告死天使



この島で三月は花見月と呼ぶという。
その名にふさわしく、島には色とりどりの花が咲き乱れていた。
港に面した家々の前の花壇や植木鉢にも、赤、白、黄色、オレンジ、ピンク、青、紫とさまざまな花の色があふれている。
おとぎ話に出て来そうな煉瓦造りの家が並び、出窓にまで花が飾られている。
空はやさしい水色で、日差しも柔らかい。まだ三月になったばかりだというのに、すっかり春めいていた。

「絶好の誕生日びよりね!」

ナミが声を弾ませた。
肩で切りそろえた彼女のオレンジの髪の毛も、カラフルな風景に溶け込んで、絵本の中の登場人物のようだ。

「んー、ナミさんが俺の誕生日を覚えてくれてたなんて感激だなぁ」

「今日は宿でお祝いするから、それまでサンジ君はゆっくりしてて。ログがたまるまで3日あるし、買い出しは今日じゃなくてもいいでしょ」

うららかな気持ちのよい気候だ。
オープンテラスの食堂で、麦藁の一味は昼食をとっていた。
もっともルフィは朝から島に着くなり、冒険だと言って飛び出したきり戻って来ない。
夜にはサンジの誕生パーティをするから、ちゃんと戻ってくるよう、その背中にサンジの敬愛する航海士が叫んでいたが、船長の耳に届いただろうか。

「この先の岬に、天使像があってさ、ちょっとした観光地みたいになってんだってよ。散歩がてら見てきたらいいんじゃねぇか?」

花を挿されたグラスの氷をストローでぐるぐる回してウソップが言った。

「俺達はその間、宴会の手配しておくからよ。たまには、もてなされる側に回るのも一興だろ。それも修行のひとつだぜ」

「そうよ。楽しみにしてて」

「ナミさんのその笑顔だけで充分なのに〜」

サンジはナミにとろけてみせた。
背後でウソップが、俺の気遣いは?とツッコミを入れている。

「じゃあ、ナミさんたちにお任せするとして。・・・話のタネに行ってみるかな、その天使像」

言いながら、サンジは残る一人を見た。
ゾロは既にうつらうつらと春眠をむさぼろうとしている。

「おい、クソ緑」

ややあって、サンジの声が脳に届いたのか、ゾロが片目を開けた。
呼びかけには答えず、視線だけ寄こす。

「お前、どうせ何も出来る事ねぇんだから付き合えよ」

声は震えなかっただろうか。
何気なさを装うのに成功しただろうか。

 

 

 

********

 

 

 

弔いにはふさわしい日だ。

 

気持ちのよい風がふうわりと頬をなぜる。
視界には柔らかい緑に色とりどりの花。
サンジは緩やかな坂道を登る足をとめ、肩越しに背後を振り返った。

周りの景色に溶け込む頭髪の色。
花咲く小径に目をやる事もなく、黙々と登ってくる。
つまらなそうな顔をしているが、いつもの事だ。
文句を言わないだけマシだろう。

この男の誕生日に、好物尽くしにしてやったのに気づいたか。
決して口にはしなかったが、そろそろ気づかれているかもしれない。
日常のはざまで、今なら大丈夫だろうと、何気ないふりを装ってこの男を見ようとすると、目が合う事が増えてきた。
ひたと見つめ返され、こちらが何か言う前に視線は流される。

度重なると怪しまれる。
最近では他のクルーの背景にこの男を置いて、間接視野に納める事で気持ちを満たす事にしている。

サンジはゾロが好きだった。

最初は、一緒に暮らせるだけで満足していた。。
食の大切さとか楽しみだとか全く興味がなさそうな獣に、サンジの料理を食べさせられる。
警戒心の強そうなあの男が、ルフィが仲間にしたというだけで、自分の手料理をためらいなく頬張る。
洗濯して日にあてた清潔な服を着せて、人並みな生活をさせてやれる。
世話焼き気質のサンジを満足させる要素が、ゾロにはふんだんにあった。

鍛錬の汗で濡れる背中とか、剣をとった時の真剣なまなざしとか。
風呂上がりに湯気をあげる身体とか。
はっとさせられる場面が増えた。
そのあたりで、さすがにやばいなあと我に返った。

勝算が無いのも分かっている。
寄港した島の酒場などで、きれいなお姉さまやかわいい女の子に囲まれても、邪険にこそしないものの興味があるのは酒だけだ。
華やかな彼女たちでさえゾロの関心をひく事が出来ないのに、男の自分に出来る筈もない。

