可愛くもないのにかなり馬鹿
<つづり さま>
胸がふっくらやわらかくて、いい匂いがして、笑った顔が可愛くって、少しお馬鹿ちゃん。
そんな女の子がサンジの理想だったのは、一体いつの話だったろう。
「ん……」
僅かな吐息。くすくす、と忍び笑いが校舎裏に漏れる。
夕暮れの闇が身を潜める、壁と壁の隙間。その場所を選んだのは偶然だった。
今日名前を知ったばかりの後輩の男。
『俺、本命別に居るけどいいの?』
唇を湿して笑ってみせたら、真っ赤な顔をしてこくこく首を振った。
全く、世の中酔狂な人間は多いもんだ。内心小さく嘆息しながら、慣れた手つきでシュルリと相手の制服のタイを緩める。
告白されるなら女の子の方が断然いいのに、何故か自分は昔から女の子には相手にされない。高校二年になった今でも、相変わらずお声がかかるのは野郎ばかりだ。
最も女の子を傷つける事なんて出来やしないし、好意を持ってくれる人間がこうして居てくれるのはありがたい。
美味しいなら、それでいい。
毎回心に引っかかる僅かな諦めに気づかないふりをして、目の前の男に手を回す。
顔を寄せてゆるやかに微笑んでやれば、自分の瞳にまるで吸い込まれるように視線を外せないでいた男の目が、とろりと霞んだ。
所謂催眠と呼ばれるのだろうか、ああ本当、どうせこんなに密着するなら女の子の花のような香りを嗅ぎたい。
(あ……)
男の寛げた襟元に唇を寄せたところで、不意にサンジは気づいた。
ここは抜け道だ。
運動部…特に校庭の一番隅にある、プレハブの剣道場。
汗だくで練習を終えた部員達が全員引き上げた後、律儀にも一人床に正座して道場に向かって一礼をしてから、最後に鍵を閉める。
凛とした真っ直ぐすぎる背中がその性格を物語る、クソがつくほど真面目なクソ部長。
そいつが職員室に鍵を返しに行く為に、いつも通る裏道。
毎日決まって、こんな時間じゃなかっただろうか。
ああ全く、こういう厄介な閃きだけは、よく当たるもので。
「あ」
不意に校舎の角を曲がってきた緑頭の学ランと、ばっちり目が合った。
いつも険しいその目元が、サンジを見て更に歪む。
「……っ」
サンジの声と目線を辿るように振り返った男が、はっと慌てたようにサンジから体を離した。
「あー…、悪いけど、またな」
小さく息を吐いて、サンジの方から軽く声をかけて肩を叩いてやれば、慌てたように頭を下げて男は走り去って行った。
「あーあ」
その姿を見送り、サンジはため息をつくと足元に置いてあった鞄を手に取った。
踵を返して歩き出せば、男が怒りも露な足音を立てて後ろからついてくる。
「お前、学校ではやめろって言ってるだろうが」
厳しい声に、ケッとサンジは下唇を突き出してみせた。
「うるせぇな、優等生。いつどこで誰と付き合おうが俺の勝手だろうが」
「適当な相手と遊んでばかりじゃなくて、もっと何事にも真剣に向かえってことだ」
「はっ、別に遊びじゃねぇよ。一度きりの相手だろうと、俺はその都度真剣だっつーの」
ガニ股で歩きながら、サンジはくるっと振り返るとニヤリと笑った。
「まぁ全ては俺のこの魅力のせい?」
「言ってろ」
呆れたようにため息をついたこの男、ゾロとはもう小学校からの付き合いだ。
いわゆる幼馴染とか腐れ縁とか呼ばれる間柄だが、片や優等生・硬派で有名な剣道部主将、片や男女問わず遊ぶわ喧嘩するわで色々問題の多い俺。
周りからなんであの二人がと首を傾げられる事も多いが、昔はゾロももっと不器用で、上の学年のボス格や不良から絡まれては全力で喧嘩を買う羽目になっていた。
ついでに一緒にいる事が多いサンジもその闘いに参戦し、それに対して何でテメェが入ってくるんだとゾロとまた喧嘩になったりもした。
懐かしいなぁなんて思っていたら、ゾロが小さくため息をついた。
「鍵返してくるから、少し待ってろ」
「なんで俺が」
返事を待たず、ゾロはサンジに背を向けると職員室のある棟へと歩いて行く。
鋼鉄でも入ってるみたいな広いゾロの背中を見送りながら、サンジも深々とため息をついた。
