だって、どうしても。 
<杠槐さま>



もう早いもので、年の瀬は目の前だ。なので俄然仕事も忙しくなる。
サンジもゾロも、仕事が無駄に忙しくて、最近あまりまともにHをしていない。
帰って来て、なんとか飯を食べて、あとは倒れ込むようにそれぞれの部屋のベッドで爆睡する日々だ。

そんな今年も終わりの12月。久しぶりにのんびり土曜の夕飯の鍋をこたつで囲んで、なんとなくサンジが言い出した。
ちなみに今夜の鍋は味噌キムチ鍋だ。

「なぁ、オマエ何か欲しいもんとか、あるか?」

レンゲで豆腐をすくっていたゾロは、一瞬止まったものの、

「いんや、別に。」

と答えるだけだった。

この季節にこういう質問があるとすれば、大体意味は分かりきっている。
クリスマスプレゼントだ。
サンジは毎年のように、答えは分かっていても必ずゾロに訊いて来る。
別にゾロは元来、物欲は弱い方なので、こういう質問をされると困る。
あまりに漠然とした質問だし、そう毎年毎年、都合よく欲しい物ができるわけでもない。で、必ずそれに対してのサンジの返事は

「つまんねーヤツだなぁ。」

に、なってしまう。

お互いサラリーマンなので、サンジもゾロも、大体贈り物といったらネクタイかタイピンかカフスか、そんな物に収まってしまっていて、
それも毎年の事だからそろそろネタ切れなのだ。まぁ、ネクタイは何本あっても困らないので、誕生日のプレゼントは大体それなのだが。

だが、クリスマスなのに!クリスマスだから!!と思ってしまうのがサンジである。
何せ同じ部署の女性陣全員に、毎年手作りのクッキーを配って回るのが当たり前になっているような男である。
何か年の最後に特別な事を、と思ってしまうのだ。

「何か欲しがれよオマエもさぁ、たまには。」

「じゃぁ『お前』。」

「馬鹿言ってろ。」

食事中には足が飛んでこないのを良い事にゾロは適当な事を言う。
まぁ強ちウソでもないのだが。
丸1日ずっとコイツを抱き込んで眠れたらと思うのはゾロの願望ではあるのだが、サンジは何故か物に拘る。
形に残る物がいいんだそうだ。その感覚はゾロにはよく分からないのだが。
こういう所が女にモテるんだろうな、とゾロは思ったりする。
そんなゾロ自身、サンジよりも女性社員からモテているのには本人全く気付いていない。
そしてそういうゾロに嫉妬しているサンジだったりもする。

「何か今年くらいないのかよー、なぁなぁ?」

蓮根と海老のつみれを器によそいながら訊くサンジに、ゾロも少し真面目に考えてみる。
欲しい物、欲しい物。何か形に残るような。


うちの会社は一応一等地に自社ビルを構える規模ではあって、しかも社長は一代で会社を大きくした叩き上げだ。
しかし、そういう能力のある人間というのは、どこかで破綻しているものなのだろうか。
なにせ、やたらと頻繁に会社内をうろうろしては、社員にちょっかいを出す。
社員からすれば仕事の邪魔もいい所なのだが、相手が社長であるが故に無碍にもできない。
女子社員に至ってはもはやセクハラ紛いの悪戯までされていたりするのだが、不思議なのは訴える人間が一人もいないことだ。
なんとなくあのどこか人好きする笑顔に絆されてしまうらしい。
実際、社長本人も悪意はないのだろう。(サンジなどはちょくちょく尻を触られては蹴り飛ばしているが。)
(ちなみに俺は触られた事などない。一応相手は選ぶようだ。基準は不明だが。)

仕事を真面目にしている姿を見るのは、せいぜい年に2〜3回、それもよっぽどの問題などが起こった時ぐらいだ。
何故それで会社が成り立つのか。疑問ではあるが、しかし納得のいく答えはちゃんとある。

副社長だ。

どこか掴み所のない赤髪の社長と違って、あの始終しかめっ面の副社長がいるからこそ、我が社の経営は成り立っていると言っても過言ではない。
むしろそれに尽きるだろう。この禁煙の流れのご時世にあって、副社長室だけは一年中紫煙に煙っている。
壁も天井も脂が目立たないように茶色で統一されているほどの執着振りだ。
お陰で今時珍しく社内に喫煙室が設けられているので、サンジなどは足繁く通っている。
煙草を吸っても、仕事に支障さえきたさなければ何も問題はないとは副社長の言だ。
まぁ、そうとでも言わないとあの極度のヘビースモーカーの副社長の立場がなくなってしまう(言い過ぎか?)。