まだ、少しでも、女性に関心があるなら良かったのに。
将来的に誰かと幸せな家庭を作るなどと、とてもじゃないが思えない。
そういう意味では、誰も隣に置きそうもない朴念仁だ。

そんな男だから、自分で終止符を打たなくてはならない。
らしくない恋心は粉々に砕いて、この島の風に流してしまおう。
足を止めたサンジに、背後を歩いていたゾロが並んだ。

「着いたのか」

なんの気負いもない、平淡な声。
それだけで、心臓がばくん、と跳ねた。

 

 

 

********

 

 

 

予想していたよりも大きな像だった。
こんな小さな島に不似合いな、岬にそびえ立つ純白の天使像。
早春の空に4枚の大きな翼を広げている。
右手は大きな鎌をかざし、左手には分厚い書物を抱いている。

そして、その天使像には顔がなかった。

「天使っぽくねぇなあ」

サンジはくわえ煙草でぼそっとこぼした。

「翼の数も多いし、男か女かも分からねぇ。何より顔が無ぇ。しかも、なんだって鎌なんか持ってるんだ。死に神みてぇじゃねぇか」

ゾロは相づちを打つでもなく、天使像を見上げている。

「教えてあげようか?」

背後からかけられた幼い声に振り返れば、花かごを持った少女がこちらを見て微笑んでいた。

「お花を買ってくれたら、ガイドをしてあげる」

「ああ?んなもん、そこら中に溢れてんじゃねぇか」

速攻断ろうとするゾロを突肘で突いて、サンジは少女との間に入った。

「もちろんいただくよ。花の妖精みたいにかわいいお嬢さん」

サンジは500ベリー硬貨を渡した。
少女は嬉しそうに微笑んで、サンジの髪に青い花を挿した。
ゾロは呆れてため息をつきながら、すぐそばの道ばたに生えている同じ花を見遣った。

「この天使さまは、『告死天使』というの。人が死ぬ時に現れて、その鎌で肉体と魂を切り離すのよ」

やっぱり死に神そのものじゃねぇか。
ありがたくもなんとも無ぇ。

そう思ったが、相手が少女なのでサンジは敢えてツッコミを入れずに笑顔で聞いていた。

「死ぬ時は痛いし、苦しいし、怖いでしょ。この天使さまはそれを取り除いて、神さまの所までちゃんと連れていってくれるのよ」

石像の鎌は春の日差しを浴びて、ほのかに白く輝いている。

「顔が無いのは、天使さまがお迎えに来る時、死ぬ人が最期に会いたい人の姿で現れるからなの」

「確かに。このままで来られたらホラーだもんな」

茶化すようなサンジの口調に、少女が頬をふくらませた。

「死ぬ時の事なんて縁起でもないって言う人もいるけど大事なことよ。天使さまにちゃんと迎えにきてもらえるように、みんなこうして花をささげているの」

「ごめん、ごめん。俺もちゃんと捧げるよ」

サンジは髪に挿された青い花を、祭壇に置いた。
告死天使の言い伝えを信じてはいないが、少女の心情を尊重しての事だ。
ゾロを見れば、案の定、とっくに関心をなくして大あくびをしている。
しょうがねぇなあ、と思いながらも敢えて指摘せず、少女に礼を言って別れた。

 

 

 

********

 

 

 

天使像のある岬には、小さな展望台もあった。
展望台といっても、長方形に切り出したベンチ代わりの石と、落下防止の柵があるくらいで、めぼしい物は何もない。
来訪者たちは皆、天使像の方に集中していて、その裏手にあたる展望台に人影は無かった。

サンジは柵に両腕をのせて海を眺めた。
春の海は、穏やかに凪いで、陽光をキラキラと反射させている。
ゾロは、文句を言うでもなく付いて来て、背後の石のベンチで横になっていた。
一応、誕生日だから、少しは気を遣っているのかもしれない。

「なあ、ゾロ・・・」

サンジは柵に背を預けて、ゾロの方を向いた。
ゾロは瞑っていた両目を薄く開いた。
眠そうだ。

「俺さ・・・・・」

「・・・・・」

「お前に言いたい事があるんだ」

「・・・・・」

相づちくらい打てよ!
のどかな昼下がりに、自分の心臓だけがバクバクとうるさい。
終わりにするんだ。
無意識に姿を追うのも、他の仲間と語る声を拾うのも、傍に寄る理由を探すのも。
報われない片恋の相手から、元通り、以前のままの対等な仲間に戻りたい。

