愛さない男


振り向かない男を、愛している。



「あっ」
ゾロの舌がサンジの感じる場所を這って、サンジは思わず声を上げた。いつの間にかゾロの手管に慣れてしまった身体。ゾロの愛撫はいつも濃厚で、全身を撫でられて、舐め回されているような気にさせられる。 ゾロの熱さが堪らなくて、サンジは身を捩って喘いだ。
既にゾロの指がサンジの蕾を抉り、犯している。ゾロはとっくにサンジの感じる場所を知っていて、意地悪くその場所をワザと擦り上げてサンジが啼くのを飄々と見下ろしているのだ。やりきれない気持ちになることは否めない。だが、これはサンジが望んだことの結末なのだ。
肌を官能の色に染めて、サンジの身体が撓る。ゾロから与えられる全てが五感に触れて、サンジを戦慄かせる。
もう身体も頭も一杯なのに、ゾロはイかせてくれない。
「ゾロ・・・ゾロ・・・ソロ!」
何度呼んでも、我知らぬ顔でサンジをただただ追い上げてゆく。
「ゾロっ!!」
どうすることも出来なくて、ゾロにすがりつけば、ゾロがニヤリと哂うのが見えた。
「欲しいか、コック」
サンジは言葉もなく、コクコクと首を縦に振る。
一人でなんとか出来るならとっくにしている。もう、自分の身体はゾロじゃなきゃ、どうにもできないところまできてしまった。素面に戻ればそんな自分に落ちこむことも出来るだろうが、今はただ、ゾロだけが知っているその快楽の頂点に行き着きたい。
「テメェのが、欲しいっ」
そうサンジが叫んだ瞬間、ゾロが既に昂ぶっていた己の男根をサンジに突き刺した。
「・・・んうっ」
その衝撃にサンジは唇を噛んで耐える。
ゾロが腰を振るたびにぐちゃぐぢゃと淫猥な音が響いていた。今、サンジにはゾロの与えるものだけが全てだ。ゾロはサンジの身体を知り尽くしたように、サンジがただ悦ぶ場所を狙って、サンジの中を突き上げた。
「う・・・ん・・・ううん」
受け入れているのは自分のはずなのに、奪われていくような喪失感。ただただこの男の与えるものを享受しているのに、それはサンジの中には決して留まらず、全部零れてゆく。どうしていいか判らなくて、サンジは感じていることをことさらゾロに伝えるように声を上げた。
こんなことに、意味などないのに。
「うあ・・・あっ・・・あああっ」
ゾロが容赦なく、サンジの肉の奥を突いてゆく。
サンジはゾロの与える快感に身を投じた。
ゾロの与えるものに自分を隠そうとは思わない。ゾロはただ、己の肉欲の果てを楽しんでいるだけなのだから。
愛、なんて言葉をこの男は知っているのだろうか、と自分の首に顔を埋める男に、盛り上がっている性交の最中とは似つかわしくない思いが一瞬サンジの中に落ちてきた。
主導権はゾロにある。別にそれはいいのだ。ゾロはいつだって自分も気持ちよくさせてくれるし、それにサンジはゾロが好きだった。
こんな不毛な関係でさえ、望んだのは自分の方なのだ。
野望一筋に生きている男が、自分を振り返る可能性などゼロどころかマイナスがつくくらいだろうと思った。そして己の道に一筋に生きる男に「好きだ」と告げるほど子供ではなかった。かといって、遠くからゾロを見つめているだけでいられる程、大人でもなかった。だからゾロを自分が誘った。酒に酔ったふりをしてゾロに圧し掛かって言ってやった。

