Miracle baby 2

ゾロは街中で無駄に迷いながらなんとか仲間の元に辿り付いた。
「チョッパーはどこだ?」
えらい剣幕で部屋に飛び込んできたゾロにウソップは飛び上がり、ルフィは菓子をつまむ手を止めた。

「チョッパーならそこにいるぞ。」
本を読むロビンの後ろでチョッパーはほぼ条件反射でソファの陰に隠れて震えていた。
「おいDr、クソコックの様子が変だ。」
一瞬みんなきょとんとする。
ここで「おかしいのはいつものことだろ」と突っ込みを入れるのがゾロの役目の筈だ。

「確かに、ちょっとサンジ様子が変だったよな。」
真っ先に同意したのはウソップだった。
「身体がーとかいうんじゃなくて、精神的にじゃねえか?なんか苛々してて・・・」
「俺もそう思ってたんだが、あの痩せ方は尋常じゃねえ。」
「痩せた?サンジ、痩せたのか?」
漸くチョッパーが反応する。

「でも私、最近サンジ君よく食べるわねーって思ってたのよ。前よりずっと、間食とかしてない?」
「あら、この間トイレで吐いてたわよ。」
「ほんとかロビン。」
ロは先ほどサンジを抱きしめた感触を思い出していた。
元々痩せた身体だったのに、肩が尖って肩甲骨がひどく浮いていた。
「拒食症かしら。ほら、食べて吐いて。」
「サンジに限ってそれはねえと思うぞ。」
なにより食べ物を大切にするコックだ。
それはあり得ない。

「奴の部屋にこんなものがあったんだが・・・」
ゾロが腹巻から取り出したものに、ロビンはまあと声を上げる。
「剣士さん、あなたなんてもの持ってるの。」
「なあにこれ。」
ナミはゾロの手元を覗き込んでしげしげと眺めた。
「真ん中の丸いところに赤い線が入ってるわよ。」
「まあ!」
「ゾロ、ちょっとそれ貸して。」
伸び上がったチョッパーの蹄に手渡すと、いつになく真剣な面持ちで凝視している。

「それ、なんなんだ。」
一緒になって覗き込むウソップにロビンが困った顔で応えた。
「これは、妊娠検査試薬よ。尿で妊娠しているかどうか調べられるの。」
「えええっ」
ナミが大きな声を上げた。
「じゃあ、この赤い線が出てるってことは・・・」
「おめでたね。」

一瞬しん、と室内が静まり返る。



「でも、でも相手は誰?もしかして前の島で遊んだ人が、サンジ君の前に現れたのかしら。」
「あーありえるな。責任とって!とかいってサンジのとこに押しかけたんじゃないか。」
「船の中で調子悪そうだったのは、精神的に追い詰められてたからかな・・・でも、サンジ宛に変な手紙とか届いてなかったぞ。」
「そう言えばそうね。」
「行きずりの相手に妊娠したって迫られても説得力ないしな。」

みんな腕を組んでうーんと唸る。
「一体、誰が検査したのかしら。」
「ゾロ、サンジはどんな風に様子がおかしかったんだ。」
いきなりふられて、ゾロは我に帰った。

「あああ、なんかこう、落ち着きがねえんだ。」
「落ち着きがない?」
「ヒステリー、そうだな、ありゃまんま女のヒステリーと同じだ。いきなりきいきい喚き出してモノ投げて泣き喚いて。」
「まあ失礼ね。・・・てちょっと待って。泣き喚いた?サンジ君が?」
おうと頷く。
「ガキみてえにボロボロ泣いて、出てけの一点張りだ。俺も手に負えなくて結局帰ってきた。ありゃ尋常じゃなかったぜ。」
「・・・」
チョッパーは短い上腕を器用に腕組みさせて考えていた。
いやまさか、そんなこと・・・
けれどここはグランドライン。
何が起こったって、おかしくはない。



「ゾロ、なにしにサンジのとこに行ったんだ?」
素朴な疑問にゾロは即答できなかった。
「・・・どうしてっかなあと・・・」
「なんで?いつも喧嘩ばっかりしてて反りが会わない同士なのに、上陸してまで様子を見に行きたかったの?」
「う・・・」
なんだか追い詰められる格好になって旗色が悪い。
「そう言えばそうね。何しに行ったの?」
「何黙ってんだよ。ゾロらしくねえな。」
皆に不審な目で見られて、ゾロはとうとう観念した。
後でコックに叱られるかもしれないが、元はサンジが蒔いた種だ。

「最近コックが相手してくれねえから、訳を聞きに行った。」
胸を張って堂々と開き直る。
「相手?」
「SEXだ。前は3日と空くことなくしてたのに、もう3週間ほどご無沙汰なんだ。」
「はあ?」
ナミが素っ頓狂な声を出した。
さすがのロビンも口を半開きにして固まっている。

