■あるひあひるを





最近、ちょっと感じがよくなったねとバイト先で誉められた。
大学の友人にはやけに溌剌としてきたと指摘され、剣道の師匠からも顔色がよくなりましたねと安堵された。
自分はそんなに顔色が悪かったのかと逆に問えば、病的な色ではないけれどあまりよくはありませんでしたねと、相変わらずにこやかな表情で丁寧に答えてくれる。
「大学とバイトの掛け持ちで、無理をしていたんじゃないかと思うんです。丈夫な性質だからこそ、無茶を押し通しそうで少々心配でした」
変化の自覚や、原因に心当たりはありますか?と問われ、ゾロは即座に頷いた。
「最近、美味い飯を食っています」
飯が美味いんです、ではなく美味い飯・・・と言うところに、聡い師匠は気が付いたらしい。
「美味しいご飯を作ってくれる方ができたのですか?」
「はい」
ゾロは奥歯を緩く摩り合わせるようにして、ぼそりと答えた。
いわゆる、はにかんだ風情を醸し出している。
師匠は微笑ましげに頷いて、それはよかったと何度も呟いた。
「食は人生の要です。良い方に出会えましたね」
「俺もそう思います」
生真面目に返すゾロに、優しい師匠はただニコニコと笑っている。


道場からの帰り道は、ゾロはいつも颯爽とした気分になる。
今日は特に、颯爽プラスなんとなくほのぼのと温いものが胸を満たしているから、突然の寒波来襲で交通機関に影響を及ぼすような雪が降り積もっていてもまったく寒く感じなかった。
つるっつるな路面を足取りも軽くサクサクと歩き通し、道の氷をスコップで削っているコンビニ店長に会釈した。
「ああ、シモツキ荘の2階の人だよね」
店長はゾロを呼び止め、一旦店に入ってから紙を手にして出て来た。
「サンちゃんに教えたげて。色々食材探してるみたいだから、こっち行けば商店街があるって」
どうやらご近所mapらしい。
コンビニだって商売なのに、随分と親切なものだ。
と言うか―――
「サンちゃん?」
ゾロが訝しげに聞き返せば、店長はおや?と目を丸くする。
「一緒に住んでるんじゃないの?あの綺麗な金髪で色の白い・・・」
「ああ」
それはわかった。
「ああ、いる」
「だろ?サンちゃんうちの店で野菜とか買ってくれるのはいいんだけど、明らかにうちは品揃えも少ないし高いしさ。日用品とかで贔屓してくれりゃいいから、ちょっと歩くけどここに行きなって地図渡したげてよ」
人が良く商売下手な店長が好意でくれた地図を、ゾロはありがたく受け取った。

知らぬ間にあちこち出歩いているのかと首を捻りながらアパートの前に着くと、管理人のおばちゃんが「おかえり」と顔を出した。
「サンちゃんにお礼言っておいてね」
「・・・はあ」
また“サンちゃん”だ。
「いつの間にかゴミステーション綺麗に掃除してくれててねえ。おまけに『ご挨拶が遅れてすみません』とか言って、美味しいクッキーくれたの」
「はあ…」
「とても美味しかったわ、ようくお礼言っておいてね」
いつもは愛想のない管理人さんは、ネジが一つ二つゆるんだかのように笑顔の大盤振る舞いだ。
甘いものは、人を優しくするのだろうか。

これも毛玉の魔力かと腕を組んで考え込んだまま階段を上がっていると、後ろから声がした。
「よう、今帰りか?」
今度は隣室のウソップだ。
「ああ、そっちはバイトか?」
「いやコンパ。丁度よかった、ちょっと待っててくれ」
酒の匂いをさせながら先に駆け足で自分の部屋に戻ると、そのまますぐに表に出てくる。
「これ、サンジにありがとうって返してくれるか?」
また出た。
今度は“サンジ”か。
と言うか、毛玉はオス決定なのか。

ウソップが手にしたのは透明なプラスチックケースだった。
「ケーキのお裾分けってくれたんだ。なんも礼はできないけど、今度からこのタッパー使ってくれって」
ケースの中には、一回り小さい真新しいタッパーが入っている。
「お前んち、タッパーとかなさそうだもんな。何かの包装で使ってたんだろうプラスチックを、上手に使って俺に持たせてくれたんだよ。でもこれからはこのタッパー使ってくれたら大丈夫だから」
だからまたヨロシク!と調子のいいことを言って、ウソップは軽く敬礼の仕種を見せ部屋の中に入ってしまった。
ケース&タッパーを持ったまま、ゾロはぽつんと室外に取り残される。

「なんなんだ」
どうも、ゾロがあずかり知らぬところで毛玉は確実に近所の人に顔を売っているらしい。



END



あるひあひるを(目撃された)


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