まぁそんな訳で、なんだかよく分からん、何所まで信用していいんだか、
逆に絶対ついて行って間違いがなさそうな、そんな会社に俺達はいる。


ちなみに、俺とサンジは営業職だ。同期で入ったナミというサンジが贔屓して止まないオンナは経理部だ。
随分有能だと、あの副社長からは買われているらしい。
しかしサンジがどこまで気付いているかは知らないが、同期で同じ営業のルフィとはデキているらしいのは常識だ。
(しょっちゅう、通る訳のない領収書をナミに無理矢理押し付けては天誅をくらっているが。)
何でルフィがうちの会社に入れたのかはイマイチ不明だが、どうやら社長と縁があるらしい。
その『縁』とやらが何なのかは具体的には誰も知らないが。


そんな、もうすぐ上場間違いないだろうと噂されている、それなりイケてる会社で、
俺達は出会って以来、ずっと飽きもせず一緒の場所に居続けている。



そういえば、出会ってから数えて10年目のクリスマスになるのかもしれない。


(アイツ、気付いてやがんのかなぁ....ったくよぉ。)

サンジは1日の仕事を終えて、帰る前に一服、と喫煙室で煙草を吹かしている。
ゾロもそろそろ営業先から帰って来る頃だ。
待っててやろうかやるまいか〜なぞとぼんやり考えていると、入り口の扉の窓の向こうを抹茶頭が通り過ぎた。
(あ、帰ってきやがった。)待つ手間が省けたぜ〜なんて思いながら、煙草をもみ消して喫煙室を出る。
たっぷり5分待ってから。
アイツが帰って来たからいそいそ出て行ったなんて、そんな訳じゃねえんだぞたまたまだぞお疲れさん、という顔をして。

「おぉ、まだいたのか。」
「今帰るとこだよ。一服してた。」
「そうか。」

席こそ隣ではないが、営業部の室内はかなり閑散としていて、誰か入ってくればすぐに気が付く。ゾロがサンジに声をかけて来た。

「一緒に帰るか。」
「まぁ、そうなるわな。」

仕方なくの態を装って一緒に帰り支度を始める。
このまま帰るなら、ついでに夕飯の食材の買い出しをして帰る事になる。一緒に会社を後にして、二人並んで歩く。

「寒くなったなぁ。」
「まぁ、流石にもうクリスマスだからな。」

道すがら、クリスマスソングが時折耳を翳める。
街路樹にはイルミネーションがきらびやかに飾り付けられ、しかし眩し過ぎない光が年末の雰囲気を嫌が応にも盛り上げている。
この時期独特の雰囲気は、何故か気持ちが無駄に高揚する。

「今夜、飯なにがいい?」
「うーん、やっぱ鍋かな。」
「また鍋か。何鍋がいいんだ?」
「そうだな....湯豆腐。」
「それ鍋じゃネェだろ。」
「鍋でやるじゃねえか。」
「そう言うんじゃなくてだな....」


そんな何気ない会話をしながらサンジは考える。

(こいつ気付いてんのかな?今年で10年目のクリスマスだってこと....。)

会社帰りの繁華街を男二人で歩いている。

(..........さむっ!!!)

夕飯の献立を考えていたサンジは、改めて自分達の絵面に我に返った。
何せこのシーズンは家族連れやカップルの数が圧倒的に多い。そこに男二人で歩いている姿というのはどうにも寒い。
まぁ、カップルと言えばカップルなのだが、そんなことが世間様に知られた日にゃぁ外も歩けない。
せめて忘年会の帰りの態でも装えられればいいのだが、如何せん、それにしては時間まだが早過ぎた。

なんとなくサンジ一人が気まずくなって目線を彷徨わせていると、ふいにゾロが立ち止まった。
気付かず一人で歩きそうになって慌てて振り返ると、珍しくゾロが店のショーウィンドウに気を取られていた。

(何見てんだ?)

近づいて一緒になって覗き込んでみると、そこがアクセサリーショップだったので驚いた。
一応メンズ向けのごついシルバーの店だったのでちょっと安心したが、それにしてもこんな所で足を止めるのは珍しい。

「なんか気にナンのか?」
「........ちょっといいか?」

そう言って店の入り口を指差すので、「構わねぇ」と返して一緒に店に入る。
するとゾロはまっすぐ店員の所へ行って何やら話しはじめたので、サンジは適当に店内を見て回る。

(珍しいよなぁ、こんなトコにアイツが入るの。オレが誘う事はあっても自分から入るなんてなぁ.....)

