バースデーナイトフィーバー
「ゾロ!!」
今日も自席で颯爽と仕事に励んでいると。
同僚のナミが、朗らかに声をかけてきた。
「んだ?」
問い返すと。
「明日、あんたの誕生日でしょ?課のみんなでお誕生日飲み会開いてあげようと思うんだけど、どう?」
ニヤリと、人の悪い笑顔でナミが笑う。
「どうせ彼女もいないし、暇よね?」
くわっ!
ゾロは物凄い勢いで目を見開いた。
「気持ちは嬉しいが、断る!」
ど〜ん!と男らしく、ゾロはナミの申し入れを断った。
彼女などという者は確かにいないが、誕生日を一緒に過ごしたい大切な人はいる。
いるったらいるのだ。
猛然と自席を立ち、ゾロは課長のロビンに向かった。
「ロビン!」
「あら、なあに?」
「有休くれ!明日だ!!」
「随分と急なことね」
軽く肩を竦めるロビンに向かって、ゾロはしかめ面になった。
「明日が誕生日だなんて、すっかり忘れてたんだよ。ったくナミの奴、もっと早く教えてくれりゃイイのによ・・・」
「・・・ゾロ」
地を這うような不機嫌な声が、ゾロの耳に届いた。
「あんたねぇ、気付かせてあげた私に感謝の言葉もなく、揚句にその言い草は何なの!?」
ぎゅうぎゅうと、両の頬を引っ張られる。
結構痛い。
「あにふんだ!!」
「うっさい!私を傷つけた慰謝料払いなさいよ!!」
この魔女が傷付くはずなどない・・・!!
ゾロは心の中で強くそう思ったが、ツッコミは控えた。
反撃が空恐ろしいからだ。
そんなゾロを救ってくれた(?)のはロビンだった。
「まあまあ、ナミちゃん、落ち着いて」
「何よ!ロビンはこの変態を庇うわけ!?」
むきーと逆上しているナミに、ロビンが首を振った。
「違うわ。可愛いナミちゃんに、そんなことでいらついて欲しくないだけよ。ストレスはお肌に良くないわ」
「ロビン・・・!」
「今日は一緒にお昼に行きましょう。機嫌を直して。ね?」
部下の扱いを心得ている女だ。
ナミは大分機嫌を直したらしく、ゾロの頬から手を離してくれた。
そこでゾロは、まだロビンから有給の許可を貰っていなかったことを思い出した。
「ロビン!ナミを甘やかす前に、おれの有休の許可を寄越しやがれ!仕事はこの上なくちゃんとこなしてるし、ダメだとは言わねェよな!?」
鼻息荒く詰め寄ると、
「いいわよ」
あっさりと、許可が出た。
「忘れないように申請なさいな」
「つーわけで、ナミ!誕生日飲み会は別の機会にな!!」
「分かったわよ!というか、もう計画なんてしてやらないんだから!!」
つーん!と、ナミがそっぽを向いた。
「はいはい。仕事に戻って」
ロビンが手を叩いて、ゾロもナミも自席に戻った。
ゾロの頭の中は、誕生日有給あいつとデート誕生日キッスぐらいイイだろうか誕生日だし・・・!!とか、もうイケナイ妄想でいっぱいだった。
目の前の仕事を鼻息荒く片付けながら、ゾロはニヤニヤと笑った。
ロロノア・ゾロ。
目下のところ、某有名レストランのコック(性別:男)に求愛中の27歳である。
見合いが縁で知り合ったのだが、その男(名をサンジという)はゾロのストライクゾーンど真ん中かつ150キロ豪速球並の勢いで、ゾロのハートを打ち抜いてくれた。
見合いのその日に、結婚を前提とした付き合いを申し込んだのだが、まだ色良い返事は貰っておらず。
けれどもお試し期間のような感じで、一応、デートとかは数回している仲なのであった。
つか、互いの家にも行き来してるしな!!
そして飯を作ってもらったこともあるぜ!!
