恋の奴隷 2



「すっげーテンション下がってるな。サンジ。」
釣り糸をたれながら、ウソップが心配そうにちらちらとサンジの背中に目をやる。
「ああいう時は、そっとしといた方がいいよ。」
チョッパーも気にはかけつつ、小声で返す。

サンジは甲板にヤンキー座りで、ボーっと煙草を吸い続けている。
することがない。
何も。
今朝までやりたいことが山ほどあったのに、今は何も出来ない。
手持ち無沙汰で煙草の本数が増えている。

何よりうっとうしいのは、距離を置いてずっと側にいるゾロだ。
用心棒かストーカーの如く側に突っ立っているので、鍛錬ぐらいしろと言ったら一応、それは始めた。
だが、サンジが移動すると中断してくっついてくる。
目障りなことこの上ない。

すっと立ち上がり、歩き出したらまたついてきた。
「ついてくんな。便所だ。」
すると、初めてゾロがにやりと笑った。
「持ってやろうか?」
間を置かず踵落としを決めて、サンジは足早に立ち去った。


キッチンの横を通ると、笑い声が聞こえた。
ようやく許されたルフィが、ナミやロビンとデザート作りに悪戦苦闘している。
見ていると口を挟みたくなるから、なるべく見ないように通り過ぎた。
ギプスをした手はこまめに洗えないから、サンジは料理には一切手を出さない。
皆、サンジの言ったとおりにしてくれるけど、それはそれでなんか寂しい。
―――俺、天邪鬼なのかな。
料理が出来ない。
作ってやれない。
喜んでもらえない。
只見てるだけの自分。


俺はコックであって、それ以上でもそれ以下でもない。
そう自覚しているからこそ、コックでない自分の存在価値は、ない。

―――そういうことか。
自嘲気味に笑う。
役に立たない俺は、自分の居場所が見つけられない。
足元をすくわれたように不安定だ。
孤独を感じることもあるが、それでも目の端には影がいる。
仏頂面の緑頭が、そっぽを向いて側にいる。
うざい。
うざいけれど、多分ちょっとは救われているのだ。


夜も更けた頃、キッチンでレシピを読んでいたサンジに、ウソップが声を掛けた。
「お先ー。最後だけど風呂入れよ。」
タオルで髪を拭いている。
「風呂か。どうしよ・・・かな。」
この手では無理だろう。
「3日ぶりだぜ、風呂入るの。お前毎日でも入りたいっつってたじゃないか。」
ああ、こうなるとわかってたなら、昨日無理にでも風呂の日にすりゃよかった。
またサンジは後悔した。
「ゾロが待ってるから早く入れよ。」
―――なに?
「ちょっと待て、なんでゾロが待ってるんだ。」
「なんでって、お前その手じゃ身体洗うの無理だから。」
いや、それはそうだけど・・・
「なんでゾロなんだよ。」
「ゾロはお前の奴隷だろ。まあナミが決めたんだが。」
「・・・・」
ウソップに作為はない。
「ゾロはああ見えて、結構面倒見いいから。」
これ以上抵抗して、かえって勘繰られるのもまずい。
「早く入れよ。湯冷めちまうぞ。」
「―――そうだな。」
サンジは観念して立ち上がった。


脱衣所でなんとか服を脱いでタオルを腰に巻く。
自分もテンションが下がっているが、ゾロも結構落ち込んでいる感じだ。
警戒しなくてもいいかもしれない。
そう考えていたら、風呂の扉が勝手に開いた。
ゾロがナイロン袋を2つ持って、仁王立ちしている。
「お・・・おう」
風呂場で挨拶する自分が間抜けだと思う。

「早く入れ、寒い。」
サンジを引き入れて、手にナイロンを被せて留める。
「これで濡れねえだろ。」
それから床を湯で温めて、サンジを座らせる。
頭だけ倒させて、シャワーで洗い出した。
思いのほか手際がいい。
・・・そう言えば、アラバスタでもチョッパーの頭洗ってやってたよな。
逆らう気力も無くしているサンジは、なすがままだ。
ゾロの大きな手がサンジの髪を梳く。
「シャンプーはピンクの使えよな。」
しょうがないから、しかめ面して目を閉じる。
わしゃわしゃと、ゾロの手がサンジの頭を撫でる。
・・・普段大雑把そうに見えて、結構緻密だしな、こいつ。
案外気持ち良くて、力が抜けてきた。
手早くすすいでタオルで拭き取る。
「乱暴にするな、髪が傷む。」
文句を言う声にも力がない。
石鹸をつけて身体を洗われる。
奴隷の次は三助かよ。
ぼーっとしていたサンジが、ふと我に帰る。

―――ちょっと待て。

「・・・おいゾロ。」
「なんだ」
「しつこかないか。」
「何が」
「だから・・・」
ゾロの手が執拗に同じ個所を洗う。
「もういいって。」
「キレイにした方がいいだろ。」
声音に揶揄が含まれている。
サンジはゾロの顔を見た。


笑いを耐えて、歪んでいる。
「―――て、めぇ・・・」
かぁっとサンジの顔が赤らんだ。
ゾロはサンジを後ろから抱きかかえたまま、手を動かしている。
「なんのつもりだ。」
「あんま動くと濡れるぞ。」
この際濡れるのは構わない、構わないのに・・・泡で床が滑って力が入らない。
ゾロが泡のついた手でサンジのモノを扱き始める。
「――−!・・・あほ」
横腹を撫で上げられ、乳首に触れられた。
「クソ・・・いつからこんな――ー」
上気した自分の肌が、赤く色づいているのがわかる。
「いやナミがな。ともかくお前の言うことを素直に聞いてたら、面白いことになるし、美味しい思いもできるって言ってよ。」
―――なんですと?
「な、なんてことを・・・」
脳裏にナミの愛らしい笑顔が浮かぶ。
ああナミさん、君は魔女でも美しい。



ゾロにいいように弄くられながら、サンジは猛烈に腹を立てた。
なんてことだ、このアホは最初から反省なんかしてなくて―――
嵌められた。
完全に嵌められた。
頭に血が上る。


オロす。
こうなったらもう絶対殺ってやる。
ぼこぼこに蹴り倒して、再起不能なまで叩きのめして、奴隷にしてやる。
何でも言いつけて、俺の片腕になるまで鍛え抜いてやる。
見てろよ、明日から―――

「・・・あ――」
怒り心頭なのに、身体は勝手に反応している。
だめだ。
このままでは、こいつを殺る前に俺がイっちまう。
あえぐサンジの耳朶を噛んで、ゾロが囁いた。
「イっちまえよ。」
意識が白濁する。
身体を何度も痙攣させて、両手を宙に上げたままサンジはイった。

―――サイアクだ。
もう俺のアイデンティティとかどうでもいい。
とにかくこいつをぶちのめして、こき使ってやる。


荒い息を繰り返すサンジの胸中を知ってか知らずか、ゾロはサンジを抱きしめて囁く。
「悪ぃ・・・」
―――何を今更―――
「止まりそうもねえ。」
・・・は?・・・

きゃ―――――





「チョッパー、もう遅いわよ。寝なさい。」
ナミが飲み物を持って、まだ起きているチョッパーに声を掛ける。
「うん、でもサンジ鬱に入るといけないから、カウンセリングの準備だけ・・・」
「あら大丈夫よ。」
明るい口調に、チョッパーが首を傾げる。
「あたしが何のために、ゾロをサンジの奴隷にしたと思ってるの。」
そう言って、ナミは片目をつぶって見せた。

END

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