Fire away  -2-



ゾロとは、外に飲みに行ってももっぱらサンジが喋るばかりだ。
お互いの部屋に行き来するようになってからは、一緒にいてもどちらかが仕事をしていたりDVDに夢中になったりしても、お互い頓着しないようになった。
会話してて楽しい関係から、無言でも気を遣わない心地よい関係へと変化していた。
だがしかし、今夜のこれは、またちょっと意味が違う。

ずらりと並べた料理にあれもこれもと箸を付けて旺盛な食欲を見せるゾロは、見ているだけで楽しい。
煙草を吹かしながらぼうっと眺めていると、その視線に気付いたゾロが頬袋を膨らませたまま、お前も食えもっと食えと催促してくる。
その様がまたおかしくて、食べているどころじゃなくて笑いが止まらない。
「・・・お前、ろくに食わないでビール飲んでっから、酔いが回ってんじゃねえか?」
本気で心配した体のゾロに、サンジはヘラヘラ笑いながらンなことねえよと掌をヒラヒラさせた。
なんだか気まずくて間がもたなくて、笑ってごまかしている間にほんとに笑いが止まらなくなって来たなんて言えない。
っていうか、これマジで酔っ払い現象だろうか。
「あんまり深酒する前に、先に風呂入っといた方がいいんじゃねえか?」
「へ、風呂?お前は?」
いきなりなんで風呂の話題を出してくるかと、必要以上にキョドりそうになるのを耐える。
「俺か?俺は一旦帰って、家で入ってきた」
「・・・はい?」

そうですか、すでにひとっ風呂浴びてからうちに来たんですか。
っていうか、すでに準備万端ですかそれ。
そこまで考えが至って、ゲホゴホと噎せてしまった。
肩を揺らして咳込むサンジに、ゾロが「落ち着け」とばかりにビールを差し出す。
「俺ァちびちびやってっからよ、てめえはゆっくり温まってくりゃぁいいじゃねえか」
気遣いが滲み出てるようなセリフだが、下心まで一緒に滲み出ているようで居た堪れない。
ってか、それって考え過ぎか。
俺が意識し過ぎなのか?

「・・・わかった、ちょっと風呂行ってくる」
ゾロの顔を見ずに立ち上がれば、ゾロは「あ、そうだ」とついでみたいに付け加えた。
「ゆっくり入るのはいいが、ほどほどで上がって来いよ。でねえと、風呂で溺れてねえか心配になる」
「大袈裟だな」
くすっと笑って振り返ると、ゾロは缶ビールを口元に当てたまま目を眇めて見せた。
「30分立っても上がって来なかったら、乱入する」
「―――――!!」
本気だ。
笑みの形に細められた瞳が、全然笑ってない。
一気に酔いが醒めて、サンジはぎこちない動きでコクコクと頷いた。
なるべく早く、上がってこよう。


ゾロの脅し?のお陰で、風呂に浸かったまま、ああだこうだとグダグダ余計なことを考えている暇はなくなった。
普段でも、30分くらい余裕で浸かっている風呂だ。
いつもより急がないと、乱入されてしまう。
それだけは阻止したくて手早く髪と身体を洗ったが、どうしても普段より念入りに洗いたくなる箇所もあったりして、しかもそのことを自覚して赤面して湯船に頭から突っ込みたくなってもう、どうしようもない。

きっちり30分で、茹蛸みたいな顔して洗面所から出てきたら、リビングでシャツをたくし上げているゾロと目が合った。
「・・・なにしてんだ?」
「ちっ」
ゾロはバツが悪そうに目を逸らして、捲り上げていたシャツを渋々下ろした。
「なに舌打ちしてんだよ?しかもなんで服脱いでんだよ、なに考えてんだよ?!」
こいつ、ただの乱入じゃなく一緒に入る気でいたのか。
そう気付いて、余計に熱が上がりそうになる。
そうか、全裸乱入か。
や、風呂だから基本全裸だけど。
でもこっちも全裸だから別に問題ねえ?
ってか、最初から問題なんて一つもないかも知んないけど俺的に大問題。