デートの時のあの可愛い笑顔やら、飯のあまりの美味さ、美味いと言った時の弾けるような笑い方とか、いちいちゾロのツボをついてくる、罪な男だ。
「よ〜し!!!今日は定時で上がってあいつの職場に押しかけ、明日のデートを申し込んでくるぜ!!」
心の中で、ゾロはグッと拳を握りしめた・・・ハズだったが。
「アホな独り言ばっかり言ってんじゃないっ!!」
定規でぴしりと、頭をはたかれた。
はたいたのは、もちろんナミだ。
「ゾロはすっかり春めいてるわねぇ」
にこ〜、と、ロビンが笑う。
「でも、お仕事はきちんとね?」
「当たり前だ!!将来あいつを養うためにも、おれは仕事には手を抜かん!!」
最近すっかり、サンジを中心に世界が回っているゾロであった。
そして、業後。
ゾロはいそいそと、サンジの職場であるレストランへと向かった。
従業員用の出入り口から厨房に入り込み、ゾロは大声で呼ばわった。
「サンジ〜!!!!世界で一番おまえを愛する男が、会いに来たぞ!!」
「お、また来たのか?」
サンジの同僚がゾロに気付き(というか、この大声で気付かない方がおかしい)。
「おい、サンジ!婚約者が来たぞ〜!」
「ひゅーひゅー!!」
などと、囃し立てた。
そんな中・・・。
「うっせェ!!仕事中だろ!それに、まだ婚約してねェっての!!」
赤い顔をして登場したのは、ゾロの愛しの想い人である。
「サンジーーーーー!!!」
顔を見た途端、名前を叫ばずにはいられなくなった。
「明日、おれとデートしてくれ!!」
どさくさに紛れてそれも叫ぶと。
「断る!!」
あっさりと、断られた。
「何故だ!?おれはおまえを愛している・・・!!!だから付き合え!!」
「それ、関係ねェし。明日はおれは仕事だっての」
「おれは有給を取ったぞ!!」
「聞いてねェし」
「好きだ・・・!!」
「だ〜から、聞いてねェっての!!」
「イイから聞け!!明日はおれの誕生日だ!!よっておれは、おまえとの楽しい一日を渇望する!!」
そんな会話を交わしていると。
「おう、ゾロか」
サンジの父親である、ゼフが登場した。
「お義父さん、こんばんは!お邪魔してます!!」
礼儀正しく挨拶すると、重々しくゼフが頷いた。
ゾロは、ゼフ公認である。
親公認なのに、想う相手が全然靡いてくれないのはいかなることか・・・!!
くうう〜!と悲しみの涙に掻き暮れようとしていたゾロだったが。
「チビナス。明日は休みをやるから、こいつに付き合ってやれ」
ゼフの言葉に、ゾロは感動した。
その広い背中に、ぱああああぁ!と後光が射して見える。
「お義父さん・・・!ありがとうございます!!」
感動するゾロとは裏腹に、サンジはゼフに食って掛かった。
「ジジイ!」
「あ?どうした??」
「ジジイ!ジジイはおれよりコイツの方が大事なのかよ!?」
サンジの言葉に、ニヤリと人が悪そうにゼフが笑う。
「そりゃそうだ。大事な婿殿だからな」
「違〜〜〜う!!!まだ結婚してねェし、婿じゃねェ!!」
「まだ、ということは、いずれおれと結婚するんだな!?そうなんだな!?」
口を挟むと、涙目でキッと睨まれた。
だがしかし。
そんな顔をしても可愛いだけだ。
「うるせェ!てめェは黙ってろ!!!」
「チビナス。うるせェのはてめェの方だろ」
ゼフが飄々と言い返している。
そして、ゾロがますます浮かれてしまうようなことをのたまった。
「てめェ、今日はもうイイから上がれ」
「ジジイのアホ〜!!!なんで全面的にコイツに協力しやがるんだよ!?」
「言ったじゃねェか。大事な婿ど」
ゼフの言葉を遮るようにして。
「わーん!!ジジイのアホ〜!!!!」
などと叫びながら、サンジはロッカールームへと消えて行った。
律儀に帰りの準備をするらしい。
「まあ、あんなじゃじゃ馬だが、よろしく頼む」
ゼフに言われて、ゾロは俄然張り切った。
