愛についてかたること -7-


週末、サンジは離婚届に判を押してロロノア家から出て行った。
引っ越し業者のトラックを見送りながら、ロビンは前を向いたまま今更な言葉をゾロに掛ける。
「本当によかったの?ゾロ」
「俺が決めることじゃねえだろ」
ロビンが引導を渡したとは言え、最終的に決断したのはサンジだ。

ロビンと離婚しゾロと別れて、サンジはこれから一人で生きて行く。
けどそう遠くない未来に、また二人暮らしになるだろう。
そのためにも頑張らなきゃいけないなと、一人闘志を燃やすゾロの横で、ロビンはまた涙ぐんでいた。

「・・・もう、毎日サンジ君のご飯が食べられないのね」
我が母ながら、張り倒したくなった。






サンジが居ない寂しさを感じる暇もなく、ゾロの日常は慌ただしく過ぎていった。
変わったことといえば、俄かに親戚が増えたことだろうか。
ロビンと母子二人だけの、天涯孤独の身の上だとゾロは勝手に思い込んでいたのだが、実は近くに親戚と呼べる人物がたくさん存在していた。
隣のイガラム夫妻はロビンの伯父夫婦だとか、ゾロが小学校の時担任だったビビ先生は、実はゾロの父親の弟の奥さん・・・つまり叔母さんに当たるのだとか、剣道の師範コウシロウは父の親友だったとか・・・
恐らくはサンジも知らなかっただろう、親類縁者による監視の目を予め潜ませておいて、ロビンは素知らぬ顔でサンジにゾロを預けていたのだ。
その狡猾さに腹が立つより感服してしまって、今更文句など言えやしない。

そして、「好きな人ができたの」と告げたロビンの言葉は方便ではなかったらしい。
年末には、本当に次の父親たる人物が家にやってきた。
真冬でも海パン一つで過ごしたがる、誰が見ても立派な変態だったが、気風のよさと心根の優しさは感じ取れたからなかなかいい男かもしれない。
ロビンの趣味は、イマイチ理解できないのだけれど。



年明けに入籍し、その次の年には弟が産まれた。
よく泣きよく食べる元気な赤ん坊のお陰で家は一気に賑やかになったが、その騒がしさにも負けず、ゾロは順当に大学へと進学した。
離れて暮らしているとは言え、サンジのアパートはごく近所だ。
クリスマスなどはさすがに多忙で会えないけれども、ロビンの誕生日や弟の初節句など行事にかこつけては気軽に遊びに来ていて、家族ぐるみの付き合いが続いている。








「話がある」
真面目な顔をしたゾロがロビンにそう切り出したのは、夏の終わりのことだった。
「なあに?」
ロビンとフランキー、それに弟も揃った家族団欒の席で、ゾロは背筋を伸ばして改まって口を開いた。
「20歳の誕生日を迎えたら、俺は家を出る」
「あらそう」
あっさりと返されたが、これも予想の範囲内だから驚きはしない。
「サンちゃんは了解してくれてんのかい?」
何故だかフランキーがそう問い掛けてきて、ゾロは首を振った。
「まだちゃんと話してねえけど、断ることはねえと思う」
「相変わらず強引ね」
「たんじーっ」
サンちゃんの台詞に反応して、食いしん坊な弟は口いっぱいに頬張りながら笑った。
「ルフィはサンジ君が大好きですものね。一緒に行く?」
「来んな」
間髪入れず断るゾロを、大人気ないと誰が言えよう。

「まあそれは冗談として、一応サンちゃんの意向も確かめて置いたほうがいいんじゃねえのか?都合ってもんがあるだろうし」
フランキーの心配ももっともだと思う。
だがゾロには確信があった。
20歳になることがイコール大人だとは思わないが、一つのけじめとしてサンジがゾロを受け入れる切っ掛けにはなるだろう。
お互いにそのことを、口に出しては確認しなくてもタイミングで推し量っているはずだ。
ゾロは、今年迎える誕生日をそわそわしながら待っている。
きっとサンジも、同じだと思う。