(…言ってくれるよなぁ)
悔しくなって、サンジはそのまま大股で真っ直ぐに校門へ向かった。
わざわざ待ってなんて、やるもんか。家は確かに近所だが、一緒に帰るだなんてどこの小学生だ。
(…ちくしょう)
サンジは女の子崇拝者で有名だが、その実男から告白される事も多い。
男は嫌いと言いつつ来るもの拒まずの精神なので、ずっと昔からその様子を見ているゾロには、さぞふらふら遊んでいるように見えているのだろう。
殊更、ゾロの前でそういうスタンスを取っているのはサンジなので、それはいい。
いいけど、でも。
ゾロにそういう目で見られるのは、実は結構――辛い。
サンジにとって、好意を寄せてくれる相手と付き合うのは本当に真剣だ。遊んでるわけじゃない。
でもそれは別に色事で、という意味じゃない。
主に、食事の面で、なのだ。
サンジは一般的に吸血鬼と呼ばれる、人とは少しだけ違う存在だ。
生きていくには普通の食事の他に、ほんの少し、他の人間から血を分けて貰わなくてはならない。
自分達に必要な要素は教科書で習った栄養学とはまた違うけれど、成分的には誰の血でも同じだ。
ただ一体どんな遺伝子の悪戯か、自分達の一族には不思議な味覚が備わっている。
それは自分を好きな相手から吸う血ほど、濃くて美味しく――それはそれは蕩けるように甘く感じるのだ。
仲間の中には、生きる為の補給さえできれば、味など関係ないと言う者もいる。
けれどサンジはダメなのだ。
まだ幼かった頃、飢えと闘った体験の果てに、サンジは一度とてつもなく美味しい血を飲んだ事があった。
それが飢えた体のもたらした幻覚なのか、はたまたその時居合わせた不器用な老人の中にある、情というものだったのか。
どちらにせよ体中を一気に満たして溶けた甘いその味は、腹と同時に脳内までをも痺れさせ、まるで麻薬のように忘れられない快感をサンジに刻み込んだ。
以来だ。
サンジの体が味のない血を受け付けなくなったのは。
好意を寄せてくれる相手なら、男女を問わず拒まない。
少しでもその血が美味しくなるのなら、それなりにこなれた仕草だってしてみせる。(尤も女の子にはそんな打算など事関係なく常に笑顔全開で接しているが。)
美味しいといっても、それは所詮白湯に砂糖を薄く溶いたような、そんな具合だけれど。それでも自分を好きでいてくれる証の味だ。喉を通るその味だけが、サンジの奥深くの食欲を満たす。
(例え不味くたって、あいつの血なら、飲めるかなぁ…)
サンジはため息をついて、ふらりと通学路をそれると商店街へと向かった。
(……あの頭の色からして青汁みたいな味だな、きっと)
最早人生において、数え切れない程繰り返した自問自答。
でもサンジは決めている。
幼馴染の、ゾロの血だけは飲まないのだ。絶対に。
「アイツの事が好きで好きでそりゃもう大好きすぎて、その味を知るのが怖いって?」
「うっせぇ、エース」
目の前で大量のパフェを食べながら大げさに天を仰いでみせた目の前の男に、サンジは顔をしかめてドリンクバーのグラスにささったストローを齧った。
「可愛いなぁサンちゃん」
昔からの知り合いである男は、けらけらとそばかすの散った顔で笑った。
言い返せず、サンジはむくれたまま窓の外を向いた。煙草を吸いたい気分だが、生憎制服姿のままだ。
気分転換にと駅前のスーパーのタイムセールで両手いっぱい食材を買い込んだ所で出くわしたこの男は、サンジのよく知る後輩の兄でもあり、そして数少ない同胞の一人だ。
パフェ食いたくなったから付き合ってとなんだか無茶苦茶な理由で、けれど憎めないその笑顔に引きずられるまま傍にあったファミレスに入ったのがついさっき。
最初は他愛無い話をしていたはずなのに、気づけばいつの間にか鬱屈していた感情をポロリと漏らしてしまっていた。
そんなつもりはなかったのに、エースのあの笑顔は本当に曲者だ。
「でもさぁ、ゾロも別にサンちゃんの事嫌いじゃないと思うけど」
そこらの一夜漬け告白男よりも案外美味しいんじゃない?
