■あるひあひるて



サンジは風呂が長い。
ゾロが留守の間に活動していた頃は気付かなかったが、こうして一緒に生活を始めると、入浴してから上がって来るまで、ゆうにゾロの3倍は時間が掛かった。
単に、ゾロが早風呂すぎるのかもしれないが。

安普請な部屋なので、耳を澄ませば風呂場の中の音も結構聞こえる。
風呂好きなのか入る時はいつも上機嫌で、鼻唄交じりで服を脱ぎそそくさと風呂の戸を開けるのが常だ。
一度、ゾロが洗面所で歯を磨こうと中に入ったら、問答無用で蹴り出された事があった。
あのもこもこパンツはもう目撃されてしまったというのに、やはり恥じらいがあるのだろうか。
それとも、ジジイとやらの遺言を後生大事に守っているのか。
ともかく手荒に邪険にされて、ゾロは傷付くというより少し寂しくなった。
こうして一緒に暮らしているのに、男女ならともかく男同士であるというのに。
そんなに必死に隠されると、なにやら水臭いとさえ思える。

―――今度、銭湯に連れてってやるか。
変わった風呂があるし洗い場も浴槽も広いしで、風呂好きなら喜ぶかも知れない。
目をキラキラさせて「すげえなこれ」と笑うサンジの笑顔が脳内で弾けて、ゾロは無表情のままぐふふと唸った。

耳を澄ませば、パチャパチャぴるると水音が響く。
パチャパチャはともかく、ぴるるってなんだろう。
素朴な疑問が湧いたが、さして気に留めないのがゾロの性格だ。



たっぷり一時間入って上がってきたサンジは、すでにパジャマを着込んでいた。
ここのところ気温も高く、そろそろ蒸し暑い季節だ。
風呂上りくらい、楽な格好でいたらいいのに。
「赤え顔して、なんできっちり着こんでんだよ。しばらく裸でいたらいいだろう」
ゾロがそう言うと、サンジはなぜか紅潮した頬を更に赤らめて言い返した。
「てめえじゃあるまいし、そんなはしたない真似できるかってんだ」
はしたない。
随分と古風な物言いだ。
ジジイとやらの躾だろうか。
まあ、確かに行儀がいいとは言えないが、どうせ男同士なのだから問題ないだろうに。
ゾロは気を取り直して、さり気なさを装うように読んでもいない新聞紙を広げた。
「たまには銭湯行かないか?」
「銭湯?」
「銭湯だ、公衆浴場」
風呂上りで頬を桜色に染めたサンジが、髪を拭きながら振り返った。
火の点いていない煙草と麦茶に刺したストローを両方咥えている。
口の端で麦茶をちゅいーっと吸って、ゾロが言った“こうしゅうよくじょう”という言葉をたどたどしく繰り返した。
脳内で漢字変換できていないらしい。
「行ったことねえのか?映画の宣伝とかしてっだろ」
「あの、タイルが貼ってあって山の絵が描いてある・・・」
「スーパー銭湯だから、もっと広くて綺麗でいろんな風呂があるぞ」
確か、徒歩でいける距離に新しい銭湯ができていたはずだ。
オープン時に割引券を貰ったとかで、管理人のおばちゃんが行って来たと話しているのを小耳に挟んだことがある。
ゾロも行ったことはないが、大概同じようなもんだろう。
「泡風呂とか壷風呂とか露天風呂とか、色んな形の風呂があってな。マッサージルームもあるし休憩所もある。風呂上りのコーヒー牛乳は美味いぞ」
「へえ・・・」
キラキラした瞳をうっとりと潤ませ、サンジは夢みる目付きになった。
が、すぐに表情を引き締めて誤魔化すようにコホンと咳払いする。
「部屋に風呂が入ってるのに、なんでよそにわざわざ入りに行くんだよ」
「そりゃあ、色んなことを楽しめるからだろう」
ゾロにズバリと返されて、うううと視線が泳いでいる。
ものすごく、心が揺れているようだ。
「けど、余所で風呂に入るってことは、当然裸になるんだろ?」
「風呂は裸で入るもんだ」
「じゃあ、行かない」
あっさりと背を向け、ちゅちゅーと麦茶を吸い切った。

ゾロは諦めきれず、珍しく食い下がる。
「色んな湯があって面白いのになあ。鉱泉とは言え温泉もあるし、仮眠室は照明が落とされていい感じだし、食事どころでまったりして、みんな揃いの部屋着でゴロゴロするんだよなあ」
「・・・・」
「リクライニングチェアが並んでて、漫画も置いてあるし、露天風呂にはTV付きだし、サウナも熱いのやら冷温やら
ミストやらあるんだがなあ」
「・・・・・・」
湿った髪の間から覗く耳が、心なしかピクピクと振れて見えた。
「なんでそう、裸になるの嫌がるんだ」
「・・・ジジイがそう、ゆったし」
ぷいっと怒ったような顔で振り返る。
「ジジイの遺言は絶対だから、俺は人前で裸になんねえし、てめえにも見せねえ!」
そう宣言して、大股で寝室へと入っていってしまった。
今日はこのまま、布団の中で早寝不貞寝コースかもしれない。

一人取り残されたゾロは、所在無さげにぽりぽりと頬を掻いた。
「俺は別に、見たいとか言ってねえぞ」
呟いてみたものの、それはちょっぴりウソだった。



END



あるひあひるて(バレそうよ)

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