■あるひあひるめ



サンジのバイト先は、商店街の惣菜屋だった。
なんでもコンビニで済ませていたゾロは知らなかったが、割と大きな商店街が近所にあったらしい。
老夫婦で細々と経営していて、品数も少なく値段も安く常連客で支えられているような小さな店だ。
そろそろ店を畳んで息子夫婦の元に引っ越そうかと言っていたら、商店街の組合長から待ったが掛かった。
このままでは商店街が寂れる一方だから、せめて後継者を見つけてからにしてくれと。
最もな説得を受け、ダメ元で「アルバイト募集」の手書きポスターを貼ったらまんまと食いついたのがサンジだった。
「ちっさくて古い店でよ、台所もこことそう変わんねえくらいなんだが、おばあちゃんが綺麗に使ってて使い心地もいいんだ」
ニマニマと笑いながら箸でつつく、ゾロとサンジの目の前には試作品と称して和惣菜が小鉢に盛られてずらりと並んでいる。
「ゆくゆくは俺の作った惣菜ばかりになんだけど、今はとにかく、おばあちゃんの味を受け継ぐのに必死でさ。結構大変なんだよこれが。なんせばあちゃん、レシピも分量もなにもなくて全部目分量なんだもん」
ゾロは一皿ずつ試食しては、うん美味いと頷いて白米を頬張る。
「俺、和食はあんまり作ったことなかったから、何もかもが新鮮」
「そうなのか?」
これは意外で、思わず箸を止めた。
「前に俺に作ってくれたの、美味かったじゃねえか」
「え、そう?へへ」
照れくさそうに笑って、自分もぱくりと一口食べた。
「うん、美味い・・・よな。うん大丈夫。なんせお前、なに食わせても『美味い』としか言わねえから」
「なに食ったって美味いんだから仕方ねえだろ」
むっとして言い返せば、サンジは口元をもにょもにょさせて頬を赤らめ、一息に茶を飲んだ。

「前に勤めてたレストランってのは、洋食なのか」
「うん、フレンチレストラン。結構名が知られてたんだぜ。バラティエっての」
「ふうん」
ゾロは表情を変えず、頭の中に『バラティエ』の名前を刷り込んだ。
「そこに毛玉がいたのか」
「け・・・?あ、ああアヒルな。うん、アヒル、相続問題に巻き込まれたアヒル」
「毛玉は元気か」
ゾロは、少し遠い目をして尋ねた。
対してサンジは、そっと斜め下に視線を落とす。
「ああ〜・・・元気なんじゃねえの?」
「相続問題は解決したのか」
「あ、うん。もう大丈夫。アヒルは財産貰わないことになったから」
「毛玉に財産残したのか、その店主は」
「んーまあ、その辺はホラ、いろいろ」
言葉を濁すサンジに、それ以上追求するのは止めてゾロは空の茶碗を差し出した。
「おかわり」
「ほいよ」
どこかほっとした顔で、サンジはそれを受け取った。
「毛玉はもう、どこにも逃げないんだな」
ゾロの言葉に、はっとして手を止めた。
茶碗を持つゾロの手を両手で挟みこむ形になったけれど、そのままお互いにじっと見詰め合う。
「うん、アヒルはもう自由だ。どこにも行かない」
「そうか」
「いたい場所に、ずっといるよ」
「・・・そうか」
照れくさそうに笑って、サンジは茶碗を持ち上げた。
ゾロも、手渡したその腕を頭の後ろに回し、がりがりと掻く。
「そりゃよかった」
「うん」

     *  *  *

同居を始めてまだ幾日も経たないが、まるで昔から一緒に暮らしていたような馴染み感がある。
それでいて、お互いの距離の取り方に戸惑ったり不器用に気遣いあったりして。
常に新鮮で実に初々しい、けれどほのぼのと幸せな生活だ。
唯一つ、サンジの行動の中で不自然な点があるとしたらそれは着替えだろうか。
ゾロより早く起きてゾロよりも遅く寝るから(ゾロがどんなに遅く帰っても、サンジはおきて待っている。先に寝てろというのにガンとして聞かないで、ずっと待っている。例え明け方でも。だからゾロは、サンジが眠そうな顔で『おかえり』とか言うと、その場でガシッと抱き締めたい衝動に駆られてしまって抑えるのが大変なのだ:苦労話)サンジが休んでいる場面は目にしたことがなかった。
それと同じように、目の前で着替えをする場面も見ることがない。
男同士なのだからなにを恥ずかしがることがあろうかと思うのに、サンジはいつも着替えを持って風呂場に行き洗面所できっちりと服を脱ぐ。
ゾロは腰にタオルだけ巻いて上がってくるのに(時々タオルも省略するのに)
それがサンジなりのたしなみだろうかと思うと、無理に詮索するつもりもなくてゾロは気にしないことにしていた。
――――が。

一緒に暮らしていたら、嫌でもニアミスというかうっかり遭遇というか、悪気はなかったんだよ的“事故”は起こるものだった。
その日、ゾロは先に風呂から上がって、火照った身体に冷えたビールを堪能していたが、買い置いていたつまみが戸棚にないことに気が付いた。
そう言えば、サンジが「湿気るからこれとかはここに〜」と言っていたような気がする。
さてどこだっけと考えても思い出せなくて、聞く方が早いと何も考えずに声も掛けずに脱衣所のドアを開けた。
「おい、つまみどこやったっけ?」
「・・・んぎゃっ?!」
驚いたのは、サンジの反応だった。
その場で数センチ文字通り飛び上がり、脱ぎ掛けていたズボンを脚に纏わり付かせたまま身を折った。
上半身は裸。
下半身は下着一枚。
その、下着が・・・

「なんだこれ」
「うわわわわわっ!」
サンジは慌ててズボンを引き上げ、そのまま振り向きざまに後ろ蹴りを食らわした。
油断していたゾロはまともに腹に受け、そのまま反対側の壁にまで吹っ飛ばされる。
ドカンと地響きのような音を立て、壁紙の向こうのコンクリートにビシビシとヒビが入ったのが背中で感じられた。
「うっ、げほっ・・・」
「人が着替えてんのに、入ってくんなーっ!」
もっともな抗議だが、そんなに過剰反応されるほどのことじゃないはずだ。
だがしかし。
「おま・・・なんでんなもん、履いてるんだ」
腹を抱えて蹲りながら、ゾロが漏らした疑問はもっともなものだった。
サンジの下着は真っ白なモコモコパンツだったのだから。
そう、例えれば白いブルマー的な形。
尻の辺りは特にまるっとしていて、実にふかふかモコモコだった。
国民的人気漫画の主人公の妹が履いているような、そんな感じ。
「こ・・・これはなあ」
真っ赤に染まった顔だけを脱衣所から突き出して、サンジが怒りに目を吊り上げている。
「これは、履いてなきゃいけないってジジイが言ってたんだ。ジジイが言ってたんだから!」

―――だから、ジジイって誰だ。
もっともな疑問を飲み込んで、ゾロはそりゃすまなかったなと口だけで詫びた。


END


あるひあひるめ(可愛すぎ)


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