サラッと言ったエースに、サンジは無言でトレイにあったフォークを掴むと、器に大事に残してあったメロンを周りのアイスと一緒に抉り取ってやった。
「ちょ、サンちゃん酷いッ!!」
「……うっせぇ」
口中に広がるチープな生クリームの味に眉をしかめてサンジは再びそっぽを向いた。
長い付き合いだ。そりゃゾロに嫌われてはいないだろうことはサンジにもわかる。
家が近所なだけでタイプの全く違う二人だが、本気でそりが合わなかったらここまでつるんだりはしない。
でもゾロが自分になんの興味もないだろうことも、その態度で知っているのだ。
男女問わず遊んでいると思われているのは昔からだし、それに男と抱き合っている姿を見られたのも今日が初めてじゃない。
(遊ぶどころかキスもまだなんだぞって言ったら、笑うかなぁアイツ)
いやあの真面目くさった顔でそうか、って流されるだけだろうな。
考えていたらあーあ、と投げやりな気分になってきて、サンジは再びエースのパフェにフォークを突き立てた。
「じゃあ今度パフェ作ってくれるの楽しみにしてるよ。ルフィも大喜びだろうなぁ」
分かれ道まで半分荷物を持ってくれたエースが、にこにこ顔で言う。
結局ファミレスでヤケになって半分以上エースのパフェを食べてしまったサンジが、お詫びとして今度家で作ることになったのだ。
「ルフィと合わせると一体何杯分だ…いっそバケツで作るかな…」
「うわ、バケツプリンとか凄い夢なんだよね!バケツパフェなんて今からヨダレ出そう」
「まじか…」
げんなりしたサンジの手に、エースがスーパーの袋を渡しながら不意に呟いた。
「相手の気持ちがわかっちゃうのは、怖いよね」
ふ、と静かな口調に、思わず見上げた先でエースが静かに笑っていた。
その穏やかな目線に思わずこくり、と小さく頷けば、まるでルフィにするかのようにくしゃりと頭を撫でられる。
血を吸う。それだけで、好きな相手の自分に対する感情を思い知らされる。
甘くないその血を、その意味を突きつけられながら味わうだなんて、そんな悲しい事はしたくない。
だからゾロとはずっと、このまま幼馴染のままでいたいのだ。
もしも自分が女の子だったら、恋人になってゾロをメロメロにさせてやる、くらいの勇気が持てたんだろうか。
「些細な変化も心変わりも、何もかもわかっちゃう、それを一生味わうんだもんな。厄介な体質だよなァ、俺ら」
エースが俯くサンジの耳に口を寄せ、ひっそりと小声で囁いた。
「…いっそ俺のものになる?」
そうすれば甘い思いしかさせてあげないよ。
びっくりするくらい甘い響きと共に、ちゅ、と耳元を唇が掠めた。
「ッ!!なにすっ…」
飛び離れようとした瞬間に、ずしりと手の上に乗せられるスーパーのビニール袋。
「スキ有り〜」
にやり、笑うエースに蹴りをくれてやろうと追いかけた所で、ぐいっと両手にぶら下げたスーパーの袋が何かに引っかかった。
「ん?」
「お」
振り返ったサンジに、面白そうに目を輝かせたエース。
「……何やってんだ、お前ら」
まるで地を這うような声でサンジの両手の袋を奪って仁王立ちしていたのは、ゾロだった。
★★★
「なんだよお前、何怒ってんだよ。エースから弟扱いでちゅうされんのなんていつもだろうが。お前もされた事あんだろ」
「……その話はするな」
勝手知ったるサンジの家の台所で、運んできた荷物を渡しながら、どうやら思い出したくなかったらしいゾロが苦虫を噛み潰した顔でやっと口を開いた。
「なら何だよ。あ、校門で待ってなかった事か?それくらい拗ねんなよ器が小せぇな。つか今日もジジィ店だから俺が夕飯当番なんだけどお前も食べてく?」