などと何気なくリングやらネックレスやらを眺めていると、

「おい、お前『欲しい物ねぇか』っつったよな。」

と、いきなり背後から声がしたので驚いた。

「.....あぁ、言ったな。」
「じゃぁコレにしてくれ。」

そう言って差し出したゾロの手には、一つのピアスと一つのリング。
決して派手ではないが独特の存在感のあるデザインで、一目でそれらが対に作られたものだと分かる。
そしてそれらには色違いの石がはめ込まれていた。

ピアスには、イエローの石。
リングには、グリーンの石。

「ついでにお前の小指のサイズ測らせろ。」
「.....はぁ?何でオレの小指なんだよ?」
「いいから右でも左でも好きな方出せ。すんません、頼みます。」

そう言うと、店員がリングゲージを持ってサンジの元に来た。
サイズ直しは10分ほどで出来ますのでーという店員の声に急かされるように、なんとなく右手を差し出すと、
サイズの違うリングの束をいくつか嵌めて確かめ始める。
その間にも、ゾロは「クレジットでいいか」などと別の店員と話を進めている。

(なに、何でオレの小指!?ていうか何だこの展開は!?)

プチパニックに陥っているサンジの事など露知らず、店員は勝手にこのサイズでよさそうですねーとかナンとか言って奥へ行ってしまった。
呆然と佇むサンジの元へ、ゾロが近寄って来る。

「このピアスの支払い、頼むな。俺は指輪の方払っとく。」
「.............はぁぁああああ!?」
「だから『クリスマスプレゼント』だろ?」

何の事なくしれっと言いのけると、ゾロはさっさと自分の支払いを済ませて後を店員に任せた。
お会計よろしいですかー?という店員の声をどこか遠くに聞きながら、サンジは何とか持ち合わせの金で支払いを済ませた。
ゾロはもう、店の表で待っている。

(なんだこの展開。何が起こってる?)

思考がついていかないサンジに、店員が声をかけた。

「このサイズで大丈夫ですか?」

差し出されたその指輪を、思わず手に取って右の小指に嵌めてみる。

ぴったりだった。


「どうもありがとうございますー」

店員の声を背後に店を出ると、何食わぬ顔をして待っていたゾロが

「お、済んだか。」

言って歩き出すので、「ちょっと待て!」と声をかけた。

「ぁん?」

なんで怪訝な顔をされなきゃならんのだと思いながら、サンジは続けた。

「何でいきなり指輪とピアスなんだよ?」
「お前の小指に指輪が増えたって誰も不審に思わねぇだろ?俺のピアスだってそうだろうが。そんだけだ。」
「...っそりゃそうかもしんねぇけど、何でまた...」
「お前が『何か形に残る物がいい』って言ったからだろうが。」
「でもオマエ、今までこんな物に興味なかっただろうが!」

「だって、10年目だろ?」

その一言に固まった。

「.........なに、オマエ、知ってたの?」
「...お前、俺の事馬鹿にしてんだろ。」
「や、そーいう訳じゃないけど....」

正直びっくりしたのは確かだ。まさかそれを知っててこの所行とは。
だがしかし。

「....だからなんでいきなり指輪にピアスなんだよ。」
「記念になるだろ?嫌でも。この先思いつきそうもないしな。」
「それにしたってもーちょっと雰囲気のあるシチュエーションってヤツをだなぁ.....」
「あぁ?お前の指のサイズなんて知ってる分けないだろうが。思い立ったが吉日だ。」

なんだか腑に落ちない、が、ちゃんと10年目を知っててくれたのは嬉しい。
確かにオレが小指に指輪をしていたところで誰も不審には思わないだろう。ゾロのピアスにしても今に始まった事ではない。
入社以来、左に3つピアスがトレードマークみたなものだ。でも....一体どうしてくれようか。

「そんでよ、また10年経ったら新調しようぜ。それまでの約束みたいなもんだ。」

その言葉に、一瞬息を飲んだ。
『また10年経ったら』。つまり、それは。

そう言って歩き出すマリモに一瞬泣きそうになったけど、根性で堪える。
そして、ゾロのコートの裾を掴んだ。

「......絶対だかんな。」
「おう。男に二言はねぇ。」

どんだけ今の自分達が寒い絵面だろうがもう構わねぇ。
これから先、少なくとも10年一緒にいるんだ、そう思ったら堪らなくなった。


オレの右の小指には、ペリドットの入ったシルバーのリング。
ゾロの左の耳には、シトリンの入ったシルバーのピアスが一つ。


少なくともこれから先10年は、幸せに過ごせるに違いない。
そんで、20年目、30年目と、節目節目にアクセサリーを新しくするのも悪くない。


「.......んで、飯、何鍋がいい?」
「だから湯豆腐。」
「だからそれは鍋じゃないって」


そんなことを言いながら二人の家に帰るクリスマス。

結構、悪くねぇ。




end.




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