密林の女帝と恋バナ女子会のおはなし -5-


「やっぱり、ハンコックちゃんはそのルフィって子が好きなんだね」
優しく慰めるサンジに、ハンコックは駄々を捏ねるように首を振った。
「そのようなことはない。わらわは、かような愚か者になど…」
「好きだから、後悔してるんだ。心が乱れて、悲しいんだよ」
諭す言葉に、ハンコックはシュンとうなだれる。
「大丈夫、またロビンちゃんに頼めば戻して貰えるさ。俺からもお願いしてみるよ」
そう言っても、ハンコックの表情は晴れなかった。
「わらわが石にしたものは、後にどうなろうとも知らぬ。ヒドラになったルフィもじゃ。わらわの心が晴れぬのは、こんなにも心捉われて乱れたわらわの気持ちじゃ」
サンジは少し考えて、ハンコックが言わんとすることを理解した。
「つまり、ハンコックちゃんはルフィへの思慕や贖罪に突き動かされてるんじゃなくて、動揺した自分に一番腹を立てているんだね」
「・・・そうじゃの」
自己嫌悪すること自体、ハンコックにとって初めての経験だったのだろう。
生まれついて持ち合わせた権威と美貌のせいで挫折を知らなかった女王は、「失恋」の痛みに耐え切れなかったのだ。

「じゃあ、ルフィを元に戻すだけじゃハンコックちゃんの気持ちは晴れない訳だ」
サンジはう〜んと首を捻った。
「でも、ルフィが元の人間に戻ったら嬉しくないかな」
「・・・それは、嬉しいのう」
「ルフィが元通り元気な人間で、幸せに暮らしたとしたらどうかな」
「・・・それも、嬉しいのう」
ハンコックはいちいち考えながら答える。
その仕種が可愛らしくて、サンジは思わず微笑んだ。
「ハンコックちゃんは、やっぱり可愛い人だね」
「そのようなことはない。わらわは美しいのじゃ」
「美しくて可愛いんだよ、とっても素敵だよ」
サンジの言葉に、ハンコックはぽうと頬を染めた。
何度も「美しい」と賞賛はされたが「可愛い」と言われることには慣れていないらしい。

「そんな、わらわのように美しくて可愛い女に、なぜルフィは靡かなかったのじゃ」
そう問われても、さすがのサンジも困ってしまう。
「う〜ん、多分そのルフィってのはガキだったんじゃないかな?」
「ガキじゃの」
「だからだよ、まだ子どもだったんだ」
「じゃが、そなたとさほど年は変わらぬようじゃがの」
じーっと至近距離で見つめられ、サンジはもじもじした。
一応小さな身体とは言え、縮尺を無視すればサンジだっていっぱしの大人に近いのだ。
「それか、ルフィって子にも意中の人がいたんじゃないかなあ」
「それじゃ!」
単なる思い付きを呟いたら、ハンコックが食いついてきた。
「わらわもそう思う。いかにわらわが美しく可愛く完璧なプロポーションで迫ろうとも、少しも靡かなかったのはルフィがわらわより先に“恋”を知っていたからじゃ」
「・・・ああ〜それはある・・・かも?」
そもそもサンジはルフィを知らないから、憶測でしかものは言えない。
けれどハンコックは、我が意を得たりとばかりに拳を握った。
「きっとそうじゃ、だからわらわの美貌にも見向きもしなかったのじゃ。わらわもそう思ったから、諦めもつくかと思った」
「・・・う、うん」
「恋はハリケーンじゃと、ニョン婆は言っておった。じゃが、そのハリケーンも先に相手の心を満たしておれば効き目はない。ルフィに想い人がおって、わらわの想いが伝わらなかったのなら致し方ない」
「う・・・うん」
「恋とはそういうものじゃと思っておった。だからそなたも、その想いが通じぬのならこの者の心は他に囚われておるのだろう」
「うん・・・う、ん?」
いきなり話を振られて、サンジは慌てて顔を上げる。

「ハンコックちゃん、なんだって?」
「この者じゃ、そなたにあれほどの告白をさせておきながら愛の奇跡は起こらなかった。この者の精進が足らぬからじゃ」
ハンコックに指差された先で、ゾロがパチリと目を覚ました。
なんでこのタイミングで起きる?
それともさっきまで狸寝入りだったのか?