「食う。別に拗ねてねぇ。あとお前、明日誕生日だろ」
「ん?あー…おう」
箇条書きのように突然挙げられた言葉に、そういえばと思い出す。
別に毎年、誕生日だからと言って何かするわけでもない。自分にとっての誕生日はジジィからの小遣いが増えるのと、精々店の古株連中から合作でどっかのイカれたお茶会に出すのかってくらデコライズされた甘い焼き菓子が送られてくるぐらいだ。
ゾロからはその日一緒になった帰り道で、サンジがわざとせっついてジュースを奢って貰ったりした事くらいしか記憶にない。
だからまさか誕生日をきっちり覚えていたような発言が出るとは思わなかった。
「十六歳になるよな」
まったく四ヶ月も待たせやがって、とゾロがため息をつく。
早生まれのサンジは確かに同学年のゾロよりも誕生日を迎えるのが遅いけれど。それがどうした。
喧嘩売ってるのかと睨みかけたサンジの前で、ゾロがにかっと笑った。
「これでようやく、お互い結婚できる歳だ」
「……………ん?」
ちょっと思考が停止して、冷蔵庫に野菜を仕舞う手が止まった。
サンジの横で、性別は横に置いておくとして、とゾロが付け足すが、いやそこは重要だろう。
十六歳で結婚できるのは確か女の子だったよね?
大丈夫かこいつ、という目で眺めたら、ゾロが酷く真剣な目でサンジを見つめていた。
「お前が十六なったら、言おうと思ってた」
「な、なんだよ」
屈んでいたサンジの手首が掴まれ、ゾロと同じ目線にまで引き起こされる。掴まれた手首が、やたらと熱いのは何でだろう。
迫力に押されて思わず腰が引けかけたサンジの前で、ゾロが言った。
「お前、いい加減にしろ」
「……ハァ?」
びしっとサンジのこめかみに青筋が立った。やっぱ喧嘩売ってんのか!
「唐突に何だこの野郎。表へ出ろクソミドリが!」
振り払おうとした手は、さらにぐっと強い力で押さえ込まれた。
この体力馬鹿め!舌打ちしたサンジはしかし、次の言葉に耳を疑った。
「男遊びはやめて、いい加減俺と身を固めろ」
「……………はい?」
あ、あー。
えっと、よく居るよね。
社会人になるまで学業一本でろくに遊んだ事のない超エリート優等生が、常識の欠片もひとっつもないどえらいぶっ飛び様で、周りからぎょっとされるんだ。
ゾロ、お前の場合は剣道で面を取られすぎて脳みそぐらぐら揺れちまったんだろう。
うん、きっとそうだ。かわいそうに。
こいつの為にもこんな会話は忘れてあげよう。うん、そうしよう。
なんだかちょっと遠くを見てざっと考えをまとめると、サンジはじっとゾロの目を見た。
とにかく眠ってしまえと、いつもの催眠能力を込めて、ゾロなんかにはお見舞いした事のないとっておきの笑顔でにこっと笑う。
ゾロは驚いたようにサンジの目を見つめ返し…。
突然パァン!!とサンジの顔面で、ゾロが両手を合わせて打ち鳴らした。
「っ、な!?」
びっくりした拍子に、パチンと催眠が弾け飛ぶ。
目を見開くサンジの前で、ふーっと腹の底に力を溜めるようにゾロが呼吸を整えた。
「お前やめろその顔。なんか今すっげぇ花畑見えた。つーか理性飛びそうだった」
嬉しいのはわかるが、そんな笑顔見せられると俺が持たねぇ。ここで押し倒すぞ。
しれっと言うゾロに、サンジはぶるぶると拳を握り。
「っの阿呆が――ッ!!」
目の前の男の腹に、思い切り膝を叩き込んだ。
「ッ…てめぇ」
かなり入ったにもかかわらず膝を付かなかったのは、流石毎日筋肉を鍛えているだけのことはある。
「お前、自分が何言ってるかわかってんのか!」
「テメェと一緒の墓に入る」
「希望じゃなくて決定か!ていうか言い回しが古いんだよ!いやその前にだな、お前、俺、男だぞ!?」