「確認する必要もなしなんて、思いつめているほどラブラブなのね。余計なことを言うと馬に蹴られるわよ」
フランキーを茶化しながら、ゾロを見詰め返すロビンの目は笑ってはいなかった。
「もしも本当に、サンジ君とこれからの人生を共にするつもりなら、先に私の話を聞いて頂戴」
「・・・俺は、サンジの言葉しか信じねえぞ」
牽制するゾロの青臭さに苦笑して、ロビンは言葉を選んだ。
「私は私のことしか話さないわ。でも、これからサンジ君に辛い想いをさせないためにも、あなたが知っておかなければならないことよ」
決してゾロの決意を揺るがすつもりで話す訳ではないのだと、真剣な瞳が語っている。
ゾロは小さく頷いて、食事を再開させた。





風呂から上がると、ロビンはキッチンでコーヒーを煎れながらゾロを待っていた。
「親父は?」
「ルフィを寝かしつけてて、一緒に寝ちゃったわ」
彼なりに気を利かせてくれたのだろう。
「コーヒーじゃなくて、ビールのがいいんじゃね」
「お酒は20歳になってから」
二人、椅子を引くタイミングも揃えたように合わせながら、腰掛けた。
よくサンジにからかわれたものだが、確かに似たもの親子だと自覚はある。

「話は変わるけど、将来どうするのか考えているの?」
唐突な問いだったが、今更だとも思える。
ロビンは昔からちょっと抜けたトコがあったなと、懐かしく思い当たって自然と笑みが零れた。
「再来年、国家T種受けるつもりだ」
「そう、でも希望する庁に配属されるとは限らないわよ」
「与えられた場所で、できることをするさ」
受かるかどうかを問題にしない辺り、誰も突っ込まない。

「お父さんは現場一筋で、キャリアには反感を持っていたわね」
フランキーのことを名前でしか呼ばないのに、ゾロの父親のことをお父さんと表現したロビンは、ほんの少しだけ老けて見えた。
「正義感が強くて一本気で不器用で、でも優しい人だったの」
「刑事には、向いてなかったんじゃね?」
「そうね、そういう部分も確かにあったかも」
ロビンは懐かしそうに目を細め、両手でカップを持った。

「彼が、いつになく沈んだ様子で帰ってきたことがあったわ」
話が本題に入ったと気付いて、ゾロは心持ち背筋を伸ばした。
「家宅捜査に入った家の地下室で、子どもを保護したんですって。想定外のことで彼なりに混乱したのもあったんでしょうけど、その子どものことがかなりショックだったみたい。ずっと考え込んでいたわ」
当時の父は捜査一本遣りで、子どもに関わる経験が浅かった。
それだけに、人身売買や国籍法など未経験の分野に首を突っ込んだら抜けられなくなったのだと言う。
「・・・それって・・・」
さすがに蒼褪めたゾロに、ロビンは薄く微笑み返す。
「本来は、保護した子どもを生活安全課に引き渡したら後は彼の仕事じゃないの。流通ルートは暴対で掴めたらしいし、裏付捜査が中心だったみたいだけど・・・どうしても彼は子どものことが気に掛かっちゃったのね」
呆れたような口調で、けれど愛しげな眼差しでロビンは遠くを見つめた。
「丁度その時、貴方が私のお腹の中にいたから余計、他人事だと思えなかったのかしら」
「・・・サンジは、虐待を受けていたのか?」
ゾロの言葉に、ロビンは首を傾けてみせる。
「詳しくは知らないわ。だから私の口からは言えない。ただ、私が知っていることは、その当時サンジ君にはちゃんとした名前がなかったこと、親の存在も不明だったこと。勿論、生年月日も確かな年齢もわからなかったわ」
ゾロは怒りのあまり呼吸をするのを忘れていて、思いだしたように浅く喘いだ。

