■あるひあひるや



毛玉の気配がないのが物足りないのか、終始ウトウトとしていた気がする。
それでも、カーテンが開け放たれ、差し込む光の眩しさよりも鼻腔を擽る匂いで覚醒した。
目が覚めたと言うことは、眠っていたのだろう。
枕元に、裸足の足がある。
黄色くて水掻きが付いた、ぺったりとした足じゃない。
甲が薄く指の長い、筋張った白い足だ。
「おはよう」
寝ぼけて掠れた声を掛けたら、足が踵を軸にしてこちらに向いた。
「お、起きたか」
挨拶が上から降ってくる。
朝日を背に受けて影になった顔は暗いけれど、笑っている白い歯が見えた。
サンジだ。

「おはよう、今日はのんびり寝てられたのか?」
「いや、もう起きる」
むっくりと起き上がって、すぐ目の前にあるキッチンを見た。
テーブルの上には、すでに美味そうな朝食が並んでいる。
「お前が起きる時間に合わせて、食べられるようにしとこうと思ったんだけど・・・」
言い訳みたいに言い添えるサンジに、ゾロは伸びをしながら首を振った。
「いい、飯の匂いで起きた」
「んじゃ、食べようぜ」

具だくさんの味噌汁に、フルーツサラダと茸のソテー、焼き魚に和え物。
ゆで卵の殻を剥きながら、コーヒーは?と聞いてくる。
「飲む」
「和食でも洋食でも、飲む派?」
「おう」
ゾロにすれば、こんなに美味い飯なら和食だろうが洋食だろうがなんだっていくらでも食べられる。
コーヒーだって、サンジが淹れてくれるなら何リットルだって飲む。

「夕べはよく眠れたか?」
顔を洗って食卓について、箸を持ちながらそれとなく聞いた。
サンジは茶碗を持つ手を止めて、うんまあと言葉を濁す。
「そりゃあ、毎日寝てる部屋だから・・・」
「・・・」
ゾロはずずっと味噌汁を啜りながら、それとなく視線を壁際へと逸らした。
引き戸ならぬ引き箪笥は、元通りの場所にある。
ゾロが寝ている間に、どうやってあの箪笥を向こう側から動かしたのか。
そしてどうやって一人で戻したのか。
謎と言うよりもはや「無理だろ」としか思えないから、敢えて突っ込まない。
それより、睡眠不足の方が問題だ。
「俺はどうも、眠れなかった」
「あんなにガアガア寝ておいて?」
間髪入れず突っ込まれて、ん?と顔を上げる。
反対に、サンジの方がバツが悪そうに視線を下げた。
「いや、朝来たらガアガア寝てたからさ」
「明け方にやっと寝付いたんだ」
「珍しいな、お前が寝付けないなんて」
そう言うサンジの、目元もなんだか赤い気がする。

「今日、お前なにするんだ?」
サンジはびっくりしたように目を瞬かせて、ええとと言葉を探す。
「バイト、見つけようかと思って」
「バイト・・・」
「ずっとフラフラしてきたからさ、そろそろ職探さないと」
思いもかけず、リアルな展開になってゾロの方が驚いた。
「無職だったのか?つか、学生じゃねえのか」
「違えよ。俺ずっとレストランで働いてたんだ。でもそこが店閉めちゃって、路頭に迷ってたんだよな」
あれは、路頭に迷った毛玉だったのか。
「そろそろ新しい勤め先見つけたいし」
「レストランってことは、やっぱコックなのか」
「一応」
はにかむように、俯いて笑う。
「どうりで、なに食っても美味いと思った」
「・・・だろ?」
さっきから、茶碗に箸を押し当てたり掻き混ぜたりして、一向に飯を食っていない。
「じゃあ、今まで無職で生活費大変だったんじゃねえのか」
「いや・・・その分、お前が食費とか足してくれてたじゃね」
ゾロが食卓において置いた食費は、ちゃんと活用していたらしい。
賢い買い物のお陰でさほどの出費ではなかったが。
「なあ、お前さえよかったらなんだが」
前置きして、ゾロはごくりと茶を飲み干し言葉を継いだ。
「この部屋で、一緒に暮らさねえか?」
「え・・・」
サンジは目を見開き、ご飯にぶっさりと箸を刺した。
「どうせ、お前の歯ブラシやらカップやら茶碗やら、もうこの部屋に置いてあるじゃねえか。いっそこのままこっちに越してきたら、部屋代も折半できる」
「う、ん・・・ああ」
「ルームシェアっつうには狭すぎっけど、寝て暮らせないこともねえだろ」
「うーん、うん・・・うん」
サンジは、すぐさま話に飛び付いてはいけないと思うのか、曖昧な返事をしながらぐりぐりとご飯を掻き回す。
けれど白い頬は、嬉しそうに紅潮していた。

「んーまあ、てめえがそこまで言うんなら・・・」
「ああ、俺だって助かる。大抵バイトに出かけて寝に帰るしかねえ部屋だ。二人で有効に使おうぜ」
「んーそうだな、うん」
「決まりだ」
ゾロが強引にそう決めて、めでたく同居と相成った。
サンジは仕方ねえなあと嘯いて、捏ね繰り回されすっかり団子みたいになったご飯をようやく口に放り込んだ。



END


あるひあひるや(一緒に暮らそ)



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