「知ってる。昔風呂入った時にじっくり見た」
「じっく…よしテメェ今度殺す。ってそうじゃなくて!お前…お前、お、俺の…っ」
俺のこと、好きだったのか。
その一言は喉でつっかえて言葉にならなかった。代わり何故かじわりと泣きそうになって、サンジは唇を噛んだ。
「お前の?」
眉をひそめるゾロに、サンジはハン!と強気に笑って見せた。
「おっ…、俺の性癖、知らないだろう!ち、血をな!相手の血を飲みたくてたまらない癖があるんだ!どうだビビッたろ!ガブっとやられてマヌケな歯型付けられたくなかったら、軽々しくこんな話すんじゃねぇ阿呆がッ…」
「血……」
一気にまくしたてたサンジにぽかん、としていたゾロだが、突然「わかった」というと掴んでいたサンジの手首を解放した。
「な…んぐッ!?」
そしてがぼっと口に突っ込まれたのはゾロのぶっとい手首。苦しさに唸るサンジの前で、ゾロは何故かさわやかに笑う。
「よし、気にしないで沢山噛め」
「ッ……俺は手なずけられる猛獣か!」
べっと腕を吐き出して叫べば、ゾロが不満げに舌打ちする。
「なんだ嘘か」
「こんな筋ばった腕なんて硬くて齧れるかボケ!」
「よし、じゃあ明日チョッパーに血抜いて貰ってくる。何cc欲しい?」
「……輸血パックなんて要るかああああ!!」
チョッパーというのは近所の医者だが、それはひとまず置いといて。
ゾロのあまりの阿呆さ加減に叫びつかれてぐったりしたサンジは、はぁはぁと荒い息を吐いた。
台所で見詰め合うこと数十秒。
先にへにゃりと眉を下げたのはサンジだった。
「お前、そんなに俺のこと………好きなの」
「おう!」
小さくかすれた語尾に、ゾロはにかり、と男らしく真っ直ぐな笑顔で答え。
「〜〜〜ッ」
なんだかもうたまらなくなって、サンジは目の前の太い首に手を回して抱き寄せると、思い切りその肌に歯を立てた。
「……ッ」
普段は隠れている犬歯を尖らせ吸い上げた途端、サンジは目を見開いた。
口の中に広がった芳醇な香り。
男くさくて、濃くて、うわ、ゾロの味だ。そう思うと同時に、喉を滑り落ちていくその味は、とてつもなく――甘くて。
体中を一気に満たすその味に、全身がジンと熱く痺れた。
「……ぁ、…」
とろり、まるで溶けてしまうようだ。
こんな、まるでゾロの感情に体を直接舐められているよううな深い味は初めてで。
じゅわ、と体の中の細胞一つ一つが濡れた熱を孕んだ。
溶けるどころか、まるで一瞬達してしまいそうな程の快感だった。
思わず声が零れて力の抜けたサンジの体を、慌ててゾロが抱きしめる。
「なんだ、どうした」
上気した頬をゾロの手が挟み、覗き込む。その顔を潤んだ目で見返せば、目の前でゾロの喉がごくりと鳴った。
「…テメェこんな犬歯あったのか?可愛いな」
ぼんやりと半開きにしていた唇、そして覗いていた歯を、ぺろりとゾロが舐めた。
そのまま深く唇が合わせられる。
長い長い、キス。
喘ぐように浅い呼吸を繰り返し、サンジはゾロのシャツをぎゅっと握りしめた。
「っ、やべぇ、ゾロ、俺…。お前にファーストキスまで貰っちゃった…」
「……!?」
ぽやっと熱に浮かされたままへらりと笑えば、突然ゾロの顔が険しくなった。
「…阿呆はお前だ!」
言うなりがばっと台所の床に押し倒されて。
そしてサンジはその日、更に数え切れない程沢山のものをゾロから貰う羽目になったのだった。
胸は硬くて、汗臭くって、笑った顔は凶悪で。可愛くもないのに、かなり馬鹿。
そんな男がサンジの理想になったのは、一体いつの頃からだったろうか。
END
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