「何、テメェ、男じゃ勃たねェの?」
勃つか、阿呆と言われればそれで終わっていたかもしれない。けれど、ゾロはサンジの身体に手を這わした。
「物好きだな、てめェ。性欲が満たされれば、誰でもいい、ってか」
どこか侮蔑をこめた言葉が今でも耳に残っている。
最初のセックスの時。
やけにサンジを愛撫しようとするゾロに「奉仕なんざ必要ねェ。さっさと突っ込め」と言ったら、ゾロが「ふん」と哂って言った。
「阿呆か。一人で突っ込んでどうする」
思いもかけないセリフ。
「あ?」
「女は感じるほどいい声で啼くぜ?男は違うのか?」
あまりの言い草にサンジがむっと眉を吊り上げた。咄嗟に意味を取り違えてしまった自分が悔しい。それにゾロの言葉にも許容しがたいものがあった。
「レディとの秘め事をホイホイ口にすんじゃねェよ」
「てめェが聞いたんだろうが」
セックスなど、ゾロにとっては己の性欲を吐き出すだけのものであって、他に何の意味もないのだと知らされた。
一度、ゾロのを咥えようとして、跳ね退けられたことがある。自分の急所を他人にいじらせたくないのだろう、とサンジは思った。それに引きかえ、自分は何をされても、ゾロの指先一つで舞い上がってしまうのだ。馬鹿馬鹿しいと判っているのに、やめられない。
「イヤだ、そこは・・・」
「うるせェよ」
「あっ・・・は・・・んんんっ」
しなやかに跳ねて乱れるサンジをゾロは唇の端を上げて見下ろした。
悶え狂う肢体。この身体はいい。ゾロはこんな身体を今まで知らなかった。気の合わない筈の男が何をとち狂って自分に身体を差し出してきたのか考えるのも面倒だ。だがゾロとって、この身体を自由に出来るのは好都合だとは思っている。
サンジは気付いていないが、ゾロの腕の中で俗世の全てを忘れて、ゾロを求める時、サンジの肢体はゾロに最高の快楽を導く。そんなゾロに、
「ああ。・・・落ちちまいそうだ」
サンジがゆったりと笑みを浮かべて呟いた。心を伴わないセックスであろうと、愛した男に求められることにサンジは至高の幸せを感じる。これが空蝉のような快楽であっても構わない。サンジはゾロから与えられる肉の欲にさえ、酩酊していた。
ゾロは感じて目を潤ませるサンジの唇にキスをして、舌を絡ませてくる。
こんなキスにだって意味はないのだ。
時間と言う概念がなくなってしまえばいい。ゾロに抱かれるたびにサンジはそう思う。
ずん、と一際大きな衝動が身体中を駆け巡る。もう、何が何だか判らない程にボロボロだった。
ゾロを奥深くまで受け入れながら、サンジは悲鳴のような声を上げて達した。


それはサニー号が寄港した島のある酒場だった。
ゾロがふらふらと街中をあるいていると、ある古びた酒場の窓から見慣れた黄色い頭を見つけた。タバコをふかしながら、ゆったりと酒を飲んでいる姿に、ゾロは引き寄せられるようにその酒場の扉をくぐっていた。何も言わずにサンジの座るテーブルに座ると、サンジが「あれ?」と言う顔をしてゾロを見た。
「何、やってんだ、テメェ」
町に入った途端に、綺麗なレディたちに囲まれたゾロを目の隅で捉えて、そんな時にまでゾロを束縛しようと思う程、恥知らずじゃねェと、一人寝を決めたサンジだったのに。
「てめェこそ、こんなところで何やってやがる」
「美しいレディと恋の哀しみを分かち合っていたんだよ」
「ああ?」
サンジがするりと視線をやった先に目をやったゾロは、カウンターで一人、安い酒を煽っている、少しくたびれた女に気がついた。生活苦が身体から滲み出ているが、元は美しいのだろうと容易に連想させられる女だった。
「哀しい恋をしてんだよ」
「何で判る?」
「恋の力だ」
「アホか」
また妄想でも入ってんじゃないかとも思うが、女の目は確かに何か静かな哀しみを湛えている。
「慰めにいかねェのか」
ゾロが何の気なしにそう言うと、サンジが呆れたようにゾロを見た。
「この朴念仁。そんなもんレディは望んでねぇ。そんなんじゃねェんだよ。名前も知らない。存在も知らない。そんな男が美しいレディをただ見守るって言う騎士道が判らねェか」
「名前も知らない、存在にも気付いてないんじゃ、なかったことと同じじゃねェか」
「同じじゃねェんだよ。確かにオレが存在している」
「・・・・」
自らが背負う武士道と、この男が背負う騎士道は根が同じような気がするのに、全く違う花を咲かせる。
愛していると告げる女に応えることが出来ないのなら、非情なまでに斬り捨てるのが男の優しさではないかと思う。それもあくまで惚れた腫れたの感情がそこにあっての話だ。愛されてもいない女の不幸も幸せも静かに受け入れ、見つめるのが騎士道なのだろうか。そもそもその女の中に存在さえしていないのに、それを受け入れてどうするんだ。ゾロにはサンジの優しさが良く判らない。ただどちらもあまり建設的ではないことだけは確かだ。
「ま、テメェみたいな唐変木にゃ、判らねェだろうがよ」
サンジがなんとなく哀れみを含んだ目で見るのに、ゾロはムッとした。
「あーあ。テメェみたいな無神経な男が何でモテてんのか、オレは不思議でならねェよ」
「頼んだ覚えもない」
冷たく言うゾロにサンジははぁっと溜め息をついた。
そうなのだ。ゾロは結構、モテるのだ。今まで一緒に旅をして来て、島に下りるたびに、ゾロが巷のお姉さま方に声を掛けられているのをサンジは良く目にしてきた。自分の方がいい男だと思うのだが、今のところ全敗だ。ちょっと悔しいとも思う。
「テメェにもそう言うのを理解する日がくんのかね」
「何を」
「好きだから切ねェだとか、愛しすぎてつれェだとか」
「必要ねェな」
無碍に斬り捨てるゾロに、こんな獣にこんな話をした自分が馬鹿だったと諦めた。
「望まなくたって、満たされてるんでな」
「はいはい。おモテになる男は言うことが違うよな」
「判ってねェみたいだな」
「?」
何の話だ?と首を傾げるサンジに、ゾロはニヤリと哂った。
「てめェの言う通り、愛だ恋だそんな生っちろいもんは持ってねェと思っていた俺の中から、どうやったのかそいつを掻き集めて、通りがけの駄賃にゃ多いもんを押し付けてく男がいるって言う話だ」
「な・・・」
何を言われているのかはっきりと判って、サンジの頬が紅潮した。
ゾロは気付いていたのだ、自分がゾロをどんなふうに思っているのかを。哀れみを掛けられるなんて、真っ平だ、と怒鳴りつけてやろうとしてサンジはゾロの優しい真摯な目に気がついた。
「俺の中にあるのはきっとそいつが持ってくので全部だろうよ。だからてめェは黙って駄賃を置いてきゃいい」
「・・・ぼったくりか、テメェは」
「ぼったくられて喜んでんのは、てめェだろうが」
何なんだ、この男は。
サンジはこんな男に惚れてしまった自分が心底、可哀想な気がしてくる。あー、もうしょうがねェな。サンジは白旗をあげて、そう思った。
「おい、ヤらせろ」
こっそり耳元で囁く男にサンジは立ち上がった。
「オレの宿はこっから歩いて十分くれェのとこだ」
「おう」
当然のように、ゾロもまた立ち上がった。


