付いてきた。
調子に乗って、何度もズンズン突かれて揺すられて、最初は殺していた声も途中からどうでも良くなってわあわあ喚いて・・・
終いには、「死ぬ」とか口走っちゃったかもしれない。
とにかく、記憶が飛んじまうほどやっちまった。
酒が入ってた訳でもねえのによ。




んでもって、気がつけば愛しい男の腕の中だ。
ついこの前までの俺なら吐血モンの寒シチュエーションだが、うっかりまったりぶっとい腕に囲まれて目を閉じてしまった。
まあいい、誰も見てやしねえ。
突っ込む輩もいないから。


指一本動かすの億劫なほど疲弊して、それでも俺はなんとか腕を伸ばして、タバコを取った。
マッチを擦る動きも緩慢だ。
無駄に筋肉が盛り上がってる二の腕にふうと煙を吹き付ければ、ゾロは頬をくっ付けたまま顔を顰めてやがる。

「んで、どうだったよ?」
問いかける声が掠れていて、我ながら情けないと思う。
散々啼かされたと、自分から言ってるようなもんだ。

「てめえは、どうだった?」
質問に質問で返すなよ。
そう言いたかったが、面倒臭かった。
俺はタバコを咥えたまま口元を歪めて吐き捨てる。

「違ったみたいだ」
ゾロの眉がぴくりと動く。
「あの島で、一瞬でも思ったことは、気の迷いじゃなかったってことだ」
じっと見られて、ゾロの方に向けなくなった。
「このままずっと二人きりでも別にいいかな〜って思ったって、ことだよ」



ほんとに、未だに信じられない心境だったけれど、あの島で確かに俺は、このままでもいいかなんて思ったりしちまったんだ。
ああ、確かに。

俺を抱きしめる腕に力を込めて、ゾロは歪めたままの口元からタバコを掠め取った。
横から覗き込むように口付けてにやりと笑う。

「俺も、わかったぜ」
GM号に戻って、仲間たちと再会して、島について多くの人の中、色んな女がいる街の中で世界の中で――――

「それでも、これから先ずっと傍に置いときてえのは、てめえだけだ」
ゾロの囁きに俺は口の中で悪態を吐いて、ますます顔を背ける。
恐らくは真っ赤に染まっているだろう耳朶を噛みながら、ゾロはこっち向けと笑いを交えた声で何度も囁いた。

ああ、めでたくホモ馬鹿っぷるの誕生だ。




今日も青い空の下、威勢良く怒声が響く。
主に怒鳴ってんのは俺の声だ。
たまにナミさんの悲鳴も響く。
時折びよんとゴムが伸び、小さな爆発が起きて、軽い蹄が駆けずり回る。

「何べん言ったらわかんだ苔マリモ!こんなとこに錘を置きっぱなしにすんなっ!」
「人の道具足蹴にすんじゃねえっ、てめえ足も口も頭も悪すぎっぞ」
「頭は余計だ、てめえこそ頭振るとカラカラ鳴ってんじゃねえか」
「お前気付いてるか?油断してるとその眉毛、勝手に回ってる時があるぞ」
「んだとおおおお」
「やるかコラ」

広い広いこの世界。
退屈だけが敵じゃない、花も嵐も踏み越えてこの先どんなエキサイティングな航海が待っていようとも俺たちはいがみ合い、どつき合いながら、それらしくラブって行こう。





そうして時々、誰も見てない空の下で手を繋いで

今度は6歳からの話を聞かせてくれよ。

END



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