Famous


その存在は知っていた。
学校一のトラブルメーカー、モンキー・D・ルフィと、あらゆる意味で只者ではない男、ロロノア・ゾロ。
二人はまさに神出鬼没で、少しもじっとしていない。
どこにでも顔を出し、一騒ぎを引き起こしては嵐のように去っていく。
それでいて誰にも疎まれず嫌われず妬まれない、不思議な魅力が二人にはあった。
ルフィ単体なら、いわゆる多動症の問題児だ。
ゾロ単体なら、コミュニケーション能力皆無の異端者だ。
けれど、二人揃うとなぜかお互いの欠点を補い合い、長所を引き出す。
彼らの周りは常に幅広い友人達が取り囲み、賑やかで笑いが絶えない。
教師に睨まれてもPTAで取り沙汰されても、結局は生徒が味方で仲間が助けた。

二人の存在は嫌でも目立つ。
基本、女子にしか興味がないサンジだって、その名前と顔くらい覚えざるを得ないほどに。
あーまた猿どもがうるせえことやってるな・・・と内心苦々しく思いながらも、なぜか目が離せない。
勉強面では、ルフィはできる科目とできない科目が極端すぎていっそ清々しいほどの結果だという。
対してゾロは、授業中寝てばかりいるのになぜかどの教科も上位にいる。
剣道部で主将を務め、全国大会で優勝し日本一の高校生剣士と持て囃されても涼しい顔だ。
いかにもストイックで女子に大モテなのに、ルフィと一緒に馬鹿なことをやってる時が一番楽しそうでムカつく。

目立つし目障りだけれど、関わるほどでもない二人の存在を常に傍らに意識しながら、サンジの高校生活はそれなりに楽しく終った。
誰もが進路のことで悩んだり躓いたりと、一喜一憂している時も二人は相変わらず馬鹿ばかりしていた。
二人とも進学しないらしいと聞いた時も、「さすが馬鹿」と変に納得してしまった。
ルフィはともかく、ゾロは奨学生として大学に進む話だってあったようなのに。
二人とも進学せず就職もせず、卒業と同時に冒険と称して日本を飛び出すのだという。
どこまで破天荒なのか、呆れるより笑えてきた。
同級生達も概ねサンジと同じような反応で、やっぱりなーとかさすがだなーとか、他人事のまま感心していた。

卒業の日、感慨深さに目を潤ませ、卒業生達は友人同士で輪になっていつまでも立ち去りがたく校門の前でたむろしていた。
これからクラス単位で打ち上げに行く。
教室やロッカーにいまさら忘れ物なんてしてないよなと友人同士で確認し合い、人数はもう揃ったのにまだなぜかぐずぐずとだべったりして。
時には遠慮がちに申し出てくる後輩女子に、甘酸っぱい気持ちでボタンを渡す。
そんな輪の中を、二人は颯爽と駆け抜けた。

「じゃあな!」
「またな」
卒業証書を手に、ボタンはおろかネクタイも制服の片袖までも千切れてなくなったルフィとゾロが、ボロボロの姿のまま前庭の蘇鉄を飛び越えた。
「おい、打ち上げは?!」
「そんな時間ねえ、飛行機飛ぶんだ!」
「お前ら、元気でな」
一瞬だけ振り返り手を挙げた二人に、卒業生も在校生も「わー」っと声を上げて両手を振った。
血が滾るような歓声に包まれ、誰もが涙の後に雄たけびを上げる。
「畜生、元気でなー!」
「がんばれよー」
「ルフィ先輩―!ロロノア先輩―っ!!」
「がんばってーっ」
下級生だけでなく同級生にも熱狂的なシンパがいた二人だ。
教室の窓や屋上からも、身を乗り出してたくさんの生徒達が手を振り見送る。
波のようなシュプレヒコールを背に、二人は振り返ることなく校舎を後にした。

3年間の高校生活より、名残惜しい卒業式の思い出より。
その光景だけが、サンジの中でいつまでも鮮烈に残っている。



*  *  *



その存在は知っていた。
黒い縮れ毛に長い鼻が特徴的なウソップと、どこにいても嫌でも目立つ派手な金色の髪をしたサンジ。
二人共が、頼りになる存在としてやたらと名前が挙がっていた。
ウソップは主に男子に、サンジは主に女子にだ。
ちょっと困った事態が起こると、すぐに「ウソップに頼めば」と提案が出る。
恋に悩み、友人関係に躓いた時は「サンジ君に聞いて貰えば」と話題に上る。
基本的に他人に興味がなく、クラスメイトの顔もろくに覚えないゾロだったが、さすがに何度も耳にすれば名前から先に覚えた。
どちらもある意味、派手な外見に目を魅かれ、気付けば顔と名前が一致した。
ウソッ鼻とぐる眉サンジだ。
ウソップはその誠実さと器用さで、男女問わず生徒にも教師にも信頼を得ている。
サンジは一見チャラいナンパ野郎だが、特定の彼女は作らず相談されれば親身になって応対している。
それは主に女子生徒のみで男子からの相談は敢え無く断り、時に蹴りを入れて追い返したりしているが、結果的には力になってやっているようだ。
二人とも、ゾロから見れば馬鹿じゃないかと思えるほどに、お人好しで面倒見がいい。
特にサンジは、ウソップほど要領がよくないからどこか危なっかしかった。
けれど、人に好かれる二人はそれとなく誰か彼かから手助けをされ、平穏に高校生活を送った。