「お前の事が、好きなんだ」

 

 


楽になりたい。

 

 


どうせなら、ひと思いに。
そう思って、ゾロから瞳を反らさなかった。

「なんて顔してやがる」

ゾロは深々とため息をついた。
そして、じっとサンジを見た。

来る。
その瞬間が。
こいつの事だから、きっとばっさりやってくれるだろう。
ほんの一瞬、耐えればいい。

 

「いらねぇだろう、お互い。そういうのは」

 

ゾロは至極真面目な顔で言い切った。
正面からサンジの顔を見据えたまま。

そうだ。
肝心な所で逃げたりしない。
そういう所も好きだった。

「・・・そんな事」

好きだけれど、場合による。

「分かってるから言ったんじゃねぇかっ!期待通りの返答寄こして来やがって!!今日は俺の誕生日だろ?嘘でもいいから、好きだって言いやがれ、このクソ剣士!!」

サンジは、腹から大声を出して怒鳴ると、ゾロの延髄めがけて回し蹴りを放った。
ゾロが咄嗟によける。紙一重だ。

「アホか、てめェはっ!!嘘でも言えるか、この凶暴コックが」

癪に障ったので、間髪入れずに足払いからの反行儀キックコースを食らわせてやった。
今度はよけきれなかったゾロが吹っ飛ぶ。

「てめェ・・・、好きだとかぬかしてなかったか」

ゾロは立ち上がりながら、刀の柄に手をかけた。

「もう言わねぇ。くたばれ、ばかマリモ」

サンジは戦闘態勢を解いて、胸ポケットを探った。

言わないだけだ。気持ちは変わらない。

サンジは煙草に火をつけると、深く煙を吸った。
肺から吸収された神経毒が、ゆったりと脳に染み渡る。
サンジはやさぐれた気分で笑いすらこみあげてきた。

望みが無いと分かっても全然駄目じゃねぇか。
全然楽にならねぇじゃねぇか。

まだ、全然、ゾロの事が好きじゃねぇか。

サンジは踵を返して、元来た道を下り始めた。

(それでも、諦めはついたな)

唇を軽く尖らせて、煙を細く吐く。
白い煙が、春の小径にたなびいて消えた。

(どうしたって好きなんだ、俺は)

(ゾロの気持ちなんか関係ねぇ)

どうにか出来ないかと足掻いてみたけれど、どうにもならないと思い知った。
本人からの拒絶でも駄目ときた。

それでもいつか、この日の出来事が、遅効性の薬のように、症状を和らげてくれるだろう。

サンジは弔うはずだった恋心を再び胸にしまいこんで、港へと続く道を歩いた。

 

 

 

********

 

 

 

「もったいない事するわね」

メリー号の甲板に夜風が吹いて、ナミの髪をさらりと揺らした。
春島を出て数日がたっていた。
安定した航路に船を落ち着けた航海士は、重い腰を上げ、余計な世話を焼いてみる事にしたのだ。

「てっきり、あんた達、両思いだと思ってたのに」

「ああ?何言ってやがる」

「振っちゃったんでしょ」

「コックに聞いたのか?」

「見てれば分かるわよ。あんた、いつか後悔するから」

島に着くまでは、どこか浮ついて落ち着きのなかったサンジが、島を出てからは逆にどんよりと重いオーラを漂わせているのだ。
気づかない方がおかしい。
とはいえ、サンジも必死で表面を取り繕っているから、おかしいのはナミ以外の全員であるかもしれない。

「する訳ねぇだろ」

ゾロの返事は、淡々として逆に冷たい印象を受ける。
同じ船の仲間、しかも男、その上犬猿の仲のサンジに告白されたというのに、目の前の男は何も揺るがない。
サンジの揺らぎっぷりを考えると、ナミは少々気の毒になった。