最初に抱いた時はもっと青い果実のようだったサンジの身体からは匂い立つような色香が溢れ出ている。この身体を造ったのが己だと思うと、ゾロはそれだけで自分の性欲と言うか肉欲がいきり立つの感じた。
愛しているなど、空々しい言葉はやれない。
与えられるものと同等のものを返す気はさらさらない。それどころか、サンジが欲しいと思っているのが何か判らないのに、理不尽なとこにサンジが欲しいと思っているものを己が与えならないことは判っている。
だが、与えられるものはいつの間にかゾロにとってなくてはならないものになっているのだ。
だからサンジの中にあるものは全てかっさらうのだ。
これは自分の罪ではなく、サンジの罪だ。そう言いきれる程にゾロはサンジにのめりこんでいた。てめェのケツはてめェで拭うのが当然だろうが、と。
いや、本当はそんな理由などいらないのかもしれない。
ゾロはサンジをこうして征服することに己の本能が満たされていくのをいつも感じる。強い、と認めた男ならサンジの他にもいる。が、今まで生きてきた中でその強いものを打ち負かして満足感や征服感を得たことなどない。それなのに何故かサンジを組み敷いて啼かせる時、そう言った覚えたことのない得も知れぬ感情がゾロの中で溢れ出すのだ。
愛とか恋とか言う言葉じゃ足りない、あまりに凶暴で、身勝手な感情だ。
思いもかけなかったゾロのそんな気持ちにサンジはわなないた。今までは、自分がただ追いかけて捕まえて、問答無用に押し付けがましい愛を埋めていただけなのに。これではまるで自分が追われる獲物のようだ。
それでも。
抱き合いながら、サンジはゾロに言った。
「ゾロ、テメェの舐めてェ」
「・・・・旨いモンじゃねェぞ」
アホだ、コイツ。サンジはちょっと笑ってしまった。
「オレがしてェんだよ」
胡坐を掻いて座るゾロの極悪な肉棒を口いっぱいに舐めていたら、ゾロの指がサンジの後孔に伸びてきた。集中できないから悪戯するな、と身を捩ろうとしたサンジの頭を上から押さえ込んで、無理やり続きを促す。
「んっ・・・ふっ・・・」
口の中で熱く脈打つゾロの芯を感じながら、サンジはゆらゆらと腰を揺らめかせた。
ゾロの先走りが口の中に溢れてきて、自分がこの男をこんなふうにしているのかと思うとサンジは嬉しくて仕方ない。古今東西、恋愛なんて惚れたほうが負けなのだ。ちっとも自分を愛してない男だとしても、それでも好きで好きで堪らない。
口の中で弾けかけたソレを指で押さえて、サンジは顔を上げた。
「何だ?」
不服そうなゾロの肩に手を置いて、身を起こす。「どうせイくなら、オレの中でイけ」
「!」
勃ち上がったゾロの男根に手を添えて、自ら腰を落とそうとした瞬間、両手で腰を掴まれて、強引に落とされた。
「ひっ」
あまりの衝撃に思わず肢体を仰け反らせる。
ゾロはお構いなしにズンズンと下からサンジを突き上げる。
「ひっ・・・いっ・・・あっ・・・」
サンジはゾロの首に齧りついて、精一杯抱きしめて、泣きたいような気持ちになりながら、ゾロに全部委ねる。室内は淫靡な息に満ちている。濡れた音がお互いの息の間で響いている。
「愛してんぜ」
愛なんて知らない男に愛を囁いて。
時間と言う概念をなくした空間で、貪るように、二人は同じだけの熱を交換しあったのだった。





End


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