「お任せください!!このおれが、必ずや幸せに・・・グハッ!?」
「おれの幸せは、可愛いレディとの幸せなんだよ、こんちくしょーーー!!」
電光石火の勢いで、荷物をまとめたサンジがゾロを蹴り付けた。
「おら!行くぞ!!」
「照れてるおまえも可愛いな・・・!!」
「だから黙ってろって!!」
いつものパターンで、ず〜りずりとサンジに引きずられながら、ゾロは皆さんにお別れのご挨拶をした。
「お邪魔して申し訳ありませんでした!また来ます!!」
「・・・来んな。もう二度と来んな・・・」
ぶつぶつとサンジが呟いている。
「照れなくてもいいんだぞ!!つか、おまえがおれの求愛に答えてくれる日まで、何度だって通うぞ!!」
「・・・一回、死んで来いよ」
「断る!!あ、今日はおれんち連れてってくれ」
「人の話聞けよ・・・。ったく」
サンジが、ゾロの頭を小突いてくる。
けれども。
「仕方ねェな。迷子の困ったちゃんだもんな、てめェは・・・」
なんて言いながら、しっかりと、ゾロ宅まで一緒に行ってくれている辺り・・・。
口ほどには、嫌がられていないのでは、なんて思ったりするゾロであった。
そして二人は、ゾロ宅に無事に辿り着いた。
サンジは勝手知ったる他人の家、といった風に台所に入り込み、飯を作っている。
のんびりと飯ができるのを待つゾロは、一人幸せモードだ。
綺麗でめちゃくちゃ可愛くて優しくて、料理上手な嫁・・・!!!!
「最高だぁぁぁぁ!!!!」
「おいおい、何叫んでんだよ?」
お盆の上に料理の皿を乗せて、サンジが部屋に入ってきた。
「おまえのような最高の嫁を貰って、おれは幸せ者だ!!」
「・・・まだてめェの嫁になった覚えはねェよ」
「まだというこ」
「はい、ストップ。飯食え」
ほわーんと湯気の立つ味噌汁。つやつやの米。
「いただきますっ!!」
美味い飯をバクバクと食べた。
「明日の晩は、誕生日仕様にしてやるよ。ケーキ食う?」
「食う!いちごが乗ったのがイイぞ!!」
答えたら、サンジがとても優しい目をして笑った。
「そっか。楽しみにしてろよ」
「おう!!」
飯を終え、サンジが後片づけをしてくれている間に、ゾロは風呂を沸かした。
少しは家事を分担しないと、嫁に愛想を尽かされてしまう。
風呂を沸かした後、部屋で寛いでいると。
「片付け終わったぞ」
言いながら、サンジが冷たいビールの缶をゾロの頬に押し当てた。
「ほれ。飲むか?」
「飲む」
ビールを受け取り様、サンジの手に触れてしまって。
ゾロは思わず、赤くなった。
赤くなっていくゾロをまじまじと見つめて。
何故かサンジの頬まで、赤くなっていく。
「風呂・・・」
「な、何だよ!?」
「風呂、おまえ先に入れよ」
そう言えば、赤い顔のまま、サンジがコクコクと頷いた。
「じゃあ、借りるな」
そそくさと、サンジが風呂場に消えていく。
サンジが風呂から出てくるのを待つ間、ゾロはさかさかと布団を敷いた。
ゾロとサンジは、婚約前の男女ならぬ男男である。
お義父さん公認ではあるが、きっちりけじめはつけねェと・・・。
ひとつの布団に枕がふたつ!!の嬉し恥ずかしの同衾を実現させるのは、まだもう少し先の話だ。
うんうんと頷きながら、ゾロはきっちりと、布団を二組並べた。
一組は、サンジがいつかお泊りしてくれる時のために買い置いていたものだ。
それから、サンジが出してくれたビールをぐいっと飲み干した。
今まで互いの家の行き来はあったが、実はお泊りは始めての体験である。
ゾロは、微妙に緊張していた。
緊張しすぎて落ち着かず、テレビを付けたりするが、番組の内容が頭に入ってこない。
「風呂サンキュ。次、おまえ入れよ」
「・・・・っ!!!!」
風呂上りでほかほかしている、サンジの姿。
いつもはサラサラの髪が、少しうねってぺたりと額に張り付いている。
かっ・・・、可愛い!!!
