駅弁の日



サンジは金髪碧眼、色白で目立つ容姿だが日本語しか話せない。
黙っていればクールビューティなのに、一旦口を開くと気さくかつ馴れ馴れしくお茶目で、女性に対しては無駄に大げさなアクション付きで美辞麗句を並べ立てるのでイメージがガラリと変わるとよく指摘された。
外見とのギャップがいいと褒めてくれる女子もいるが、大抵それは異性に対する評価ではなく友人もしくは愛玩用対象物への褒め方に他ならない。
そんなこと、当のサンジはまったく気付いていないが周囲は暗黙の了解だった。

そんなサンジは、中身もやはり俗物だった。
世間が可愛いと言う物は素直に可愛いと思うし、綺麗なものには目を輝かせ、優しいものに容易く心を開いて感動する。
非常に単純でわかりやすい思考回路で、しかも恋に恋する夢見る乙女的傾向もあるから誰とでも共通項を見出せて、友人の幅はどんどん広がった。
浅く広く、軽く朗らかに、サンジの交友関係は適度な位置と距離で保たれていく。

そんな中、親友と呼ぶよりくされ縁としか言えないような関係で、常に傍にいるゾロは異質だったと言える。
趣味も興味もまったく異なるだろうに、なぜか気が合ってずっと一緒に行動している。
学校でも休日でも二人でいることの方が自然で、飽きることもなかった。
どちらかに彼女でもできればこの関係も崩れるだろうとサンジは思ったが(ゾロはそんなこと考えもしない)、そういう素振りもないまま高校どころか大学まで同じ進路になりそうだ。

そんな二人の共通項と言えば、意外なことに常識の定義だった。
サンジはいかにも軽薄な今どきの若者風に見えて、意外と行儀が良い。
厳格な祖父の影響で、口も足癖も悪いくせに公共マナーはきちんと身に着けていた。
ゴミは、たとえ小さなガムの包み紙一枚でも必ず持ち帰り、ポイ捨てなど言語道断。
歩きながら飲み物を飲むなどもってのほかで、ましてや食べ歩きなんて決して許されない。
使用した場所は、使う前より美しく。
準備と同時に後片付け。
徹底的に教え込まれた躾けは、サンジの中に無意識に存在して当たり前のこととなっている。
他校の生徒と喧嘩して怪我をさせた相手に謝罪に行く時も、菓子折り持参で訪問のマナーだけはきちんとしているサンジだった。

そんなだから、サンジは同じく幼い頃から行儀をきっちり躾けられたゾロとウマが合った。
一見硬派と軟派、優男と強面な組み合わせだが根底で似たもの同士な二人は、相性がいいと言える。

幼少時より食に対しても拘りを持って育てられたサンジは、所謂今時の若者たちが当然慣れ親しんでいるはずの食べ物を食べたことがなかったりする。
初めてマッ・・・クドに行ったのは、中学の時友達に連れられてだった。
いかにも慣れている風を装って注文はしてみたものの、内心緊張して心臓バクバクだった。
バーガーセットに齧り付く時も、本当にこんなことをしていいのかと良心の呵責に怯えながら半ば自棄で口に押し込んだ。
初めて食べた庶民の味は、意外にも美味かった。
それ以降、なんとかドーナツだとかなんとかジェラートだとか、友人たちに誘われるままに新しい挑戦を続け、常識の範囲内での経験を積んでいく。
カップ麺だって、ようやく口にすることができた。
牛の丼も、食べてみることができた。
いずれも食べられたことが嬉しくて感激だった。

そんなサンジでも、未だかつて食べたことない食べ物がある。
それが、駅弁だ。
それもデパートで物産展をしているのではなく、実際に電車に乗って車窓から流れる景色を眺めながら食べる弁当だ。
ガタンゴトンと規則的な振動に揺られながら食べる弁当は、一体どんな味がするだろう。
未だかつて電車での旅に出たことがないサンジにとって、駅弁は密かに憧れの味だった。



TVで汽車の旅特集を目にして、サンジはほうと小さく溜め息を吐いた。
旅情を誘う、しっとりとした旅番組だ。
わずか10分の放映だが、ゼフの影響でこの番組を見るのが習慣になっていたサンジは今夜もゾロの部屋で寛ぎながら一人で見終えていた。
丁度その頃、風呂から上がったゾロが髪を拭きながら部屋に戻ってくる。

「どした」
「ん?」
うっすらと目元を朱に染めたサンジの変化に素早く気付き、ゾロは身体から湯気を立てながら目の前に腰を下ろした。
「なんか、欲しいもんでもあんのか?」
急に的確な質問を受け、サンジはぽっと頬まで赤らめながら頷く。
ゾロは、自分が幼い頃から厳しい躾を受け、世間では当たり前と言われるものが実は未経験と言うことを知っている。
だからゾロには、特に恥ずかしがらずに素直にモノを言うことができた。
「あのさあ、俺、今更恥ずかしいんだけど」
「うん」
「駅弁に、憧れててさ」
ゾロは、ほんの少し片目を瞠った。
あれ、そんなに驚かれるかなと逆に照れて後ろ頭を掻く。
「やっぱ変、かなあ」
「いや、んなことねえぞ」
ゾロはどこか自分を落ち着けるように、持って来た麦茶をペットボトルごとぐいっと煽った。

「それなら、俺できっかもしれねえ」
「あ?」
「つか、得意だ。多分」
駅弁が得意って、もしかして、ゾロって隠れ鉄ちゃんなんだろうか。
めちゃくちゃ路線に詳しいとか、どこの駅の弁当が美味いとか、よく知ってるんだろうか。
「そうなのか」
「ああ、それは俺向きだ」
「へえ、そうなんだ」
サンジはにこっと笑った。
「それじゃあ、色々教えてくれよ」
「おういいぞ。今夜にでも試してみっか」

そう言って笑い合い、よく冷えた麦茶をお互いにごくりごくりと飲み干した。



End