あるひあひる氷



記録的な暑さが続いたこの夏。
サンジが働く商店街の惣菜屋は、予約分のみを販売して後は夏期限定の茶屋になっていた。
ビールケースを並べて緋毛絨を敷き、商店連盟の倉庫に眠っていた番傘を差し掛ける。
5人も座ればいっぱいいっぱいの狭いスペースで、サンジが始めたのはかき氷だった。

「フルーツ氷一つ、ラズベリーとオレンジで」
「私は抹茶小豆、クリーム付けて」
「いらっしゃい〜!サービスで白玉付けちゃうよ」
サンジが作るかき氷は一味違う。
近隣の名水を凍らせたみぞれには特製シロップを。
フルーツ氷は実際に様々なフルーツを凍らせて、惣菜屋のおじさんが出してくれたかき氷機でガリガリ削る。
かき氷と言うよりジェラートだ。

「ブルーベリーとイチゴとレモン。あ、練乳掛けて」
「キウイのミニサイズ。人参シロップ掛け」
「宇治金時」
「パイナップルにブロッコリーソース」

どんな要望にも気軽に応じ、仕込みしておいた氷をガリガリ削る。
売り切れたら終了だ。



「サンちゃんのお陰で、今年の夏は大盛況だあ」
「商店街がすっかり生き返ったね。見て見な、あの行列」
フルーティなかき氷は珍しいものではないけれど、みなサンジとの会話を楽しみに買いに来ている。
普段はかき氷に縁のなさそうなおっさんや年寄りの客が多いのも特徴だ。

ゾロはバイトに忙しくて実際にかき氷を食べに行けなかったが、商店街のおっちゃんおばちゃんにはよく誉められた。
けれどゾロにしてみれば、こちらこそ感謝だ。
なんせこの夏は暑かった。

さすがのサンジもへばったか、アヒル返りが頻繁になり、始終風呂場にこもっていた。
エアコンを使えと言ってもゾロが一緒じゃないと勿体ないと、ガンとして使わない。
それでうっかり喧嘩になりかけたほどだ。

夏期は惣菜屋を閉めるつもりだった老夫婦が、かき氷屋を提案してくれていなければ、サンジはアヒル姿のまま病院(動物病院?)に搬送されるところだったろう。

だが、新たな職務「かき氷屋」を得て、サンジは生き返った。
元々、人に食べて貰えるのが好きで、喜ばれるのは大好きだ。
店頭で反応が見られるのも二重の喜びだったらしく、サンジはかき氷屋に夢中になった。
それこそ寝食を惜しまず、アヒル返りする暇もない。

ゾロも、留守中のサンジの心配をすることもなくなったから、思う存分バイトに精を出せた。
お陰で懐は随分と潤った。
これでゆっくり、温泉にくらい連れてってやれる。



「今日でな、かき氷屋終了なんだ。明日からは惣菜屋だ」

8月の終わりの日、サンジはかき氷機を持って帰ってきた。
「たくさん働いてくれたから、ちゃんと手入れしてやらないと」
惣菜屋の老夫婦が、息子が小さい頃に買ったというかき氷機は、なかなかの年代物だかさすが業務用で丈夫だった。
まだまだ活躍できるだろう。
「まだしばらく、残暑あるんじゃねえか?」
「うん、でも週末辺りから風が涼しいよな。季節は先取りするもんだし、9月の声を聞いたら引退だ」
どうやら老夫婦の受け売りらしい台詞を言って、いそいそと台所に立つ。
でかいクーラーボックスを持って帰ったと思ったら、氷が入っていたらしい。

「ゾロはこの夏、忙しかっただろ?俺のかき氷、食べてねえじゃん」
噂には聞いたが、とうとう食べ損ねたかき氷。
それを、ゾロのためだけに作ってくれる気らしい。

サンジは慣れた手つきで色とりどりの氷を取り出し、ガリガリとハンドルを回す。
すっかりご機嫌で鼻歌まで飛び出しているが、タンクトップの裾を押し上げ、ほんの少し盛り上がった尻の上部がピコピコ揺れた。
気を付けて見ていないとわからない程度に、小さく控え目ながらも確かに。

ピコピコピコ…


「ゾロ特製の、レインボーかき氷だぜ」
ピコピコ揺れる尻を眺めながら、ゾロは行く夏を惜しんだ。



End




back