あるひあひる祝


サンジの様子がおかしい。
商店街の歳末セールにはまだ早いのに、なにかドタバタとして忙しそうだ。
食事中ももぐもぐしながら目線が右斜め上の何もない空間に彷徨って、心ここにあらずと言う感じか。
生ごみにはなぜか大量の卵の殻が捨てられいる。
後片付けをする後ろ姿をなんとはなしに見上げれば、尻の辺りにカラフルな紙の切れ端がくっ付いていた。
そして早朝、遠くからボソボソと人の話し声が聞こえる気がして目を覚ませば、傍らにサンジはいなかった。
どこからか聞こえてくる声は、壁越しだ。
どうやら隣のウソップの部屋に行って、話し込んでいるらしい。
一体全体、どういうことだ。
ゾロはなんとなく面白くない気分で、起こされもしないのに自主的に起き上がった。

「あ、おはよ。珍しいな」
さほど間を置かず帰って来たサンジは、既に布団を畳み着替えて顔を洗ったゾロを見て、目を丸くした。
「どこ行ってたんだ」
「・・・コンビニ、牛乳が切れてて」
答える前に、一瞬だが目を伏せた。
滅多にないことだが、これがサンジが嘘を吐く時の癖なのだろう。
ゾロは腹が立つより新たな発見をした気分になって、興味深く観察してみる。
「手ぶらなのにか?」
「はへ?」
サンジは慌てて、自分の両手を持ち上げた。
「あ、か、買ってくるの、忘れた」
おかしくて笑い出しそうになるのをぐっと堪え、ゾロはそうかそうかといつもよりしかめっ面で頷いた。
「そういう時も、あるよな」
「・・・だ、だよな」
サンジはあからさまにほっとして、いま朝飯作るな〜とパタパタしながら台所に入った。


「で、ゾロは今日何時に帰ってくるんだ?」
「一応予定は10時だが、多分遅くなる」
オムレツをもしゃもしゃ食べているサンジの眉が、へにょんと下がる。
「早くは帰れないのか?」
「それはないな、先方の都合で遅くなることはあっても早帰りはない」
サンジの上唇が、きゅっと尖った。
「そっかー仕事なら仕方ないな」
「先に寝てていいからな」
そう言って、さっさと食事を終えて仕事に出掛けるゾロの背中を、サンジはどこか不満そうな表情で見送っていた。


    *  *  *


結局、ゾロが家に帰り着いたのは11時をとうに回った頃だった。
―――先に寝ておけよって言って、正解だったな。
真っ暗な自分の部屋を見上げ、ほっと溜め息を吐く。
起こさないよう足音を消して、静かに鍵を開けた。
ドアを開き、外灯の光が差し込まないうちに閉める。
明るい場所から真っ暗な部屋の中に入ったから、しばらく目が慣れなくて足元も覚束なかった。
勘で靴を脱ぎ、スリッパを踏み付けて部屋に入った。

突然、ぱっと明かりが点けられ目の前をカラフルな色が舞った。
「おかえりーおめでとーっ!」
控え目に声を抑え、それでも嬉しげに両手を上げて迎え入れたのは、頭に三角の帽子を被ったサンジだ。
ゾロはなにがなんだかわからず、片足を踏み出した形で固まって目をぱちくりさせている。
「誕生日おめでとうゾロ!なんとか今日中に間に合ったな」
言われて視線を移せば、壁時計は11時30分を過ぎていた。
後30分で今日が終わる。
「ささ、疲れただろ?夜中だからお腹空いてねえ?」
サンジが駆け寄り、ゾロの腕を掴んでぐいぐいと引っ張った。
外の寒さで強張った身体が、サンジが触れた途端にくなんと緩む。
足元には、細かく切られた色紙がチラチラと輝きながら散らばっていた。

「さ、どうぞ。いまスープ温め直すからな」
テーブルの上には見目麗しい、豪勢な料理が並んでいた。
食べる時間帯のことを考慮してかいずれも量は少な目で、ゾロなら難なくぺろりと平らげられそうだ。
「肉は、冷めても柔らかいと思うけど」
「いやいい、スープもそのままでいいから、座れよ」
ゾロはとりあえず台所で手を洗って、今度はサンジの手を掴んでテーブルまで引っ張っていった。
改めて向かい合わせに座り、ありがとうと頭を下げる。
「そっか、俺の誕生日か今日」
すっかり忘れていた。
サンジはと言えば、実に得意そうな満面のドヤ顔だ。
「ビックリしたか?」
「ああ、めっちゃ驚いた」
「本気で忘れてんだもんなー」
何で知ってたんだと聞けば、レンタルビデオの会員証を見たからだと即座に答えられた。
「ウソップに、もうすぐゾロの誕生日だって言ったら、そりゃあお祝いしなくちゃなって言われてさ。お前の予定さえ会えば、今夜とかもっと早い時間ならウソップも一緒に祝うつもりだったんだぜ。さすがにこの時間じゃ遠慮したけど」
「ああ・・・」
そういう訳で、隣の部屋でコソコソ話をしていたのか。
「とりあえず乾杯な、もう今日は後20分もないんだから」
サンジに促され、ゾロは改めて缶ビールで乾杯した。