「なんですって?」
「何度も言わせんな。俺らはそういう仲だ。」
「げげ!」
このリアクションを見る限り、誰も二人の関係に気付いていなかったらしい。

一先に立ち直ったのはチョッパーだった。
「それじゃあ、それじゃあ、もしかしたら・・・もしかするのかな!」
そう叫んで慌てて駆け出し部屋を飛び出した。
「おいおいおい。」
「行く先わかってんのかー」
成り行きで全員がその後に続く。













バッグ一つを肩に担いで、サンジは夜道をとぼとぼと歩いていた。
夜も更けて街には煌びやかな灯りが灯り始めている。
それらに背を向けて、行く宛てもなく港に向かった。

ゾロに居所を知られた以上、もうあの宿にはいられない。
夜の便で出る船があったら頼み込んで乗せて貰おう。
―――けど無茶はいけねえな。
大事な身体だ。
サンジは立ち止まってそっと腹を撫でた。

とそこに、上陸したばかりらしい柄の悪そうな男たちが通りがかった。
「お、兄ちゃんどこに行く気だい?」
「こっから先は港しかねえぜ。宿探してんなら俺らと行くか?」
馴れ馴れしく近づいて酒臭い息をかける。
サンジは問答無用で蹴り飛ばそうとして動きを止めた。
だめだ、腹に障る。

反応のないサンジに気を良くしたのか一際身体の大きい男が肩を抱いてきた。
「どーした、怖がらなくてもいいぞ。俺らはやさしーからな。」
「離せ。」
「お、嫌がってやがんな。可愛いお嬢ちゃんだ。」
ゲラゲラ笑う声も耳障りだ。
「離せっつってんだろこのクソ野郎!」
いつもより更に短くなった堪忍袋の緒が切れて、次の瞬間にはその男を地面に沈めていた。

「なんだこの野郎!」
「てめえ、やろうってのか!」
いきり立つ男を前に、サンジは身体を屈めて蹴りを繰り出した。
思わぬ威力に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
なるべく負担をかけずに全員を早くのしてしまいたいと焦っていたサンジは、最初に倒した男に足首を掴まれた。
「この野郎!」
引き倒されて顔を殴られる。
咄嗟に腹を庇って蹲った。
その背中に蹴りが入る。

「クソ!」
こんなとこでっ
ゾロの――――



「サンジ!」
チョッパーの声がしたと思ったら目の前の男が吹き飛ばされていた。

「大丈夫か。」
駆けつける蹄の音。
だけどサンジはそれどころじゃない。
「ち・・・チョパ・・・」
蹲ったまま顔だけ上げて口を歪めた。
「チョッパー、腹が・・・腹がいてえ・・」
「サンジ?」
「どうしよ、どうしよチョッパー、腹が・・・」

路地の向こうからゾロが走ってくるのが見えた。
けれどそれを迎える前に、サンジの意識は途切れてしまった。









小さな子供がくすくす笑う声がする。
凄く楽しそうだ。
その声のところに行きたいのに、どこにいるかわからない。
どんどんその声が遠退いていって、サンジは焦った。
待てよ、どこに――――
どこにいるんだ・・・


「―――でね、あ」
「あ、気がついた。」
ぱふんと胸元に小さな蹄が乗った。
続いて丸い目がサンジを覗き込む。

「サンジ、わかるか。」
ピンクの帽子の向こうではナミとロビンがにこにこ笑っている。
なんとなく、それで理解した。
さっきの笑い声は、この3人だ。

「俺・・・」
「大丈夫。お腹の赤ちゃん、無事よ。」
ナミはそう言って、優しくサンジの髪を撫でた。
ああ〜vナミさ〜んvとハート目にしながら、ん?と考える。


「え?今、なんて・・・」
「大丈夫だよ。もう妊娠4ヶ月目に入ってた。おめでとうサンジ。」
チョッパーの言葉にワンテンポ遅れてえええーと叫んだ。
自分でも大方予想はしていたけれど他人にすっぱり言い切られると改めて驚いてしまう。

「なに驚いているの。自分でも薄々気付いていたんでしょう。」
「いや、あの・・・でも、まさかほんとに・・・」
「ほんとにねえ。いくら広いグランドラインでもこんな話は私でも聞いたことがないわ。」
からかいながらもふわりと笑って、ロビンはサンジの腹の辺りを撫でる。
「大事にしてね。でもあなたと剣士さんの子供だから放っといても大丈夫だと思うけど。」
「って、ええええっ!なんで知ってるんですか!」
そこまでバレていたのか!
サンジは赤くなったり青くなったり、ともかくベッドの中で控えめにのた打ち回った。

「ダメだよロビン。これ以上からかっちゃ身体に障る。妊娠初期はまず安静にだ。それにしてもサンジ、悪阻辛かっただろう。よく一人で耐えたな。」
チョッパーは少し目を三角にして口を尖らせた。
「市販の検査試薬に頼るより先に、俺に言って欲しかったよ。」
怒っているのに寂しそうで、サンジは思わず素直に詫びた。
「悪い・・・なんか言い出せなくて・・・って言うか、普通考えないだろ、男が妊娠なんて!」
「考えないのに自分で試したのよね。」
「そう言う意味でも凄いわコックさん。普通そんな発想は浮かんでこなくてよ。」
またひいい〜とわめいて頭から布団を被る。