大き目のシャツから覗く鎖骨が!!
なんつー色っぽさだ・・・!!
くわっ!!と目を見開き、ゾロはそのサンジの姿を瞼の裏にインプットした。
いかん!目の毒だが、いつまでも見ていたい・・・!!
思わず鼻血を吹きそうになったが、そこは堪えた。
「・・・何だよ?そんなにじろじろ見て」
サンジが不審げに問い掛けてきて。
ゾロは慌てて、目を逸らした。
「お、おれも風呂行ってくるから!!」
気持ち前かがみになりながら、ゾロは風呂場へと急ぎ。
そこで自分の息子を落ち着かせた。
我慢だ、我慢だぞおれ!!婚前交渉など、お義父さんに申し訳が立たねェ!!!
ざばー!と水を被り、ゾロは自分に言い聞かせた。
心頭滅却すれば火もまた涼し!!!!
風呂を出て部屋に戻ると。
サンジが布団の上にちょこんと座って、ぼんやりとテレビを見ていた。
「よし、寝るぞ!!」
勢い込んでそう言えば、サンジの視線が不自然に宙を漂った。
「・・・もう?」
ちらりと上目遣いで見上げてくるのが可愛すぎるってんだよ〜!!!!
と絶叫したかったが、ゾロは頑張って耐えた。
そして、全然別のことを言った。
「婚前交渉を強いるつもりはねェ。布団は別だから安心しろ」
するとサンジが少しだけ笑って、ひらひらとゾロを手招いた。
「??」
呼ばれるままに側に行ったら。
「11日になったな。誕生日おめでとう」
なんて言って。
サンジが!サンジがゾロの頬に、可愛らしくちゅうvとしてくれた。
「え?えええ!?」
誕生日だからあわよくばキッスを!とか思っていたが。
よもやそれが実現するとは・・・!!!!!
「たっ、誕生日万歳〜〜〜!!!ナイス誕生日!!」
自分でも意味不明だと思う叫びと共に。
サンジの口唇が触れた部分を、ゾロは手のひらで覆った。
「もったいなくて、これから先、顔を洗えねェよ!!!」
思わず絶叫したら、ぺちんと額をはたかれた。
「顔はちゃんと洗えよ。アホ」
「だって、てめェが!てめェがちゅーしてくれたんじゃねェか、おれのほっぺに!!洗ったら、ちゅーがどっか行っちまうだろ!?」
もはーーーー!!!と言い募ったら、サンジが真っ赤な顔をして、布団の中に入ってしまった。
なんつー可愛い反応だ!!!
「サンジ!すげェ好きだ!!!今この瞬間、おまえがおれの側にいてくれることを、心から嬉しく思う!!」
布団から、ひょっこりと顔だけ出して。
「アホぉ!もう寝ろ、イイから寝やがれ!!」
やっぱり赤い顔をして、サンジが怒鳴る。
「布団は別でイイ!だが手を繋いでくれ!!!誕生日だし!!」
ダメ元でお願いをしたら。
布団からもぞもぞと手が出てきて。
部屋の明かりを落としてから、ゾロはするりと布団に滑り込んで。
サンジの手をぎゅっと握りしめた。
何だかもう、感動の嵐だ。
うわ〜!とうとう、手を繋いじまったぞ!!!!ナイスお願い事だおれ!誕生日ありがとう・・・!!
ぬくぬくの布団の中で、ゾロはほくほくしながら目を閉じた。
そして。
明日はいちごのケーキだよなぁ。楽しみだ・・・!!!そんでもって、こいつが一日、おれの側にいてくれるんだよなぁ。幸せだ〜!!!!
などと思っているうちに、ゾロはすやすやと安らかな眠りについた。
ロロノア・ゾロ(27)。
隣のサンジがドキドキのあまり、今夜は全然眠れない、なんて事には気付いていない。
ゾロ本人は絶賛片想い中だと強く自覚しているところだが。
それでもちょっとずつ二人の間の距離が短くなってきていることに、少しは気付いた方がいい。
〜 END 〜
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