■あるひあひるにゃ



毛玉が来るまでは純然たる一人暮らしだったゾロは、洗濯も一週間に一度くらいの頻度だった。
下着は大体2日置き、シャツは3日、ズボンは一週間のペースで替え、まとめて洗濯機に放り込む。
上着は大体そのシーズンごとに着倒してそのまま収納。
こんな感じで。

ところが毛玉が来てから、なぜか毎日パンツを履き替える羽目になった。
脱いで風呂に入っている間に、洗濯されたものと取り替えられていたからだ。
シャツも毎日帰られ、靴下は時として日に2回替え、必然的に洗濯機は毎日稼動することになった。
省電力モード節水機能付きだったらしいので(ゾロはそんなもの活用したことがない)不経済ではないらしい。
洗濯機を回すのも干すのも畳むのも仕舞うのも毛玉…もとい、今はサンジの仕事たがら、ゾロが文句を言うべき立場にはない。
むしろいつもありがとうと、日々感謝だ。
ゾロに目撃されて以降、開き直ったのかあの奇妙なモコモコぱんつも隠さなくなった。
今は、ベランダの物干しからゾロのトランクスと靴下に囲まれるようにして干されている。

「今日は現場か?弁当持ってく?」
サンジが尋ねてくることは、大概半ば命令事項だ。
ゾロに異論などある訳もない。
「ああ」
「よし、じゃあこれを持ってけ」
案の定、すでに用意されていたらしい弁当箱が手渡された。
2段重箱できちんと風呂敷に包まれている。
「あとおしぼりとお茶な」
「おう」
「行ってらっしゃい、気をつけて」
「ありがとう、行ってきます」
出掛けの挨拶にもてらいがなくなってきた。
成り行きでうっかりアクションがもう一つ増えそうになるのを堪えつつ、ポーカーフェイスで外に出る。

でかい包みを鞄より大事に抱え、アパートから離れるごとに弛みつつある頬肉を意識的に引き上げていると、もしもーしと遠慮がちに声を掛けられた。
「今日もシアワセソウデスネ」
「おう、おはよう」
視線を反らし並び歩くのは、隣人のウソップだ。
「またでかい弁当だな」
「わかるか?」
「わからいでか」
イイコトデスネーと片言で冷やかされる。
「そんなにでかいと、一緒に食う人達に取られねえか」
「そうだな、その危険はあるな」
遠慮会釈も知らないようなガテン系オヤジガひしめく現場だ。
油断するとあっという間に手を出され、ハイエナのごとく食べ散らかされるに違いない。
「気を付ける」
「お前も大変だな」
からかい半分、同情半分でウソップは頷いた。

「あいつ早速、商店街の人気者だしな」
「そうなのか?」
思わず食い付くような勢いで振り返ってしまった。
ウソップは仰け反って目をしばたかせる。
「おうよ、なんせあんな目立つナリで白い割烹着着てお惣菜売ってんだから、ご近所の奥様連中に限らず大人気」
「うむむむ…」
それは由々しき事態だ。
「どこでどう知り合ったんだか知らねえけど、オチオチしてらんねえな」
じゃあなと笑っていきかけたウソップの首根っこを、ガシッと掴みそのまま電柱の影まで引っ張り込んだ。

「ひいいいお助け〜」
「なに言ってんだ」
ゾロは呆れて手を離す。
「お前、バラティエって知ってっか?」
「バラティエ?」
「フレンチ…だったか、まあ洋食のレストランらしい」
「レストランなら調べられるぜ、場所とか営業時間か?」
「まあ、そんなもんだ」
やや顔を赤黒くしたゾロに、ウソップはハハアとしたり顔で頷いた。
「わかった、そういうことなら任せとけ。ウソップ様のリサーチ能力を舐めるなよ」
なにがそういうことなのかゾロにはわからなかったが、ウソップは胸を叩き笑顔で立ち去って行った。



END


あるひあひるにゃ(かなわない)


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