「も・・・もっかい、入る気でいたのか?」
サンジも視線を逸らして、つい握り締めたタオルを弄びながら尋ねてしまう。
それに背を向けて、ゾロは所在なさげに首の後ろに手を当てて天井を見上げた。
「お前が上がるの遅くなったら、入ろうかと思った」
「いきなりそういうのって、恥ずいしさぁ」
「勢いって大事だろうが」
会話しているのに、お互い背を向けてあらぬ方向を見つめてモジモジしている。
これはもう、居た堪れないなんてもんじゃない。
ゾロの方が先に焦れて、くるっと振り返った。
「そうだ、やっぱ勢いは大事だ」
両肩を掴まれ強引に振り向かされて、サンジは動転しながら硬直する。
「や、ちょっ・・・」
「俺の誕生日だから!」
「や、だからデザートがまだ…」
「あとで食う!お前が先だ!」
そう叫んで、ガバッとサンジを抱きしめた。

両手にバスタオルを握り締めたまま、サンジは不自然に身体を傾けてゾロの腕の中に納まった。
一瞬でパニックに陥って、頭の中は真っ白だ。
あれこれと脳内シミュレーションしていたはずなのに、どれもがぶっ飛んでしまってなんの反応もできない。
それでも、ゾロは愛おしげにサンジの背中を撫でてまだ生乾きの髪に頬ずりしてくる。
風呂上りのサンジより体温の高いゾロの熱が、じわじわとサンジの緊張を解き放していった。
おずおずと、握っていた掌を開いて足元にタオルを落とす。
そうして、少し体をずらしてゾロと真正面から向き合った。

身長は、さほど変わらない。
目線も同じだ。
職業柄鍛えているゾロとは、明らかに身体の厚みが違うけれども、やはり男同士の身体だ。
なのに、サンジが両手をゾロの背中に回して力を抜いたら、ふわっと肌が馴染んだ。
ゾロが力強く抱きしめて来るのに合わせて、ぴったりと身体が密着する。
まるで最初から、こうして抱き合うように作られていたみたいに。

鼻の頭がくっ付きそうなほど近付いて、サンジはへにょんと表情を和らげた。
対して、ゾロは緊張し過ぎたか真面目を通り越して怖い顔つきになっている。
向かい合わせの胸からは、どちらのものとも付かない強い鼓動がどくどく脈打って、サンジの気持ちを鼓舞してくれた。
ゾロがこんなに気持ちを高ぶらせて、自分を求めて来てくれることが、ただ嬉しかった。
「好きだよ」
「・・・お、おう」
そこは即答で「俺もだ」ぐらい言えよ。
脳内で突っ込みつつ、しょうがないなと小首を傾げる。
「俺もてめえも男だしさ、こういうのよくわかんねえし、どうかと思うけど、でも・・・」
そう言ってゾロの後頭部に手を回し、肩に顎を乗せる。
「こうしって気持ちいい」
「・・・俺もだ」
ぎゅっと強めに抱きしめたら、ゾロが思い切り抱き返してきた。
力強さが半端ない。
痛いってか、苦しいってか、背骨が軋む。
「や・・・あのっ」
「くっそ、すげえ好きだ!」
ゾロは一声吠えて、ガバッとサンジの身体を引き剥がす。
改めて真正面に向き合って、至近距離から睨みながら唇をちょんと付けた。
「――――・・・」
ノーリアクションのサンジに、少し不安げに瞳を揺らしながらもう一度口付ける。
何度かちょん、ちょん、と唇を合わせ、角度を変えてしっとりと口付けた。
そこでようやくサンジは瞳を閉じて、唇からゾロを感じ取る。
ゾロも、サンジが目を閉じたことを確かめてから目を閉じた。

そうして――――
急がないよう、焦らないようにゆっくりと、唇から始めた。






案ずるより産むが易し、とはよく言ったもので。
一人でああだこうだとグダグダ考えているより、二人で知恵を絞って協力し合えば大概なんとかなるものだ。
ということを、サンジはしみじみと感じ入っていた。