「美味いな」
「そうか?今夜は特別気分を盛り上げたいから、頑張ったんだぜ俺」
サンジが作る料理はいつだってなんだって美味いが、今日のは特に、肉の持ち手の飾りや野菜の切り方なんかが凝っていて華やかだ。
「これとかこれはウソップが作ってくれたんだ。あいつ器用でさあセンスもいいんだ。それに誕生日って言うとやっぱこれだって」
待ちきれないように、いそいそと冷蔵庫の中から巨大ケーキを取り出した。
なんと3段重ねだ。
土台の直系は25cmはあるだろう。
「でかいな!」
「張り切ってあれこれ作りたくなったら、こうなっちゃった」
ちなみに、下の段はどっしりしたフルーツケーキで中段はチーズムース、上段はココアシフォンだと言う。
「色んな味を楽しめよ」
サンジは惜しげもなく真っ直ぐにナイフを入れて、上から下までを一気に切り分けた。
3段状態のまま上手に皿に移す。
「なんかすげえ」
「だろ?だろ?」
スポンジに生クリーム、色取り取りのフルーツを乗せられた背の高いケーキは切り分けられたせでさらにグラグラしている。
「わあ」
ゾロがフォークを刺すとぐらりと倒れかけ、反射的に手で支えたらクリームまみれになった。
「うっひゃ、ひでえ」
「大丈夫だ」
はしゃいだ笑い声を立てながら、サンジに手助けされつつケーキを丸齧りする。
自分の手についたクリームをぺろりと舐め取り、3種の味の違いを堪能した。
「ウソップにお裾分けすんのは、さすがにこんな無茶な切り方はなしだよな」
サンジはウソップ用に綺麗にケーキを切り分けて、新しい箱に入れた。
明日、彼女が遊びに来るらしいから二人分だそうだ。
「俺からも、礼を言っておいてくれ」
「うん、ゾロがすっごく喜んでくれたって」
そう言って、サンジはゾロの顔を見てふっと笑った。
「ゾロが喜んでくれると、俺もすごく嬉しい」
「俺は、そんなお前を見てると嬉しい」
「なんだそれ、すげえなあ」
ふふ、ふふふとお互い螺子が緩んだようにへろへろと笑い合っていたら、サンジがすっと手を伸ばした。
「頬っぺにクリーム、付いてるぞ」
指先で拭い取った手を、ゾロは反射的に掴んでいた。
そのまま、サンジの指をぱくりと舐める。
「食いしん坊だな」
ゾロは向かい合う形に座り直して、呆れたように目を見張るサンジの頬にそっと手を当てた。
「なに?俺にもクリーム付いてる?」
「・・・いや」
こくんと唾を飲み込んでから、ゾロは改めて口を開いた。
「すげえ嬉しい、誕生日だから、礼がしたい」
「うん?」
ほんの少し首を傾けて、真っ直ぐに見つめるサンジの瞳に吸い寄せられるように顔を近付けた。

ゾロの方から目を閉じて、その唇にすっと触れた。
すぐに離れて、視線が合う位置で目を開く。
サンジはきょとんとした顔で、ぱちくりと瞬きをした。
「お礼?」
「おう、ありがとうな」
そう言って手を離そうとしたら、今度はサンジに袖を掴まれてしまった。

「ゾロ、俺もすごく嬉しかった」
「そうか」
「ゾロの誕生日を祝えて、喜んでもらえて、お礼までして貰えてすっげえ嬉しい。だから俺もお礼したい」
「―――・・・」
今度はサンジが、ゾロの頬に手を添えた。
「ゾロ、お誕生日ありがとう」
そう言って、さきほどゾロがしたように自分から目を閉じて、えいっとばかりに唇をくっ付ける。
一瞬くっ付いてから離れた唇を、ゾロが追い掛けるように再び捉えた。
サンジの後頭部に手を添えて、背中にもう片方の手を回してしっかりと抱き締めて。
日付が変わっても、二人はずっと唇を重ねていた。



End