慌てるサンジの前で、ハンコックはさきほどドサクサに紛れてしまった告白を堂々と蒸し返した。
「そなたが自ら恥を忍んでまで愛を訴えたのに、その身は大きくならんかった。それもこれも、みなこの男が悪いのじゃ」
「ちょっと待って、ハンコックちゃ〜〜〜〜ん」
なんでそんな話になるのか。
ワタワタと手を振るサンジの後ろで、ゾロがのそりと起き上がった。
「俺が、なんだって?」
「惚けるな。そなた、こやつの告白を聞いていたであろう。それに答えもせずしてのうのうと寝くたれるとは、なにごとか」
再び怒りに火が点きそうなハンコックに、ゾロは面倒臭そうに後ろ頭を掻いた。
「俺のせいじゃねえよ。大体、食い物でもねえのに大きくなろうってのがそもそもの間違いだろうが」
「・・・う」
図星を突かれて、サンジは思わず胸を押さえた。
ゾロに告白すると決めたときに恥も外聞も捨てたはずだが、やはりこうしてダメ出しされると辛い。
「俺もこいつに惚れてたら呪文が効いて身体がでかくなるってんなら、とっくになってなきゃおかしいだろが」
ズケズケとものを言うゾロの勢いに傷付きまくって蹲るサンジは、「へ?」と首を傾けて固まった。

「い、ま・・・なんて言った?」
「ああ?だから、魔力の特性を自分で掴んどかねえと…」
「そうではないわ!」
呆然としたサンジに代わり、ハンコックが突っ込んだ。
「そなた今、この者に惚れておるとそう言ったな?湾曲ではあったが、確かにそう言ったな?」
片手を腰に当て、豊かな胸を精一杯反らせながら天を向いて問うハンコックに、ゾロはバリバリと後ろ頭を掻いた。
「ああ、まあそうだ」
―――どええええ?!
目を白黒させて固まったサンジを、ゾロはがしっと鷲掴み自分の目線にまで上げた。
「これは俺の、生涯の番だ」

どーん

効果音が響きそうなほど堂々とした口ぶりで、いかにも当然だと言わんばかりの態度だ。
それでいて、至近距離から見れば僅かにゾロの小鼻が膨らんでいた。
ゾロなりに、気持ちが高揚しているらしい。

「ふむ、このような小さき者を生涯の伴侶とするか」
ハンコックは満足げに笑いながらも、意地悪な質問をする。
「大きさは関係ねえ」
「あるじゃろ」
「―――・・・」
押し黙ったゾロの指をぐいぐい押しながら、サンジは腰まで這い出てきた。
指が汗ばんでいる。
やっぱり、ゾロもちょっと緊張しているみたいでなんだか嬉しい。
自分だけがドキドキしている訳じゃ、ないのだ。

まるで睨み合っているようなハンコックとゾロを交互に見て、サンジは困ってしまった。
自分のことなのに、ここで口を挟める雰囲気でもない。
しばらくしてから、ハンコックの方が表情を緩めた。
「・・・まあ、そなたらのことゆえ、なんとでもするじゃろう」
「無理強いはしねえ」
「そもそも、その者の了解は得たのか。いかに恋はハリケーンとは言え好いた惚れただけで、そなたらが生涯の番を決めることはできまい」
ハンコックの言葉に促されるように、ゾロはサンジに視線を移した。
サンジを掴む指は、すっかり汗で湿っている。
ゾロはすうと口から息を吸い込んで、鼻から吐いた。