明け方はさすがに冷える11月。
毛布からはみ出た裸の肩は、少し肌寒い。
寝そべったまま腕を伸ばして、サイドテーブルの灰皿に煙草を揉み消した。
立ち昇る紫煙が、独特の香りを残して消えていく。
隣に眠るゾロが、横を向いたままふぐーと間の抜けた鼻息を吐いた。
ゾロの体温は高い。
実際に密着している肌だけでなく、少し近付いただけでホワホワと温もりを感じるのは放射熱だろうか。
太平楽な寝顔を見ているだけで、心が温かくなるのは視覚効果か。
結局明け方まであれやこれやと致してしまって、寝入ったのはつい先ほどだ。
ゾロの温もりに包まれて、このままずっと惰眠を貪っていたいが、もう起きなければ間に合わない。
後ろ髪を引かれる思いで、起こさないようにそっと静かにベッドから抜け出した。

大人の階段を上ってしまったら。
未知の扉を開いてしまったら。
初体験を済ませてしまったら。
世界は変わるかと思っていた。
が、実際には何も変わらない。
朝になれば日は昇り、人々が起き始め、学校に職場にとそれぞれの場所へ向かう。
いつもと変わらない日常の始まり。
昨夜あれほど激情に任せて刻んだ痕跡も、シャワーを浴びればほぼさっぱりと洗い流されてしまうだろう。
そのことに安堵するような残念なような、複雑な切なさだけが心に残る。

「起こすのは、可愛そうだな」
ゾロは、サンジのベッドでぐっすりと眠っている。
せっかくの休業日なのだし、思う存分寝かせてやりたい。
一緒に朝ごはんを食べたかったけどそれも叶わず、サンジは自分の分だけそそくさと食べ終えて、ゾロのための朝食はテーブルに用意した。

『食器はシンクに浸けておいてくれ』
テーブルにメモを置いて、早番のために急いで出勤する。
出掛ける前に、眠るゾロの頬にキスでも残して行こうかと一瞬迷ったが止めた。
ゾロを起こしてしまいそうだし、もし起きたら、きっと絶対遅刻する。
サンジは一人であれこれと照れながら、自分の部屋を足早に後にした。




「サンジせんせい、おはよーございます!」
「はいおはよう、みんな元気だね」
寒い朝にもピッカピカの笑顔を見せる園児達を出迎えながら、サンジはなぜか心洗われる想いがした。
ああ、浄化される。
昨夜のあーんなことやこーんなことも、微塵も想いださせない、いや、想いだしちゃいけない異次元の雰囲気に満ちた保育園はまさに聖域。
心を入れ替えて働かないと罰が当たりそうだ。
「うむ、今朝も美しき朝なり」
「園長先生、おはようございます」
サンジは驚いて振り返った。
「今日の早番はサンジ先生か。ご苦労」
「お早いですね、お散歩ですか」
「うむ」
鷹の目保育園、園長のジュラキュール・ミホークは、トレードマークの羽飾りのついた黒い帽子に黒いマント、ペイズリー柄の派手なシャツに身を包んで立っていた。
まるで、朝日の中に舞い降りたドラキュラ伯爵みたいだ。
塵になって消えてしまわないことが不思議なほどに。
「えんちょーせんせー、おはよーございます!」
「うむ、おはよう。みんな元気いっぱいだな」
わらわらと纏わりついてくる園児達を、羽根飾りを揺らして睥睨する様は、一種異様な光景だがそろそろサンジも見慣れてきた。
不意に、元気な園児に後ろからドンと飛びつかれて危うく声を挙げそうになる。
「サンジせんせー!」
「・・・お、はよう元気だな」
「おはようございます」
「おはようございます」
送ってきた保護者達に笑顔を返し、サンジは両手に二人ずつ園児をくっ付けて園内に誘導する。
ミホーク園長はしばらく玄関で園児を出迎えていたが、そのまま室内に入ってきた。
「今日は早番なら、いつもより早い時間に帰宅できるな」
「・・・?はい、そうですが」
何を言い出すのかと、きょとんとして振り返るサンジにミホークは表情を変えずに言った。
「くれぐれも無理をするでないぞ、最初が肝心なり」
「――――・・・は・・・?」
一体、なにを―――?
「動きが大層ぎこちない、本日はお昼寝係になるがよい」
ミホークはそう言って、羽根飾りを揺らしながら園児を4.5人担いで遊技場に走り去っていった。
なにを、なんで?
思わず聞きたくなったけど、怖くてとても聞き返せない。
どこまでわかっているのか皆目見当もつかず、サンジはその場でへなへなと崩れそうになる。
やっぱり、翌日は休かを貰うべきだったか。



