あるひあひる洗



ゾロが紙袋3杯分のチョコを抱えて帰って来たら、部屋にあひるがいた。
白い毛玉が座布団の上で、こんもりと丸まってうずくまっている。
こんな完全体は、久しぶりだ。

「ただいま」
声を掛けて靴を脱ぐのに、返事がない。
荷物をテーブルに置き、部屋を横切ってストーブを点けた。
日が暮れて部屋の中はすっかり冷えているのに、温めてないなんてサンジらしくもない。

「どうした」
毛玉の前にしゃがんで、背中辺りを撫でた。
相変わらずふっくらと、モコモコして艶々で、なめらかな手触りだ。
だがあひるは首を曲げて、羽根の間に頭を突っ込んで頑なに丸まっている。
この、ガン無視っぷりも久しぶりだ。

「どうした?」
もしや、具合でも悪いのだろうか。
風邪とかインフルエンザとか。
あひるも感冒にかかるかどうか知らないが、およそあひるらしきないあひるだ、なにがあっても不思議ではない。

「おい、大丈夫か?」
ゾロはにわかに心配になり、毛玉を持ち上げた。
真っ白な毛羽根の、その裏側が茶色になっていてギョッとする。
まさか、ケガ?
―――――が、甘ったるい匂いですぐにわかった。
これはチョコだ。

「…サンジ?」
座布団の上に下ろして、ゾロは両腕を胸の前で組んで見下ろした。
毛玉が、恐る恐るといった風にぎこちない動きで、首を羽根の隙間から出し振り返る。
黄色いくちばしに、こってりチョコが付いていた。



風呂を沸かし、まずは洗面器に湯を張って毛玉を浸けた。
チョコはすぐに溶けたが、まだ油分は張りついている。
石鹸を泡立てて羽毛の裏まで丁寧に洗ってやると、毛玉は気持ちよさそうに目を細めた。
察するに、あひる姿の時にチョコを食べて、そのまま汚れたくちばしで毛繕いしたのだろう。
羽根の裏を中心に、チョコの筋が付いてこびりついていた。
綺麗にしようとすればするほどドツボにはまったか。
あひるは雑食だし、あひるの時はやっぱり所詮あひるなので、こんなこともあるんだろう。

「さ、綺麗になった」
湯船にあひるを放してやると、ぴるぴる尾羽を揺らしながら泳いだ。
ゾロから目を背けがちなのは、失態が恥ずかしくて顔を合わせられないのかもしれない。
思う存分水遊び(風呂遊び)させたあと、バスタオルで軽く水分を拭き取って部屋に戻した。



ゾロがゆっくり風呂に入って上がった時には、部屋には当たり前みたいにサンジがいた。
しかも、テーブルの上においたままの紙袋を覗き込んで目を輝かせている。
「ゾロ!ゾロどうしたんだ、このいっぱいのチョコ!」
お前はたった今、そのチョコで失敗したとこじゃないのか。

「もらった」
「俺も、商店街のおばちゃんにもらった。んでもこんだけ、すげえ」
「あとで食おうな」
そう言ってやれば、サンジは弾むように笑顔全開で、うんと頷いた。

人間同士なら、ちゃんと美味しく食べられるだろう。


End


back