あるひあひる誕


「あーロロノア君?ちょっと話があるんだが・・・」
コンビニの雑誌コーナーに身を隠すようにして立っていたウソップに手招かれ、ゾロは無表情のまま大股で近付いた。
「こんなとこでなにやってんだ」
「キミを待ち伏せていたんだよ」
ウソップはキョロキョロと首を巡らせて、周囲を見回した。明らかに不審人物だ。
「サンジは部屋か?」
「多分な、今日は総菜屋も早く引けたからっつって、先に帰って飯作ってるはずだ」
「じゃあほんの十分、時間をくれ」
「携帯じゃダメなのか?」
ゾロにしてみれば、一刻も早くサンジが待っている部屋に帰りたい。
「ちょっとややこしい話だから、直接話した方が早い。すぐに済むから」
そう言って、ゾロの側に身を寄せた。
「実は、三月二日はサンジの誕生日なんだ」
「・・・マジか?」
驚いた。あひるに誕生日があるとは、思いもしなかった。
「ああ、だが多分キミは知らないだろうとサンジは言っていた。そもそも、この誕生日を俺に教えてくれたのはサンジだ」
「なんでだ?」
ゾロはむっとして眉間に皺を寄せた。自分には話さないで、なぜウソップに先に教える。
「あーだから・・・サンジって帰国子女なんだろ?ちょっと知識が乏しいと言うかなんと言うか、お前が誕生日の時に俺がアドバイスして祝ったことがあっただろう?」
あのお裾分けケーキは美味かった、ご馳走さんと今さらに礼を言って「それでだな」と続ける。
「あん時、俺の説明の仕方が悪かったのかもしれないが、サンジは人の誕生日を祝う時『驚かせる』もんだと思っちまったらしいんだ」
「は?」
「だから、もうすぐ自分の誕生日なのに、ゾロはそれを知らない。自分から教えては、ビックリさせる計画ができなくなる。だから、俺からちょこっとゾロに教えてやってくれ、とそう言われた」
「?????」
ゾロは突っ立ったまま、しばし考えた。
結局それは、自分で教えていることにならないか?
「まあ、お前が混乱するのはよくわかる。かくいう俺も、とっても混乱している」
誕生日の主役が、この日は自分の誕生日だからびっくりさせてくれとお願いしているようなものだ。自分で言っておいてびっくりもクソもないだろうが、まあサンジが望んでいることはわからないでもない。
「つまり俺は、三月二日にあいつが驚くような誕生祝いをすればいいってことだな」
「そういう訳なんだ、なんだか本末転倒・・・と言うか、元も子もない話ではあるが、そういうことだからなんとかしてやってくれ」
ウソップが戸惑いながら話を切り出した訳もわかった。内緒事とはとても言えない、けれど秘密の計画なのだ。
「まあ、わかった。なんとかする」
「頼むぞ」
なんでウソップが頼むことなのかは、ウソップ自体にもよくわかっていない。
「別に、俺は伝書鳩の役目だけでいいんだけどよ、なんつうかサンジを喜ばしてやりたいってのは、俺も思ってることだからさ」
「ああ」
「なんか手伝えることがあったら、遠慮なく言ってくれ。協力する」
「ありがとう」
ウソップは念を入れるようにゾロの胸元をポンポンと叩くと、コンビニを出て行った。
戸口で一旦立ち止まり、聞き耳を立てていたらしい店長に厳かな仕種で頷く。店長も了解とばかりに重々しく頷き返し、ゾロには笑顔で親指を立てて見せた。



―――さて、どうするか。
なにかプレゼントを買って渡すだけでは、さほどビックリにはならないだろう。さりとて、どこか旅行に連れ出すなら事前に言っておかねばならず、それではビックリにもならない。
サンジだったら、ゾロの誕生日の時のように心づくしの料理を作り、ケーキも用意して待ち受けられただろう。ゾロがそれをするとなると、今夜の飯は俺が作ると宣言するしかないし、それではサプライズにならない。どっかの高級レストランに食事に連れ出すのも、同様だ。
意外と、人を驚かせ喜ばせると言うのは難しいものだなとゾロは思った。ゾロ自身、こんな風に他人のことについて考えるなんてことは初めての経験だったから、あれこれと悩み戸惑いつつも楽しかった。こんな風に人の気持ちを慮って心を砕くのは、意外に煩わしいものではない。と言うかぶっちゃけ、面白い。
これしかないなと結論付けて、ゾロは特段なんの用意もしないまま当日を迎えた。