「他に好きな人も居ないんでしょ。試しに付き合ってみたらいいじゃない」

「出来るか、そんな事」

「あら、どうして?過剰にメロメロしなければ、いい男だと思うわよ、サンジくん」

「なんでアイツとくっつげたがるんだ。放っとけ」

ゾロにとりつく島はない。

「アイツもそこまでバカじゃねぇ。放っときゃほとぼりも冷めるだろ」

「ちょっとの可能性も無いの?」

「無ぇな」

即答だ。

「あんなに思い詰めてるのに。1回くらい思い出作ってあげればいいのよ。サンジくんも踏ん切りがつくんじゃない?」

「・・・何を言い出すんだ、てめェ」

ナミが匂わせた言葉のニュアンスを理解して、ゾロは初めて不快感を露わにした。

「俺はそこまで人間出来てねぇ」

ぐるる、と獣の唸り声が聞こえた気がした。
これ以上押しても、返ってサンジへの気持ちを歪めそうで、ナミは口をつぐんだ。

そもそも、二人がなんとかなればいいとも実は思っていない。
なったらなったで別に構わないが。
恋愛対象でこそないけれど、ツレない態度とは裏腹に、本当は気に入っているサンジが辛そうなのを放っておけなかっただけだ。

「サンジくんも、あんたなんかのどこがいいんだか。さっさと忘れて次の恋をすればいいのよ」

「だったらお前が相手してやれ」

あまりの台詞にナミはゾロを睨みつけた。ゾロは動じずその強い視線を受けとめた。
表情は変わらないけれど、その瞳の奥が押さえた苛立ちにギラついているのを、ナミは見た。

「本っ当に、サイテーな男ね」

ナミは怒りを通り越して泣きたくなった。
仲間として信頼はしているし好意も抱いているが、恋愛の相手としては最低だ。
ナミは心底サンジが気の毒になった。

 

 

 


********

 

 

 


俺の勝ちだ。

 

一秒でも長く、立っていた者の勝ちだ。
たとえ今からぶっ倒れようとも。

少し、血を流しすぎたかもしれない。

深く斬り込まれた太腿の傷から、未だに血が流れ出している。

先程からずっと寒気に襲われている。
ひどく、寒い。

背をつけた大地が温かい。
それは自分の流した血によるものだとゾロは気づかなかった。
ただ、あの船の甲板を思い出していた。
温かい木目、潮風にのって聞こえてくる仲間たちの声。

船をおりて、もうどのくらいの月日がたっただろう。

かすかな羽音が遠のく意識を揺らした。
大きな翼が風をきる音だ。

ゾロは重たいまぶたをなんとか開けた。
もう指先すら動かせない。
気づけば、さっきまであんなに寒かったのにそれすら感じない。
痛みはとうに麻痺していた。

暖かい海に身を浸しているように心地よい。

死ぬのか。

覚悟はとうに決めていた。
遠いあの日、白い刀に最強を誓った日から。
死は怖くない。

 

怖いのは・・・・。

 

羽音が止んだ。
傍らに立つ影。

(・・・・ああ)

ゾロは浅く、長く、嘆息した。

(やっぱりな)

いつだったか立ち寄った春島で、サンジと見た天使像。
あんな伝説さえ聞かなければ、死など、ただ無に還る経過点にすぎなかったものを。

死を告げに訪れるという天使が、ゾロの傍らに舞い降りた。

これは自分の潜在意識が見せる幻だ。
自分の願望が幻覚を見せているのだ。
それが分かっているからこそ、認めたくなかった。

右手に鎌を掲げ、4枚の翼をもつ異形の天使は、彼の姿をしていた。

金の髪、白いかんばせ、碧い瞳。

「ゾロ」

自分を呼ぶ彼の声。


怖いのは、本心を暴かれる事。

癒されたくて彼を求める、弱い心。
彼の腕に抱かれて、逝きたいと思った。


サンジが自分を好きな事など、彼が自覚をする前から知っていた。
それ以前から自分の方が彼の姿を追っていたのだから。

好きだと告げた、半泣きの顔。
例えそれが、思いを捨てる為に吐かれた言葉だと分かっていても。
その腕を、どれだけ取りたかっただろう。
その身体を抱いて、自分の物にしてしまいたかった。
けれど、一度でも抱いてしまえば、もう我慢など出来なくなる。
気持ちを告げずにいられないだろう。

好きな人には幸せで居て欲しい。
いい匂いの湯気が立ちのぼる暖かいキッチンで、彼の料理を喜ぶ者の賑やかな笑顔に包まれていて欲しい。
間違っても、血まみれの死体に取りすがって、泣いて欲しくない。

自分では、駄目なのだ。

(俺にはどうしたらてめェが笑うのか分からねぇ)