ゾロがいつものように教室を求めて彷徨っている時、ふと中庭に二人の姿を見つけた。
午後の日差しが降り注ぐ中、櫟の木に凭れ立ち話をしている。
樹々の間から差し込む木漏れ日がサンジの髪を輝かせ、自ら光を放っているようだった。
ポケットに手を突っ込んで斜に構え、少し猫背で喉を引き攣らせるようにして笑う。
友人が多く平穏で毎日が楽しい、普通の高校生活の縮図のようだ。
ゾロは眩しさに目を細め、どこか憧れに似た気持ちでその姿を見つめた。
遠くから自分を呼ぶルフィの声に引き戻され、はっとして踵を返す。

誰かに目を奪われたのは、後にも先にもこの時だけだ。
けれどゾロの中では高校生活の一番の思い出として、この光景はずっと心に刻まれた。



*  *  *



高校を卒業して専門学校に入学し、それを機に家を出て一人暮らしを始めた。
ゆくゆくは実家のレストランを継ぐつもりで、今は修行の一環だと学校の合間を縫ってバイトに明け暮れている。
一時は、薔薇色のキャンパスライフも憧れはしたが、やはり自分はコックになる夢の方が大事だ。
頑張ってる男性の横顔は素敵って、女性誌でも特集組まれてるじゃないか。
バイト先のコンビニで、雑誌売り場を掃除しながらそれとなく誌面に視線を走らせる。

少しでもバイト代が高い方がと考えて、深夜のシフトを選択した。
昨日まで一緒に入っていてくれた先輩は、今日から別支店に異動になった。
今度は自分が先輩の立場で、新入りの指導をしなきゃならない。
若干緊張して時計を見たら、ちょうどチーフに名前を呼ばれた。
「サンジ君、今度この時間帯に一緒に入ってくれる新人さん。コンビニでの仕事自体が初めてらしいから、一から教えてあげてね」
ちゃきちゃきした女性チーフに条件反射でデレンと鼻の下を伸ばし、笑顔で振りむいたサンジはそのまま固まった。
「へ?」
「お、ぐる眉」
「…ぐ、ぐる眉ってなんだ!」
開口一番、誰にも呼ばれたことのない変てこな渾名で呼ばれ咄嗟に反論した。
「やだ、二人とも知り合い?」
「あ、えっと高校の同級生です」
「なんだ、じゃあ話は早いわね。後はよろしく」
チーフは二人の肩をポンポンと叩くと、それじゃお先にとばかりに店を引き上げる。
後には、二人だけが残された。

「――――・・・」
「よろしくお願いシマス」
一応先輩だからと、礼儀のつもりかぎこちない敬語でゾロがぺこりと頭を下げる。
「えっと、なんでお前ここいるんだ?外国行ったんじゃなかったのか?」
「知ってるのか…ってか、俺のこと知ってるのか?」
「てめえらあんだけ目立ってたのに、知らない訳ねえだろうが。ってかてめえこそ、なんで俺のこと知ってんだよ」
「お前ら、目立ってたぞ」
「嘘、マジ?」
お互いにしげしげと相手を見てから、どちらからともなく噴き出した。

「あー冒険には行ったんだが、俺もルフィも怪我したんで一旦帰ってきた」
「え、大丈夫かよ」
言われて一歩近付けば、確かにゾロからはツンと消毒薬の匂いがする。
「別に、俺らは構わなかったんだが、ものすげえ金かかったんでとりあえずこっち帰って、今また金溜めてる」
「また行く気かよ、懲りねえな」
「これも修行の内だ」
なんの修行だかわからないが、きっとこいつらはこうして社会の枠に嵌らないまま、破天荒に生きていくんだろう。
接点なんて何もない、決して交わらない人生だと思っていたのに。
現実にはいまここで、深夜のコンビニで一緒にバイトしてるだなんてなんだかおかしい。
喉を引き攣らせるようにして笑うサンジに、ゾロは口をへの字にして顔を顰めた。
けどその内つられたように、白い歯を見せて同じように笑う。

煌々と点る外灯の下に、人影が見えた。
お客さんだと、慌てて表情を引き締めカウンターに向き直ったサンジに、ゾロも同じように姿勢を正す。
「「いらっしゃいませ」」
自動ドアが開くと同時に、まるで以前からずっと親友だったみたいな波長で、二人は息ぴったりの挨拶を発した。



End


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