サンジは二月も末頃から、どことなくソワソワしていた。遠慮がちにゾロの様子を窺うような目線を寄越して、ゾロが振り向くとさっと視線を外したりして。挙動不審なことこの上ないが、サンジがなにを気にしているのかはわかっている。ゾロが、ちゃんと誕生祝いの準備をしているかどうか気になるのだ。
なにをしてくれるのか、なにかくれるのか、それともなんにも気付いてないのか。
あれこれと気を揉んで探りを入れてくるのに、すべてがバレバレでゾロは笑いを堪えるのが大変だった。いっそ「ちゃんと準備しているぞ」と言ってやりたいが、それを言ってはサプライズにならない。お互いにどこかギクシャクしながら、ようやく当日の朝を迎えた。


「おはよう、今日お弁当いらないって言ってたよな」
自主的に早く起きたゾロに、サンジは戸惑いながらも朝のお茶を煎れた。
「おう、お前はバイトか?」
「うん、いつも通り」
「十時出勤だっけ」
「そう、ゾロは今日は、どこのバイトなんだ?」
サンジはどこか落ち着きなく、無駄に手を動かしながら皿を出したり仕舞ったりしている。
「バイトはねえ」
「・・・は?」
コーヒーカップを両手で握って、ゾロの顔を見つめたまま動きを止めた。
「今日はバイトねえんだ、一日暇」
「え?ええええ?」
「だからよ、総菜屋手伝いに行っていいか?勿論、バイト代なんかいらねえからボランティアで」
「え、ほんと?ちょっ・・・ほんと?」
「今日はお前の誕生日だろ、ずっと側にいていいか」
カタンと音がして、サンジの膝の上にカップが落ちた。
跳ねて床に落ちる前に、ゾロは手を伸ばして危ういところでキャッチする。
「ほんとに?」
「おう、邪魔はしねえつもりだが。ダメか?」
「ダメじゃねえ、めっちゃ、めっちゃ嬉しい!」
ほんとに?マジで?と呟きながら、テーブル越しにゾロに飛び付いた。
「えー嬉しい!今日一日ゾロと一緒?」
「おう」
「一緒に総菜作るの?売るの?」
「おう」
「帰りも、夕飯一緒に買い物する?」
「どうせだから、仕事終わったらそのまま街に出て、どっかで飯食おうぜ。美味いケーキも食えるところ」
「行く!行く、俺行きたい!」
サンジが作る料理はもちろんゾロの大好物だが、たまにはサンジに人が作った美味い飯を食わせてやりたいとも思った。
けれど、今日は飯を食いに行くぞと言うとサプライズにならないし、こうして一緒に行動して誘導するのが一番早い。成り行きのように見せて、実は既にレストランの予約も済ませてあったりする。
「嬉しい、夢みてえ。ゾロと一緒にバイトするんだ」
「使えねえかもしれねえが、思う存分扱き使ってくれ」
「いい、側にいてくれるだけでいい。すっげえ嬉しい!」
サンジは抱き付いたままその場でピョンピョン跳ね、一旦顔を離してからゾロの頬にちゅっと唇を付けた。
「嬉しいありがとう、最高の誕生日プレゼント」
「大げさだな、まだこれからだぞ」
サンジを手伝ってレストランで食事して、テーブルにケーキを運ばせてスタッフと一緒にバースディソングを歌い、アパートに帰れば花とプレゼントが届いている手筈になっている。
ゾロ的には大盤振る舞い、しかもサンジに悟られずに迅速かつ秘密裏にコトは運べた。けれど、今この瞬間にもサンジがこれほどまでに喜んでくれるなら大成功だ。

「ゾロが一緒にいてくれるのが、一番嬉しい」
輝くような笑顔でそう言われ、ゾロの方が感無量になってしまった。
「俺だってそうだ、ありがとう」
サンジを膝の上に抱き上げ、両手で抱き締めながら唇にキスを返す。そのままずっと唇を貪っていたかったが、サンジの手がやんわりとゾロの肩を押し戻した。
「そうと決まれば急がないと、掃除して洗濯して出勤だからな」
俄然張り切ったサンジはゾロの膝から飛び降りて、慌てて朝食の支度を始めた。仕方がないなと苦笑して、ゾロも準備を手伝う。
今日は一日、こうしてサンジの後について回ろう。
忙しくて慌しくて、けれどとても楽しい。ゾロにとっても特別な一日になるに違いない。




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