他のクルーと戯れる彼の声を夢うつつに聞きながら、何度ため息をついた事だろう。




死にゆく者の願望を映すという告死天使が、横たわるゾロの脇に膝をついた。

(眉まで巻いてやがる)

最期くらいいいだろうか。
この際、偽物でも構わない。
いや、偽物の方がいい。
それでなくては、今まで何の為に自制を強いてきたのか。

ゾロは重い腕を何とか持ち上げ、サンジの姿をした天使へと伸ばした。

「俺は、てめェが・・・」

ずっと触れたいと思っていた、その白い頬に手のひらを滑らせる。
滑らかな肌は、感覚のない筈の指先に、ほんのりと人肌の熱を伝えてくる。

「てめェがずっと欲しかった」

頬だけじゃ足りない。
全身に触れたい。

「・・・クソコック」

偽物じゃない、本物のお前に。


 

 


「ゾロッ!!」

まどろみの中に似た、真綿のような空気を切り裂いて、鮮烈な呼び声がゾロの鼓膜を震わせた。

その振動で、ズキリ、と傷が痛み出す。

「やっと目を覚ましやがったな。気を揉ませやがってバカ野郎!!」

夢から覚めるように、視界がみるみる鮮明になっていく。
見知らぬ部屋の天井が見え、己がベッドに寝かされているのも理解した。
ただ、どうしてここにサンジがいるのかだけが分からない。

「てめェの勝負の噂を聞いて、ルフィが迎えに行くって言い出したんだ。決着ついたんなら連れ戻してもいいだろって」

現場を探し当てるのに数日かかったにも関わらず、ゾロがまだその場に倒れていて皆びっくりしたと言う。

「血まみれでぶっ倒れてるのに、まだ息があるのには驚いたぜ。単細胞生物ほどしぶてぇってのはホントだな。挙げ句、いつまでたっても目を覚ましゃしねぇし。どんだけ寝汚ぇんだ、てめェは!」

憎まれ口を表情が裏切る。


(泣くな)

意地っ張りのサンジは涙など見せないが、どれほど胸を痛めて、そして今、どれほど喜んでいるのか、ゾロには分かる。

(そんな顔をさせたくねぇから、俺は・・・・)

でも、嬉しかった。
本物のサンジに触れているのが。
体中の細胞が彼を求めて活性化する。

サンジがふ、と笑った。

「てめェを拾った時、てめェが言ったんだ。やっぱり、てめェかって。迎えに来たと思ったんだろ」

サンジの指がゾロの髪を梳いた。
それだけで、痛みが薄らぐ気がした。

「俺の背中に翼が見えたか」

サンジが笑みを深くする。
ゾロはずっと焦がれた、翼のない黒衣の天使を、その腕の中に取り込んだ。

 

 

 


********

 

 

 


ゾロは覚えていたのだ。
あの島の伝承を。

瀕死の重傷を負って、朦朧とした意識の中で、ゾロはサンジを呼んだ。
やっぱりてめェが来たかと、言って笑った。

死にゆく者の、会いたい人の姿を借りて現れるという告死天使。

告白して振られて、それでも好きだと思い知った、感慨深いあの日。
奇しくも同じ誕生日に、ずっと眠っていたままだったゾロが目を覚ました。

「てめェがずっと欲しかった」

耳を疑う台詞と共に。

無関心なふりで放っておいて、決め時は外さない男だと、つくづく思う。

死に際に会いたいと思うなら。
ずっと欲しかったと言うのなら。

「いい加減覚悟を決めろよ。甲斐性なし」

ゾロの腕に抱き込まれたまま、サンジは言った。
ゾロの胸が大きく動いて、深くため息をついたのだと知る。

「覚悟すんのはてめェだ、アホコック」

頬に添えられた大きな手のひらが後頭部に滑る。
甲斐性なしの汚名を返上すべく、ゾロが顔を寄せて来た。
サンジは唇に笑みを浮かべて、ゾロの背に腕を回した。

 

 

【終】



2013/3/3up


    *****


あああああドキドキしました、ドキドキしましたよおおおおお
よかった、迎えに来たのが本物のサンジでよかったああああああ
告死天使って素敵ですね。
一見恐ろしげに見える天使像も、正しく解説してくれるとありがたく思えてくる。
きっとお互いの最期にはお互いが迎えに来るのでしょうが、でも多分そんな天子様を押し退けて本物がやってくるに違いない(笑)
生きていても、そうでなくても。
素晴らしい天使様のお話をありがとうございます。



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