■あるひあひるら



ゾロは学業の合間に、なるべく隙間なくバイトを入れている。
特に貧乏な苦学生と言う訳ではなく、単純にバイトも鍛錬の一環だと思っているからだ。
幼い頃から続けている剣道以外に趣味はなく、友人たちとの最低限の交友関係は保たれてはいるものの、異性との交際などには積極的ではない。
誘われれば10回に1度くらい、申し訳程度に付き合うくらいだ。
なので、特に消費することもなくせっせと労働に励み、結構な小金は溜まっていた。
バイトのやり繰りでたまにぽかんとできる休日も、今ではサンジのバイトの定休日にわざと合わせるなどの工夫もし始めた。
二人で一緒の休日を、特になにをするでもなくダラダラと過ごすのは気に入っている。
たまにふらりと映画を見に行ったり、外で食事をしたりというのも一緒に暮らしていながら・・・いや、一緒に暮らしているからこそ新鮮で、楽しいイベントとなっていた。



「おう、珍しいな」
新しいバイト先で弁当を食べるべくうろついていたゾロは、ウソップに呼び止められて驚いた。
「こんなとこで、なにしてんだ」
「そりゃあ俺の台詞だよ。だってここ、俺の学校だぜ」
見れば、いつの間にか美大の敷地内に立ち入ってしまっていたらしい。
ゾロにすればただ単に、どこか座って弁当を食べられる場所がないかと歩いていただけなのだが。
そう言えば、木立を抜け塀を乗り越え、繁みを掻き分けて進んだかもしれない。

「バイトでな、今は昼飯時」
「ああ、ちょうど俺も売店で飯買って来たところだ。一緒に食おうぜ」
思わぬ成り行きでウソップと昼食を共にすることになったが、たまにはいいだろう。
大きな池のある庭のベンチに並んで腰掛け、弁当を広げた。
ウソップが興味津々と言った風に風呂敷を広げるゾロの手元を覗き込み、うわおと歓声を上げる。
「すっげえ美味そう。サンジの手作りか」
「美味そうじゃなく、美味い」
ゾロは無表情で言い返すと、きっちりと手を合わせていただきますと唱えた。
その真摯な横顔に、ウソップも慌てて自分のおにぎりに手を合わせる。
「いいなあ、毎日サンジの手作り弁当か」
「ああ」
「学校ん時も?」
「ああ、毎日だ」
毎日、サンジはゾロに弁当を詰めてくれる。
お惣菜の練習だなんて理由を付けているけれど、それにしたって手を変え品を変え、毎日食べても飽きないメニューをずっと続けてきてくれた。
ありがたくて、ゾロは自然と手を合わせ頭を垂れてしまうのだ。
「なーんか、色艶いいもんなあ。前は痩せぎすで人相も悪かったけど、今は表情からしていい感じだぜ」
「そうか」
ストレートかつあんまりな言い草だが、別に腹も立ちはしない。
寧ろ自分を通してサンジを褒められたようで、ゾロはちょっと嬉しくなった。
顔には出ないが。

「ん?」
頬袋を膨らませながら顔を上げると、池の上を白い物体がすいーっと横切っていくのに気付いた。
「あれは」
「ああ、あひるだよ」
首を曲げて後ろを向いているあのポーズは、まさしく毛玉。
気を付けて見ると、池のあちこちに毛玉・・・もとい、あひるがいる。
「学校であひるを飼ってんのか?」
「いやあ、野良あひるっての?元はデッサンの練習とか何とかで、別の学部から譲り受けて飼ってた奴がいたんだろうけど、手に負えなくて学校の池に放したら居ついたみたいだな」
「手に負えない」
「あひるって、ちょっとお馬鹿らしいから」
そうだな、それに異存はない。
確かに。

ゾロは水面をすいすいと泳ぎ回るあひる達に目を凝らした。
この中に俺の毛玉はいない。
俺の毛玉は、やはり―――


「そうそう、前に言ってたバラティエだけどよ」
バラティエ、の単語にすうと現実に引き戻された。
「ああ、なんだ」
「うん、場所わかったぞ。でもゾロがこの店の噂聞いたの最近か?それとも1年位前のことか?」
「・・・なにか違うのか?」
怪訝そうな表情のゾロに、ウソップは食べ終えたおにぎりのフィルムをくしゃくしゃと丸めながら頷き返した。
「そこは前は、知る人ぞ知る名店でなかなか予約も取れない店だったらしいんだ。けど、半年くらい前にオーナーが亡くなってスタッフとかが総代わりしたらしい。今は新しいオーナーとスタッフで一新されちゃって昔ほどの人気はないってよ」
「半年前・・・」
「別に今でも不味くはないらしいけど、昔からの常連は離れてたって。そうでなくともオーナーの急死で相続問題とかいろいろ揉めたらしくてさ」
「詳しいな」
「たまたまネットで検索してたら、その店を贔屓にしていた人がブログで嘆いてたんだよ。せめて、亡くなったオーナーの味を受け継いでいた副料理長だけでも残っていてくれたらって」
「・・・そうか」
ゾロは、意外な話の展開に驚いていた(顔には出ないが)
バラティエと言う店がわかったら、多少高いところでもサンジを連れて食事に行こうかと思っていたのだ。
けれど、その店がややこしいことになっているのだとしたら、話を切り出さない方がいいのかもしれない。

「その、亡くなったオーナーってのは年配のじいさんだったのか」
「ああ、オーナーゼフってこの道では結構知られた名シェフだったらしい。いかつい顔した怖そうなおっさんだぜ」

―――相続問題。
―――ジジイ。
ゾロの頭の中で、この二つの単語がくるくると回っていた。



END


あるひあひるら(泳いでる)


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