「お前がどっか行くと気になって仕方がねえから、ずっと俺の側にいろ」
「どれだけ俺様じゃ!」
ハンコックに言われたくなかろうが、ゾロは至極大真面目な顔でじっとサンジを見つめている。
その瞳を臆することなく見つめ返して、サンジはポポポと頬を赤らめた。
「・・・しょうがねえから、いてやるよ」
「ずっとだぞ」
「おう」
最後の方は恥ずかしくて仕方なくて、つい俯いてしまった。
ゾロの親指の節を両手でぐりぐり捏ねながら、もう一度一人でうんと頷く。
「約束する」
「うし!」
ゾロは、どうだ了解を得たぞと言わんばかりに、目を輝かせてハンコックに振り返った。
「こいつは俺の番だ」
「ああもうわかった」
ハンコックは追い払うような仕種で片手をひらひらとひらめかせ、それでいて楽しげに目を細める。
「考え直すなら今のうちじゃぞ、小さきコックとやら」
「ハンコックちゃん?」
なんとも思わせぶりな表情に、さすがのサンジの胸にも一抹の不安が過ぎった。
晴れて両想いではあるけれど、サンジにとってゾロは謎の部分が多すぎる。
「この者の番ともなればそなた・・・大変じゃぞ」
「・・・それは、どういう風に・・・」
ごくりと唾を飲み込んだら、ハンコックは手にした扇で口元を覆った。
「まあよい、これから起こるであろうそなた達の“愛の奇跡”とやらを、楽しみにしておるぞ」
そう言って、ぴっと指先を外へと伸ばす。
「もう去ね、わらわは満足じゃ。気持ちが凪いだわ」
勝手に怒り勝手に話を進めて勝手に二人を結びつけた暁の魔女は、尊大な態度をそのままに朗らかに笑った。



「コックちゃん、もう行っちゃうの?」
「もう一晩泊まって行きなよう。天蓋付のベッドにお花撒いてあげるからあ」
マーガレットやカトレア達に引き止められ、サンジはいやいやと首を振った。
「その気遣いは、気持ちはありがたいけどちょっと・・・」
「え、だって新婚さんよね」
「新婚さんよ」
「晴れて両想い、おめでとう!」
「・・・まあ、気持ちは嬉しいんだけどね」
ハネムーン扱いだろうと公認のカップルだろうと、いかんせん大きさの差異は否めない。
サンジは相変わらず小さいままだし、これからもゾロの腹巻きが寝床なのだろう。

「よかったね、コックちゃん」
ゾロもサンジのことを好きでいてくれたと知って、マーガレットは我がことのように喜んだ。
同性同士でも子どもができなくても、想いが通じるというのは嬉しいものだと感覚で掴み取ったらしい。
「ありがとうマーガレットちゃん・・・ってことでそろそろ、俺の服を返してもらいたいんだけど」
ゾロに一大決心して告白をする!と決めた時点で、ちょっと恥ずかしい衣装に着替えていたのだ。
どうせこのまま大きくなっても服まで大きくなるとは限らなかったが、料理は皿ごと大きくなるから可能性はなきにしもあらずで。
「その服、似合ってるよ」
「・・・そりゃどうも」
一応王族だから、ぴらぴらフリフリのブラウスは着こなす自信があるが、これはちょっとところどころシースルーで気恥ずかしい。
綺麗に畳んで返そうとしたら断られた。
「それはコックちゃん用の特別製だし、イザって時のために取っておいたらいいよ」
イザってなに。
イザっていつ。
真顔で問い詰めたかったが、サンジはありがたく貰って行くことにした。



「元気でねー」
「またご指導願いますよ、ロロノア殿」
「達者でのう」
村中の女性達+ニョン婆に見送られ、サンジはゾロの肩に立って大きく手を振った。
密林の奥にある滝から一際大きな飛沫が上がったかと思えば、大きく虹を描きゾロ達が行く先を指し示すように空を跨いだ。
「ハンコックちゃんだ」
サンジは空を仰ぎ見て、続いてガサガサ揺れる深緑の繁みからぬっと伸び出た黒い物体に悲鳴を上げる。
「ふっぎゃーーーーーーーーっ」
「お、またお前か」
ゾロの血を吸ったせいで巨大化したのか、それともすっかり懐いてしまったのか。
あの巨大蛭がまるで迎えにでも来たかのようにゾロの前に頭を下げている。
「ちょうどいいから、こいつに乗って行こうぜ」
「いーやーだーーーーーーーっ」
サンジの抵抗も虚しく、ゾロはひょいと蛭の頭部に乗るとびよーんぬなーんと伸縮しながら、風を切って前に進む。
「気持ち悪いなら腹巻きん中引っ込んでろ」
「うっせえ馬鹿、暑苦しいんだよボケ」
サンジは下を見ないようにして、ゾロの首に引っ付いたまま前を向く。

二人きりになったら今度こそちゃんと、色んなことを聞こうと思っていたのに。
残念なような、どこかほっとしたような。
そんな複雑な気分で、二人と一匹は密林の中をザクザク進んでいった。
目指すは、海だ。



End


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