「サンジは、助けられた時のことをあまり覚えてないと、言っていた」
「そうでしょうね」
ロビンは頷き、コーヒーを口に含む。
「それから暫く経ってから、やけに神妙な顔付きで彼が相談してきたの。前に地下室で見つけた子を、養子にしてもいいかって」
カップをソーサーに置きながら、ロビンは一人、緩く首を振った。
「サンジ君の外見は、どう見てもこの国の人種じゃない。そして恐らくは天涯孤独。当時の国籍法で特別に戸籍を与えられる条件は満たしてはいたけれど、そうするには調査が必要で年数も掛かったの。それで、彼は自分の養子に迎えたいと思ったのね」
だが、結果としてサンジはゾロの“兄”になっていない。
「私は、『嫌』と言ったわ」
ほんの少し苦渋を滲ませて、ロビンは指で額を擦った。

「貴方がしようとしていることは、例えば保健所の職員が捨てられた犬や猫を飼いたいと言うのと、同じことじゃないのと言ったの」
ゾロは口を開きかけたが、奥歯を噛み締め閉じた。
あんまりな言い方だと思うが、その通りだとも思う。
「酷いと思う?私も、自分で自分がなんて冷たい女なんだろうと思ったわ。でも、正直な話。私のお腹には貴方がいたし、初めての妊娠で不安なことも多かった。そんな時に、どこの馬の骨ともわからない子どもを引き取るなんてとても了承できなかったの。それに―――」
額に手を当てたまま、懺悔するように呟く。
「彼に対して、嫌悪感があったのも確か・・・」
胸を突いた衝撃に、ゾロは声を出すことなく耐えた。
それは確かに、身に覚えがある感情だからだ。
ついさっき、ほんの数秒前。
ロビンの口から聞いた、サンジ発見時の経緯を聞きながら脳裏に流れた勝手な想像。
その中で幼いサンジは、きっと正視できない状態にいたのだろう。
そのことに、ゾロの中で本能的な嫌悪が渦巻いた。
けれどそれは、サンジを監禁していた男に対して湧いたのか、その時のサンジに対して湧いたのかが、自分でもよくわからない。

「サンジは、悪くねえ」
「ええ」
なんとか搾り出した声に、ロビンが頷く。
「サンジは被害者だ。まだ年端も行かねえ子どもじゃねえか。あいつが悪いわけじゃねえ、あいつはなんも悪くねえ」
「ええ」
言い募るゾロに一々頷き返して、ロビンは祈るように両手を合わせる。
「彼は何一つ悪くないわ。罪深くもない、穢れてもいない。彼に、なんの咎もない。わかっているの。わかっていたのに―――」
目を瞑り、言葉を紡ぐ。
「私は彼に、そう言ってあげることすらできなかった」


しばらく、重い沈黙が流れた。
どちらも口を開けず、手付かずのままカップの中のコーヒーが冷めていく。
最初に動いたのはやはりロビンで、手を伸ばしてゾロのカップを持ち上げると流しに向かった。
「冷めちゃったわね、煎れ直すわ」
いらないとも言えず、ゾロは黙って前を向いている。
「養子の話が出たのはその時一度きり、それからその話が出ることはなかったの。私はほっとして、そして忘れていた。ずっと忘れてて、貴方が生まれて、彼が亡くなって、いつの間にか8年の月日が流れていた」
香ばしい湯気を纏いながら、煎れ直されたコーヒーがゾロの目の前に置かれる。
今度は素直に手を伸ばし、熱い液体を口に含んだ。
鼻腔を擽る香りと舌に残る熱さで、少し頭がすっきりする。

「夫の命日には、大体午前中にお参りしていたんだけど、あの時はなんの都合だったかしら・・・貴方も学校でいなかったのかな。用事があって午後にお墓参りに行ったの。そうしたら、先に花を手向けて一心に手を合わせている彼を見つけたの」
金色の髪、白い肌。
人目で白人と思える彼の横顔を見て、ロビンはすぐに気が付いた。
話でしか聞いたことがなく、写真も見たことのない彼だったけど、きっとそうに違いないと。

「こんにちは」
声を掛けたらびくんと肩を震わせるようにして振り返って、けれどその次には花が綻ぶような明るい笑顔を返していた。
「こんにちは、なんて美しい方なんだ。こんなところで貴女に出会えるなんて、これこそ神のお導き・・・」
「あら、貴方クリスチャン?」
「いいえ全然」