あ、そうだと思いついてチョッパーは戸口に駆け出した。
「さっきから廊下でやきもきしながら待ってる人がいるわよ。」
悪戯っぽくそう言うと、ナミとロビンも部屋から出ていこうとする。
「え、ナミさん、ロビンちゃん?」
不安になって起き上がると、入れ替わりにゾロが入って来た。




「う・・・」
団を握り締めたままその場で固まってしまう。
ゾロはやっぱりこめかみに血管を浮き上がらせて、不機嫌極まりない顔でサンジを睨んでいた。
その目を見返せなくて俯いて唇を噛む。

ゾロにも知られてしまった。
「てめえなんで、早く言わねえんだ。」
またぐるぐる唸るみたいに怒鳴るから、なんだか哀しくなった。
「うっせ、普通思わねえだろ、こんなこと・・・」
「けどてめえは、自分で気付いたんだろが。」
そのとおりだ。
ありえないことなのに、自分で気付いてしまった。
だってこんな凄い奇跡、めったにないことなんだから。

サンジは決心して顔を上げた。
母は強しって言うじゃねえか。

「てめえには迷惑かけねえ。」
「ああ?」
ゾロが剣呑に目を眇める。
「こいつは俺が一人で育てる。お前の子だなんて、誰にも言わねえ。」
「・・・」
「だからどうか産ませてくれ。このとおりだ。」

ゾロに頭を下げるなんて、多分これっきりだろう。
屈辱よりなにより、今はただ腹の子を守りたかった。
座ったまま頭を下げて、突っ伏した金髪をまじまじと見て、ゾロは小さく溜息をついた。
ベッドの傍らに腰を下ろす。
「てめえが俺に頭下げるってんなら、俺にも言いてえことがある。」
こわごわ頭を上げるサンジに、ゾロは胡座をかいたまま額を床につくまで下げた。

「俺からも頼む。元気な子を産んでくれ。」
「・・・へ?」
サンジはしばし呆然とその光景に見入っていた。
今、目の前で。
ゾロが頭を下げている。
額を擦りつけるみたいに。
肩も背中も無防備にして、床に手をついている。

「ええええっ」
サンジは慌ててベッドの上に正座した。
「産んで、いいのか?」
「当たり前だアホ!先走んなボケ!」
いきなり頭を上げたゾロはそう噛み付いた。
けれど顔が笑っている。
なんというか、1本ネジが取れたかのように、表情が緩んでいる。

「一人で育てるなんてケチ臭えこと言うな!俺とてめえのガキだろが。俺にも育てさせろ!」
「・・・」
「産むんなら船の上で産め。なあに大丈夫だ。俺とてめえのガキじゃねえか。」
「・・・う〜〜〜」
唇を噛み締めたら、またぶわとっとこみ上げてきた。
けど今度はゾロは優しく抱きしめる。

「男か女か、まだわかんねえな。」
「髪は金色かな。」
「眉毛が巻いてっかもな。」
「なんて呼ばせんだ。親父か、父ちゃんか?」
「お・・・俺は・・・パパだっ」
「あーなるほど、ならてめえはそれな。」
「ふえ〜〜〜」

こんなことってあるんだろうか。
こんな奇跡。
こんな幸福。

「・・・て、ちょっと待て!」
一瞬サンジは真顔になった。
「俺らの子って、てめえ単純に喜んでっけど、いいのか?」
「なにが」
何を今更と、どこか呆けたような間抜けな笑顔でゾロが見返す。
「だから・・・俺らはその・・・こ、いびと同士って訳でもなかったじゃねーか。それなのに・・・」
「違ったのか?」
今度はゾロがとぼけたことを言う。
「てめーに許された時から、俺に取っちゃそうだったんだが。」
「そんなこと、一言も言ってねーじゃねえか。」
照れ隠しに怒ってみれば、ゾロはサンジを抱く手にさらに力を込めた。
「順序が逆になって悪いな。惚れてる。一生側にいろ。」
「・・・」
「返事は?」
「・・・くそう、・・・責任とりやがれ。」





廊下でドアに張り付いていたナミは片目を瞑って仲間達にVサインを見せた。
「おっし、やったかゾロ。よかったなあ。」
「にしし、まさか俺らの船で一番最初に生まれるのがゾロとサンジの子だなんて思ってなかったな。」
「普通、思わないわよ。」
「さーこれからが大変よ。サンジ君が動きやすいように、船内を少し改造しなくちゃね。」
「俺も色々下準備しときたいぞ。男の出産なんて始めてだ。」
「妊婦用品を調達しなきゃね。」
「腹帯だ、腹帯がいるぞ!」



何が起こるかわからないグランドライン。
あり得ない筈の生命が生まれた奇跡に、また一つその偉大さを知る。

声高らかに夢を語り、歌い笑う騒々しいGM号が更に賑やかになるのは、それから約半年後のこと。

END



back