ファインダー越しの・・・

横顔が気に入った。
色白の肌は、暗い背景と好対照に際立ってシャープだ。
この一瞬を切り取りたいと、無意識にシャッターに指が掛かる。
不意に、ファインダー越しに目が合った。

「あ、すみません邪魔ですね」
彼は薄く微笑んで、さっと身体を引いてしまった。
つい、舌打ちをしそうになる。



新設するレストランのサイト用画像。
撮影を担当するはずのカメラマンが急きょ出られなくなり、登録してある事務所からの連絡でピンチヒッターとして臨んだ。
身体が空いている限り、呼ばれればなんだって撮りに行く。
見合い写真でも、隠し撮りでも。
野鳥でも女の裸でも。

「お願いします」
彼の指示に従い、連続してシャッターを押す。
盛り付け方、光の角度、食欲をそそる照りと温もりを感じさせる湯気。
人工的な技術を極力自然に見せかけて、魔法のように「美味そうな一皿」を作り上げていく。
美々しい料理よりも、彼の手を撮りたい。

長く節くれだった、男の手。
細かい切り傷や火傷の痕がある。
決して“美しい”とは言えない、職人の手だ。
それでも充分に、その手は美しい。

顔貌の整った人間は手足のパーツも美しいと、ゾロは勝手に思っている。
この男の足の甲は、きっと大理石のように滑らかだろう。

客観的に見れば、決して美男子とは言い切れない。
どういう訳か眉尻がぐるりと円を描いているし、無意識に尖らせる唇はアヒルのように平べったい。
どちらかと言うとファニーフェイスの部類だろうに、なぜか凛とした印象がある。
そうして、手元に注がれる真剣な眼差しが彼に輝きを添えている。
なにかに夢中になっている姿は、男も女もなく大人も子供もなく。
ただ純粋に、美しい。

「お疲れ様でした」
一通りの撮影を終え、後片付けに取り掛かる。
撤収の手際もよく、役目を終えた食材の扱いにも乱雑さはない。

「それ、私物ですか?」
重ねた皿の一枚を布に包む仕種に、つい声を掛けた。
彼は顔を上げ、花が綻ぶように笑う。
「ええ、春らしいなと思って。いつか使おうと・・・」
「よく映えてましたよ」
「ありがとうございます。いい食材に巡り合えて、ラッキーでした」
はにかんだように俯き、綺麗な指使いですべてを仕舞いこんだ。
その動作の一挙一動をすべて、カメラに収めたい衝動に駆られる。

「テレビに、出られないんですか?」
これまた不躾な質問を、投げかけてしまった。
彼も少し驚いたようだが、真剣な眼差しで軽く首を傾げる。
「いえ、特に出たいとか思いません。ってか、俺なんかダメですよ」
「そんなことありません。いい素材だなって思いました」
言ってから、ゾロは「失礼」と小声で詫びた。

「どうも、対象物を“素材”として見てしまう癖があって」
彼は気を悪くした風でもなく、むしろ同意するように頷いた。
「わかります。俺も、美味そうとか思う前に色映りが・・・とか、考えちゃいますもん。なんか最近、料理人失格な気がして」
「元は料理が専門ですか?」
「ええ、本業はコックです」
郊外のフレンチ店で、副料理長をしているのだと言う。
「料理好きが高じて、コーディネーターなんてしてますがね。本当は、人に食わせるのが一番好きなんです」
「副業を持つのも、いいもんですよ」
ゾロは機材を仕舞いながら、独り言のように呟いた。

「貴方も、カメラ以外に?」
「カメラマンなんて、副業をいくつも持ってるようなもんです」
自嘲めいて、顔を上げた。
「本当に撮りたいものを撮るために、どうでもいいものをたくさん撮るんです」
「どうでもいいものって、まさか今日の撮影とか言うんじゃないでしょうね」
おっと、これには少々気分を害したようだ。

「いいえ、今日は大切な仕事です」
「・・・とってつけたような」
「気のせいですよ」
さらりと言い交わし、ゾロは三脚を畳んだ。
まだ不満そうな表情の男を、振り返る。

「実は俺、料理写真を撮るのは今回が初めてなんです。今後のために、色々とご教示願えますか?」
「俺に、ですか?」
「もちろん時間が許せば、ですが」
ゾロは意識して、首を傾けて見せた。
大の大人、しかもゴツイタイプの自分がやるべきおねだりポーズではないと自覚しているが、案外有効なのも学習済みだ。
男は一瞬考える素振りをしたものの、すぐに頷いた。
「まあ、別にこの後予定はないんですけど」
やはり、有効だった。

「食事がてらどうでしょう。お口に合うかどうかわかりませんが、美味いと思う店を知ってます」
「割り勘だったら」
「それでも多分、貴方の方が損をしますよ。俺は大酒飲みです」
「じゃあ、それぞれ実費ってことで」
「了解です」
おどけて応え、大きなカバンを担いだ。


「あなたの」
「え?」
歩き出そうとして、足を止めた。
「あなたの、本当に撮りたいものってなんですか」
「時と場合によって、変わりますよ」
当たり前のことを、さも当たり前のように答えた。
男の顔が、少し途方に暮れたような表情に変わる。
「そりゃあまあ、俺だって作りたい料理は日によって変わるけど」
「その例えは、しっくり来ませんね」
仕方ないなと、ゾロは後戻りして近付いた。

「俺がいま撮りたいのは、貴方です」
「俺?」
「正直に白状すると、料理の写真を撮っている間もずっと貴方のことを考えていました」
ストレートな物言いに、困ったように眉を寄せた。
「ええと、俺、口説かれてます?」
「撮影のモデルにしたいがために、口説いているのではありません」
「それ、ますますヤバいんじゃ・・・」
「そうですか?」
やや怖気付いた感の男を、追いつめないように意識して距離を置いた。

「貴方を写したからと言って、コンクールに応募したり展覧会に出したり、するつもりはないです。ただ撮りたいと思っただけで」
「それは、そうなんでしょうけど・・・」
「それにもっと話を聞いてみたいです。今日の盛り付けもそうですが、食器やカトラリー、テーブルクロスに小物なんかも」
男はぱっと顔を明るくした。
「気に入って、いただけましたか?」
「普通に置いてあっても美味そうな料理が、ちょっと手を加えただけで格段に雰囲気が変わるのは面白いですね」
「そう言っていただけると、嬉しいです」
並んで歩きながら、言葉を交わす。
身長も同じくらいで、目線がちょうどいい高さだ。

「人に食べてもらうための料理が一番ですが、あくまで見た目に拘って工夫を凝らすのも実はとても楽しい」
「そうでしょうね。でも俺は、貴方の料理も食べてみたくなりました」
「ぜひどうぞ、レストランに」
「いえ」
足を止め、彼が振り返るのを待つ。

「俺が、俺だけのファインダーに貴方を写したいように。貴方も俺のためだけに料理を作ってくれませんか?」
性急すぎる言葉に、彼は戸惑いを隠せない。
「呆れるほど、強引ですね」
「シャッターチャンスは、逃さない性質です」
至極真面目な顔で答え、さり気なく背中に手を添える。
それを嫌がらず、むしろ彼の方から身を寄せた。

「撮るだけで、満足ですか?」
「さあ、どうでしょう」

彼が浮かべた蠱惑的な笑みに、ふと我に返った。
誘われたのは、どちらなのか。



「お手並み拝見と、いきましょうか」
彼から踏み出した一歩に、添うように足を運ぶ。

今夜は、カメラに手を伸ばす余裕などないかもしれない。



End