媚薬

からり、と音を立てて、グラスの氷が揺らいだ。
薄暗い酒場のカウンター。
魅惑的なレディは、隣で微笑を浮かべている。
その口元が歪んで見えるのは、自分が酔っているせいなのか。

ふらりと立寄った酒場の隅で、一人グラスを傾けるレディに声を掛けた。
先に声を掛けていた男は邪険にあしらわれていたのに、サンジの顔を見てにこりと笑い、席を促す。
レディおススメのカクテルは、ほんのり甘くスパイシーな味がした。

「貴女のような美しいレディが一人で飲んでいるなんて、この街は随分治安がいいんですね。」
視線を漂わせながら話し掛けるサンジに、女はふいと笑みを返す。
「とんでもない。この島を牛耳ってるのは海賊だし、人身売買や闇取引が横行してる物騒な街よ。」

胸が高鳴るのは、レディの鼻に掛かった甘い声のせいばかりではないらしい。
体が熱い。
段々と眼の焦点が合わなくなってきた。

「特に、あなたのような通りすがりの旅人は、用心に越したことないわ。」
顔を近づけて囁く。
甘い吐息が耳をくすぐる。
サンジの体がぐらりと傾いだ。



「大丈夫?酔ったのね。」
女は介抱する振りをして、サンジの胸ポケットから素早く財布を抜き取った。
気付いたが、腕を動かすことができない。
「ねえマスター、こちら具合が悪いみたい。」
マスターはグラスを拭きながら大げさに頷いてみせる。
「大丈夫ですか、お客さん。」
後ろの席にいた男が二人、サンジの体を支え、そのまま奥に連れて入ろうとする。

―――触るな。

言いたいのに、声が出ない。
抱え上げられて仰向いた頭の後ろから、聞き慣れた声が掛かる。
「連れが手間かけたな。」



女は細い手首を掴み上げられていた。
サンジの財布はゾロの手に戻る。
「今なら、礼を言って消えるぜ。」

男はサンジを小脇にゾロに対峙した。
威嚇するようにしかめた目線が、ゾロの腰の刀に止まる。
「三本刀・・・ロロノアか?」
僅かに身を引く。
「ちっ海賊狩りか。」
―――相手が悪い。
しばしの沈黙の後、しぶしぶサンジの身体をゾロに押し付けた。
「ありがとよ。」
視線を外さず礼だけ言い、サンジを肩に担ぎ上げゾロは店を出た。













人通りのない路地で、サンジを乱暴に投げ出した。
「鼻の下伸ばしてっからだ、エロコック。」
足蹴にして見下ろしても反応がない。
―――寝てんのか?
しゃがみこんで顔を覗くと、目を開いたまま震えている。
・・・なんか、やべえ。
捨てて置きたいが、先刻の例もあって危険すぎる。
警戒心がない分、女共より手が掛かるぜ。
仕方なく、もう一度担ぎ直すと、肩に固いモノがあたった。
どうしようもねえエロコックだ。
軽く舌打ちして乱暴に歩を進める。





宿に入り、部屋の前まで着くとサンジを降ろして鍵を探す。
「おい、どこに鍵があんだよ。」
乱暴に引っ張りまわしても、ぜいぜいと息をするだけで答えない。
仕方ねえ。
今度は聞こえるように舌打ちして、とりあえず隣の自分の部屋を開けた。
サンジを引きずり込んで、床に転がす。
灯りをつけてスーツの内ポケットをまさぐると、不意にサンジの手が動いた。
ゾロの手首を掴む。
まるで熱を帯びているかのように熱い。
―――なんのクスリ使われたんだ、こいつ。
ゾロの腕を掴んだまま、もう片方の手で自分の胸元に手をかける。
「あちぃ・・・」
いきなりシャツを引っ張った。
ボタンが千切れ飛ぶ。
呆気に取られているゾロに、視線を向けて、自分の手で首元を弄っている。



・・・やばい。
眼が合ってしまった。
熱に浮かされたように潤んで、充血している。

「――ゾロ・・・」
わかってるか。
俺が俺だとわかってんだな。
腕を掴んだまま身体を起こしてきた。
思わず唾を飲み込んで硬直する。
突き放すのは簡単だが、蛇に見入られた蛙のように動けない。
息がかかるほど間近に顔を寄せて、唇が開いた。



「・・・やりてぇ。」


ずくんっ・・・



来たっ

腰に来たーっ





「この、素敵眉毛!自分が何言ってんのかわかってんのかぁ!俺だぞ、マリモだ!見ろこのハラマキを!!」
如何に動揺しているかわかるが、ともかくゾロは必死だった。
このままでは呑まれてしまう。
サンジはゾロに促されるまま腹巻に視線を移した。
その口元に怪しい笑みが浮かぶ。
嫌な予感に冷や汗をたらすゾロに構わず、サンジは腹巻を捲り上げた。
「ちょ・・・待て!待てサ―――」
まるで愛しい物を確かめるかのように、サンジの両手が布越しに弄ってくる。




いかん!
これはいかーん!

腰を引くより一瞬早く、サンジはゾロのズボンをずり下げた。
最早ギンギンに固くなったソレは立派に上を向いている。
「でけぇ・・・」
嬉々とした表情で、サンジがむしゃぶりつく。



うぉっ・・・!