「―――これが、彼との出会いだったの」
アホらしい出会いに、ゾロは頭痛を感じて額に手を当てた。
その時既に、サンジはサンジだったのだ。

「それで、もしかして貴方が子どもの頃、夫と関わりがあったかしらと聞いたら、そうですと屈託なく応えてきて、それで立ち話もなんだから・・・と」
「喫茶店に場所を移して話し込んだんだな」
「そうそう」
サンジとの出会いを語る時、ロビンの表情は華やいでみえた。
「話を聞いていて、彼がとても素直で一生懸命な、まっすぐな子に育っているのがわかったわ。施設からの紹介で春から働き出したって、一人暮らしも始めたんだって楽しそうに話してくれたの」
言いながら、ロビンの顔にかすかな翳りが差す。
「でも、やっぱり彼を取り巻く環境はそれほどよいとは言えなかった。なにより、彼の生きる世界は狭すぎる。そして彼の容姿は目立ち過ぎたの。だからと言って、思い切ってよそに行くような伝もなくて、生き辛いだろうと思ったわ」
「それで、結婚の提案をしたのか?」
「まあ、結果的にはそうなるわね」
ロビンはカップを置いて、悪戯っぽい眼でゾロを見つめた。
「サンジ君の本名を教えてあげましょうか」
「本名?」
「戸籍を取得した時につけられた名前よ。あのね、『川下サンジ』って言うの」
ロビンは広告の裏に、ボールペンで書いて見せた。
「川下?」
「サンジ君が発見されたのは川の下流にある家で、昔から『川下屋敷』と呼ばれていた旧家だったの。その川下屋敷で午後3時に発見されたから、川下サンジ」
「・・・冗談だろ?」
冗談でなく、ゾロはそう思った。
「なんて安直っつうか、なんかもっとこう・・・そもそも誰だよ、そんな名前付けたの!」
言っている内に腹が立ってきて、自然と語気が荒くなる。
「棄子の名前や生年月日を決めるのはその子が発見された地域の長だから、その時の長のセンス次第ね。勿論、字が書けない子でも覚えやすいように、簡単な名前にしたというのもあるでしょうけど」
「それにしたって―――」
彼なりに言葉を選んでいるのか、もどかしそうに頭を掻いて唸っている。
「ちなみに、サンジ君の生年月日は発見された年から10年遡った3月2日よ。わかりやすいでしょ?」
「安直過ぎるって!」
うがあと吼えたゾロに、ロビンは声を立てて笑った。

「仕方ないの、仕方ないのよゾロ。サンジ君はそれらすべてを受け入れて、そうして彼なりに一生懸命生きてきたの。だから私、彼を応援したくなったの」
近所のレストランには、ロビンも信頼する腕のいい料理長がいる。
彼をあの店に紹介したら、いい修行になるんじゃないだろうか。
今から養子は無理だけど、夫としてなら籍を入れて、新天地で生きることができるんじゃないだろうか。
「思いついちゃったらいい考えみたいに思えてきて、つい行動に移しちゃったのよね。勿論大きなお節介だとわかってはいたけど彼も了承してくれたし」
ぺろりと舌を出してそういうロビンは、悪戯が成功した子どもみたいな顔をしている。
我が母ながら、無邪気なのか狡猾なのかわからない。
「それで、俺を預けてあんたは発掘に出かけたって訳か」
「その辺り、計算が働かないでもなかったわ。勿論、ゾロのことは心配だったけど、テラコッタさんもいたしビビちゃんにもお願いしたし」
「まあもう、今更いいよ」
この辺りの話になると、ゾロはとっくに呆れているから何も言うことはない。

