■あるひあひるけ



ゾロの家には(というか部屋には)固定電話がない。
大抵携帯でことを済ませているから問題ないのだが、その携帯が長いことブルブル呼び出し音を鳴らし続けていると、同居人サンジとしては気になってしまった。

「ゾロー・・・携帯鳴ってる」
「ほっとけ」
「でも、結構長く鳴ってっぞ」
風呂の扉越しにソワソワしているサンジの姿を見て、ゾロはちゃぽんと水音を立てた。
「着信、誰からだ」
「見ていいのか?」
「おう」
別に、サンジに知られて困るような人物はいない。
サンジは取って返して、すぐ戻ってきた。

「自宅って表示になってる」
「ああ」
ゾロはタオルで顔を拭いた。
お袋だ。

「出て、いま風呂入ってるって言ってくれ」
「で、出ていいのか?」
サンジはおっかなびっくりだ。
まあ自分が同じ立場に立っても、人の家族から掛かってきた電話に出るのは若干躊躇するだろう。
でも、サンジならまあいいかと思う。
「おう、適当に聞いといてくれ」
「わかった」
会話を続けている間にも、呼び出し音は止まなかった。
よほどの緊急事態かと、今さらながら焦って通話ボタンを押した。

「はい、もしもし」
「・・・あらあ」
「はい、ロ、ロノアです」
「あらあらあ、間違えたかなあ」
「いえ、ロロノアの携帯です」
しどろもどろな台詞が聞こえてきて、ゾロは風呂に浸かりながらぷっと吹き出した。

「あれお友達?」
「はい、いえ、はい、あの」
もはや支離滅裂だ。
「いま、ゾロは風呂に入ってるので携帯に出られなくて・・・」
「あれそうけえ」
電話の向こうの声は、おっとりとして柔らかだ。
サンジも自然、笑顔になる。
「こんな時間にごめんなさいねえ」
「いえ、大丈夫です」
「ゾロは寝汚いから、何ぼ呼んでも起きひんし」
「ええ、あ、いや」
「ずーっと鳴らしてても起きひんこともあるんよ」
「あーはい」
「出てくれてありがとう」
「いえ」
「それでえ、お友達?」
「あ、は、いや、あの」
堂々巡りだ。

「お邪魔してます、って言うか、その、一緒に暮らさせていただいておりますです」
「あれえ」
「はい」
「いつもごっつお、作ってくれてるん」
「ああ、はい」
「ゾロがねえ、前言うてたのよ。美味しいご飯作ってくれてる人いてるて」
「え・・・」
「そうなの?」
「あ、はい。あの、おれ、コックで」
「まあまあ、ありがとうねえ」
「あ、あの」
「はいい」
「こないだは春キャベツ、ありがとうございました。柔らかくて甘くて美味しかったです」
「ああそうけ、よかった」
「魚の糠漬けも・・・すごく美味しかった」
「あれ、食べにくうなかった?」
「いえ、ちょっと辛いけどすごく美味しかったです。ご飯が何杯でもいけました」
「せやろう。香ばしい焼くと糠だけでも美味いんね」


「―――なにしてんだ?」
いつの間にか上がってきたゾロが、タオルだけ腰に巻いた状態で突っ立っていた。
サンジは携帯を耳に当て、笑顔でお辞儀を繰り返している。

「いえもうほんとに・・・はい、いえいえいえ。それはもう」
「なんもかも出しっぱなしで片付けんと、迷惑掛けてるんちゃうかって」
「そんなことないですよ。俺の方がお世話になりっ放しで」
「そろそろ暑うなって来とるけど、腹巻ちゃんとしとるけ?」
「あ、ちゃんとしてますよ。毎晩」
「んでも洗わんけえ、臭あない?」
「大丈夫です。俺が適当に洗ってますし」
「なんの話をしてんだっ!」
ゾロは慌てて携帯を引っ手繰った。

「もしもし、何言うとるが母ちゃん」
「なんもう、お世話になっとるお礼やけん」
「なんが用か?」
「別にね」
「ならもう切るで」
「ええ子やあね」
「・・・ああ」
「大事にしたりね」
「ああ」
「くれぐれもよろしゅうね」
「わあった、もう切るで」

通話ボタンをぷちっと押すと、ゾロはああもうと呟きながらバスタオルでガシガシ髪を拭いた。
クッションの上に携帯をぽいっと置き、背を向けたままのサンジに振り返る。

「なに話してたんだ」
「いや別に、元気でいるとか。送ってもらった荷物のお礼とか」
「えらい長いこと話してたみてえだが」
「あとは、世間話?暑かったり寒かったりして、冬物を片付け切れないねとか」
「よく喋るだろ、悪いな」
サンジは横を向いたまま、ブンブンと首を振った。
「んなことねえよ、すげえ気さくで優しいお母さんだな」
「・・・ちょっと抜けてんだよ」
「可愛らしくて、ゾロのこと大事なんだなあってよくわかった」
言いながら、サンジは視線を泳がせモジモジする。

「ところでさあゾロ」
「ん?」
「いい加減、パンツ履いてくれないかな」
「――――」
そう言えば、腰に巻いたタオルで頭を拭いていたのだった。

「それじゃあ、お母さんも心配になるはずだよね」
「・・・うっせえよ」
ゾロはすごすごと、マッパのまま脱衣所に戻っていった。



END



あるひあひるけ(息災け)



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