下半身に痺れが走った。
ゾロは息を詰めて辛うじて耐える。
サンジの口腔は熱くて、蕩けそうだ。
快感に相反して額には青筋が走る。
ここでイったら、末代までの恥だ。
荒く息をついてゾロは必死だった。
頭の中でひたすら念仏を唱える。



音を立ててしゃぶるサンジの後頭部に手をかけて、引き剥がした。
名残惜しげに残された舌から、唾液が糸を引く。
エロ過ぎる・・・
血管が切れそうだ。
肩で息をしながら、ゾロはサンジの髪を掴んだまま引き上げる。
「・・・てめえが、誘ったんだからな。」
サンジの両手がゾロの脇からシャツの下に滑り込む。
「後で文句言うなよ。」
たくましい背中を撫で上げ、唇を寄せてきた。
噛み付くように口付けて、ベッドに押し倒す。











女と見れば目をハートにして追いかけるとか、つまみ食いする奴に目ぇ剥いて怒鳴り散らすとか、昼寝してると横腹に蹴り入れてせせら笑うとか・・・ゾロが知っているサンジはそんなとこだ。
クールぶってる割に涙もろいのも、時折ガキみたいにはしゃぐのも、知ってるサンジだ。

だがこれは―――

これは、誰だ。







シーツに身を投げ出して、荒く息を吐きながら、腰をくねらせている。
あられもなく嬌声を上げて、ゾロの名を呼ぶ。
その手がゾロの背中にしがみ付き、唇がピアスを甘噛みする。
何度か吐き出されたサンジの精を塗りつけた個所は、まるで濡れているようにゾロを誘う。
自ら腰をおろし、ゾロのモノを深く飲み込む。
熱く狭いソコは吸い付くようで、ゾロはすぐにイってしまった。
繋がったままサンジの身体を抱きしめ、息を整え、上下に揺らす。
ゾロのモノはまた固くなり、先に出した精液が音を立ててサンジの中を掻き混ぜる。
仰け反り、悲鳴に似た声を上げるサンジの身体をベッドに押し付け、太ももを押し開いて
突き立てる結合部を露にした。
卑猥な音とともに、犯されるサンジの顔がゾロを刺激する。



―――なんてクスリ、使いやがった。

もし、自分があの酒場に偶然居合わせなかったら。
脳裏にあの時の男達の顔が甦る。
間違いなく、今こうしてこいつを抱いているのはアイツ等だ。

怒りに似た衝動で激しく突き立てる。
サンジの眼から涙が零れ、開いた口から涎が流れた。

「・・・馬鹿野郎!」
掴んだ太ももに爪を立てた。
サンジが泣きながら叫んでいる。
それが自分の名だと気づいて、ゾロはようやく精を放った。




















海に漂う木の葉になった夢を見て、サンジは目を覚ました。
カーテンの隙間から漏れる光は明るい。
陸に上がったときだけ、許される寝坊だ。
しばらくまどろもうと寝返りを打ちかけて、体が動かないのに気付いた。
何故か痺れている。
なにより、隣に何か物体が横たわっている。
苦労して目を向けると、見慣れた緑頭だ。
心臓が早鐘のように打ち出した。



―――なんだ?
何が起こった?
なんでこいつはここで寝てるんだ。



戸惑いながら、夕べの記憶を必死で辿る。
自分の身に何が起こったかは明らかだ。
よくよく思い出すと、記憶の断片が甦って、死にたくなってきた。
いっそ何も覚えてない方が幸せなのに・・・。


軋む身体を騙し騙し、何とか身を起こす。
シーツを捲って己の姿を目の当たりにし、眩暈がした。
跡―― 痕―― 後――
気力を振り絞って、傍らの目覚まし時計に手を伸ばす。
穏かな寝息を立てて、惰眠を貪るゾロの頭に思い切り振り下ろした。





常人なら、頭蓋骨陥没の重傷であろう筈だが、壊れたのは目覚し時計だけだった。
それでもいつもより短い睡眠時間に、不満そうに目を覚ます。
隣には、夕べのイロキチガイが、怒り心頭で睨んでいる。















「だから、てめえが誘ったんだろーが。後で文句は言うなと言ったぞ。」

「知らねーぞ、聞いてねえ。」

「ああ、聞いてなかったな確かに。てめーの頭はこっちで一杯だったからよ。」



結局、昼過ぎて身支度を整えても小競り合いは続いていた。
「大体俺が助けなきゃ、お前どっかの野郎共に掘られまくりだ。」
「だからって、てめえが掘ってどーすんだよ。」
「お前が掘れと言ったんだろーが!」
「掘れと言ったら、何でも掘るのかてめえ!」

「なあに、何掘るの?お宝?」
いきなりドアから顔を出して口を挟んだナミに驚いて、二人して階段を2.3段踏み外した。
「何やってんの、あんたたち。」
ナミの呆れ顔を見上げて、サンジは泣きそうな顔でへらへら笑った。







「ともかく・・・忘れろ。お互いの為だ。」
壁の隅でこそことと、煙草に火をつけながらサンジは提案した。
軽く煙を吐いて、ゾロにねめつける。
「忘れねえとオロすぞ。」
ゾロは眉を上げて顔をしかめた。
「―――俺は、ヨかったがな。」
ギンっと、サンジが睨みつけた。
ゾロは笑わない。
サンジの目の端に赤味が差す。
「勝手にしろ、クソマリモ。」
ふいと顔を背けて歩き出した。
ゾロもゆっくり後に続く。


その後、彼等が島を出る直前、一軒の酒場が壊滅したのは言うまでもない。

END

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