■あるひあひると




結局一晩で熱は下がり、医者にも掛かっていないからインフルエンザと断定はされていない。
が、バイト先からは今日は来るなと釘を刺された。
仕方がないから、ぽかっと空いた思いがけない休暇を満喫することにする。
とは言え、窓を開けて空気の入れ替えをする程度で、基本ダラダラと寝て過ごした。

雑炊を腹いっぱい食べていい感じに眠くなってきているし。
けれど昨夜からぶっ通しで昼前まで寝たから、さすがにこれ以上の睡眠は身体が求めていないし。
惰性で寝そべって、目の前で頑なに丸まり続ける毛玉に手を伸ばした。
真っ白な羽根は相変わらず艶々でふかふかだ。
毛並み(羽根並み?)に沿って撫でてやるとつるんつるんして、実に肌触りがいい。
試しに逆に撫で上げると、羽根の下のもさもさした羽毛が丸まって浮いた。
これはこれで、頼りないほどに柔らかく温かい。
指先でその感触を楽しんでいたら、後ろ足(?)でバシリと蹴られた。
逆さに撫でられるのは嫌らしい。
すまんすまんと声に出して詫び、羽根を元に戻して撫でてやる。
毛玉本体はもっちりとして、逞しい硬さを持っている。
持ち上げればそこそこ重いし、いい枕になるかもしれない。
なんてことを考えたのがバレたのか、微妙に毛玉の背中に緊張が走った気がした。
「羽毛布団・・・」
呟けば、さらに緊張が高まっている。
「冗談だ」
クスクス笑って、ゆったりと背中を撫で付ける。
独り言を呟いて笑う、危ない人のようだが誰も見ていないから気にしない。


首の付け根辺りを指先で掻いて、ついでに毛玉の手(?)が届かなさそうな背中辺りもカリカリと軽く爪を立ててやる。
これは気持ちいいのか、抗議の蹴りは出てこなかった。
それにしても、毛玉は頑固だ。
今まで一度たりともゾロの前に顔を見せない。
こんな風に首を曲げていつまでも丸まっているのだって、相当肩が凝るだろう。
毛玉の肩はこの辺だろうか。
肩と思わしき場所に指を突っ込んで、あちこちと探って押してみた。
丸まってもちっとしているが、部分的に触ると結構骨格がわかる。
もしかしたら、毛玉の割には細身なのかもしれない。
そう言えばウソップはスレンダー美人っつってたか。
毛玉が人間になると、細身になるのか。

「面ァ見せろよ」
呟くと、毛玉の首に緊張が走った。
指で促してもまるで石のように固まって動かない。
あくまで顔を見せたくないらしい。
「ま、いいけどな」
あんまりこうやって固まり続けると、さすがに毛玉も疲れるだろう。
ゾロはそう気遣って、のっそりと立ち上がった。
「さて、風呂の掃除でもするか」
普段やらないことだが、少しでも毛玉が一人の時間を作ってやりたかった。

風呂場掃除と言っても、毛玉がマメに掃除していてくれるらしくたいした汚れはなかった。
水垢もさほどなくて、申し訳程度に風呂場内の水分を拭く。
排水溝に引っ掛かっていた体毛は金色だ。
やはり、毛玉は金髪らしい。
つか、羽根はどこだろう。
掃除というより体毛点検みたいな真似をして、それでも「やれやれ終わった」と声に出して言いながら風呂場から出た。
そうしないと、毛玉にも都合ってもんがあるだろう。

案の定、毛玉はまた知らん顔して座布団の上に寝ていた。
が、部屋の中は甘い匂いが充満している。
見れば、小さなフライパン(これも毛玉が買ったものだ)にふっかりと茶色のカステラが盛り上がっていた。
「おお」
いつの間に、つか風呂掃除もどきをしている間に作ったのか。
さすが毛玉、仕事が速い。

フライパンごと鍋敷きの上に降ろして、自分でコーヒーを淹れておやつにした。
カステラはこんがりとキツネ色でフカフカしていて、フォークを入れるとほわんと湯気が立って卵の風味が生きていてほんのりと甘かった。
実に美味かった。
一人で全部食べて、フライパンも舐めるようにこそげ取ってしまったけれど。

「お前も一緒に食った方が、もっともっと美味いと思うぞ」
散々食べ尽くした後、ゾロはそう呟いてしまった。


END


あるひあひると(ダラダラ過ごす)

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