「名ばかりの結婚だって、サンジは了解していたのか?」
ゾロの問いに、ロビンは頷いた。
「婚姻届を挟んで、彼と一晩話し合ったわ。結婚はするけど、貴方と愛し合うつもりはないのとはっきり言った。そうしたら、彼もちょっとほっとした顔をしたの。ロビンちゃんと夫婦になれるなんてものすごく嬉しいけど、ちゃんと愛せるかは自信がなかったんだって、正直にね」
ふふ、と少女のように頬を赤らめながら、ロビンはカップから立ち昇る湯気に顔を埋める。
「夫との馴れ初めとか、ゾロの話とか。愛しい人の話をいっぱいしたわ。サンジ君はどうやったら普通の恋愛ができるのかなんて、相談してきた。本当に、色んなことを話したの。これから籍を入れる夫婦の会話じゃなかったけれど、愛について語り合うのは楽しかった」
ゾロはソーサーを指で撫でながら、ふと思い出した。
「そう言えば、前にあんた言ったよな。愛は減るって」
「そうよ、覚えてる?」
頬杖を着いて、ゾロの顔を覗き込むように首を傾ける。
「愛情のないSEXは愛を枯らす。サンジ君にもそう言ったの。私はサンジ君のことが好きだけど、性的な愛や情は湧いてこない。サンジ君も同じなら、本当に好きな人ができるまで行為自体を取っておいた方がいいって」
「それであいつは、納得したのか?」
「そうね、彼自身幼い頃に歪められた性のお陰で、自然な情欲というものがわからなくなっていたの。だから何もかもに慎重で臆病だったわ。だから私は“好き”という気持ちを優先して生きてみてと言った」
ゾロを見つめる瞳が、ふっと柔らかく緩む。
「まさか、その“好き”の対象が貴方になるなんて、母としては思いもしなかったけれどね」
ゾロはバツが悪そうに視線を外して、コーヒーを口に含んだ。

しばし沈黙してから、口を開く。
「サンジが好きだって自覚する前は、適当に女とやってたんだけどよ」
「・・・唐突過ぎるわよ、ゾロ」
「まあ聞けよ。女とすんのも、別に悪かないけどそんだけ大したことでもなかった。相手もそうだったと思う。そういう意味で、俺は誰かと真剣に付き合ったことはないんだ」
ロビンは黙って、ゾロの言葉に耳を傾けた。
「だから、前に言ってた気持ちのないSEXってのも、別に大した意味はないと思ってたんだ。大げさだってな、
 そういう風に捉えてたんだが・・・サンジのことが好きだと思って、そんでサンジも俺のことを好きだと言ってくれたら、なんか俺その日から」
一旦言葉を止めて、ぽりぽりと顎の下辺りを所在無さげに指で掻く。
「なんか、他の女とやる気になんなくて、結局あれから誰ともやってねーの、俺」
「・・・はあ」
ロビンは、なんと相槌を打っていいのかわからない様子で、眉を下げたちょっと間抜けな表情をしていた。
「それは・・・ねえ」
「うん」
サンジに操立てするというのではなく、本当にそんな気がなくなってしまったのだ。
「これが、あんたが言ってた“愛”ってやつかなとか、なんとなくそう思ったんだけど」
愛なんて単語は口はばったくてとても言える台詞ではないけれど、今夜のゾロは素直に話せる。
妙な親子だと、客観的に見てお互いにそう思っているのだけれども。

「サンジ君にも、その想いが伝わるといいわね」
「・・・言えるか」
ゾロは頭をガリガリと掻きながらテーブルに突っ伏した。
照れているのだ。

「言わなくてもいいわ」
ロビンはくすくすと笑いながら、ゾロの短い髪を指で撫でた。
幼い頃そのままの、懐かしい感触がする。
「あのね、私とサンジ君。それに私とゾロの間でこういう話は、成り立つと思うのよ。でも、貴方とサンジ君の間で、愛について語る必要はないのよ、だって・・・」
ここで思わせぶりに言葉を切って、ロビンは軽くウィンクして見せた。
「そこにもう、愛はあるもの」

ゾロはしばしロビンの顔を見上げてから、かーと情けない声で呻いた。
「こっぱずかしー・・・何言ってんだババア・・・」
「何言ってるのよ貴方こそ、見てるこっちが恥ずかしいわよ」
「やってらんねー」
「こっちこそ」
親子揃って赤い顔をして、あーとかうーとか吼えながら、二人は3杯めのコーヒーをお代わりした。







