■あるひあひるは





何台目かの目覚ましにようよう起こされ、ゾロは這うようにして布団から出た。
いつもより更に目覚めが悪いと思ったら、外は雨降りだ。
昼前だと言うのにどんよりとして空が暗い。
この景色だと、いくらでも寝ていられる。
昨日のように部屋に日も当たらないから、ゾロは自分が抜け出したばかりの布団の中に、傍らにいた毛玉をタオルごと移した。
相変わらず首を引っ込めて丸まったままだが、呼吸に合わせて動いているし柔らかい。
これで大丈夫だろうと、心持ち布団を被せて余熱で温めた。
さっさと顔を洗い服を着替え、出掛けるために靴を履いているとドアの向こうに人の気配がしてチャイムが鳴った。
「お届けものでーす」
元気な兄ちゃんが差し出したのはでかい段ボールだ。
田舎から、また米やら野菜やら送ってくれたのだろう。
ゾロは受け取りのサインだけして箱は玄関にそのまま置き、宅急便の兄ちゃんの後を追うようにして外に出た。


* * *


雨は1日中降り続き、夜にはみぞれに変わった。
いっそ雪でも降った方が却って温かいのに。
雪国生まれのゾロは気軽にそんなことを考えながら、トポトポと家路に着く。
足跡が残るくらい、アスファルトがうっすら白く覆われた程度で交通に支障が出るなんざ軟弱だ。
誰ともなしに心中で叱咤していたら、アパートに着いた。
考え事をしながらボーッと歩く方が、家に早く着くのはなぜだろう。

見上げれば、部屋に灯りが点いている。
ゾロは1人でにやりとして、我に返ってマフラーを顔まで引き上げた。
誰が見ている訳でもないが、なんだかみっともない。

扉には鍵がかかっているけれど、中に入ればやはり暖かな空気に出迎えられた。
昨日と同じように、室内は片付けられテーブルには今できたばかりの料理が並べられていた。
違うのは、玄関横に積まれていたゴミ袋がなくなっていることか。
そう言えば、今日はゴミの日だったっけ…と思いつつ、いそいそと靴を脱ぐ。
そのまま台所を通り抜けて、敷きっぱなしの布団を覗いた。
朝と同じように、タオルに包まれた毛玉が眠っている。
「ただいま」
毛玉に向かって声を掛けても、ぴくりとも動かない。
その背中を冷えた指先で優しく撫でて、ゾロは台所に戻った。

今日の食卓は煮物に和え物に焼き物と、和食風味だ。
朝置きっぱなしだった段ボールが開けられているから、中の食材を使ったのだろう。
冷蔵庫の中には、残りの食材が綺麗に整理されて入っている。
毛玉のくせに、いい仕事をする。

もぎゅもぎゅと味わって食べていたら携帯が鳴った。
実家からだ。
ビールをコクンと飲み干して、耳に当てる。
「おう、荷物届いた。ありがとう」
母親が細々とした近況報告をしている間、肩と耳に携帯を挟んで食事を続行させた。
この煮しめは絶品だ。
「あんたに昆布なんて送ったって、どうもようせんとでしょ」
後ろで甥っ子達が暴れているのか、母の声の向こうは賑やかだ。
「いや、美味い昆布〆めになった」
何とはなしにそういうと、母親は絶句した。
しばし沈黙が流れた後、まあまあまあまあと一段トーンが高くなる。
「昆布〆め、作ってくれる人できたのん」
「あ…やあ…」
なんと答えるべきか。
「そんなんでねえぞ」
「いやいやいやいや、いまどき美味しい昆布〆め作ってくれる人なんてねえ」
「やーまあ確かに、めちゃくちゃ美味いざ」
いつの間にか、ゾロは携帯片手に後ろ頭を掻いていた。
「そかそか、安心だでね」
ばーちゃーんと、後ろで呼ぶ声がする。
「ほな切るわ。よろしゅうにな」
「…おう」
言い訳もできず、ゾロはそのまま携帯を切った。
まあ、嘘ってこともないだろう。

視線を布団の方に移すが、相変わらず毛玉は丸まったままで顔も見せない。
―――まあいいか。
ぱくんと煮物を口に入れれば、冷めても実に美味かった。




あるひあひるは(働いた)



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