■あるひあひるも




寒の戻りが来たようで、春の陽気が続いていたと思ったら急に夜になって冷え込んだ。
すでに仕舞ってしまったストーブを出す気にもなれず、ゾロは万年床の布団に更に座布団を乗せて早々に眠ることにした。
突発的な発熱も収まったし、明日からまたバイト三昧・・・もとい、学業の日々だ。
一日中ゴロゴロと寝てばかりで過ごしたのに、10時を過ぎるときっちりと眠くなってもそもそと布団に入る。
布団からはみ出た皮膚がチリチリするほど冷え込んで来た。
毛玉は、大丈夫だろうか。

ゾロが日がな一日家の中にいたせいで、毛玉は随分と窮屈な思いをしていたような気がする。
なにせずっと顔を伏せたきりで、ぴくりとも動かないで過ごしたのだ。
さぞかし肩が凝ったことだろう。
その上、夜になってこの寒さでは余計に固まってしまう。
ゾロは少し考えて、頑なに丸まり続けている毛玉をそっと抱き上げると懐に抱えた。
そのまま再びもそもそと布団の中に入る。
腕の中で、毛玉がびくっと震えた気がした。
いつにない展開に、さすがの毛玉も動揺したのだろうか。
「今夜は寒いだろ、中で寝ろ」
布団の中に入れてやるだけでなく、ゾロも一緒に寝るつもりだ。
と言うか、毛玉を抱いて寝るつもりだ。
そうすればお互いに温かい。
毛玉の迷惑など顧みず、ゾロは強引かつ迅速に毛玉を抱えたままさっさと眠りに就いてしまった。
だから、その後のことはよく憶えていない。

* * *

すうっと自然に覚醒した。
目を開ければまだ辺りは暗く、夜明け前の静けさに包まれている。
あれほど寝倒していながら普段通りに床に着いたものだから、さすがに身体が睡眠に飽きたのか。
ぱっちりと目が覚めてしまって、ゾロは仰向けの状態でくわあと欠伸をした。
顎を上げさかさまに目覚まし時計を見れば、蛍光塗料が塗られた針は3時過ぎを示している。
まだもう一眠り、軽くできる。
寝返りを打とうとして、左手が痺れているのに気付いた。
と言うかなにかを抱えている。
そう言えば毛玉を抱えて寝たかと今頃思い出し、ぎょっとした。
ゾロの左腕に頭を凭れ掛けて眠っているのは、毛玉ではない。
夜目にも白く浮いて見えるけど、毛の玉じゃなかった。
「―――っ!」
ものすごくビックリした。
物心ついて以来、ここまで驚いたのは初めてじゃないかと思えるほどビックリした。
思わず掛けていた布団を剥いで、マジマジと見てしまう。
肩口に金色の髪が散らばって、その下に白い横顔が覗いていた。
すっと鼻筋の通った、小作りな顔だ。
よく寝入っているのか、少し唇を開いてすよすよと穏やかな寝息を立てている。
ゾロは捲っていた布団をそっと戻し、視線を天井に向けた。
寝ぼけているのかもしれない。
まだ夢の中なのかもしれない。
けれど左腕は相変わらず感覚はないし、肩には柔らかな髪が散らばっている。
何より、意識して嗅げばほのかなシャンプーの匂いまでするじゃないか。
ゾロはもう一度決意して、そっと布団を捲った。
やっぱり、自分の左腕を枕にして人が眠っている。
白くて金色だけれど、なるほど「男」だ。
寝顔を見ている限り、確かに美人と言える。
もう一度布団を元に戻して、天井に目を向けた。
目が覚めたら左腕に美人。
いや、確かに可愛い毛玉を抱えた憶えはあるが、それがなぜ美人になっているのか。
やっぱ夢か。
夢なのか。
けれど、耳元ですやすや繰り返される呼吸音は確かに人間のもので。
三度布団を剥いで、ゾロは詰めていた息を吐いた。

改めてマジマジと見入る。
顎の先にショボショボ産毛みたいな髭は生えているけれど、全体的に別嬪さんである。
つまり、細身で男の別嬪さん。
――――これが・・・
ウソップが菓子を貰った。
管理人さんがお礼を言った。
コンビニ店長が言葉を交わした。
これが、サンジか。

左腕の感覚がなくなっているのが、急に惜しくなった。
身を捩れば起こすかと危ぶみつつ、そっと右手で元毛玉の肩を押しなんとか左手を抜いた。
そのまま元毛玉の方に身体を向けて、痺れたままの左手を自らの身体に強いて右手を軽く添える。
腕枕は止めたけれど、添い寝でもいいだろう。
しばらくすると左手の感覚が戻ってきたから、そろそろと肘を曲げて手枕にした。
そうしてじっと、眠る毛玉の顔を見つめ続ける。
段々目が慣れてきて、顔かたちがはっきりとわかってきた。
前髪は長く、片方の目がほとんど隠れてしまっている。
見えている方の目は閉じていて、睫毛が長い影を作っている。
その上にある眉毛が・・・眉毛、か?
眉尻がくるりと巻いて見えるのは、目の錯覚だろうか。
それとも毛玉だからだろうか。
つるりとした頬は滑らかなラインを形作り、形のいい唇は少し乾いてひび割れている。
毛玉の寝息からは、仄かに煙草の匂いがした。

このまま夜明けまでずっと毛玉を眺めていたかったのに。
結局ゾロの意識は、また途中で途切れてしまった。



あるひあひるも(寝入ってた)



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