時計は午前0時を回っている
電話をかけるのに相応しい時間帯ではないが、メールではなく直接声が聞きたかった。
多分サンジは、仕事から上がって風呂にでも入っている時間だろう。

コール3回で電話に出た。
懐かしい声が耳を打つ。
「ゾロ?」
「お疲れ、今いいか」
「いいよ、珍しいな」
タオルで髪を拭く音が聞こえる。
「風呂上りか、パジャマ着たか?」
「今着るよ、なんだよお前が俺の世話を焼くのかよ」
穏やかに笑うサンジが目の前に見えるようで、それだけでなぜだか胸が一杯になった。

「今年の誕生日、お前んち行くから祝ってくれ」
「え?」
携帯を持ち替える音がした。
「まあ、最初から祝いに行くつもりだったけど。料理とケーキ、ケータリングするぜ?」
「来なくていい、俺が行く。荷物一式持って、これからお前んちで暮らすつもりで」
「・・・・・・」
「だからお前一人で、俺を祝ってくれ」
我ながら強引過ぎると思ったけれど、サンジに断らせるつもりはなかった。
了解も了承も要らない。
ただそこに、サンジがいればいい。

「相変わらず、強引だな」
少し不満そうに口を尖らせているサンジが思い浮かんだ。
「行ってもいいですかとか、お世話になりますとか、そういうのないのか?」
「行ってもいいですか?」
すかさず問えば、また暫く沈黙があった。
「・・・いいけど」
「お世話になります」
「くああっ!ったく、可愛くねえっ」
キレたサンジに声を立てて笑って、それからゾロも携帯を持ち替えた。

「一緒に、生きてくれますか」
「・・・・・・」
「まだ俺学生だけど、すぐに自分で稼ぐようになるから。この先もずっと、俺と一緒に生きてください」
「・・・・・・」
「愛してます」
「―――!」

ガチャガチャと耳障りな音を立てて、携帯の向こうでサンジが何かやらかしている。
大丈夫かと耳を澄ませば、なんとか落ち着いたのかまた暫く無音状態になった。

「・・・あのなあ、そういう・・・こっ恥ずかしいことを、だなあ・・・」
搾り出すような声がたどたどしい。
赤面して髪を掻き回しているサンジの姿が眼に浮かぶようだ。
「で、電話でなんて、はずかしー・・・くねえのかコラっ」
最後は得意の逆ギレだ。
けれどゾロは、そんな反応すら愛しくてならない。

「会ってゆっくり言ってやろうか」
「馬鹿野郎、いらねえよバーカ」
どっちが子どもだか、わかりゃしない。
「残念だけど、会っちまったらきっと言えねえ。だから今言っとくんだ。俺が欲しいのは、ケーキとご馳走、それからプレゼントはお前」
「う、がああああああっ」
ガンゴンと、またしても派手な音が携帯の向こうから聞こえてきた。
ゾロは笑いながら、歯の浮くような台詞を次々とサンジに向かって投げかける。
慌て喚きながらも通話を切らない辺り、サンジだって満更でもないようだ。

携帯越しでもなきゃ、想いは伝えられないだろう。
会ってしまえばきっと、言葉は必要なくなるから。


「愛してるよ」
「だーっ、わかったっての、このクソガキ、うるせえんだバカ野郎!」
近所迷惑なほどに叫んでから、急にくぐもった声になった。
掌で通話口を押さえながら、キョロキョロと辺りを見回している気配がする。

ややあって、消え入りそうなか細い声が届いた。
「・・・俺もだクソ野郎。覚えとけ!」
殆ど捨て台詞のようにして、ようやく通話が切れる。
ゾロは一人で腹が痛くなるほど笑って、震える指でなんとか携帯を切った。




人生最初にして最大の、意味ある誕生日がまもなくやってくる。
待ち遠しくて嬉しくて、けれどちょっぴり切ない気持ちを抱えながら、ゾロはサンジとの暮らしに想いを馳せた。

今宵多分、同じ星の下で
サンジも愛について考えていることだろう。




END


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