園長の気遣い?と気力でなんとか一日を終え、夕方には帰路に着いた。
言いつけどおり、食べ終わった食器はシンクに浸けてあるかなあと、そんなことを考えながらアパートへの道のりを歩く。
よく考えたら、ゾロのために作ったケーキは食べずじまいだ。
冷蔵庫にあるのは知っているから、食べてくれただろうか。
一緒に、食べたかったな。
仕事中は携帯の電源を切っているから、家路に着きながら電源を入れる。
友人達からいくつかメールが入っていたが、ゾロからはない。
ちょっと、冷たいんじゃないの。

自分こそゾロにメールもしてないのに、棚上げでがっかりした。
やっぱり、一旦ヤっちゃったらこんなもんだろうか。
一度寝たくらいで、恋人面するのって鬱陶しいかな。
いや、寝る前から恋人だったと思うんだけど。
その辺、どういうスタンスで行けばいいんだろう。
これからどんな顔で、会えばいいのか。

一人だと、ついグルグルといろんなことを考えてしまう。
いつの間にか部屋の前まで帰って来ていて、懐から鍵を出して鍵穴に差し込んだ。
―――――?
鍵が開いている。
確か、ゾロには合鍵を渡してあるはずなのに、あいつ開けっ放しで帰ったんじゃないだろうな。
ドアノブを回したら、開いた。
内開きの扉の向こうに、朝見た時と同じようにでかい靴が脱いである。
「え?」
「お、おかえり」

台所にゾロがいた。
サンジのエプロンを身に付けて、まな板で玉ねぎを切っている。
見慣れたキッチンが、違う場所みたいだ。
「早かったな、まだ支度できてねえぞ」
「え?え?」
サンジは目を白黒させながら、慌てて靴を脱いで上がった。
「え、お前飯作れんの?」
「なに言ってんだ、基本自炊だ。新人の頃は毎回作らされたし、結構美味いんだぞ」
慣れた手つきで玉ねぎの残りをみじん切りしてから、包丁に付いた玉ねぎを落として手を洗う。
「今晩なに食う?一応みそ汁とサラダだけ作っておいたが、メインはこれから買いに行くところだ」
「―――・・・」
サンジはきゅっと唇を引き結んでから、じわじわと緩めた。
「いいなあ」
「ん?」
「いいなあ、こういうの。仕事から帰ったら、ゾロがいてくれるって」
「おう」
ゾロは照れたみたいに、目尻に皺を寄せて笑う。
「おかえりって、言ってくれて。飯の支度してくれてて」
「おう」
「ゾロが遅く帰る日は、俺が出迎えて、飯を食わせて」
「いいな」
「いいな」
ゾロは正面に立ち、玉ねぎ臭い手で冷えたサンジの手を掴んだ。
「一緒に暮らすか?」
「・・・うん」
我ながら唐突だと思ったけれど、それが当たり前だと思えた。
二人の部屋を行き来する今の暮らしも楽しいけれど、二人で生活するのはきっともっと楽しい。

「よし、決まった!じゃあ手始めに今晩のメイン、一緒に買いに行こうぜ」
「おう、じゃあ支度する」
「ちゃんと手を洗え、まだ玉ねぎ臭ぇぞ」
サンジは笑って、自分の手を匂ってから臭ぇと顔を顰める。

「今度、休みを合わせて引っ越ししよう」
「どっちに住む?」
「ここんちがいいだろ、台所が充実してる」
「だな」

何もかも簡単にポンポン決めて行ってしまったが、何ごとも勢いが大事なのだ。
そしてきっと、二人なら上手くやれる。




End



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